表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

俺が俺に会いにきて予言した

ここからノブ編です。

 タイムマシンで俺が俺に会いにきた。


 その日ジイちゃんが死んだ。


 俺が死に目に会えなかったから、未来の俺が会いにきたんだろう。


 タイムマシンはきっとその為に作られた。


 だって俺はジイちゃんが大好きだ。


***


 ノブアキ・サカキバラ


 日系アメリカ人の俺って存在はちょっと複雑。名前もザ・ジャパニーズだし。


 両親祖父母を一気に事故で亡くして三歳で天涯孤独になった。経緯は誰も教えてくれないが俺は六十三歳の相原隆(あいはらたかし)という日本人に引き取られた。義父であるがこの年の差。義父は自分のことを「ノブのジイちゃん」と呼んだし、俺も自然とそれが板についたようだ。


 両親に気を遣ってジイちゃんが「サカキバラ」に改名したので俺の名前は両親の苗字を継いでいる。ジイちゃんはかなりのお人好し。


 養子になって一ヶ月後、人工光源やその他新規合成物質に過剰反応する奇病、過敏性人工光源(トラーティオ)症候群(シンドローム)を発症した俺。でもジイちゃんは俺の養父を辞めなかった。スゲー謎。


 白い肌に白い髪に映える赤い瞳。アルビノだと思われていた俺は、現代に存在するありとあらゆる科学に拒絶された。


 しかし物心つく前だったので特に苦労した記憶はない。ど田舎の森の中での静かな暮らし。外出したことはないし外の世界をほとんど知らないから、家庭教師に今の暮らしが旧時代の不便な生活と言われてもピンとこない。教えられても(うらや)ましいなんて感じない。俺には明るく愉快で俺のことが大好きなジイちゃん、そして妹みたいなアンドロイドのトモが居た。お人好しのジイちゃんがそういう風に俺を育ててくれた。やっぱりスゲー謎。


 俺の20歳の誕生日から一週間後、ジイちゃんが風邪をひいた。その後肺炎で入院。誤嚥性(ごえんせい)肺炎。入院で認知症を発症、更には一気に()せ細り寝たきりになったという。遺言には「延命せずに自宅で看取り希望」という趣旨と手配が詳細に記されていた。


 理由は単純明快。ジイちゃんに何かあった時、持病のせいで俺は病院に見舞いに行けない。実際にジイちゃんが入院してもそうだった。外の世界には俺に対する毒ばかり。俺が死に目に会えるように、最後に一緒に居られるように帰ってきたジイちゃんは見る影も無かった。悔しくて悲しかったけど、ジイちゃんが寝たきりで生きるより俺の側で死ぬことを選んでくれたのはそれこそ死ぬほど嬉しかった。


 俺の人生は複雑だけど、これほど大切に育てられた息子はいないと思う。養子なのに。ジイちゃんは謎過ぎる。


***


 柔らかな木漏れ日に少し湿った空気。相変わらず昏睡している義父の相原隆(あいはらたかし)。手を握ってぼんやりしていたら、食後の睡魔に飲まれて眠っていたらしい。俺は目を覚まして真っ暗な部屋を見回した。


「何時だろう?」


 呟くと隣に座っていたらしいトモが両手で七と示した。ジイちゃんが友達のいない俺の為に十歳の誕生日に買ってきてくれた人型アンドロイド。壊れかけのトモはもう直せなさそう。喋れなくなって動きも最近おかしい。本物の人間としか思えない容姿と人工頭脳やピュアハートとかいう機能を搭載している人型アンドロイド。ジイちゃんが大奮発した超高性能アンドロイドらしい。外の世界ってすっごい進んでる。よく知らないけど。それにあんまり興味ない。


「ありがとう。灯をつけよう」


 俺が言った時にはトモが角行灯の蝋燭(ろうそく)に火をつけてくれた。


「本当に気がきくな、トモは」


 俺が笑うとトモも屈託無く笑う。全身から中身まで俺の病気に影響のないアンドロイド友達。だからトモ。よく喋るし俺としょっちゅう喧嘩するトモは、充電している時くらいしかアンドロイドだなんて思えない。「外の世界って凄い技術なんだね。毎日大変?ジイちゃん」と言ったら、ジイちゃんは「ノブもトモも働き者だからな。のび太は手伝いしないし、ドラえもんもどら焼き食べて漫画読んでばっかだぞ」とカラッと笑った。その日のおやつは手作りのどら焼きだった。食事をしないトモが羨ましそうに俺を見ていたのをよく覚えている。


「やっぱりトモを直してもらおう。もう一回ジイちゃんの書斎を探そうトモ」


 トモが大きく頷いてガッテン承知と拳を握った。それから白い歯を見せて笑う。寝室を出てジイちゃんの書斎へ向かった。俺とトモは薄明かりの中で、ジイちゃんの書斎をひっくり返した。もうすぐジイちゃんと永遠の別れが来る。トモも壊れたら俺は世界で一人ぼっちになってしまう。


「仕様書はあるのになんで他のは無いんだろう」


 高性能なトモに対して、絵本みたいな説明書しか見つけられてない。製造会社が分からないと修理に出せないのに、書斎を改めて物色しても何も見つからなかった。突然体が悪くならなかったら、ジイちゃんはトモのことを予め教えてくれただろうか。俺のために用意されていた様々な権利書と遺言にはトモについて触れられていなかった。


 リリリリリと電話が鳴ったので俺は居間へ戻った。「ジイちゃん使ってみたかったんだ」という昭和ぐらいの黒電話の模型。リリリリリリリと澄んだ音が居間に響き渡る。


「もしもしサカキバラです」


「やー、君がノブだね。僕は皆大好きシン・ウエハラだよ」


 誰だこの人。すっげー変な奴。シン・ウエハラなんて知らない。ジイちゃんは友だちが多い。沢山手紙がくるけどこいつの名前は全くもって聞いたことがない。


「僕の娘は元気かい?」


 歌うように勿体ぶった喋り方。少しイライラする。


「娘?トモのこと?」


 我が家にいる女の子はトモしかいない。


「トモ?友達!やっぱり素晴らしい名前だね!元気ってことだね」


 やけにハイテンションで疲れる。ちょっとジイちゃんに似ている。いつもなら気が合うかもしれないけど、今はこんな雰囲気の人と話す気分になれない。


「御用件は?」


 結構つっけんどんに尋ねた。その時俺の手から受話器が奪われた。


「え?」

「博士。約束通り成功しました。アイカはロゼの姉。これで信じてくれますか?」


 目の前に俺が立っていた。ほんの僅かに背が高いけど、髪は短いけれどどう見ても俺。服は白衣。俺はまだ眠ってるのか?と頬を抓った。痛い。いやそれさえも夢かもしれない。これがドッペルゲンガー?


「ドッペルゲンガーじゃ無くて未来の俺ね」


 悪戯っぽく歯を見せて笑った俺の前の俺。ジイちゃんの笑い方にそっくりだ。


「何で--……」

「五年経ったら分かるよ。俺、タイムトラベラーになったから。トモは連れていくよ」


 爽やかな笑顔に涙を浮かべた俺が書斎へ駆け出した。俺は追いかけた。書斎の扉は何かで抑えられているのか開かなかった。ドンドンと扉を叩いて俺は「トモ!」と叫んだ。書斎から俺とトモの会話が聞こえてくる。


「ミタ・トモカ。使用者変更」

「認識コードを要求します」

「コード入力。136875jtpjm3985wpjwmga346j38aptnjadwp36872jwgmw」

「パスワードを要求します」

「クジ運最悪な俺は超ラッキー!」

「パスワード2を確認しました。以後パスワード2は使用不可となります。使用者を変更します」

「よっし正解!ジイちゃんらしいな。やっぱり俺もジイちゃんと同じで勘が冴えてる!よし行こうトモ。何処に飛ばされるか分からないけど今よりマシさ。大丈夫でしょ!」


 俺は更に激しくドアを叩いて、殴った。


「ちょっと俺!トモをどうするつもりなんだよ!」

「タイムマシンを作ったんだ!俺って天才!いや大天才サカキバラ博士の誕生だ!こんな窮屈な世界から旅立つんだよ!お前には五年間愉快な友達がいるからトモとはお別れな!」


 意味不明過ぎる返事だった。俺は玄関に向かった。タイムマシンって言うからには大きな乗り物だろう。屋外にあるに違いない。外へ出て急いで書斎の窓へと向かった。ドラゴンボールに出てくるタイムマシンそっくりな塊に俺とトモが乗ってた。漫画で見るようなバチバチと電気がショートする明かりがタイムマシンを囲む。俺は全身が痒くなってカッと熱くなった。未来の俺は何ともない。


「家に戻りな。あと早くジイちゃんの所に行け」


 俺は動かなかった。


「俺、マジでタイムマシン作ったの⁈」


 ますます体が痒くなる。


「もちのろん。ヤバっ。博士のダサい台詞出ちゃった。最悪」


「博士っ--……」


 今度は誰かに体を掴まれてズルズル引きずられた。また俺だった。アルファベットのマークがついてる黒い帽子を被っている。目の前でタイムマシンと消えた筈なのに俺は俺に引きずられている。一体何が起こってるんだ?


「五年後に全部分かるよ。これ薬。良いのか分からないけど内緒な。トモとは永遠のお別れだ」


 俺から離れた俺はさっきの未来の俺と同じように爽やかな笑顔に涙を浮かべていた。白に黒い線の服はジイちゃんがこよなく愛する野球のユニフォームに似ている。自称未来の俺がスボンのポケットから小瓶を出した。


「ロゼの薬、めっちゃ効くよ!ひとまず五年は(くじ)けんな!ジイちゃんが好きな不屈の闘志だ!」


 それだけ叫ぶと未来の俺は森に消えて行った。追いかけるか迷ったけど、見つからないと思ったので諦めて家に戻った。玄関で火傷みたいに(ただ)れはじめていた肌に渡された小瓶の乳液を塗ってみた。一気に(かゆ)みが治った。何だこれスゲーと俺は(かゆ)いところ全部に塗りたくった。


「そう言えば早くジイちゃんの所に行けって何でだろう」


 夕飯も作らないといけないし俺は居間へ戻った。それから胸騒ぎがしたのでジイちゃんがいる寝室へ向かった。


「ジイちゃん……息してない」


 まだ温かい。しかしもう脈も呼吸も感じられなかった。俺の野生の勘が"未来の俺たちはジイちゃんを看取りにきた"と囁いた。二十歳の俺は大好きなジイちゃんの死に目に会えなかったけど、未来でもう一度チャンスが巡ってくる。唯一の家族を亡くし、唯一の友達トモが(さら)われたけど涙が出てこなかった。


 五年後に俺はタイムマシン開発という特大の満塁ホームランを絶対決める。そしてジイちゃんの最後に会いに来る。おそらく世界初のタイムトラベラーになり、何処にも行けない俺が何処かへ行って元気に戻ってくる。


 そんなワクワクする明るい未来を俺は信じようと思う。


 俺の名前はノブアキ。戸籍にはないけど漢字で書くと信明ってジイちゃんが言ってた!

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ