表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/72

18

(レオったら、乙女心をなんだと思っているの!? ……そう言えばレオは末っ子。甘やかされて、ちょっと失言しても謝れば直ぐに許してもらえるからって、ズケズケ言いたい放題のところがあったわね)


可愛い姪孫の“玉に瑕”を、シェーラはようやく思い出す。


(ずっと結婚しなかった前世の私に『どうして結婚しないの?』って、いつまでもしつこく聞いてきたのも、レオくらいだったわ)


大人は全員彼女の事情をわかっていたし、最初はわからない他の子供たちも、ヴァレンティナや他の大人たちが困った表情を浮かべれば、そこは察して引いてくれた。

そんな中、レオだけはいつまでも理由を聞き続けたのだ。


そしてついには、


『結婚するお相手がいないの? だったら、僕が伯祖母(おおおば)さまと結婚してあげる!』


そう高らかに宣言したのだった。


(あの時のレオは、本当にまだまだ幼い子供だったのよね。だから、みんな苦笑して――――私も一緒に笑ったわ。……そう、確か『大人になって、とびきりのいい男になったらね』って答えたんじゃなかったかしら? …………でも、レオはもう五十七歳。あの時とは違うのに! 言っていいことと悪いことの分別くらいつくはずでしょう!)


シェーラは、キッ! とレオナルドを睨む。



「……『フラれた』『フラれた』って、何回も! 私の男運が悪いから、なんだって言うんです!? デリカシーがないのにも、ほどがあるでしょう!!」



腰に両手を当て、胸を反らせ、シェーラは怒鳴った。

部屋の入口近くに立っている彼女は、座っているレオナルドを勢い見下ろす形になる。


可愛いらしい外見の少女に、遠慮なく怒鳴られたレオナルドは、呆気に取られたように形のいい唇をポカンとあけた。

信じられないものを見るような視線を、シェーラに向けてくる。


そんなレオナルドの前に座っている社長は――――可哀そうなくらい顔を引きつらせていた。ピキッと動きを止め、少し広めな額にポツポツと汗が浮き出はじめる。

壁際に立っていた工場長は――――顔色を青ざめさせ、カタカタと震え出した。

二人の様子を見たシェーラは――――ハッ! として、自分の失敗を悟る。


(やばっ! レオは、メラベリューの文官って設定だったわ。国の役人を町工場の女工が叱りつけるなんて、絶対まずいわよね)


今更ながらにシェーラは、自分のしたことに青くなった。

普通の平民女性なら、絶対やらない失態だろう。


慌てて腰に当てていた手を下ろし、レオナルドに対し頭を下げようとした。


そこに――――



「……ああ、そうか。そんなつもりはなかったのだが。……私はまた(・・)やってしまったのだな。陛――――祖父に、いつも注意されているのに。いつまで経っても私はダメだな」


レオナルドの低い声が聞えてきた。

なんだか弱々しい声で、シェーラは思わずレオナルドを見てしまう。


目があえば、情けなく眉を下げた美しい男が、ためらいなく頭を下げてきた。


「不快な思いをさせたのなら、すまなかった」


清々しいほどの謝りっぷりである。


これに慌てたのは、社長と工場長だった。


「そ、そんな! クリシュさま、どうかお顔を上げてください! 謝らなければならないのはこちらの方です! 当社の工員がたいへん失礼をいたしました!」


ギクシャクと立ち上がった社長は、その場で九十度の角度で頭を下げる。


「本当にその通りです! まことに申し訳ございません!」


続けて工場長が叫んだ。


「カミュさん! 君も早く謝りなさい!」


ものすごい勢いでシェーラの側に駆け寄ってきて、命令してくる。


もちろん、シェーラもそうするつもりだった。

はっきり言って自分が悪いとは欠片も思っていないのだが、身分や立場等を考えれば謝らないわけにはいかないだろう。

そう思っていたのに――――


顔を上げたレオナルドは、慌ててシェーラと工場長を止めた。


「止めなさい。悪いのは私だ。彼女に謝らせる必要は、どこにもない」


「し、しかし――――」


「私が“いい”と言っている」


レオナルドの声に、ほんの少し皇気が混じった。

それだけで、社長と工場長の体が、ビクッと震える。


――――次の瞬間、その皇気はフワッと跡形もなく消え去った。

空気が軽くなると同時に、レオナルドが(あで)やかに笑う。


「キツイ言い方になってしまってすまないな。しかし、可愛らしい少女に謝らせるなど、私にはとてもできないのだよ。……わかってくれるだろう?」


この世の者とも思えないほど美しい男に、優しく微笑まれ、なおかつ懇願され――――社長と工場長は頬を真っ赤に染めた。

コクコクとひたすら首を縦に振る。




(……あざとい。やっぱり末っ子だわ。レオったら、体は大きくなったけど、性格は子供の時のままなのね)


わがまま放題で好き勝手に振る舞うレオナルド。

皇家の問題児であった彼は、しかし皇族一の甘え上手でもあった。

レオナルドの言動にどんなに腹を立てた者も、彼が青い目をパチパチさせて『ごめんなさい』と殊勝に謝れば、たちまち許してしまうのだ。


『レオには敵わないな』が、皇族間の共通認識になっていた。


時を経ても変わらないレオナルドの言動に、シェーラは懐かしさを覚えると同時に呆れてしまう。

とはいえ、彼に謝らなくてもよくなったことに、ホッともしていた。


(どう考えても悪いのはレオだものね)


レオナルドは、美しい笑みをシェーラに向けてくる。


「私を許してくれるかな?」


「はい」


頷く以外のことなどできるはずもなかった。

シェーラの立場的に考えても当然だろう。


仕方ないなと思っていれば、立ち上がったレオナルドがシェーラの方に近づいてきた。


「ああ、よかった。君のような“好み”の女性に嫌われてしまったらどうしようかと思ったよ」


大袈裟なほどにホッとして、笑顔をますます輝かせる。




「…………はい?」


シェーラは、キョトンとしてしまった。

社長も工場長も、ポカンとする。



今、レオナルドは、とんでもないことを言わなかっただろうか?



(え? 好みって、レオが“私”――――シェーラを?)


あまりに驚きすぎて、シェーラは動くことができない。

レオナルドは、そんなシェーラの真正面に立った。



「私は、君のように意思のしっかりした女性が“好み”なんだ。君に叱られた時は、胸がドキドキ高鳴って、不覚にも動きが止まってしまったよ。……それで、先ほどの話をまた蒸し返して悪いんだけど、君は、今は誰とも付き合っていないんだよね?」



ニコニコニコニコ、レオナルドは、天使もかくやという笑顔を惜しみもせずにシェーラに向けてくる。


(……叱られて胸が高鳴ったなんて……レオったら、まさかの被虐趣味なの!?)


あまりに衝撃的な話を聞いて、シェーラは思わず「はい」と正直に答えてしまった。

これ以上はないと思ったレオナルドの美しい笑みが、ますます光り輝く。



「ああ、良かった! では、シェーラ・カミュさん。私と、つき合ってくれませんか?」



とんでもなさもここに極まれり! といった発言を、レオナルドはした。


シェーラはピキリと固まる。

社長と工場長は、口をパカンとあけすぎて顎が落ちてしまいそう。


社長室の中が、シンと静まり返る。





「…………お、お、お断りします!!」



甲高いシェーラの声が、静寂を破った。


――――フラっと体を傾げた社長が、ソファーの上にバタンと倒れ気絶する。

ガタン! と音がして、見れば工場長が椅子の背に手をかけて必死で体を支えていた。



全力で断ったシェーラは、絶対自分は悪くないと心から思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ