二話 魔法使い
ルグドール境墟州爽緑地区叶町在住叶町警察特務捜査官東郷雨彦、それが俺だ。 あ、あと、もうひとつだけ付け加えるとしたら、魔法使いだ。 魔法技術が失われつつある現代では、俺は相当なレア物。
俺の仕事は、んまあ警察だからもちろん、犯罪者の逮捕とかパトロールとかそういうのもあるんだが。 担当は主にイレギュラー対応だ。 規格外の犯罪者は人間には無理なことが多い。 だから、魔法使いである俺が動くことになる。 命令はいつも犯罪者の逮捕、不可能ならば殺せ。 それが、俺の仕事。
「ふん。 今日は、雨…か」
まったく、どうしたもんかね。 こんな天気でも関係なく出動とは。 ま、事件はこっちの都合を気にしないからなぁ。
「あ、東郷さん。 こっちです」
「おう」
周辺は警察によって封鎖された古びたビルの一階、奥から二番目の扉が人間のしたこととは思えない扉の開かれ方をされた部屋がある。 完全に外れ尋常じゃないへこみ方をした扉が反対の壁にめり込んでいた。 東郷はそんな事件現場にお呼ばれされたのだ。
「これはまた、ずいぶんとまたひどい。 魔法使いでもこれほどのことは、簡単にはできないぞ」
「まったくです。 相手が同じ人間とは思えませんよ」
部屋の入り口、そのさらに奥へと進む。
「人間とは限らない。 もしかしたら、俺と同じ魔法使いだったり、あるいは自動人形かもしれない」
「ないですよそんな。 自動人形なんて、もう何千年も前に失われた魔法技術ですよ?」
「だが、資料調べたが、ここに壊れた自動人形の体が持ち込まれているんだろ? 可能性は否定できない」
「確かに、その報告書は見ましたが。 とりあえず、現場見てくださいよ」
「よし、始めるか」
東郷は白い手袋をはめてじっくりとあたりを見回し始めた。 部屋には二人の男の遺体と血痕のついた機械、コンピューターと連動した無数の機器など様々なものがある。
まず、気になるのは、機器に繋がれた無数のコードが集まっている机。 ここでなにかを作っていたかのような感じもする。 次にコンピューター、電源が入れっぱなしで画面には起動成功と表示されている。
「…ん?」
なんだ、なにか別の表示があるな。
カチカチ
マウスで起動成功のウィンドウに隠れていたエラーメッセージを開示した。 するとそこには。
─エラー、機器の破損により一般的感情プログラムの論理思考プログラムへの上書きが不完全です。 書き換え率84パーセント─
なんだ、これ…。 一般的感情プログラム? 論理思考プログラム? いったい、なんのことなんだ? あ、もつひとつあるな。
─エラー、聴覚機能に深刻な異常有り─
聴覚…耳?
「東郷さん、なにか気になるものでもありました?」
「いや、何でもない。 それより遺体はどういう状態なんだ」
「まずそこで横たわっているのは、機器が頭に投げつけられたことが原因で頭蓋骨陥没。 機器についていた指紋は机のそばで倒れている男のものと一致、おそらく、なんらかのいざこざがあったんでしょう。 そして、その指紋の持ち主は目をえぐられ、そこから脳までなにかが貫いた形跡がありました」
「うぅ、わざわざ引っ張り出したのか? 目から脳が飛び出てやがる。 気持ち悪い」
一人はこいつが殺している。 部屋は二人が借りていた、それなのにこいつまで死亡。 第三者の関与か? こいつらの知人か、あるいは強盗か。 どちらも考えにくいな。 部屋は密室…あ、扉…。 扉は明らかに内側から破壊されているので、もともと密室であったことに間違いないだろう。 そうなると、もとから部屋には三人いたことになる。 しかし、誰だ? 部屋には二人の指紋しか確認されていない。 指紋が…ない…。
「二人の情報は?」
「どちらも物理学者です。 こっちが佐藤清盛、隣の柚子成町在住の爽緑大学の教授だそうです。 奥さんと子供が二人。 とてもやさしく、いいお父さんだったそうです。 そして、机のそばのこの男は、後藤正喜。 叶町在住の無職、以前は佐藤と同じく爽緑大学の教授を、そして自動人形研究家でもあります。 家族は、奥さんと娘がいました」
「いた…。 亡くなったのか?」
「はい。 ひどい交通事故ですよ。 後藤正喜は大学で講義をしているとき、奥さんと娘さんは車で買い物に出掛けようとしましたが、どうも車の調子が悪く、仕方なくバスで買い物に。 その日は今までにないくらいのものすごい渋滞で、バスもその渋滞につかまっていました。 それで踏み切りに入ったときです。 前も後ろも横もすべて車で埋まっていてバスは身動きとれなくなりました。 運転手は必死に退いてくれと叫びましたが聞こえてないのかなんなのか一向に退く気配がなかった。 運転手の機転で乗客に降りるよう呼び掛けましたが間に合わなかった人が。 それが後藤正喜の奥さんの真奈美さんと娘の里沙さんでした。 その事故は他に七人が亡くなられています。 これが、その資料です」
警官が東郷にタブレットを手渡した。 画面には悲惨な事故現場の画像がいくつも保存されていた。
「踏み切りバス事故か」
「そうです。 それから大学を辞め、無職に。 近隣住民の話ではいつも、「里沙、必ず生き返らせてあげるからね」と独り言を言っていたそうです」
必ず生き返らせてあげるからね…か。 その結果がこれなのか?
「東郷さん」
「んー?」
「このビルの近くで昨夜、着ていたもの奪われたって女性が来てます」
「今どき、追い剥ぎか? それがなんだ?」
「それが、ちょっと気になること言ってまして」
「あ?」
「襲ってきたのは女性で服を着ていなかった。 首を閉められそうになったので抵抗したら、電撃を受けて気絶したと」
「それが? ただのスタンガンじゃないのか?」
「相手は確実になにも身に付けていなかったらしいんです」
「はぁ。 一応、話だけでも聞いておこう。 どこにいる」
「こちらです」
その女性から話を聞いた。 スマホに夢中で気付かなかったらしく、一人でいるところを後ろから急に襲われたと話した。 しかし、それがこっちの犯人だったとしても犯行時刻があわない。 ビルから追い剥ぎ現場までかなり距離があるのに、さほど変わりない時刻。 普通の人間ではどうあがいてもこれは無理だ。 魔法使いにも…だ。
「おい、ここに持ち込まれてた自動人形の体は見つけたか」
「いえ、まだ見つかっていません」
尋常じゃない壊れかたをした扉。 起動成功。 えぐり出された脳みそ。 エラーメッセージ。 論理思考と一般的感情。 聴覚機能の異常。 部屋は密室だった可能性がある。 投げつけられた機器。 指紋のない第三者。 持ち込まれた自動人形の行方。物理学者の二人。 自動人形研究家の後藤正喜。 里沙を生き返らせる。 謎の電撃を放つ追い剥ぎ犯。 人間には真似できない。
「冗談のつもりだったが…本当に…自動人形? いや、ありえない。 まさかな…」
しかし、可能性が否定できない。 調べておくか。
「おい」
「はい」
「ここに持ち込まれてた自動人形の情報について集められるだけ集めてくれ」
「了解」
自動人形、何千年も前に作られた魔法で動く機械のこと。 運用方法は2つ。 ひとつはメイド、それも高貴な家の家事をこなしていた。 もうひとつの運用方法、それは兵器。 歩兵あるいは護衛などをこなしていたらしい。 ルグドールでは自動人形の製造はされていなかったが有名なところでは、ザルト、ゼルン、ドートマルグスなどだ。 その内、現在も残っている国はゼルンのみ。 技術が失われた現在では、誰も自動人形を作れない。 だが、各地でそのパーツは発見されている。 ………今は判断できないな。
「東郷さん、どこに?」
「署に戻る」
「何かあれば連絡してくれ」
「はい」
犯人が人間だろうが魔法使いだろうが自動人形だろうが、誰であっても、確実に存在はしているんだ。 この叶町のどこかに必ずいる。 いったい、どこにいる?




