必殺解説表裏病
しとしとと雨が降っている。
今日訪れたのは、若い男女がふたり。珍しく二人連れだ。
顔がそっくりである。おそらく親族であろう。
「受診されるのは、山本修さん?」
私は初診表を確認する。
「えっと。初診表によれば……日常会話が困難とありますが?」
「会話、モード、オン!」
突然、山本修が叫んだ。
声がでかい。無意味にピンと腕をのばし、私を指さす……これは重症だ。
「解説します。彼、山本修は、このように叫んだり、ポーズをとらないと何事もできない状態なのであります」
連れの女性が丁寧にそう言った。
「あなたは?」
「説明しましょう。私は、山本修の双子の妹、山本静。私たちは二卵双生児であり、現在、兄、修の状態を周囲に説明しているのであります」
「なるほど」
私は、ふぅっとため息をついた。
「このようになったのはいつくらいからですか?」
修は、少し考え込んだ。
「二か月」
彼は腕をぐるりとまわした。
「前!」
叫びながら片膝をついて、ポージングをする。
「より目、にらみ目はできますか?」
「はぁーっ」
修は声を上げて、ぴたりと動きを止め、目を動かす。
見事な『見得』である。
「解説しましょう。修はこの技の習得のために、何度も歌舞伎座にかよったのであります」
間髪を入れずに、静がそう言った。
「もういい。洋子君、二人とも入ってもらいなさい」
「私、静もでしょうか?」
「はい。おふたりでどうぞ」
私は、修と静を診察室へと入れた。
「よろしく」
修は突然その場でぐるりとジャンプした。
「お願いします!」
ぴしっと腕をのばして、型を取ろうとして備え付けのベッドにぶつかった。
派手な動作をするには、診察室は、正直言って狭い。
「えっと、静さんが、解説をするようになったのも、同じ時期ですか?」
静は、デュークの顔を見て呆けている。
忘れがちではあるが、デューク・藤原はマレに見る美形であるから、女性の患者はしばしばこういう状態になることが多い。
「あの……はい、説明いたしますと、2か月ほど前からです」
はにかんだ顔で、静は答えた。
「ふむ。君たちはそれぞれ、症状は違うが、かなり重症だ。必殺解説表裏病という病気で、必ず、対になっている。つまり、どちらも一度に直さなければ、必ずぶり返すというオソロシイ疾病だ」
デュークはそう言ってから、にこりと笑った。
「幸い、君たちは二人で来てくれたから、簡単に治るだろう……洋子君」
「はい、医師」
私は、ふたりをいつもの機械の部屋へと案内をする。
複数の人間が入ることは、めったとないことではあるが、機械を二人の頭にかぶせて治療を始める。
「ふむ。やはりな。これは、dojoaj3-lkpj528『最強戦士カブキン』だな」
「では、特殊指定世界の?」
私はいつものファイルとは別の棚にあるファイルを渡す。
「ああ。今回は二人そろってきてくれたから、これ以上患者が増えることはないだろう。一人の場合だと、やっかいだが、今回は助かった……洋子君、頼む」
「了解」
私がスイッチを押すと、いつもより長い間、複雑な色合いの光が明滅した。
治療が終わり、放心している二人を私は再び、治療室へと案内する。
「山本さん、調子はいかがですか?」
「はい」
修は静かに頷いて、パッと瞳を輝かせた。
「解説します。修は、身体を動かさずに、返事ができたことを喜んでいます」
間髪を入れずに、静が解説を入れる。
デュークの顔が曇る。
「ふむ。修君。君たちに、兄弟はいるかね?」
「はい。弟が一人おります」
修がにこやかに答える。
「では、また明日にでも、弟も連れて三人で受診しなさい──ああ、静さんには、これを処方しておくよ」
「……わかりました?」
デュークに紙袋に入った何かを渡され、山本兄妹は、帰っていった。
「三人でしたわね?」
そういうと、デュークはふむ、と頷いた。
「まさか『最強戦士カブキンR』のほうだとは思わなかった。あんな特殊な異世界の患者をみたのは、はじめてだね」
デュークは肩をすくめた。
「……ところで、何を処方なさったのです?」
私の問いにニコリとデュークは笑い、私にも同じ紙袋を手渡した。
開けてみると、カメラ屋で作ったと思しき記念写真誌である。
「よく撮れているだろう? 私の写真集だよ。一日くらいなら、気が紛れて進行が遅れるはずだ。洋子君にもあげる」
「いりません」
「洋子君のために、張り切って風呂上りショットを撮ったのに」
私の突き返したアルバムを開いて、デュークは残念そうにため息をついた。