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たいへん可愛い癒し系の笑顔なのだが――――シェーラは、癒されるどころではなかった。
「そ、そんな! バ、バ、バ……バランディさんが、私を好きだなんて! 嘘でしょう!?」
やたら「バ」を連発しながら、シェーラは叫ぶ。
シシルは、キョトンとした顔をした。
「え? 驚いたのはそっちですか? ……なんで今さら?」
不思議そうに首を傾げるが、聞きたいのはこっちである。
キッと睨みつければ、慌てたように両手を前に突き出し、ブンブンと横に振った。
「嘘じゃない、本当ですよ! ……だってボスは、僕がシェーラさんと話すとあからさまに不機嫌になるし、シェーラさんが来る日は浮かれているし……あんな態度を取っていたら、バレバレです! 誰だってわかりますよね?」
わからないから聞いているのである。
「そ、そんなこと……あなたの気のせいじゃないの?」
「まさか?! ボスがシェーラさんを好きなことは、仲間はみんな知っていますよ! バランディ商会の中では、もはや常識と言ってもいいことです。……だから、みんなシェーラさんには、とても気を使って接しているでしょう?」
確かにシェーラは、いつでもバランディ商会で、下にも置かぬもてなしを受けていた。
その一方、親しくなろうと近づくと、全員微妙に距離を取って離れて行くのだ。
「シェーラさんは、ボスの大切な人だから丁重に接しなくっちゃいけないけれど、でもあんまり親しくなりすぎると、ボスに睨まれる。――――そのへんの“さじ加減”が難しいって、みんな悩んでいるんですよ。……もちろん、僕もです!」
シシルの言葉は――――言われてみれば、心当たりのありすぎる内容だった。
(あの時も? あの時も? ……ひょっとして、バランディさんが私を独身の仲間に近づけたがらなかったのは、私が“好き”だから?)
シェーラの顔は、ボッと熱くなる。
(……いやいやいや! そんな! ……あのバランディさんが私を好きとか、ありえないでしょう!?)
心の中で、大声で叫んだ。
そんな葛藤をしていたら、眉間にしわでも寄って難しい表情になったのだろう、シシルが心配そうに、シェーラを見つめてくる。
「……ボスは、お嫌いですか?」
「へ? え? ほぇっ!?」
嫌いも何も、そんな対象として見たことがないシェーラである。
「――――だ、だって……“あの”バランディさんなのよ?」
困って言葉に詰まれば、シシルは「ああ」と声を出した。
「ひょっとして……年の差とか気にしています? 確かに、ボスはあの外見でも実年齢はかなり上になりますからね。今、四十五……いや、四十六歳だから、シェーラさんとは二十九歳差かぁ。…………でも、それはたぶん気にしないでいいと思いますよ。ボスはきっと、とてもゆっくり歳をとるはずですから。そうですね。ひょっとしたらシェーラさんよりずっと長生きするかもしれません。……だから、年齢は気にしなくて大丈夫です」
――――シシルは、少し視線を逸らしながら……そう言った!
シェーラはビクリと体を震わせる。
バランディは皇族の血を引く先祖返りの平民だ。
だから普通の人間より成長が遅く寿命が長い。
それは、女皇だった記憶を持つシェーラにとっては当たり前の事実。
(でも、それをなんで“シシル”が知っているの!?)
”それ”は、普通の平民ならば思いもつかないことだった。
(普通の人は、年齢の割に若く見える人がいるからって、その人の寿命まで長いなんて思わないはずだもの)
童顔だからって長生きできるとは限らない。
それが普通の考えだ。
(平民の中にも皇族の血を引く先祖返りが稀にいて、長く生きる可能性があると知っているのは――――皇族か、皇族と婚姻を結ぶ可能性のある高位貴族や属国、他国の王族――――それ以外であれば、皇国の諜報員くらいだわ)
まさか、目の前の可愛い少年は”皇国の諜報員”なのだろうか?
信じられない事実に、シェーラはパニックを起こしそうになる。
(な、なんで!? シシルには少しもそんな感じがしなかったのに!)
確実ではないと言いながら、その実、シェーラは諜報員を見破れる自信がそれなりにあった。
リストをもらってからも既に何人か見つけていて、フレディに報告もしていたのだ。
(シシルったら、そんなにスゴイ諜報員なの? ……それとも私の目が曇ったのかしら)
シシルは、ちょっと見には育ちのいい上流階級の少年だ。
悪徳商会なんてところに属していながら、あまりすれたところがなく、それゆえにバランディや他の男たちの言うことに素直に従っている。
(あれよね? いいところのお坊ちゃんが、ちょいワルに惹かれたところに反抗期が重なって家出してきたって感じよね? ……だからこそ、バランディさんも、シシルには本当に悪いことをさせないのだと思ってたんだけど)
バランディがシシルにさせるのは、病人やけが人の看護とか店の中の小間使い。
悪事には加担させず、いつでもシシルが表舞台に戻れるようにしてやっている。
少なくともシェーラにはそんな風に見えた。
(それなのに……まさかの間諜? バランディさんも私も、みんな騙されていたってわけ?)
シェーラはズンと落ち込んだ。
さすがに自信がなくなってくる。
(……ううん、まだ決めつけるのは早いわ。単に、たまたま皇族の先祖返りの話を知っていただけの一般人ってこともありえるもの! 私、そんなにシシルのことを知っていないし)
そうと思えば、シェーラのやることは、ひとつだった。
「シシルさん! 私とつき合ってください!」
「えぇっ!? 僕の話、聞いていました? なんでこの流れでそんな話になるんですかぁ!? 僕に死ねって言うんですか?」
シシルは、顔色を悪くして震え出す。
「違います! その『つき合って』じゃなくて、今日これから、私とあちこち一緒に行ってほしいんです!」
男女交際のおつき合いではなく、単にシシルの人となりをよく知るための機会としてのおでかけが、シェーラはしたいのだ。
「え? あ、それなら……って……いやいや! やっぱりダメです! 一緒にあちこち行くって、つまりそれは、『デート』ってことでしょう? そんなことボスに知られたら」
シシルは、今度は首をブンブンと横に振る。
「そんなに固く考えなくていいでしょう? デートじゃなくて、友だち同士が遊びに行く感覚で!」
「……それでもダメです!」
『つき合ってください!』
『ダメです!』
シェーラとシシルは、延々とそのやり取りを繰り返す。
ついに、シェーラは怒鳴った。
「つき合ってくれなかったら、私がほしいものをシシルさんに教えませんよ!」
「え? なんですか、その交換条件!? 理由を話せば教えてくれるって言っていたのに! シェーラさん、酷くないですか?」
「酷くてもなんでも、絶対です!」
シェーラに言い切られてしまえば、シシルは受け入れる以外ない。
「……ああ、どうしよう? できるだけ人目のつかないところに……あ、いや! そんなことして変に誤解されたら――――」
真っ青になったシシルが、ブツブツと呟く。
「もう! さっさと行きますよ」
そんなシシルの手を引いて、シェーラはズンズン歩き出した。
――――この日、ミームの町中を歩く、この世の終わりみたいな顔をした少年と、そんな少年の一挙手一投足にギラギラとした視線を注ぐ少女のカップルが話題になったのは……言うまでもなかった。




