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飛び込んできたのは、シェーラと同年くらいの痩せた少年だ。

少しクセのある短い赤毛に、気弱そうな薄茶の目。

こんな悪徳商会に似合わぬ可愛い容姿の少年は、よほど急いで来たのだろう肩で大きく息をしている。


少年の声を聞いた途端、バランディは大きく目を見開いた。


「まさか! 本当なのか!?」


「は、はい! つい今しがたです! パチリと目を開けて『ジルは?』とお聞きになりました」


その言葉を聞いた途端、バランディは部屋を飛び出した。

おそらく、そのフレディとやらのところに向かったのだろう。


「お、おい! 俺らも行くぞ!」


厳つい男たちも焦ってついて行った。

後に残ったのは、まだ息の整わない赤毛の少年だけ。



シェーラはコテリと首を傾げた。

胸に手をあて、大きく呼吸をする少年に声をかける。


「ねぇ、フレディさんってどなた?」


少年は、見慣れぬシェーラを見て不思議そうに首を傾げた。

それでも、ここにいるからには商会の関係者なのだろうと思ったのか、律儀に答えてくれる。


「フレディ副会長は、ボスの右腕だよ。ボスより年は下だけど、出身地が同じ昔馴染みだって、僕は聞いている。とっても頭がよくて、うちの商会のブレインなんだ。……でも、一週間前の襲撃でボスを庇って怪我をして、外傷は大したことなかったのに意識だけが戻らなくて……このまま気がつかなかったら危ないってお医者さんには言われていた」


シェーラを自分と同年代の少女と見て取った少年は、気安い口調で話してくれる。


シェーラは、ふ~んと頷いた。

どうやら、シェーラがバランディに渡した布は、病人の意識を呼び戻したらしい。


(まぁ、この紋様で気がついたってことは、遅かれ早かれ意識は戻ったんでしょうけれど)


とりあえず、これでバランディは吉兆紋の効果を信じてくれるだろう。

織物工場の土地の売却も止めてくれるはずだと思う。




「……えっと? 君は誰? うちのお客さんの“お使い”で、きたのかな? 僕は二階に戻るけど、誰か呼んでこようか?」


少年の申し出に、シェーラは首を横に振った。


「私も一緒に行くわ。バランディさんには、もう少しお話があるの」


シェーラの言葉に、少年は心配そうな顔になる。


「今日は、もうボスは、君の話を聞いてくれないかもしれないよ?」


「あら、そんなことないと思うわ。大丈夫だから案内して」


シェーラがニッコリ笑ってそう言えば、少年はヘニョリと眉を下げた。


「……とてもそうは思えないけど……でも、じゃあ付いてきて」


そう言うと前に立って歩きはじめる。

部屋を出て、つきあたりの階段をのぼった。



「あの部屋だけど――――」


少年が指さした部屋の入り口には、大柄な男たちが十人ほど押し合いへし合いしながら詰めかけていた。

とても中に入れるような状態ではなく、少年は困ったように立ち竦む。


「フレディさんは目覚めたばかりだし、あまりうるさくしたらダメなのに」


途方に暮れたように呟いた。


それもそうだとシェーラは思う。


(仕方ないわねぇ。少し手伝ってあげようかしら)


考えながら少年の横に並んだシェーラは、わずかな皇気を手に(まと)わらせて、パンパン! と叩いた。


シェーラの小さな手が打ち鳴らされた音は、決して大きな音ではない。

それなのに、誰もの耳に届き、全員がハッとして後ろを振り向いた。


シェーラは、ニッコリ笑う。



「病人の部屋に大勢で押しかけては、いけないでしょう? フレディさんは、もう心配ないわ。大丈夫だから安心して(・・・・)各自持ち場に戻りなさい。その後で順番を決めて二、三人ずつ交代でお見舞いに来たらいいわ。……そうよね?」



隣の少年にたずねれば、少年は驚きながらもコクコクと首を縦に振った。


――――明らかに部外者である十代の少女。

普通であればそんな少女に言われたからといって屈強な“その筋”の男たちが言うことを聞くはずなんてない。

なのに何故か(・・・)彼らは「はい!」と答えた。


「確かに副会長に、ご迷惑をかけちゃいけねぇな」

「おい、出直そうぜ」

「ボス! 後で順番にまいります!」

「教えてくれてありがとうよ、お嬢ちゃん」


素直に言うことを聞き、ぞろぞろと部屋の前から去っていく男たち。

少年は、ポカンと口を開けた。

シェーラは、もう一度ニッコリ笑う。



「素直で、とてもイイ人たちですね」


「へ? ……え、え? はい?」


呆然とする少年を後目に、シェーラはすっきりとして入りやすくなった部屋に足を踏み入れた。



そこは広い寝室で大きな窓とその窓に面してベッドが一つ置いてある。

ベッドには、真っ白な青年が横たわっていた。

白く長い髪に、白い肌、少しやつれた容貌の中で目だけが黒い。


彼がフレディなのだと思われた。


(あら珍しい。目が黒いから白変種ね)


白変種とは、色素の減少で皮膚や毛が白くなった生き物の呼称だ。

シェーラは少し驚いた。

生まれ変わってから、彼女が白変種に会ったのは、はじめてだ。


(北方地域なんかには結構多いんだけど、この辺では見ないわよね。……クリセルファ王国には白変種だけの村もあるって聞いたことがあるわ)


かつて戦った北の大国を思い出しながら、シェーラはベッドに近づいていく。


ベッドの脇にはバランディが立っていて、彼女を見て顔をしかめた。



「……勝手にうちの奴らに命令するな」


「まあ、命令なんてしてないわ。皆さん大人の判断で引き下がってくださっただけでしょう?」


とんでもない言いがかりに、シェーラはツンと唇を尖らせる。

女皇の”命令”は一国に下すもの。

たかが十人程度の男を動かすくらいのことが”命令”の範囲に入るはずがない。


呆れたようなシェーラの態度に、バランディは黙りこんだ。




「……あなたは?」


そんなバランディとシェーラを不思議そうに見ながら、ベッドの上からフレディが話しかけてくる。


「はじめまして。私は――――」


「変な女だ。キャビン織物工場の女工だと言っているが、とてもそうは思えない」


自己紹介しようとしたシェーラを遮って、バランディがそう言った。

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