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大天才サカキバラ博士への道のり2

 科学防護服を着せられてやってきた都会。何もかもが珍しかった。背の高い建物群や空中車。知識にはあったし、写真も見たことあるけど俺に取っては非日常で生き生きとして色鮮やかな景色は何もかもが新鮮だった。都会の端にある巨大な施設。


【ウエハラ私設研究所本部】


 白くて半円形な大きいこの建物が今日から俺の家。


「あの素敵な家は保存しておくよ。タカには途轍(とてつ)もなく借りがある。それに僕は君にも期待しているからね」


 研究所内でウエハラ博士と共に歩いていると俺は奇異の目で見られた。スキップ混じりで外は晴天で必要ないのに手に握った傘を振り回すウエハラ博士ではなく、俺にばかり注目が集まる。解せない。


「ありがとうございます」


 周囲の目は気にしないというように俺はウエハラ博士に集中した。白い科学防護服は全身タイツみたいだから仕方ない。物凄く恥ずかしいが、これがないと俺はこの文明社会では生きていけない。


「やっとあの秘密基地ゲット。採用試験は午後だからよろしくね」


 到着したのは研究所の五階、エレベーターの数字だと最上階にある部屋だった。


 真っ白で何もないガランとした窓の無い部屋。出入り口には陰圧仕様の科学消毒部屋なる俺の為の設備がついていた。俺の新しい新居。木で出来た小さなテーブルと椅子だけが置いてある。


「間も無く荷物が来ます。それまではこちらで待機していてください。時間になったら試験会場へ案内します」


 振り返ると背後に紺色のスーツに身を包んだアイカが立っていた。主に写真でしか他人を知らない俺のアイカへの評価は「美人」


 街を眺めて往来する人と比べて気がついたがアイカは「超美人」である。そのアイカは勿体無い事に今日もニコリともしない。五才違いだけど同期入社の予定。なのにこの人俺と仲良くする気ないのかな?


「後は全部頼むよアイカ。僕はひっじょーに忙しい。これから全部アイカに頼む」


 俺の背中とアイカの腰をポンポンするとウエハラ博士は一回転してから滑るように体をズラして去って行った。「スイスイ-」と言いながら泳ぐ真似している。あまりにバカらしくて俺は吹き出したが、アイカは無表情だった。


「アイカさん、今日からお世話になります」


「かしこまりました。よろしくお願いします」


 意外にもアイカの手が出てくるのは俺よりも早かった。科学防護服越しの握手には温もりなんてないけれど、アイカはほんのすこし笑っていた。目も優しく光を帯びている。これがギャップ萌えか、可愛いなと俺はドキドキする鼓動を抑えるように深呼吸した。


「時間です。荷物が来ます」


 アイカが俺の手を離して背を向けた。共に廊下へ出ると箱を持った男たちがエレベーターの方角から歩いてきた。皆アイカを惚けた顔で見てから俺にギョッとした視線を投げる。こんなのが毎日続くのか。ちょっと、いやかなり傷つく。仕方ないけれど嫌なもんは嫌だ。


「手前のこの部屋に置いてください。あとは結構です。ご苦労様でした」


 事務的に指示して、アイカは配送者達が差し出したタブレットに指紋認証した。それからもう用はないと言うように科学消毒室へ入った。取りつく島もないアイカを残念そうに見る男たち。ザマアミロと俺は心の中で舌を出した。


「この設備と貴方の私室はウエハラ博士の負債です。たとえお金が余っていようと不必要なものです」


 科学消毒室に入るなり突然アイカが俺を睨んだ。


「え?」


「今は何の生産性もない」


 返事に困る。この人やっぱり俺と仲良くするつもりはないらしい。トモが恋しい。未来の俺に連れていかれた唯一の友達は今頃元気にしているのだろうか。


「間違えました。訂正します」


 俯いていた俺は顔を上げた。少しだけ眉毛をハの字にしてアイカはまた笑みを浮かべていた。


「今は何の生産性もない。しかし今後は違う。これなら意味が分かりますか?」


 ほとんど無表情に近いが困ったような照れたような顔つきのアイカ。そうだ、決めつけは良くない。ジイちゃんはいつも笑顔だったと俺はちょっと無理やりだけど歯を見せるように笑った。


「もちろん。今日から同期だ。よろしくアイカ」


 タメ口はやり過ぎかと思ったけど構わなかった。


「試験も結果もまだです。私は必ず合格なのでノブアキは励んでください。時間の無駄です。早く荷物を片付けましょう」


 そう言うとアイカは箱を開け出した。辛辣(しんらつ)で歯に衣着せぬ女性だが、突き抜けすぎて逆に楽しいかもしれない。俺は今度は心の底から笑顔になった。


 本棚にはジイちゃんとの思い出のアルバム、俺特選漫画のドラえもんとキャプテンとドラゴンボール。ジイちゃんのランキング3だ。小説の特選はファウンデーション、アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 、バック・トゥー・ザ・フューチャー。ジイちゃんは小説はあまり好きじゃ無かったげど俺は本が好きだ。しかし部屋は今までみたいに広くない。必要最低限だけ持ってきた。


 他には俺作の未来道具設計書、それから何冊かの絶景写真集。トモが家に来た年にジイちゃんとトモと三人で作った箪笥(タンス)。入り口にはトモと一年かかって作成した吊るし雛(兜とか男バージョンだけどなんて言うんだ?)。灯はやっぱり角行灯だけど、ウエハラ博士が新素材というので俺に害が無いランプを作ってくれた。そして小さな小さな仏壇。そこに家族三人の写真も並べた。


 ここが俺の城。科学防護服で外を自由に歩けるようになった。ウエハラ博士が開発してくれた光源カットフィルムのお陰でこれからテレビや映画も観れるかもしれない。これだけ良くして貰うのに仕事までくれる。この小さな空間だけが俺が生身の素でいられる安全圏だけど、ちっとも不満じゃない。感謝してもしきれない。


「無駄ばかりの所持品です。理解出来ません。しかしこの部屋自体は私達にも貴方にも有益です。毎日体調不良は報告してください。研究です」


 分厚いA4のノートを渡された。中には症状を記載できるようなフォーマットが印刷されたいた。いつどこで何をしたか。何を使用したか。科学防護服使用の有無。


「旧世代の紙とインク開発。いちいち貴方は手間です。しかしそれを差し引いても有益な開発です」


 アイカの喋り方や言葉選びにちょっと慣れてきた。悪意はない。翻訳すると多分こうだ、期待している。少し表情も柔らかいし期待のこもった水色の優しい瞳だ、間違いない。


「もちろん」


「いえ、もちのろん。こう言うのですよ」


 アイカはシレッとした様子でそれだけ言うと去っていった。試しに試験会場で知り合った奴に使ったら「変な奴」と大爆笑された。やっぱ、超ダサいじゃん。ちなみに俺の言葉遣いもかなり古臭いらしい。二十年間、ジイちゃんという化石とばかり過ごしていたのだから仕方ない。でも言葉や性格の中にジイちゃんが根付いて生きて呼吸しているというのが分かる度に、ちょっぴり嬉しくなる。

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