第一章 鬼
「なぁなぁ肝試ししようぜ!」
あぁ、まただ、昨日も言ってたのに。
昼休みくらい静かにできないのかな…
私、里藤侑都は、高校生になってからまだ数えるほどしか経験していない昼休みをうとうとすることで満喫していた。
中学生の頃とは違い、各々が好きな場所で好きなように過ごすゆったりした時間の中で、
「お前また言ってんのかよ…いい加減諦めろって。そういうとこほんと変わんないよな」
「いいじゃんかぁ子憂ぅ…これから行事がいっぱいあったりでいつものメンバーで遊べないかもしれないだろ〜?」
「真、お前なぁ…」
中学からの仲であり、私とも仲の良い二人、剣野真と名川子憂は、肝試しをするかしないかで揉めていた。
いやあの私からしたらもうちょっと静かにしてほしいんだけど…
まぁ中学の時みたいにこうやって休み時間をエンジョイするのも悪くない……
「侑都、お前はどう思うー?」
「えっ、うわぁっ」
急に話を振られたことにびっくりしすぎて椅子から転げ落ちそうになる私。
慌てて体勢を戻したらゴンッ。
やばい足打った。あざ出来る……
「なにやってんだよー」
手を叩いて大爆笑するほどのことでもないと思うんだけどな。
ひとしきり笑って涙目になりながら、
「子憂はああ言ってるけど、結構肝試し楽しそうじゃん?」
「肝試しかー……」
みんなで集まってなにか出来るのは嬉しいけど…
……いや、私がこういうのに強いって知ってるからこそ持ちかけてきたのかな。なんかそんな気がする。
お化け屋敷と肝試しじゃなんかちょっと違うんだけどなぁ……
うーーーん……まぁ、でも……
「私は賛成かな。良い思い出作りになりそうだし…」
「ゆ、侑都は賛成なのか…!?」
あわわとうろたえる子憂がなんとも面白くて私はくすりと笑みを零す。
「やったぁ!やっぱこいつは俺の味方だなー!」
そういうと、真は座っている私の背後に回り、私の肩を持って、背の高い子憂を上目遣いで見上げた。
「そろそろ賛成していい頃なんじゃなーい?」
いひひと意地悪そうに笑う真に、
「…あぁもうわかったよ、賛成すればいいんだろ賛成すれば」
…子憂が折れた。
(まぁいつものことなんだけどね)
前からずっとそう。
真がわーーっと喋って、散々嫌がった後に子憂が納得する。
結局みんな変わってないんだな〜と思うと、大して日も経ってないのになんだかすごく懐かしい気持ちになる。
「あ、そうだ侑都、優花と光も誘ってきてくれよ」
「あっ、うん!いいよ、わかった」
「じゃあ頼んだ!いやぁ、侑都の話ならみんな乗ってくれるから助かるな〜」
思いついたように手を打って、仲の良い二人も誘いたいと言った真に、子憂も納得して頷いた。
優花と光かぁ、卒業式からメールでしかやりとりできてないなぁ…
また久しぶりに話せると思うとどこか浮ついて、足取り軽く二人のクラスへ向かった。
*
「「ええっ、肝試し!?」」
「実は…ね。お願い!一緒に参加してくれない…?」
私は一人、るんるん気分で他クラス訪問し、河原光と、幼馴染みの水刃優花を肝試しに誘っていた。真と子憂とは同じクラスだけど、光と優花とはクラスが離れちゃったのが悲しい…
うーんと唸る優花。
そういえば優花、こういう怖い系苦手だったんだった…
過去に何回お化け屋敷に入るのを全力で止められたか。
(人がやってるやつだし、別に死んじゃったりしないからああいうの楽しいんだけどなぁ…)
なんて夢のないことを考えながら二人を見つめてみる。
お化け屋敷とか肝試しが苦手な優花さえOKしてくれたらこちらとしては嬉しいんだけど…
私はおそるおそる、俯いてしまった彼女の顔色を伺ってみる。
(あっ、大変、すっごい青白い)
うんうん唸るその顔はサーっと青ざめていた。
「ゆ、優花…大丈夫…?」
「うん…でもまぁ、私は侑都ちゃんの頼みなら断りはしないけど…」
「俺も!別に乗ってやってもいいぜー」
「ふ、二人ともほんとっ!?」
青ざめながらもみんなで遊べるという嬉しさが勝ったのか、しぶしぶ了承する優花と、もともと乗り気だぜって感じの光のその言葉に私はほっとした。
(断られたらどうしようかと思ったよ……)
もう既に光は、時間とか決まったらそこ空けとかなきゃだな、なんて気の早いことを言っている。
そんな二人を見て私が笑顔になったからか分からないけど、優花の顔色も晴れて、万事解決。
「じゃあとりあえず、真のところ行ってもいい…?」
「あ、やっぱり言い出しっぺは真くんなのね」
優花が案の定だって顔してる…うん、分からなくもないけど。
*
「よし、仲良し五人組勢揃いだな!」
私が光と優花を真と子憂の待つ廊下へ連れて行くと、久しぶりの面子に喜びを隠せないといった様子の真がいた。
(みんなやっぱ集まって見てみると変わんないなぁ…)
そりゃあまぁ短い期間会えてなかっただけだけど…
でもなんか…集まってわいわいするの、すごい楽しい。
そうしてがやがやとお喋りに花を咲かせていると、子憂がごほん、と咳払いをして、本題を切り出した。
「もう二人は侑都から聞いてると思うが…肝試しをしようと思う。日時は明日の放課後、夜八時からだ。持ち物は懐中時計や携帯くらいだろ。肝試しの舞台は…」
なんかいい場所あるか?と聞く子憂。
いい場所かー…
「うーん定番は夜の学校とか公園だけど…」
「あっ、そうだ、私の家とかどう?鬼桜葉神社」
ふと思いついた我が家という選択肢に、みんなの目はキラキラし出す。
そんなみんなの目を見て、すごくいい場所ひょっとして私の家なんじゃない?とかおもっていると……
「あー!それいいかもな!」
「確かに、侑都ちゃん家、夜なら雰囲気ありそうだよね!」
「…じゃあ侑都ん家ってことだな。」
無事決定。
「そこに夜八時に集合だぞ?いいか?」
「「「「了解!」」」」
「ならそういうことで。遅れるなよー」
子憂からの説明が終わると、丁度良いタイミングで予鈴が鳴った。それぞれ久しぶりに五人で集まれる楽しみで舞い上がった気持ちを抑えながら、軽く手を振って教室に入った。
───これから起こることなど知らずに。
*
眠れない。
あれから家へ帰って、色々用を済ませ、今は布団の中にいる。明日のことが楽しみで寝られないだなんて子供みたい。でも、
(なんか寝れないんだよね…)
「あれ?」
布団から体を起こして、神職である祖父が日々の掃除で綺麗に保っている境内を眺めていたら、はらりと赤い何かが境内の小さな池の上に降ってきた。
気になってそのまま縁側に出て下駄を履き、問題の池まで行くと、そこには真っ赤な彼岸花が。
私は不自然に降ってきたそれを指でそっと持ち上げる。
「どうして急にこんな…うちでは彼岸花なんて風に飛ばされて降ってくるほど育てていないのに」
確かに私にとっては家である鬼桜葉神社は、彼岸花を模した御朱印があったり、参拝客向けのお守りやおみくじが彼岸花を象っていたりするけれど…
彼岸花を境内で大規模には育ててはいない。
厳密に言えば、祖父がたまに世話する彼岸花が少しだけあるくらいだ。
それがこんな唐突にはらはら一輪だけ落ちてくるなんて。
しかも空から。
「気になるけど…うぅ、さ、寒い…」
暖かい春の夜のはずが、なぜか寝間着の薄い着物の上から羽織りを着たくなるほど寒かった。
それになんだか良くないものの気配も感じる。
「なんだか今夜は冷えるなぁ…」
粟立つ肌を必死にさすりながら、下駄を乱暴に脱ぎ捨て部屋に駆け込む。
(ひょっとして…うちで祀ってる鬼が現れた、なんてファンタジーな展開だったりして…………)
「……やっぱそれはそれで怖いからやだな」
その時だった。
スッ…っと、私の部屋の襖の向こうを通っていく何かが見えた。
どこか赤い炎のように見えたそれはまるで……
(…まさか鬼火じゃないよね)
そんなことあってもらっては困る。
祖父でさえも見たことがない鬼火を見たーなんて、強運すぎるし第一怖い。
おそるおそる襖を開け、顔を覗かせてみるが…
…やはり見間違いだったのだろうか、しん…と静まった冷たい廊下には赤い炎もなにもなかった。
あるのは静寂と、時折聞こえる祖父の寝息。
(やっぱり見間違いだったんだ……)
疲れてるのかな、私。
そんなことを思いながら、再び寝付くまでの格闘をすべく、私は布団に戻った。
*
ついに迎えた肝試し当日。
この日の天気はなんだか重っ苦しかった。
雨が降っているわけでもこれから降り出す予報でもないのに、灰色のずっしりした雲が空一面にひろがる、正にどんより曇り空といった感じだ。
「あーあ、曇っちったなぁ…」
真が教室の窓から空を見て、ため息をついた。はたして肝試しに天気は関係あるのかどうかと問われれば大して無いとは思うけど。
「まぁ、雨は降らなさそうだし、夜八時には曇ってるかどうかわかんないんじゃない?」
「確かにそれもそうだな…それに、肝試しってのはこういう雰囲気のがいいんじゃないか?」
子憂がそう言うと、
「あ、そっか!」
さっきまでの落ち込んだ姿はどこへやら、真はぱあっと顔を明るくした。
それを見て私と子憂は二人顔を見合わせ、 どこかほっとしたように笑いあった。
────ドドドドドドドド
ん、何、なんかすごい足音が聞こえ…
「おーーい!」
「「「!?」」」
廊下を全力疾走し、教室の扉にぶち当たってぜえぜえ息を切らしながらそこに立っていたのは…
「こ、光っ!?」
なんかすごい焦ってるけど、何かあったのかな。
「ちょ、ちょっと光くん待ってよ…!」
後ろから遅れて優花も走ってきた。そして酷く怯えた表情の光は言った。
───鬼を見たんだ、と。
「「「ええっ!?鬼ぃ!?」」」
予想外のことに驚きを隠せない私たちは、光と優花の説明を、早鐘を打ち出す心臓を落ち着かせながら聞いた。
光いわく、昨夜家へ帰った後、真や子憂や優花もしているように、侑都の家である鬼桜葉神社へ参拝をしに行ったらしい。そしてその際に、黒い鬼の角を生やした着物の男が御賽銭箱に腰掛け、なにやら火の玉を周りに浮かばせながら酒を呑んでいる様子を見たというのだ。
「そ、そんな…火の玉ってことは…鬼火かもしれない…」
鬼桜葉神社は鬼神を祀っている神社であるため、私も鬼については少しわかる。
「鬼の特徴と一致する…」
そう、鬼火たるものを周りにふよふよ浮かばせられるのは鬼だ。
「やっぱりそうだよな!?鬼だよな!?」
光はよっぽど恐ろしかったのか、その時のことを思い出して涙目になりながら喚いていた。
「侑都の言う通りそいつが本当に鬼なら…」
「とんでもないことになっちゃう…」
「そ、そんなの心霊現象の類かもしれないだろ?とにかく、肝試しはさせてもらうからな!」
真は自分以外のみんなが不安そうにしているのを見て、自分まで不安になりそうになったのか、その気を紛らわすように大声で肝試し決行の宣言をした。
*
家に帰り、軽く晩御飯を食べた後、私はお気に入りの淡紅色の彼岸花をあしらった薄桜の着物を着込み、鳥居の前でみんなが来るのを待った。優花の提案でそれぞれもう夏も近いし神社に行くんだから、着物を来てこようということになり、私はみんながどんなのを着てくるのか楽しみだった。
(これでみんなの気分が晴れればいいのに…)
「あっ!」
「侑都ちゃん!」
さっそく優花が来てくれた。お上品な薄水色の地に、水の流れを模した柄が入った着物はとても優花に似合っていた。
「着物なんていつぶりだろうなぁ」
「お前の家に着物があったことが驚きだぞ、俺は」
「優花の提案に感謝しなきゃだぜー?着物もなかなかいいもんだな!」
少し後ろから光と子憂、真がやって来た。
光は向日葵の柄が入った淡い黄色の着物、子憂は桔梗色の大人めな着物、真は橙色の袖が甚平のようになった着物を着ていて、私は密かにそれぞれの性格にあった着物みたいと思い、くすっと心の中で笑った。
「にしても侑都はやっぱり彼岸花の着物なんだなー」
「神社の御朱印も彼岸花を模してるからね。それに私、彼岸花大して嫌いじゃないし…」
そうしてそれぞれの服装を褒めあったりした後、さっそく肝試しをしよう、ということになった。
「今いるこの鳥居から入って、境内をぐるーっと回ってくる感じな!」
「結構意外とぐるーっと回ると距離あるよー」
「まぁ距離は長かったほうが楽しいんじゃないか?」
「それもそうね、侑都ちゃん家大きいからいい感じかも」
「よし、じゃあ早速行くかー?」
「「「「おー!」」」」
そして私を先頭にからんころんと下駄を鳴らしながら歩き出した。
───あれ、なんか降ってきた。
「…桜の花びら?」
「ん、なんだこれ、急に降ってきたぞ」
子憂も気づいたらしく、肝試しが始まって早々立ち止まった。
「おい、なにしてんだよ、早く行こう…ぜ…?」
「え、なにこれ、桜??」
「もうここの境内にある桜は散ってるのに…なんでだ?」
異変に気づき、みんなが立ち止まり、ふっと上を見上げた瞬間───
「きゃあっ!?」
突然視界が桜吹雪で埋め尽くされた。
何とかして状況を確認しようとしたその時。
「だ、誰…!?」
必死で目を開け、前を見ると、そこには…
───鬼がいた。
その鬼は何故かこちらを向いて静かに笑っている。
なんだか消え入りそうなその姿が気になり、咄嗟に手を伸ばして声をかけようとしたが…
桜吹雪に阻まれ、気づいた時にはその姿はもう無かった。
そして、桜吹雪が止み、みんながいる方…鳥居の方に振り返ると…
「…っ!?」
全員呆然として鳥居の向こうを見ていた。理由に関しては簡単に説明がつく。そう、鳥居の向こうの景色が…
───今まで住んでいた町並みでは無かったのだから。