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そんな、とんでもないことがあった翌日。

シェーラは、バランディ商会を訪れていた。


「……お前、国の役人に告白されて断ったそうだな」


情報が早いにもほどがあるだろう。

昨日の今日でそんなことを聞いてきたバランディを、シェーラはジロリと睨む。


「――――それ以外の選択肢が、あったとでも?」


「まあ、ないだろうな」


バランディは面白そうにクツクツと笑った。

彼の隣では、書類を読む手を止めたフレディが、上司に呆れた視線を向けている。

シェーラと目があえば、詫びるように白い頭を下げてきた。

相変わらずよくできた腹心である。





いったい、どんな気まぐれか酔狂か、シェーラにおつきあいを申し込んできたレオナルド――――いや、メラビュー王国の文官セオ・クリシュ。

しかし、一国に仕える文官が、ただの町工場の女工を本気で相手にするなど、あるはずがない。


(皇国や属国の王に仕える役人は、平民とはいえ望めば貴族とも婚姻が可能な身分だもの。わざわざ格下の平民、それも裕福な商人でもなんでもない織物工場の女工となんて本気でつき合うはずがないわ)


ましてやレオナルドは、役人どころか本物の皇族。しかも皇太子の第三皇子だ。

皇位継承権は低くとも、皇家の一員であることは間違いない。


(レオは、冗談や冷やかしで平民女性に告白するような性格じゃないはずだけど……でも、だとしたら、なおさら私とつき合うなんて、させちゃいけないわ)


レオナルドの真意は、わからない。

昨日も、とんでもない告白をしながらも、シェーラが断れば「残念だな」という一言だけで、あっさりと彼は引き下がった。

その後は、シェーラに告白した事実などなかったように振る舞ったのだ。


おかげで社長や工場長などは、自分たちは白昼夢を見たのではないかと思っているくらい。


(図柄の説明も、あれ以上は問い詰められなかったし……そもそも、レオがこんな田舎町にいることからして、おかしいわよね?)


どうしてレオナルドは、属国メラビューにいるのだろう?

それを確かめるために、レオからの申し出を受ける方法もあったのだが――――シェーラは、あえて断った。


(何か目的があって、私におつきあいを申し込んだのかもしれないけれど……レオは、他人を利用して、平気でいられるような子じゃないもの。目的を達して私と別れる時に、きっと自己嫌悪で私以上に傷ついてしまうわ。……レオに、そんな悲しい思いをさせたくない!)


だからシェーラは、バランディの元に来たのだった。

表情を引き締め、バランディとフレディの顔を正面から見つめる。



「――――バランディさん、最近何か変わったことはありませんでしたか?」



シェーラの問いかけに、バランディとフレディの動きが止まった。



「……それは、どういう意味だ?」


低い声で聞いてくる。


「そっくりそのままの意味ですよ。……こんな田舎町に、王都の役人が来るなんて不自然でしょう? それも、ちょっと人気になっているとはいえ、たかが町工場の一商品の調査だなんて――――怪しさ満点です。他に目的があって、商品の調査を隠れ蓑に使っているって考えるのが“普通”です」


シェーラの言葉に、バランディは顔をしかめた。

フレディは顔をうつむけ、背中からこぼれ落ちた白い髪を一房、ギュッと握る。


「……そんな考え、“普通”じゃないだろう」


バランディは、呆れたようにそう言った。


「“普通”の人ならば、自分の商品が調査されたことに心配でたまらなくなるか……そうでなければ、注目されたことに有頂天になるかのどちらかだと思いますよ」


フレディまでそんなことを言いだした。

シェーラは、キョトンとしてしまう。



「“普通”の人って、両極端なのね?」


「お前は、その極端のさらに外れだ!」


「え~?」


バランディに怒鳴られて、シェーラは口を尖らせた。

両極端のさらに外れとは、いったいどこのことだろう?


(失礼しちゃうわ)


不満タラタラに睨みつければ、バランディは大きなため息をついた。

自分の髪から手を離したフレディが、気を取り直して聞いてくる。


「変わったこととは、具体的にどんなことを言うのですか?」


聞かれたシェーラは、少し考え込んだ。



「……そうね。例えば物流。理由もないのに急に品薄になったり買い手が増えたりしている“もの”はないですか? 人の動きなら――――仕事の内容がはっきりしない高賃金の求人が増えているとか? ……あとは、そうそう、居酒屋なんかで不平不満を煽る人はいないでしょうか?」



顎に人差し指を当てたシェーラは、可愛らしく首を傾げて言葉を紡ぐ。

その様子を見たバランディは、ピクピクと顔を引きつらせた。

フレディは、こめかみを押さえグルグルと揉みはじめる。


「……お前は、そういったことが起こる“原因”をわかって言っているのか?」


不機嫌そうにバランディは聞いてきた。

当然だろうと、シェーラは思う。

ちょっと考えれば、誰にだってわかることだ。



「――――戦争の予兆です。(いくさ)を企む者は、まず自分たちの備蓄を増やしますし、人手もいるので人足をたくさん雇おうとしますから。……戦の前に、相手国内の不満を煽って、足元を崩す情報戦を仕掛けるのは、常套手段でしょう?」



平然としてシェーラはそう答えた。





「……この平和な世の中にか」


バランディの声は低かった。

性格はともかく、この声は好きだなとシェーラは思う。



「そうですね。北のクリセルファ王国との戦争はもう二百年前。その後ずっと長きに渡り皇国は平和を維持してきました。……でも、決して戦いの火種がなかったわけではないですよ。人知れず危機は訪れ、水面下でこっそりと処理されてきただけのことです。……繰り返されてきた危機のひとつが、今度はこの地域で起こったのだとしても不思議はないでしょう?」



ミームは田舎町だ。

皇国の東の端に位置するメラビュー王国の、中でも東寄りに町はある。


(国境の町ではないけれど……でも、限りなく国境に近い位置にある町だわ)


広大な皇国の地図から見れば、国境の町もミームもほとんど変わりはない。

戦争の予兆が国境近くで顕著に現れるのは、よくあること。



「……やっぱりお前は“普通”じゃねぇよ」



どこか呆れたようにバランディは呟いた。

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