終電
いつもはしているイヤホンも、流石に今日はそんな気になれず外してみる。今まで聞こえなかった世界が流れ込んでくる。車輪が擦れる音、窓が軋む音、学生の世間話、何処からか聞こえてくる降車駅を知らせる機械音。そのどれもが噛み合って綺麗に聞こえてしまった。知らない世界に飛び込んだみたいで、なんだか情けなく目が潤んでしまった。
機械音に言われるがままに降りてみる。階段を降りる。風が強い。前に進めない。何処から流れてくるんだろうと足を踏ん張りながら考えにふけってみる。似たようなものを感じた事がある。そうだ。社会だ。出口は見えてるけど風の吹きどころは見えない。自然と口角が上がったから、気味悪く嗤ってみた。なかなか気持ち良い。
一際強い風が吹いて来た。同時に冷たい光も迫ってくる。いや、よく見たら暖かい。咄嗟にそれに包まれたいと身体が思った。それは正しいと脳で判断した。一歩踏み込んでみる。意外と軽い。もう一歩踏み込んでみる。足が地面に粘りついたように重くなった。光が来てる。焦りと同時に色んなものが流れてきた。濾過してみたら、残ったものは、特に何も無かった。粘りも消える。体が軽い。馬鹿みたいに軽い。飛んでみる。このまま落ちないんじゃないかとさえ思えた。光に、包まれた。
━━━車輪が擦れる音、窓が軋む音、悲鳴。やっぱり綺麗に思えた。
だから、染まる赤も、風も、きっと綺麗だったんだろう。