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いろいろ考えてはみたけれど、国家間の戦争ともなれば、織物工場の女工が出る幕などあるはずがない。

それは誰が考えてもわかる明確な事実。


もしもシェーラにできることがあるとするならば――――



「バランディさんやフレディさんは、ゲンに知り合いがいますか?」


彼女に問いかけられたバランディたちは、怪訝な表情を浮かべた。


「こういう商売をしていると顔は広くなるからな。……多少はいるが」


なんでそんなことを聞くのかと、警戒するような表情でバランディは答えた。

聞いたシェーラは、バランディの目をしっかりと見つめる。



「だったら、内々に戦争(・・)の可能性を伝えて避難するように伝えた方がいいですよ。ゲンと皇国が戦って、ゲンの勝つ可能性はひとつもありませんから」



元々の国力が天と地ほども違う上に、既に皇国はゲンの動きを察知し、皇族自ら調査に乗り出している。


(どこをどう考えても、ゲンが勝てる要素はひとつも無いわよね。……なんでこんな無謀な戦争をしたがるのか不思議だけど、でも悲しいことに、こういうケースは過去にも多くあったわ)


北のクリセルファとの戦いもそうだった。

極寒の地が戦場ということで苦労は多かったが、それでもあの戦いで皇国が負ける可能性は少なく、女皇は何度もクリセルファに降伏するよう勧告した。


(戦争を仕掛けられた直接の原因だったクリセルファの冷害に対する支援も、充分するって約束したわ。……もっとも、行き過ぎた支援は断ったけれど)


女皇が断ったのは、不必要に多く見積もられた過度な支援金と、実際に被害を受けた民には届かず、貴族や役人が横領する可能性の大きいルートへの支援のみ。


(皇国の情報機関が多方面から検討して出した調査に基づく正しい支援をしようとしたのに、金の出し惜しみだなんて言いがかりをクリセルファはつけてきたのよ)


そして、どんなに説得してもクリセルファは戦いを止めなかった。

結果、北の国は完膚なきまでに打ちのめされ、甚大な被害を出した後に、敗戦したのだ。


(勝った皇国だって賠償金や領土では取り返せない人命を何人も喪ったわ。……戦争なんて、しても良いことは何もない)


それを思い知ったことこそが、クリセルファ王国との戦いで得た一番大きな収穫だ。



シェーラは苦い表情を浮かべる。

歴史は繰り返されるということなのか。



(それともゲンは、皇国に勝てると信じられる何かを手に入れたのかしら? そうでなければ、……“他に目的”……があるとか?)



どちらにしても、あまり考えられないことだった。

可能性としては、こちらも限りなくゼロに近いだろう。


(これ以上考えても仕方ないわ。……それに、もう私には関係ない)


シェーラはそう思って思考を止めた。



(ああ、でも――――)


「バランディさん。最近……そうですね、ここ数年間に、仲間になった人とか親しくなった方を、私に教えてもらうことはできますか?」


シェーラの問いかけに、複雑な表情で考え込んでいたバランディが顔を上げた。


「あ? ああ。それくらいかまわないが……なんでだ?」


「その中に、ゲンの諜報員が紛れ込んでいる可能性があります。ミームはゲンとの国境に近い町ですから、彼らも情報を集めようとするでしょう。その潜入先として“ここ”は最適な場所ですよね?」


聞いたバランディは嫌そうに顔をしかめる。


「そいつら全員を疑えって、言うのか?」


「そうは言っていません。中にはゲンだけでなく皇国の諜報員もいるでしょうから」


シェーラのその言葉を聞いたバランディは、「ゲッ」とうめき声をあげた。

どうやらバランディにとっては、ゲンの諜報員より皇国の諜報員の方が厄介らしい。


(それもそうかもしれないわ。……なんたってここは、バランディ悪徳(・・)商会なんだから)


最近は真面目に商売しているようだが、バランディは裏社会にかなり幅を利かせる組織の“ボス”だ。

ミームなどという片田舎の町に住みながら、彼の影響力はメラベリュー王国のみならず皇国全土にも及ぶという。

そんな商会の情報を、皇国に知られたくないに決まっていた。


(大局的に見れば、他国の諜報員の方が自国の諜報員より問題なはずだけど……脛に傷持つ身とすれば、直接害を被りそうな自国の諜報員の方が、現実的には厄介なんでしょうね)


まあそうだろうなと、シェーラは心の中で納得する。




「――――誰が諜報員か、見つけられるのか?」


しばらくして聞いてきたバランディの声は、なんだか切羽詰まっていた。



「まさか? そんなことできませんよ。……だいたい“ただの町の女工”に正体を見破られるような諜報員がいたら、そっちの方が問題でしょう?」



シェーラはあっけらかんとそう答えた。


バランディは、苦虫を嚙み潰したような顔になる。



「……誰が“ただの町の女工”だ?」


「私に決まっているでしょう?」


「絶対、違う!」



バランディは、きっぱりと言い切った。

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