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シェーラがシシルと出かけた翌日。

彼女は、心ここにあらずといった様子で朝を迎えていた。


(やっぱり、シシルは全然諜報員らしくなかったわ。あれが演技だとしたら……私の完敗よ)


シシルは、どこからどう見ても良いところのお坊っちゃん。ひょっとしたら、平民ではなく貴族かもしれないが……諜報員には、まったく見えなかった。


(やっぱり、単に皇族の血を引く先祖返りの話を知っているだけなのかしら?)


貴族であれば、そんな話を知っているか、そうでなければその可能性に思い至ることもあるかもしれない。


考え込んでいれば――――




「お姉ちゃん、もういい?」


可愛い女の子の声に、シェーラはハッとした。

声の主は、シェーラの目の前で、背中を向けて座っている。


「あ、ごめん、ごめん! このリボンを結べば終わりだから。……うん、今日も可愛くできたわ。オーケーよ!」


そう言いながらシェーラは、女の子の頭に幸運を呼ぶ図柄の入ったリボンをキュッと結んだ。

女の子の名前は、パミューラ・カミュ。

シェーラの七つ年下の妹だ。

毎朝、妹の髪を()うのは、シェーラの日課だった。


「ありがと、お姉ちゃん! パミュの髪ね、お友だちに大人気なの! みんな可愛いって、うらやましがるんだよ!」


ピョンと椅子から飛び降りたパミューラは、嬉しそうにその場でクルリと回る。

可愛い妹の仕草に、シェーラの顔はデレデレになった。


(もうもう! 最高! 弟も可愛いけど、妹はまた格別よね!)


前世では、いなかった妹に、シェーラはメロメロなのだ。

ほんわかパミュを見つめていれば、そこに母が入ってきた。


「シェーラ! あなたって、どうしてこんなに”いい子”なの!」


部屋に入ってくるなり感極まったように叫んだ母は、シェーラをギュッと抱きしめてくる。


「マ、ママ? 急にどうしたの?」


シェーラは、焦って声を上げた。

いつも明るく元気な母だが、今日は一段と機嫌がいいようだ。


「シェーラがあんなにステキな“プレゼント”をしてくれたんですもの! ママ、感激しちゃったのよ!」


ギュウギュウとシェーラを抱きしめながら、母はそう話す。


「え? ……プレゼント?」


シェーラには、まったく心当たりがなかった。

怪訝な顔をするのだが、母は何もかもわかっているわとでも言うように、ニッコリ笑う。


「もう! やっぱりシェーラったら、とぼけようとするのね。……バランディ(・・・・・)さんの言ったとおりだわ。ホントに恥ずかしがり屋さんなんだから!」



「……バランディさん?」


シェーラは、ますます混乱した。


(バランディさんって、あのバランディさんよね? どうしてママの口からバランディさんの名前が出るの?)


バランディ商会に頻繁に出入りするシェーラだが、それは織物工場の仕事がらみのこと。

いらぬ心配をかけぬよう、家族にはそのことを言っていない。


(なんたって、泣く子も黙るバランディ悪徳(・・)商会なんだもの。私がバランディさんと知り合いだなんて知ったら、ママもパパも腰を抜かすわ)


シェーラはそう思っていた。

しかし『バランディさん』と、普通に口にした母には、そんな素振りは少しも見えない。

シェーラを熱い抱擁から解放した母は、上機嫌に彼女の顔をのぞきこんできた。


「いくら恥ずかしくても、バランディさんと親しいなら、ちゃんと教えてくれれば良かったのに。――――今朝一番に、バランディさんが突然訪ねてくるもんだから、ママびっくりしちゃったわ。シェーラに頼まれたって、ママの欲しかった"圧力鍋"を、わざわざ持ってきてくれたのよ。……やっぱりバランディさんって、とても紳士的な人よね!」


母の言葉を聞いたシェーラは、「あっ!」と声をあげた。


――――昨日、シシルにほしいものを聞かれたシェーラは、それを教えることと引き換えに彼を連れ回した。

結局、シシルが間諜だという確証は得られなかったのだが、それと約束は別物だ。

当然、帰り際に、シェーラはシシルに問い詰められたのだが……実は、彼女にほしいものなど……なかった。


(私が、今一番ほしいのは、結婚を前提におつき合いしてくれる“彼氏”だもの。服とかアクセサリーみたいなものには、全然興味が持てないのよね)


普通の少女であれば、誕生日プレゼントには、綺麗な服や高価な服飾品などをねだるのだろう。

しかし、シェーラの前世は、広大な領土を誇る皇国の女皇。

流行の最先端をいく最高級のドレスも、ため息しか出ないような国宝級のアクセサリーも――――はっきり言って、飽きているのだった。


(あんな重いドレスより、軽くて動きやすい今の服の方がいいもの。派手なアクセサリーも邪魔なだけだわ)


それでもシシルと約束したからには、何かほしいものを答えなければならない。

迷ったシェーラの頭に浮かんだのは、母が常日頃からほしいと言っていた“圧力鍋だった。

数年前に発明された流行最先端の調理器具である圧力鍋は、値段もさることながら、ミームのような田舎町では滅多にお目にかかることもできないような主婦垂涎(すいぜん)の品だ。


シェーラに『圧力鍋がほしい』と言われたシシルは涙目になっていたが――――それはシェーラには関係ないこと。


(きっと呆れて、プレゼント自体を止めると思っていたのだけど……)



バランディは、それをもう用意して、しかもシェーラの家まで持ってきたと言うのだろうか?


(しかも、ママに、私からって渡すあたり、察しが良すぎるでしょう!)


自分の性格がバレバレのようで、シェーラの気分は複雑だ。




「ねえねえ、ママ、圧力鍋ってなぁに?」


そんなシェーラの気分には気づかず、母のエプロンを引っ張りながら、パミューラが聞いてきた。


「圧力鍋っていうのはね、美味しいお料理がたくさん作れるお鍋なのよ!」

「ホント!? スゴい! パミュお友だちに自慢してもいい?」

「ええ、いいわよ。バランディさんは食材もたくさん持ってきてくれたから、ママいっぱいお料理を作ってあげるわ。お友だちも一緒に食べましょうね」


母の言葉を聞いたパミューラは、その場でピョンピョンとび跳ねて大喜びした。

たいへん可愛い仕草なのだが、シェーラの気分はますます複雑になる。


「パミュ、バランディさんに『ありがと』する!」


ついにパミューラは、そう言い出した。


「まあ。いいわね、そうしなさい。バランディさんは、リビングでパパとお喋りしているから」

「は~い!」


母に教えてもらったパミューラが、喜び勇んで走っていく。

シェーラは、びっくりした。


「ええ!? バランディさん、まだうちにいるの?」


てっきり圧力鍋を置いて帰ったものだと思っていた。


「当たり前でしょう? あなたを迎えに来られたんだから」


「え? 私を?」


「そうよ。一緒にお出かけするんでしょう? ママは、そう聞いたわよ」


まったく初耳のシェーラである。ポカンとすれば、母に急かされた。


「ともかく早くお行きなさい。あまりお待たせするのも失礼よ。……でも、せっかくの“デート”なんだから、もっとおしゃれすればいいのに――――」


母はブツブツと呟きはじめたが、それどころではないシェーラは、慌てて駆け出した。


(圧力鍋だけならまだしも、一緒に出かけるってどういうこと?)


決してデートなどではないと、声を大にして言いたい。


狭い家を全速力で駆け抜けて、あっという間にリビングに飛び込む。

そして、そこで目にした光景に――――ピシリ! と固まった。

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