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不機嫌顔のバランディに言い切られたシェーラは、ムッとする。
ジロリとバランディに視線を向けて、二人はそのまま睨み合った。
「――――ジル、私もあなたの言葉に全面的に賛成ですが、今はそんな睨み合いをしている場合ではないでしょう?」
シェーラとバランディの間に割って入ってきたのはフレディだ。
しかし彼までバランディに賛成とは、どういうことなのか?
いつも沈着冷静。誰より正しい判断をするフレディに、そんな風に言い切られたシェーラは、はっきり言って面白くない。
機嫌を損ねた様子の彼女に、困ったように笑いながらフレディは話しかけてきた。
「それよりもシェーラさん、諜報員を見つけられないのなら、何故最近仲間になった者たちを、教えてほしいと言うのですか?」
彼の疑問は、当然のものだった。
シェーラは、少し言い淀む。
実を言えばシェーラは、諜報員をまったく見つけられないかと言えば――――そうではなかった。
(話し方とか微妙なアクセントとか、体の動きやらなんやらで、注意深く観察すれば、たぶんできるとは思うのよね? 女皇だった時も、他国の間者とか結構見つけたし。弟がこっそり付けてくれた皇国側の隠密なんかも、かなり見破ったもの)
おかげで諜報機関の長官からは、『配下が自信を無くすので、御自身に不都合がない限りは、知らないふりをしてあげてください』と、拝まれるレベルでお願いされた。
諜報員の幹部昇進テストに『皇姉殿下に見つからないこと』などという項目があるとかないとかの噂も聞いたが――――さすがにそれは冗談だろう。
(それに、皇国の間諜を炙り出すのはもっと簡単だわ。私の――――“女皇の皇気”を見せれば、きっと彼らは何かしらの反応を示すはずだもの)
皇族が長年の精神鍛練により身に付けるオーラである皇気。
普段シェーラが使っているのは”普通”の皇気だが、それとは別に、特別な鍛錬を積んで自分独自の色を持たせた皇気が、皇家には存在した。
(色って言うか? 輝きって言うか? ……ともかく、他とは違う波長を出すことができるのよね。……まぁ、とは言っても簡単にできることじゃないし、いくら皇家の者でも普通はそこまで鍛練しないんだけど)
そこまでするのは、皇位に就く者くらい。
色のついた皇気は、普通の皇気より支配力が強く、皇帝の立場になれば、それなりに便利で使い勝手もいいからだ。
(鍛練の方法自体も、本当は皇帝の一子相伝の奥義なのよね。だから、父皇帝陛下が前世の私――――ヴァレンティナに奥義を伝えて鍛錬するように命令してきた時には、なんの気まぐれかと思ったわ)
当時のヴァレンティナは、ただの皇女。父の御代はまだまだ続き、次代の皇帝は弟がなるものと誰もが思っていた。
そんな中での命令に、周囲はみんな戸惑ったものだ。
(でも、その気まぐれが功を奏したんだから、世の中わからないものね。……ううん、気まぐれなんかじゃなかったのかもしれないわ)
女皇の父である先々代の皇帝は、穏やかな気質と優れた先見の明で皇国の安定した繁栄を守った人物だ。
(前世の私を『賢帝』と呼んで讃えてくれる人もいるけれど……本当に賢帝っていうのは、父皇帝陛下のような何事もない平穏無事な治世を行った人を言うんだと私は思っているわ)
北のクリセルファ王国戦での勝利や、急遽女皇となった彼女を侮り不正を行った貴族への粛正など――――ヴァレンティナの功績として華々しく語られる事件は多い。
それに比べ先々代皇帝は、大きな事件もなく平凡に国を治めた人物で、歴史書にもあまり記載はない。
しかし、それこそが皇帝として真に理想とされる姿だとシェーラは思っていた。
(父皇帝陛下は、常に先を読み、起こりうる物事の可能性を想定して、それに対し万全の準備をされていたわ。皇族としては短い治世だったけど、功績は計り知れないものがおありになる。……私への鍛錬方法の伝達も、きっとそうした諸々の準備のひとつだったのかもしれないわ)
シェーラは、前世の父への感謝を心の中で唱える。
普段使う皇気とは違う、女皇独自の皇気。
そんなものを見た諜報員が、無反応でいられるわけがない。
女皇の皇気を使えば、皇国の諜報員を選別することは容易だろう。
(――――もちろん、そんなことしやしないけど。死んだ女皇と同じ皇気を持つ人物がいるなんて、皇国にバレたら大騒ぎになっちゃうわ)
シェーラは今の生活が気に入っている。
間違っても皇国には行きたくない。
(……何より、私はもう死んだ人間なのだもの)
強くそう思った。
シェーラは、意図せず止めていた息を、静かにフーッと吐く。
「――――私は、注意しなければいけない可能性のある人を把握しておきたいだけなんです。だからってその人に対する態度を変えるつもりはないので、そこは心配しないでください。……あ、でも対象者に独身男性がいたら……その人におつき合いを申し込むのは止めようかなって思っています」
気に入った独身男性に積極的に声をかけるシェーラ。
それはバランディ商会の男たちであっても変わらなかったのだが――――さすがに諜報員かもしれない相手とおつき合いをしたいとは思えない。
そのへんは自粛しようかなと考えていた。
「……うちの商会の独身男は、全員数年内に雇った奴だけだ」
シェーラが言ったその後で、バランディは、突然そう言い出した。
……何気にファザコンな女皇さまです(苦笑)




