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人が話している途中に勝手に割り込むなど、いったいどういう神経をしているのか。

シェーラは、呆れてしまう。


ベッドの上のフレディも顔をしかめた。

咎めるような視線をバランディに向けるのだが、当の本人はどこ吹く風。

フレディは、小さくため息をついて、シェーラの方に向き直った。


「……織物工場ですか?」


バランディにではなく、シェーラに対し聞いてくる。


(あら? この人は、少しはまともそうなのね。それに織物工場のことも知らないみたい。……ってことは、今回の借金の件には無関係なのかしら?)


そう思ったシェーラは、フレディに対し愛想よく笑った。


「ええ“キャビン織物工場”です。社長の息子がバランディ商会からした借金の(かた)に、土地を売り払われ潰されそうになってい――――」


「おい! 勝手に話すな」


シェーラがそこまで話したところで、またバランディが彼女の話を遮った。

フレディは、驚いたように目を見開く。

さすがにシェーラもムッとして、ジロリとバランディを睨んだ。


「聞く耳を持たない者は、いずれ自滅しますよ」


ハッキリ言ってやる。


「なんだと!」


「本当に耳が悪いんですね。そんなんで、よく大勢の人間をまとめる商会の会長なんてやっていられますね」


バカにしたように言えば、バランディは表情をきつくした。

それと同時に、彼から皇気が威圧的に発せられる。


もちろんシェーラは、この程度の皇気はへっちゃらだった。

しかし、彼女へと向かって出された皇気の余波に当てられて、フレディと部屋の中にいた少年が顔色を悪くする。


(対象以外にも影響を及ぼすなんて、この程度の皇気のコントロールもできないの?)


シェーラは、本当に呆れてしまった。

即座に、バランディの皇気を自分の皇気で打ち消す(・・・・)


「病人の前で他人を威圧するなんて、いったい何を考えているの? せっかく目覚めた人をまた気絶させるつもり!?」


腰に手をあて注意すれば、バランディは驚いた顔になった。




「――――お前は、俺が怒っても怖くないのか?」


「その程度の威圧で、怖がるはずがないでしょう?」


何をバカなことを言っているのかと、シェーラはバランディを睨みつけた。


(正式な訓練も受けていない青二才の皇気を、どうして私が怖がらなくちゃいけないのよ?)


バランディは四十五歳だと、彼の部下は言っていた。

長命種である皇族の成人年齢は五十歳。

バランディが皇族の先祖返りだとすれば、彼はまだまだ未熟なひよっ子も同然だ。


怖がるどころか、反対に怒ってくるシェーラに、バランディは呆然とした。

そんなバランディなど相手にせずに、シェーラはフレディの方に視線を向ける。


「――――あらためまして、フレディさん。私の名前は、シェーラ・カミュといいます。今ほどバランディさんが言ったように、キャビン織物工場で働く女工です。……いろいろ説明したいのですけれど、病人に長話もなんですから、詳しい話は後で他の人に聞いてください。ああ、でも間違った情報が伝わると悪いので、バランディさんからだけでなく、できれば複数の人から聞いてくださると助かります。……その上で、私の提案した書類を見ていただいて、どうするか決めてもらえると嬉しいです」


微笑みながらそう伝えた。

病人への労りを込め、できるだけ優しく微笑んだつもりなのだが、何故かフレディもバランディ同様呆然としている。


それでも、「……わかりました」と言って頷いてくれた。


(まぁ、まだ意識を取り戻したばかりだし、少しくらいぼうっとしているのは仕方ないわよね? ……あ、そうだわ!)


思いついたシェーラはバランディの方に近寄ると、何故かビクッと震えた男の手から、先ほど渡した布をサッと取り上げる。

それを今度はフレディに差し出した。


いきなり布を突き付けられたフレディは、どうしていいのかわからないようで、動きを止める。

シェーラは、彼の真っ白な手を取って、そっと布を握らせた。


「これは、私が商品化を提案した幸運を呼び寄せる図柄を織り込んだ布です。これを持っていれば、あなたが再び意識を失うことはないので安心してください。きっと直ぐに元気になれますよ。……あ、でもこの図柄が呼び寄せるのは、有って当然の幸運だけです。有り得ない幸運は起こらないので、無理は禁物ですよ。きちんと栄養と休養を取って、しっかり治してくださいね」


そう言われたフレディは、黒い目を瞬いた。


「幸運?」


「ええ。ほんの“些細”な幸運ですけれど。……でも、図柄自体も美しいから、きっと売れる商品になります。儲けも見込めない賭場に投資するよりも数倍お得ですよ」


「賭場?」


フレディは、ますますわからないといった表情で首を傾げる。

それでもじっくり考えるように布に目を向けた。



(うん。きちんと考えてくれそうだわ。これできっと大丈夫よね?)


フレディの様子を見たシェーラは、そう確信する。

伝えることは伝えたし、帰ろうとしたのだが、ふと思いついて足を止めた。


「あ! そうそう。その図柄に効果があるからといって、私に断りなく勝手に使用するのはお勧めしませんよ。私、その図柄の効果を打ち消す(・・・・)図柄も知っていますから。著作権の侵害には徹底抗戦させてもらいます。……お願いですから、私を敵に回さないようにしてくださいね?」


シェーラは、自分的にはとびきり可愛らしく”お願い”して微笑んだ。


ところが、シェーラのその笑みを見たバランディとフレディは、揃って顔色を悪くする。

部屋の隅に居た少年などは、「ヒッ!」と息をのんで壁に寄りかかった。


(……あら? おかしいわね。皇気が漏れたのかしら? 完璧に抑えたはずなんだけど……これじゃバランディを笑えないわ。……まだまだ私も未熟ってことね)


シェーラは、ほんの少し反省する。

バランディを怯えさせたのは、まったく全然まるっきり悪いとは思わないが、病み上がりのフレディや素直そうな少年には申し訳ないと思う。


(まあ、でも今日は朝からいろいろ忙しかったんだもの。”普通の平民の少女”なら、ちょっとくらい心を乱しても仕方ないわよね?)


そもそも普通の平民の少女は、どんなに心を乱したからといって他人を怯えさせることなどないのだろうが――――まあ、そこは気にしないことにする。


今度こそ、全て話し終えたシェーラは、軽く会釈をしながらその部屋を後にした。

階下の部屋をのぞき、厳つい男たちにも愛想よく笑って(いとま)を告げる。


「うまいクッキーだったぜ」

「お茶も最高だった」

「その落ち着き様。やっぱりあんた他の組織のお嬢さんなんだろう?」

「ああ。絶対女工には見えねぇもんな」

「また来てくれよ」


バランディの元から機嫌よく帰ってきたシェーラを見た男たちは、口々にそんな声をかけてくる。


(悪徳商会なんて言われているけど、いい人たちばかりだわ)


少なくとも、皇国の狡猾な貴族共よりよほど善良なのは間違いない。


シェーラは、気分よくバランディ悪徳商会を後にしたのだった。

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