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その後シェーラは希望通り、ここ数年の内にバランディ商会に入った人間のリストをもらった。
全部で三十名の名簿が多いのか少ないのか、悩むところだが『商会の建物の中に入ったことのないような下っ端は除いてある』そうなので、やっぱり多いのだろう。
ほとんど知らない人ばかりだったのだが、たった一人だけ見知った名前があった。
シシル・ヴェストル――――最初にバランディ商会に行った時に会った、シェーラと同い年の少年である。
(今十七歳ってことは、数年前で十四、五歳ですものね。それより前から商会で働いているなんて、普通に考えてないわよね)
彼がここ数年で雇われたのは、年齢的に考えてとても自然な事だ。諜報員とは無関係なのは考えるまでもないだろう。
(でもそうだとしても、もう彼にはフラレているから、今さらおつき合いを申し込む対象にはならないんだけど)
正確には、フラレる前にバランディに邪魔されて、逃げられたのである。
悔しいことに同じようなケースは、他にも何回かあった。
「ああいうのはノーカウントよね。私の婚活“連敗”記録は、まだ五回のままだわ!」
シェーラは、ギュッと拳を握る。
思わず大きな声を出してしまったため、道行く人々が驚いたように振り返った。
ここはミームでも人通りの多い大通り。
今日は休日。時刻はお昼時で、通りは賑わっている。
老若男女様々な人々が、行き交っていた。
――――つまり、その中には若い独身男性もいるということで。
大声を出して少し注目を集めてしまったシェーラは、慌てたように視線を彷徨わせ、パッと下を向く。
傍から見たならば、彼女の態度は、思わずおかしなセリフを叫んでしまった少女が、恥ずかしがっている姿に見えるだろう。
しかし、当のシェーラは彷徨わせた視線で周囲を素早く観察していた。
一瞬の間に、若い男性のいる位置と、容姿、服装、ついでにその男性が結婚指輪をしているかどうかまで確認する。
(右に一人、左に友だち連れの三人組。あと通りの向かいの二人が独身男性みたいだわ。……右の人はおしゃれをしているから、多分彼女と待ち合わせだし……三人組は、ちょっと軽そうで、関わると煩そう。……向かいの二人のうちのどちらかがいいと思うんだけど……そうね。ちょっと心配そうにこっちを見ている小太りの人が、チョロ――――優しそうだわ)
――――ただ待っているだけでは、彼氏なんて、できっこない!
世の中には
『彼氏(彼女)がほしい!』
『結婚したい!』
などと言いながら、その実、本人は引きこもりさながらのインドア生活を送り、自分からは何も行動しない男女が多いと聞いているが――――そんなんで、本当に結婚なんてできるわけがない!
それがシェーラの持論だった。
(私は、絶対結婚するんだから! そのためには行動あるのみよ!)
決意もあらたに、シェーラはキッと顔を上げる。
通りの向かいに立っていた小太りの男性に視線を向けた。
その瞬間、相手の男性は悪寒でも感じたかのようにブルッと体を震わせる。自分でもわけがわからなかったのだろう、不思議そうに短い首を傾げて……またシェーラの方を見つめてきた。
ぽっちゃりとした顔の中の小さな目とシェーラの目が合う。
シェーラがニッコリ微笑めば、小太りの男性は、たちまち頬を赤くした。
(……行けるわ!)
シェーラは、確信する。
男性の元へ行くために通りを渡るべく足を一歩踏み出したのだが――――
「あ、あの……シェーラさん」
突然脇から声がかかって引きとめられた。
(誰よ? こんな大事な時に!)
シェーラは、仕方なく振り返る。
振り向いた先には、急いで駆けてきたのか息を切らした少年がいた。彼は、つい先ほどまでシェーラが思い出していたバランディ商会の少年シシルだ。
「お忙しいところすみません! 今ちょっといいですか?」
シシルは、申し訳なさそうに聞いてきた。
できれば後にしてもらいたいシェーラである。
とはいえ、キッパリ断れるような理由があるわけではなかった。
(まさかこれから“逆ナン”するから忙しいって言うわけにもいかないわよね?)
躊躇っていれば――――視界の隅に、シェーラとシシルをガッカリしたように見ながら離れて行く小太りの男性が映る。
(私たちを、待ち合わせをしていた恋人同士かと思ったのかしら? ……あ~ん、違うのにぃ!)
追いすがって誤解を解きたいシェーラだが――――相手は見ず知らずの男性。まさかそんなわけにもいかなかった。
仕方なしにシシルの方へ意識を向ける。
「……はい。いいですよ。何かご用ですか?」
シェーラがそうたずねれば、シシルはホッとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
(う~ん! 可愛い! やっぱり好みだわ!!)
逆ナンを邪魔されたとはいえ、可愛いものは可愛いと、シェーラは思う。
シシルの笑顔には癒されるのだが……それより、気になることがあった。
「あっ、その前に。……なんで最近敬語なんですか? 以前は、結構フレンドリーに話してくれましたよね?」
同年代ということで、シェーラへのシシルの態度は、前はもっとくだけていた。
なのに最近口調がやたら固くなったのだ。
聞かれたシシルは目を泳がせた。
「あ~……と、その……ボスと対等につき合えるシェーラさんに、タメ口なんて聞けないですよ。……それに、ボスにも睨まれますし」
やっぱり元凶はバランディだったようだ。
(本気で私の婚活の邪魔をしたいのね……)
シェーラは心の中で怒りを燃やす。
「あ、それで僕が今声をかけたのも、そのボス絡みなんです。……シェーラさん、何かほしいものはありませんか? ボスに、シェーラさんを見かけたら“それとなく”聞き出しておけって、僕、言われているんです」
シシルはそう言った。
お知らせです。
こちらのサイトで連載していました「まだまだこれからだ」と同じプロローグではじまる”別の物語”の本を出版していただきました。
「追い出され女子は異世界温泉旅館でゆったり生きたい」というタイトルです。
主人公は、シェーラとは”違い”ごく普通の女性。(笑)
普通のヒロインが紡ぐほのぼの物語を、お手に取っていただけましたら幸いです!




