13(別視点)
一方、シェーラが去った後の二階では、バランディとフレディが、ジッと考え込んでいた。
「……おかしな女だ。俺が本気を出したのに恐れもしなかった。あんな風に叱られたのは、子供の時以来だ」
ポツリとバランディが呟く。
今でこそ堂々たる美丈夫のバランディだが、子供時代の彼は、ずいぶん小さな少年だった。
先祖がえりを起こした皇族の血のせいで成長が遅かったからだ。
このためバランディは、今となっては信じがたいことではあるが――――いじめられっ子だった。
なまじ負けん気だけは強かったため、いつも周り中敵だらけ。
陰に日向にいじめられ、生傷が絶えない日々を送っていた。
そんな彼が最初に皇気を発露させたのは、エスカレートした“いじめ”で死にかけた時。
このまま無様に死ぬのは嫌だと、感情を爆発させたのだ。
無我夢中でバランディが暴れれば、相手は見えない何かに吹き飛ばされた。
無茶苦茶に振り回した拳にも信じられないような力がこもり、逸れた拳が石壁を打ち砕く。
それを見たいじめっ子は、ブルブル震えて土下座をし、バランディの子分になった。
その時からバランディは、悪童どもを従えるようになり――――今に至っている。
「……俺が本気で怒れば、どんなに強い奴でも怯えて言うことを聞くっていうのに」
しかしシェーラは、バランディの怒りなどものともせずに、叱りつけてきた。
その事実は、彼にとって面白くないことのはずなのに――――心のどこかでワクワクする自分を、バランディは感じている。
「あんな女は、はじめてだ。…………手に入れて屈服させたい」
それは例えるなら、未登頂の高い山に挑む登山家の心境のよう。
バランディの男の色気がただよう唇が、楽しそうに弧を描いた。
フレディは、そんな自分のボスに呆れたような視線を向ける。
今までバランディが「手に入れたい」と言って得られなかったものはなかったのだが……
今度ばかりは、どうだろうかと思う。
「……確かに、彼女は普通ではありませんね。――――初対面で、”私”に対して好奇の目を向けない人間に、はじめて会いました」
白変種として産まれたフレディは、幼い頃から常に好奇の目に晒されてきた。
自分のこの外見では仕方ないと諦めているものの……それに傷つかないわけではない。
他者からの視線にはとても敏感なフレディなのだが、シェーラの視線には彼を異形だからと蔑む気配は、いっさい見られなかった。
それだけでも、シェーラはフレディにとって特別な存在となり得る相手だ。
その上――――
「……この“幸運”をもたらす布。……もしも本当に私が目覚めたのが、この布のおかげなら――――」
「ああ。大した力だ」
バランディは、力強く断言した。
シェーラは『些細な幸運』と言った。
しかし、その『些細な幸運』があるとないとでは、かなり大きな違いが出てくるケースがある。
そのいい例が、フレディだろう。
「私が意識を失ってから、どのくらいの時間が経っていますか?」
「一週間だ。……もしも今日中に目覚めなければ、お前の体には、重大な障害が生じる可能性があると医者は言っていた」
図柄がもたらすのは、有って当然のことを少し早める程度の『些細な幸運』。
しかし、フレディの目覚めるタイミングが早いかどうかは『些細』どころか、彼のこれからの一生に関わる『大きな』ものだった。
フレディと同じように、この『些細な幸運』を、喉から手が出るほどに欲しがっている者たちが、世界にたくさんいることだろう。
「――――ジル、詳しい話を聞かせてください。まあ、その話がどんなものであれ、私の答えは決まっていますけれどね」
バランディのファーストネームは、ジルベスタという。
「ジル」と気軽に呼べるのは、今のところフレディだけだ。
目覚めたばかりの病人とは思えぬ目の輝きを見せて、フレディはそう話す。
「ああ。とりあえず織物工場の土地の売却は中止しよう。……俺もあの女を逃がすつもりはないからな」
バランディの黒い瞳の中の金彩が、物騒に光った。
同じ獲物に狙いをつけた二人の男は、顔を見合わせニヤリと笑う。
その笑みを見た少年が、部屋の隅でガタガタとふるえていた。
……少年の存在を忘れている二人です(笑)