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レオナルドが差し出したハンカチを見ながら……まあそうだろうなと、シェーラは思う。


「これを発案したのは君だそうだが、間違いないか?」


底知れないブルーの瞳が、シェーラをじっと見つめてきた。


(う~ん! さすがレオだわ。真面目な顔が、超カッコ可愛い!)


心の中でだらしなく笑み崩れながら、しかし表面上は緊張した面持ちを保ち、シェーラは「はい」と返事した。

青い瞳がキラリと光る。



「いったい“どこ”で、この図柄を見つけたのかな?」



――――それは、遅かれ早かれ、いずれは誰かに問い質されるだろうと、シェーラが予想していた質問だった。


(まさか、こんなに早く、しかもレオに聞かれるなんて思ってもいなかったけれど)


属国の田舎町で多少ブームになった商品が、遠い皇都に伝わるには、少なくとも数年はかかるはず。

庶民の持つハンカチやショールの図柄を気に留める皇族がいるとは思わないが、皇家の抱える非常に優秀な諜報員ならば、いずれはこの図柄に気づくだろうとシェーラは思っていた。

結果、彼女の元へは諜報員の誰かが調査に来ると予測していたのだが――――


(なんでレオなの? 皇族自身がこんな調査に出向くなんて、ありえないでしょう?)


そこは疑問だが、とりあえずは用意していた答えを伝えるのが先だった。



「その図柄は、この町の北区にある本屋のベーレさんからいただいた『吉兆学論』という本の中に載っていたものです」



シェーラの答えを聞いたレオナルドは、驚いたように目を見開く。


「吉兆学論?」


「はい。……皇都の古本屋で、ベーレさんのおじいさんが買いつけた本だそうです。ただ、そもそも『吉兆学』というのがなんなのか誰もわからなくて売れなかったと聞いています」


暇を持て余した皇族の誰かがそんな本を出版したとヴァレンティナは聞いていた。

ほとんど売れなかったと、嘆いていたことも耳に入っている。

まさかこんな田舎町で現物にお目にかかれるとは思ってもいなかったが。



「……それを君が買ったのか?」


「いえ、いただいたのです。その図柄のように、美しい図柄がたくさん載っていましたから、織物工場で働く私なら興味があるだろうからと」


――――これは、本当のことだった。

この本を手に入れたからこそ、シェーラは図柄を商品にしようと思いついたのだ。


(もっとも、本に載っていた図柄には、皇家の紋様そのものはなかったけれど。……でもまあ、アレンジしましたで言い逃れる程度の図柄はあったのよね)


問い詰められたらそう答えようと、シェーラは用意していたのだ。


(まさか質問者がレオとは思わなかったけれど……でも想定問答はバッチリよ。さあ、どこからでも質問してきなさい!)


シェーラは気合いをいれてレオナルドを見る。



「――――本をもらったということは、君はその本屋の身内なのかな?」


レオナルドは、そう聞いてきた。


(あら? そっちから確認するのね)


てっきり図柄についての質問をされると思っていたシェーラは、少し意外に思う。


実はこの質問は、シェーラにとって答えにくいものだった。

とはいえ、想定内のものでもある。


「いいえ、身内ではありません。……ベーレさんの息子さんとは、その……、一時期おつき合いをしていたんです」


「おつき合い? 恋人同士だったということか?」


「はい。……フラレてしまいましたけれど」


ベーレの息子は、シェーラがフラレた三人目の相手だ。


彼は、本屋の息子というだけあって、読書好きで大人しく、目立たないが優しい青年だった。

彼と一緒に、小さな本屋を営む夢を見ていたシェーラだが……つき合い始めて一ヶ月という短い期間で破局してしまった。


原因は、本の内容を語り合う際に、シェーラが意図せず発してしまった言葉の数々だった。


『シェーラ、君はどんな本に対しても深い造詣(ぞうけい)を持っているんだね。……君の知識と感性が僕は(ねた)ましい。そんな風に思ってはいけないとわかっているのに……君と一緒にいると、僕はどんどん嫌な男になってしまうんだ』


シェーラの深い知識に嫉妬し、そんな自分を情けなく思い、止めようと思うのに止められない。

その事実により自己嫌悪に陥った男は、原因となるシェーラから離れる道を選んだ。


(正直、なによそれ? って思ったけれど……まるで元凶みたいに言われたら、もう修復は無理だもの。スッパリ諦めたわ。……まあ、きちんと理由を話してくれただけ良い方だったわよね?)


最後に別れた相手などは「ごめん」とだけ謝って、理由は一切教えてくれなかった。

サムだって、アリサが聞いてくれなければ今も理由はわからぬままだっただろう。


それに比べれば、本屋の息子は誠意があったと思う。



「……そうか。辛い話をさせてしまって、すまないな」


シェーラが少し顔をしかめ、別れた相手のことを思い返していれば、レオナルドが神妙な顔をして謝ってきた。


(ああ、もう! レオったら、相変わらず優しい子ね!)


心の中で感動しながら、シェーラは首を横に振る。


「いえ。もう終わったことですから。吉兆学の本は、お別れした時に、お父さんであるベーレさんからいただいたんです。『息子がすまない』って、謝罪と一緒に渡してくださいました。おかげで私は綺麗な図柄をたくさん知ることができましたから、気にしていません。……吉兆だって書いてあった紋様を参考に、ちょっとアレンジしてハンカチを作ったんです」


少々情けない失恋話まで暴露してしまったが、そこはサラッと流して、用意してあった言い訳をシェーラは説明する。



「――――ハンカチを?」


「ええ。そしたら、直ぐに次の彼氏が見つかって、本当に良いことが起こるんだなと思いました」


予定では、本屋の息子との別れ話はせずに、単に彼氏が見つかったとだけ話すはずだった。

シェーラは、ちょっとだけシナリオを変更する。


(図柄を使用するようになった言い訳としては、別にどっちでもかまわないはずよね?)


なんにしても、レオナルドには関係ないことだろう。

なのに――――



()の彼氏?」



なぜかレオナルドは、図柄のことではなく『次』という単語に強く反応した。


「ではその()の彼氏と、今は幸せにつき合っているのか?」


グサッ! と、見えない言葉の剣が、シェーラの胸を突き刺す。


「……いえ。その人には直ぐにフラれちゃったんです。……でも、また直ぐ次の次の彼氏が見つかりましたから」


「……()()?」


レオナルドの眉間に、理由のわからぬ深いしわが刻まれる。


「では、今度こそ、その()()の彼氏と幸せにつき合っているんだな?」




「…………あ、いいえ」


シェーラは、答えに窮した。


「なんだ? まさか、また(・・)フラれたのか? ……この図柄を持っていてそれだけフラれるなんて、あり得ないだろう? よっぽど男運が悪い(・・)んだな。……よくそれで、この図柄を商品にしようなんて思えたな」


グサ、グサ、グサ! っと、言葉の剣がシェーラを滅多刺しにする。



「……………………そんなこと、あなたに関係ないでしょう!!」



ついにシェーラは、ブチ切れた。

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