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第八章《小話》 夏夜の幼き鬼の神

「荒んでんなぁ…やっぱり」

 さすが隠世一の…いや、現世含めて最上級の鬼神がいるだけある。

「俺の区よりあちこちに戦った形跡があるし…ん、まてよなんだこれ、血痕?」

 俺は自らの欠けた耳と犬の尾を揺らしながらそこら中にある物々しい雰囲気を漂わせる血痕や、この区をよく飛び回っている八咫烏のものと(おぼ)しき羽を見ながら夏夜の区を一人歩いていた。

(そういえば、八咫烏は鬼神からよく夏夜の区の空の見張りを頼まれてたっけなぁ…)

 にしてもこれだけの羽が落ちていたら見張りだけじゃなくて戦いまで好んでやっていそうな感じがする。


「あれ、犬神様じゃあないですか」

「わっ…八咫烏じゃねーか、びっくりした…」

「え、絶対びっくりしてないですよね、犬神様がびっくりするって相当のことですよ」

「別にそんなこたぁねーよ」

(おっかしいなー、俺声に出して噂してた訳じゃねーんだけど)

 びっくりするほどぴったりなタイミングで目の前に降り立った八咫烏を、訝しげに見つめてみる。

「…もしかして俺の心の中見えてたりする?」

「え?突然何言いだすんです?」

 それこの間、以津真天(いつまで)にも言われたんですけど一体何のことなんでしょう…と付け足す八咫烏。

(俺だけじゃなくてあいつにも言われてるんだったらいよいよ本当にそういう能力あるんじゃねーか…?)

「いや…やっぱいいや、なんでもない」

「?…なんか今日の犬神様変じゃないですか?」

「ん、そうかー?」

 どういうことなのだろうか。

 でもそれを言うなら…

「待てよ、ここの区のほうが色々空気とかおかしくねぇか?」

「空気?」

 思い返してみれば、ここに来た理由もそれだった。

 普段からとてつもなく妖気が濃いここの区だが、今日はなんだかそれがぐっと弱まっている気がする。

「…確かに言われてみればなんだか今日はここの妖気が弱まっている感じがしますね…朝から門番の八岐大蛇さんが不審げに鬼神様のお社のほうを見ながら大蛇をそわそわと這わせていたのも、ひょっとして関係してるのでしょうか…」

「八岐大蛇…あいつが普段と違う様子の時は気を付けたほうがいいぞ、なんてったってあいつは地を這う大蛇から妖力の波動的なものを感じ取っているんだからな…」

 いつもと違う何かを感じ取ったのだとしたら、まぁそうなるだろう。


 首をかしげている八咫烏はまだ気が付いていないようだったが、俺はこの異変がどこから来ているのかわかっていた。

「もういくんですかー?」と声を上げる八咫烏に尾を一振りして応えてから、俺は心当たりのある場所…


〝鬼神の社〟に向かった。



 *



「あら、犬神様」

「久しぶりだなぁ」

「違うわよ、あなたが滅多に犬神様の来る場所を見に行ってないからそう思うだけだわ」

「あああもう、夫婦喧嘩はよしてくれよー…」

 鬼神の社へ向かう途中、夏夜の区に一つだけある小さな湖、朱幽湖(しゅゆうこ)(ほとり)で話をしていた夫婦の蜘蛛のあやかし…土蜘蛛と女郎蜘蛛に会った。

 ちなみに朱幽湖は隠世で一番水の量が少ない湖である。

 理由は、鬼神や九尾の番が妖火使いのあやかしだから、というのが正しいだろう。

 そして今俺の目の前で夫婦喧嘩を繰り広げているこのあやかしは、仲睦まじい夫婦として隠世では有名だが、実際のところ容赦なく人もあやかしも殺す最強蜘蛛夫婦であると言えよう…


「あーもう、こういう時はお互いいがみ合わないほうがいいわね。というかそんなことよりどうして犬神様がここに?」

「ん?あー、それなんだけどさ…実はここの妖気の濃さで気になったことがあって」

 妖気。

 その言葉を発したとき、二人の顔つきが変わった。

「…やっぱ犬神様も気になってたか」

「なんだか今日はいつもと感じが違うわよね…」

 …さすがこの区に住まう超上級あやかしの中で一番の強さを誇るあやかしだ。

 あの八咫烏でさえも気が付かなかったこの異変に気が付くとは。

 八岐大蛇と同レベルというわけか…

 もうどっちが門番でもおかしくないな。

「この変な感じ、つい最近までなかったのよ?」

「これはそうだな…確か鬼神様だったか九尾の番だったかが平成の世から来た特殊な人間の話をしていたあたりからだったはずだ」

「特殊な人間…」

 それには心当たりがある。

 おそらくあの五人組の中の一人の女子(おなご)のことだろう。

(最もあのうちの一人は鬼神サマに殺られてたけどなー…)

 確かに俺もあいつから妙な…というか人間にしては異常な程の妖力への耐性に驚いていた。

 まず大体からして俺の前で何ともないことのほうがおかしいのだ。

 だって今まで見てきた人間は大抵俺の前では少ししんどそうにするし、あの五人のあいつを除く四人は少しだけ辛そうだった。

「でもあいつらのせいでこうなってる…とは考えにくい…」

 そもそも鬼神はそんななよなよしたメンタルの持ち主ではない。

「犬神様。鬼神様、気になる?」

「めちゃくちゃ気になる…ってなんで急に物も言わず現れてんだ鋭峰、びっくりすんじゃねーか」

「ごめん、なさい」

「鋭峰ちゃんがいてくれたら安心ね、じゃあ私たちはここで失礼するわね」

「またなー、犬神様」

「おうよー」

「聞いて、聞いて、犬神様、聞いて」

「あーはいはい、なんだなんだ?」

 俺は今日はとんでもなく忙しい日なのか…?

 とにかくこの鋭峰の慌てよう(ほかのやつから見てもただの無表情にしか見えないが…)を見るに、この話はとてつもなく重要なのだろう。

「鬼神様ね、今、すっごく妖力、使ってる」

「そんなことだろうなーとは思っていたが…一体何に使っているんだ?」

「昔のこと、考えてる」

「昔のこと…?」

「人間、人間のころ、くらいのこと」

「…!?」

 鬼神が人間だった頃。

 それは、考えるだけでも辛くなるようなことがあった頃。

 実際に生きていた頃に直接会ったことがあったわけでもないが…

「…まずいなー…鋭峰、ちょっと急ぎだ」

「あい」



 *



「炯眼!」

「あっ、犬神様、それに鋭峰も!どこに行ってたか心配だったけど犬神様のところだったんだ」

「うん。炯眼、急ぎで、鬼神様のとこ」

「わかった、犬神様もどうぞ」

「おう…」

 鋭峰が出てきているから大体予想はついていたが、やっぱり炯眼が鳥居のところの見張りは交代するんだな…

(ってそうじゃなくて…)

 心なしか咲いている彼岸花に元気がない気がする…

 これも鬼神の妖力の影響なのだろうか。


「犬神様、これより先は犬神様お一人でお願いします」

「おねがい」

「あぁ…わかった」

 俺は、そう言う番に返事をしてから、そっと社に足を踏み入れた。



「鬼神サマ…?」

 奥のいつも鬼神がいる場所を見てみる。

 いつも通りならば、酒を飲んでいるか、なにか書き物をしている鬼神が見えるが…

「あ…」

 そこにいつも通りの光景はなかった。

 だってそこにいたのは…

 幼い顔立ちに、薄い赤の着流しから痩せた細腕を覗かせた、額に二対の鬼の角なんて生えていないただの人間だったのだから。

 その少年の顔には何やら少し怒りの色が見えており、和紙に小筆で何かを綴っている。

 時折見せる愛しいものを思うかのような表情は、正に人間のそれだった。

 ただそこで俺が何も声をかけられなかったのは、その顔立ちのなかにいつもの鬼神の面影が垣間見えていたからだろう。


「犬神…?」

「…っ!」

 その幼子がふと顔をあげ、俺の名を呼んだかと思うと…

 気づいた時にはその顔が見慣れた鬼神のものとなり、額には黒の鬼の角、着ている着物も元通りになっていた。


「?どうしたんだ、そんなところで固まって。なんだかすごくしんどそうにしているが…なにかあったのか?」

「あ…い、いや、何でもない…」

「そうか?ならいいんだが」

 鬼神がもとの姿に戻った途端に妖気の濃さもいつも通りのものとなった。

 ただ…

 その時の俺の頭の中には、その幼子が生前の鬼神のものであったのだという確信に近い思いと、その幼子…もとい、鬼神が書いていた和紙にある文が、すべて鬼神の過去の記憶であるものだったのはなぜかという疑問でいっぱいだった。





 そして後に、その鬼神がほんの少しだけ見せた憎悪に満ちた思いは溢れ、あやかしはおろか、人間までまきこむ大戦の引き金となった───

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