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その後、図柄の商品化の話は、とんとん拍子に進んだ。

バランディ商会は、シェーラの提案を、ほぼそのまま受け入れたのだ。

それどころか、多額の借金を全て棒引き。貸し借りのない関係で、シェーラの図柄を使った商品に投資をすると言ってきた。


(営業の一端を担いたいとまで言い出したのには、驚いたけど)


元々キャビン織物工場には、工場独自の販売ルートがある。

それとは別に、バランディ商会は自分の販売ルートに商品を流通させたいと言ったのだ。

当然、それにかかる経費は自分たちが持つと保証した。しかも利益はきちんと分配してくれるという。



「……あくどい商売に使うんじゃないでしょうね?」


あまりの好条件に、シェーラは警戒を強めた。

すると、この投資の商会側の責任者となったフレディが、商品の流れと顧客名簿、販売価格と利益まで報告するからと申し出る。


不安は募るばかりだが、そこまでされて断る理由は、どこにもなかった。



(……っていうか、断れば織物工場が潰れるんだから、元々断る選択肢なんてなかったんだけれど)


話を呑む以外できないキャビン織物工場に対し、居丈高に出なかったバランディ。

そんな彼の態度を、シェーラはちょっぴり見直した。


ものすごくいい話だったのだが――――


(私が工場へ詳しく説明をする前にバランディさんが先に動くんだもの。最初はゴタゴタしたわよね)


織物工場が潰れるかもしれないと聞いたシェーラは、「私がなんとかするわ!」と宣言してバランディ商会に乗り込んだ。

しかし、キャビン織物工場の面々は、社長も従業員も誰一人として、ただの女工のシェーラがバランディ商会を説得できるなんて思っていなかったのだ。

百パーセント無理だと諦めていたところに、事態を百八十度好転させる話が舞い込んで、織物工場は、てんやわんやの大騒ぎになった。


それでもなんとか落ち着いて、図柄を使ったハンカチやスカーフ、ショールといった製品を完成させたのは、二ヶ月後。

さすがに、『幸運を呼ぶ○○』なんて胡散臭い商品名は付けられなかったため、『持っていると幸せな気分(・・)になれるシリーズ』として、販売を開始した。


図柄の美しさと、元々の製品の質が良かったことから、徐々に売れはじめた商品は、購入者に本物の“幸せ”が次々と訪れるにつれ――――大人気となる。


(まあ、幸せと言っても、ずっと探していた物が見つかったとか、頑張って勉強していた試験に受かったとか、今までの努力が実ったとか――――そういう程度の小さな幸せなんだけど。……ああ、でもそうそう! 社長の放蕩息子が改心して戻ってきたのは、そこそこ大きな幸せだったわ)


真面目で堅実――――つまり、あまり融通のきかないキャビン織物工場の社長は、当初『持っていると幸せな気分になれるシリーズ』などという、いかにもインチキくさい商品を、自分の工場から売り出すことに、強い抵抗感を示した。

このため、誰より先にでき上がった商品を自分で持ち歩き、効果がなければ織物工場を潰してでも商品の販売を止めようと決意し、実行したのだ。


そんな社長が、図柄の入ったハンカチを手にした一週間後――――借金を親に押し付けトンズラしたバカ息子が帰ってきた。


『親父! 俺、孝行息子になる!!』


そんな宣言と共に。



聞けば、社長の息子は、一週間前に見知らぬ町で行き倒れたのだという。


(……多額の借金を親に押し付け飛び出したバカ息子の末路としては、当然の結果だわ)


ところが、なんとそこで彼は“運命の女性”に助けられ、介抱してもらったのだそうだ。


『誰も見て見ぬふりをする中で、一人だけ優しく声をかけてくれた女性(ひと)がいたんだ。水や食べ物も分けてくれて、休める場所まで案内してくれた! 彼女はまさに僕の女神だよ! 僕は運命の出会いをしたんだ!』



――――ようは、助けてくれた親切な女性に、社長の息子は一目惚れしたのだ。

しかし、勢い込んでその女性にプロポーズしたところ『自分の親を大切にできないような男とは結婚できない』と断られたのだとか。


(当たり前よね。親元を飛び出して行き倒れるような男にプロポーズされて、頷く女性がいるわけないわ。家族をないがしろにするってことは、いずれ家族となった自分だって同じような目に遭う可能性もあるんだし)


バカ息子を助けた女性は、お人好しではあったが、同時に賢い女性でもあったのだろう。


きっぱりと断られた社長の息子。

普通の男なら、ここで諦めるところだろう。

しかし、社長の息子は、甘やかされて育てられた超のつくようなお坊ちゃん。

女性の言葉を、文字通りその言葉のままにとらえて『だったら家に戻り親孝行する!』と宣言したそうだ。


『故郷に戻り真面目に働き、親の許しが出たら必ず迎えに来るから待っていて』


そう言い残した社長の息子は、女性の元から帰ってきた。




(……まあ、百パーセントその女性は、待っていてくれないでしょうけれど)


行き倒れ男との約束を律儀に守るような女性はいない。


しかし、まあとりあえず――――それはどうでもいいことだ。

肝心なのは、社長の息子が心を入れ替えて戻ってきたこと。


(さすがに、親バカな社長も、今度ばかりは息子をそのまま許すことはできなかったみたいだけど)


情に(もろ)く、社員に優しい社長は、当然ながら子供にも甘い。

つまり、哀しいくらいの親バカだったのだが――――いくら可愛い我が子とはいえ、その子のせいで工場が潰れかけてしまっては、甘いばかりでいられなかった。


なにせ、自分たちだけでなく、工場に勤める者全てが路頭に迷うところだったのだ。

これで許すようなら、親バカなだけでなく人間として失格だ。


社長は、戻ってきた息子を、殴った上で家から蹴り出し、親子の縁を切ったそうだ。


(……少しはまともな感覚が残っていて良かったわ。でもまあ、そうは言っても、結局社長の息子は、工場の下働きとして働いているし、住んでいるのも工場で借り上げているアパートなんだけど)


社長ではなく、社長の家の使用人の取りなしで、そういう措置になったそうだ。

社長も心の内ではホッとしているらしい。


なにはともあれこの件で、社長の商品への信頼も深まったので、まあ良かったのだろう。


(甘いって言えば甘いけど――――やり直しの機会を与えてやるのは許容範囲よね? それでもダメなら、その時に厳しく罰すれば良いことなんだし)


女皇時代、何人もの罪人を裁き、罰すると同時に罪を償い改心した者たちを(ゆる)した経験を持つシェーラは、そう思う。




(でも……そうねぇ~? もしもの“その時”は、どうしてくれようかしら? ……皇国騎士団の猛者たちも泣いて中止を申し入れてきた『地獄の特訓フルコース』を味わわせてやるのもいいかもしれないわ? ああ、それとも精神的にジワジワ追い詰める、どんな悪人も更生間違いなしの『四面楚歌からの心理矯正立ち直りコース』を味わってもらうのも楽しそうよね?)


クスクスと、シェーラは楽しそうに笑う。


「ちょっと! シェーラ、あなたったら、なにか怖いこと考えているんじゃない? なんだか寒気がするんだけど!」


そんなシェーラの笑みを見たアリサが、体を震わせながら聞いてきた。


「ええ? あらいやだ。そんなことないわよ。……だいたい私が考えるだけで寒くなるなんておかしいでしょう?」


「おかしくても昔からそうだもの。仕方ないでしょう!」


アリサはシェーラと幼馴染だ。しかもとても仲が良い。

このためアリサは、シェーラの起こす、普通ではありえない現象を今までたくさん経験してきていた。


その結果アリサが至ったのは――――どんなに受け入れ難い現実でも、現実ならば仕方ない――――という諦めの境地だ。


ある意味、シェーラと長く付き合っていくには必須の境地と言える。


おかげで、今回の件にも一番柔軟に対応できていたのがアリサだった。

アリサの『シェーラだもの仕方ない』という発言に、織物工場の全従業員は頷かざるをえなかったのだ。



「――――シェーラは怖いこと考えるの、一切禁止! いいわね!?」


「えぇ?」



起死回生の立ち直りを果たした織物工場に、今日も元気な声が響いていた。

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