23
「え? え? ……えぇっ!? そんな!」
シェーラは驚愕の声をあげる。
全員だなんて、そんな偶然あるのだろうか?
フレディは、呆れたようにため息をついた。
「――――嘘ですよ。少なくとも私は十年以上ここにいますからね」
フレディは、バランディが商会を立ち上げた当初からのメンバーで、独身である。
バランディにこき使われる毎日なため、結婚なんてできるはずもない日々を送っているそうだ。
彼の他にも、長年バランディに従う独身男は、たくさんいるということだった。
「なんと言っても、ボスのジル自らが独身ですからね。配下もこれで気を使うんですよ」
「嘘をつけ!」
バランディに全力否定されたフレディは、ハハハと楽しそうに笑う。
「ともかく、私は独身ですよ。勤務期間も長いので、間諜の疑いは、まったくありません。私におつき合いを申し込んでくださるのは、いつでも大歓迎ですよ」
白い顔の中、黒い目の片方をパチリと瞑り、フレディはそう言ってくる。
バランディは、ムウッと顔をしかめた。
「……それなら、お前や他の独り者は、今日付けで全員解雇して、今日付けで雇い直してやる。そうすればみんなリセットされて最近雇ったことになるからな」
バランディは、いいことを思いついたとばかりにそう言った。
フレディは、本気で呆れた顔をする。
「……そこまでですか。余裕のない男は嫌われますよ」
ボソッとため息まじりに呟いた。
一方シェーラは二の句が告げない。
呆気に取られて彼らのやりとりを見ていたのだが……徐々に怒りがこみ上げてきた。
「――――なんて心の狭い男なの!」
ついには大声で怒鳴る。
「――――は?」
首をひねるバランディの顔に向けて、人さし指をビシッ! と突きつけた。
「そんなに私を、フレディさんや自分の仲間に近づけたくないのね!? いくら私が気に食わないからって、そこまですることないでしょう!!」
フーフーと肩で息をしながら、シェーラはバランディを詰る。
「なっ!? どうしてそうなるんだ!?」
バランディは、心外だというように怒鳴り返した。
「どうしても何も、そうとしか思えないでしょう!」
負けずと言い返せば、何故か頭を抱えてしまう。
「……確かに、今のはジルがいけないと思いますが――――」
苦笑しながらフレディが、落ち込むバランディの肩を叩いた。
言葉ではバランディを責めながら、慰めるみたいな動作をするのは何故なのだろう?
男二人は、何とも言えない視線をシェーラに向けた。
シェーラは、キッと睨み返す。
「……は~あぁ。まあいい。お前が”俺”をそういった対象として見ていないのは、わかっていたしな――――」
バランディはガシガシと自分の頭をかいた。
シェーラを見る黒い目の金彩が、物騒に光る。
「――――今は仕方ねぇ。まあ、いつまでもこのままにしておく気はないがな」
そう言った。
はっきり言って意味不明である。
何を言っているのかと、聞き返そうとしたシェーラが口を開く前に、バランディは言葉を続けた。
「お前の望み通り、最近入った奴のリストを作って後で渡そう。……それでいいか?」
「あなたからもらったリストなんて信じられるわけがないでしょう!?」
間髪を入れず、シェーラはそう言った。
「なんだと!?」
一触即発の雰囲気で二人は睨み合う。
「まあまあ、リストは私が作りますよ。もちろんキチンと正しいものをね。……その代わり、シェーラさん、あなたはそのリストの中から、あなたが怪しいと思った人間を、こっそり私たちに教えてくれませんか?」
そんな二人を宥めながら、フレディはとんでもないことを頼んできた。
……やっぱり食えない腹心である。
「正体を見破ることはできないって、私は言いましたよね?」
「ええ。ですから見破る必要はありません。ただあなたが気になった人を教えてくだされば、それでいいんです」
ニコニコニコとフレディは優しい笑みを浮かべる。
「……わかりました。その代わり責任は持ちませんよ」
「ええ。もちろんそれで結構です」
視線を交わし合うシェーラとフレディ。
「……俺が、一番“普通”に思えるのは気のせいか?」
ポツリとバランディが呟いた。
「気のせいに決まっているでしょう!」
「気のせいですよ」
シェーラとフレディは、声を揃えて言い返す。
「……納得いかねぇ」
バランディの言葉など完全にスルーする、シェーラとフレディだった。




