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特殊医療産業廃棄物

ちょっといつもと違う感じになりました

ここは、どこかの街のどこかにある小さな診療所。

 まだ開業前の黄昏時。ふらりとやってきたのは、顔なじみだ。

「やあ、洋子さん」

「こんにちは 田辺(たなべ)さん」

私は、にこやかに笑みを向ける。

「今日はお忙しいところありがとうございます。お待ちしておりましたわ」

 私は、白いつなぎの制服(コスチューム)をまとった、田辺浩平(たなべこうへい)を診察室に迎え入れた。

 年齢はデュークと同じ。デュークの同級生だと聞いている。誠実そうな柔和な顔立ち。笑顔が素敵な男性だ。

 医学部を卒業し、医師免許を持っているらしいけれども、本人は医師にならず、特殊産業廃棄物の処理業者になったという、変わり種。見た目とは違って、かなり変人ではある。

「浩平、久しいな」

 診察の準備を始めていたデュークが顔を上げ、田辺に椅子をすすめる。

 私が棚の書類をとろうと背伸びをすると、ひょいと手が後ろから伸びて、「これでいいのかな?」と、田辺が微笑んだ。

「はい。ありがとうございます」

 田辺は、類まれなる紳士(ジェントルマン)なのである。胸がちょっとドキリとした。

 美形耐性はついている私ではあるが、行動イケメンに耐性はあまりないのだ。

「こちら、廃棄の依頼の書面ですわ」

 とってもらった書類をデュークに渡し、捺印をもらう。

 うちで出る特殊産業廃棄物は、扱える業者も少なく、また、処理方法もかなり厳しい。

「洋子君、お茶を入れてくれるかな?」

「はい。医師(ドクター)

 田辺に椅子をすすめ、私は珈琲(コーヒー)を入れはじめた。

 時計をちらりと見る。まだ、開業までには余裕があるから、ゆっくりしてもらっても大丈夫だ。

 私はシュークリームを添えて、デュークの机に持っていく。

 診察室なので、田辺が座っているのは患者用。居心地が良いとは言えないけれど、いつものことなので、田辺も気にしていないようだった。

「景気はどうだね?」

 デュークがカップに手をのばしながら、田辺に話しかけた。

「まあまあかな。ただ、最近、厚生省の立ち入り検査がひんぱんに入るよ」

「そうか。面倒な話だね」

 ふうっとデュークはため息をつく。

「例の噂がやっぱり原因なのですか?」

 私の問いに、田辺は「そうだね」と頷いた。

 患者を異空間の干渉から解き放つ治療の際に、使う治療器具(マシン)は、患者に作用していた異空間からの干渉周波を切り離して、患者の脳内にブロック抗体を作り出す。その治療の際、産業廃棄物としてできる『結晶』を田辺は取り扱っている。その廃棄の仕方にきめ細やかな規定があり、厳重に処置されるのだが。

 最近、その結晶を服用することによって、インスピレーションが強まるなどという噂が広がり、結晶の横流しなどが裏で行われているらしい。

「実際のところ、発想力は増すかもしれないという研究データもあるから、創作関係の人間には喉から手が出るほど、欲しいんだろうけどね」

 デュークは、肩をすくめながらシュークリームを口に入れる。

「技術を伴わない発想力を得たところで、出力不良をおこして、疾病を招き寄せるなのだが」

「技術を伴わない、か」

 田辺は微かに笑った。

「そういえば、五年前にベストセラー小説を書いて辞めた男が、再雇用してくれって来たよ」

「ほう?」

 デュークの目が細くなる。

「兼業している時のほうが、アイデアがうるさいほど湧いたらしい。彼は、結晶の中和作業をする良い職人だった。迷ったが、再雇用したよ」

 田辺はカップの湯気をあごに当てる。

「そんな顔するなよ。彼は、服用は間違ってもしていないし、技術を持っているから病に倒れることもないだろう。防護服を着ていたって、結晶は作業員に影響を与えるんだ。創作技術の高い人間は、異空間からの影響を最小限にすることができる。貴重だ。知っているだろう?」

「しかしなあ……」

 デュークの顔は渋い。人材不足は深刻で、やむを得ないところではあるが、医者としては、良いとはいえないところだ。

「うちの社員は、漫画、小説、絵画、音楽、舞踏、ゲームと、とにかく芸術畑に手を出す人間が多い。たぶんそうやって出力することが、健康の秘訣なんだよ」

 田辺は苦笑しながら立ち上がった。

 書類と、結晶の入った特殊産業廃棄物の容器を受け取る。

 見送った私に「では、また」と、頭を下げて、帰っていった。



「ああ、また悪徳業者が産業廃棄物横流しでつかまったみたいだ」

デュークがパソコンを眺めて、苦笑した。

「しかし、そんなの買う人いるんですね」

被害総額は、数百万らしい。

「アイデアだけあっても、ダメなんだけどねえ。まあ、そんなものに頼らなくても、私は洋子君への愛の言葉はいくらでも出てくるのだけど」

「愛の言葉より、昇給の方がありがたいですわ」

「うん。そんな洋子君が好きなんだ」

デュークの言葉を聞き流し、私は時計を見上げる。

「そろそろ診療時間ですわ」

今日もまた、異空間は干渉続けている。患者はまたやってくるのだ。

最近は冷やかしも多くて、忙しい。

「そうそう、この前、洋子君にあげた私の写真集、電子書籍で自費出版したら、結構売れているんだよね」

「……よかったですわね」

どうりで、最近、若い女性が病気でもないのにくるはずだ。私は大きくため息をついた。







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