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クジ運最悪な俺と未来からきた少年少女4

 車で病院前に張り付いてはや数時間。一向に藍子(あいこ)は出てこない。後部座席でノブとトモが俺の聖書(バイブル)ドラゴンボールを呑気に読んでいる。


「お前ら漫画好きだな。トモなんてロボットなのに」


 一瞬俺を見つめてから小さく微笑むとトモは視線を戻した。コンセントに繋がっていたのを見たけれどまだ信じられない。


「類人型アンドロイド!トモはすげーんだ。もうすぐアンドロイド権も手に入れる。人間と同じように扱われるんだ!今はまあ、壊れちゃって喋れないけど」


 未来からタイムマシンでやってきた俺の息子ノブ。面白そうな設定だしと見知らぬ少年少女に付き合っていたら、本当だった。俺が信じた(ように見えた)からノブはウキウキと未来の事を話す。


「アンドロイド権?」


「鉄腕アトムみたいなの。父ちゃん分かるだろ?」


 当然みたいに言われても……分かる。俺は漫画が好きだ。漫画の神の代表作を知らない訳がない。


「ウエハラ博士っていう人が発明したピュアシリーズ。ピュアハートフォアセブンっていうのを搭載してるんだ。人が生み出した生命だって。父ちゃんが知り合いで俺のために頼んだんだよ。これ超極秘な」


 頭にハテナしか浮かばない。ノブは機嫌よさそうに鼻歌混じりにDSを操作している。


「何でまたお前のために?」


 一瞬の沈黙があってノブが口を開いた。


「誕生日プレゼント」


 何か嘘をついたと感じたがプレゼントというのは本当だろう。トモがノブの白い透明にも見える髪をそっと撫でた。その時目的の人物が姿を現した。近未来の事などまるっきりどうでも良くなって、俺は勢いよく車から飛び出した。藍子は俺に気づいてくるりと背を向け、病院へ戻るとスタッフ専用エリアへ逃げ混んだ。


 計画は失敗。


***


 ピポン


《ストーカーみたいな真似止めてください》


《隠し子なんていない》


 ピポン


《何もかも信じられません》


《だって俺は藍子が大事だから》


 ピポン


《今後は弁護士を通して下さい。警察呼びます》


 全然駄目だこりゃ。


***


 頭を抱えた俺の背中をノブが撫でた。


「あのさ父ちゃん」


「何だよ。お前このままじゃ生まれなくなるぞ。俺、藍子以外とは結婚しない」


「だからセワシ理論だって。俺は生まれるの」


 この自信は何処からくるのか、ノブはニコッと笑った。母親がノブを産んで早逝したからなのか父親(俺?)への思慕は強く感じるが母親という存在に関してはどうでも良さそう。普通逆な気がする。


「最近忙しくて殆ど会えてなかったのに誤解されて散々だな」


 もう一年も禁煙していたタバコを背広の内ポケットから取り出す。箱の中身は空。「ダメ!ゼッタイ!ダメ!」と丸い文字が書かれている。吸いたい衝動を抑える御守り。藍子と破局するなら禁煙なんて全く意味ない。


「頑張れ父ちゃん!応援してる」


 元気は出るが全く頼りにならなそう。俺は苦笑いした。


「こっちも弁護士に頼むしかないのか。本当だったら藍子とデートだったのにな」

 

 ぽりぽりと頭皮を掻き、それから髪の毛をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でると俺は背筋を伸ばした。


「ノブ、何かやりたいことあるか?行きたいところとか」


 俺を(はめ)た未来のノブはまだ平成にいる気がしてならない。何歳か知らないが大人ノブも小学生ノブと好みは似ているだろう。俺を監視しているはずだ。どうにかして(あぶ)り出してやる。


「野球!やっぱり水族館か動物園かな。映画館もいいけど遊園地。でもまずはスタジアムに行ってみたい!」


 まるで一度も行ったことが無いというように羨望に赤い瞳が煌めく。なんかまた泣けてきた。しかしコンビニや銭湯、そもそもガスコンロだけで大はしゃぎのノブを連れて行くのは正直疲れそうだった。


「よし行こう。お前ならスタジアム行ったら何する?」


「試合観る!最後にガチャガチャ。こいうやつ。くじみたいなんだろ?」


 そしたら試合後にでもノブにガチャガチャさせてしばらく遠くから監視してみよう。誰か接触したらそいつを捕まえる。

 

***


 この日の試合は大変エキサイティングだった!俺よりもノブが大興奮。俺に買わせた少しブカブカの野球帽に大きめサイズのストライプユニフォーム。スクリーンに映し出される応援歌を一生懸命叫ぶ男の子。俺は隣で感動しながらビールを何杯も飲んだ。子供もいないのにもう夢が一つ叶った。息子と外野スタンドで野球観戦。


「やばっ!見た?バックスクリーンに当たった!こんな奇跡的な特大HR観れるなんて超ラッキー!超超ラッキー!」


「超ラッキー!」


 イェーイとハイタッチして興奮する外野席の親父達ともみくちゃになる俺とノブ。残業続きで疲れきっていたのも、婚約者に婚約破棄されそうなのも、未来から来た息子が帰りたくないと駄々を()ねているのも忘れた。


 なのでノブ一人に行かせようと思っていたガチャガチャ前に一緒に並んでいた。迂闊(うかつ)すぎる。トモは休止モードとかいうやつらしく車内でブランケットにくるまってトランクの中。誰かが車上荒らしをしたら、俺は殺人犯と誤解されるかもしれない。そんな確率はかなり低い、平和な日本で良かった。そんな事を酔っ払った頭で考えていた。


 一回200円。ハズレなし。三等は過去のピンバッチとか無料配布のあまり。二等は内野自由席の無料引換券。一等はサインボール。ノブが手を離さないのもあって、俺は遠くから監視をして大人ノブを探す作戦を放棄した。ガチャガチャの前にノブと立つ。


「どうだ!」


 係員の前(・・・・)でガチャガチャのカプセルを開けると空だった。俺は目を丸めて驚いた振りをする。スタッフが慌てたのを確認して「もう一度引かせて下さい」と頼んだ。無料で二度目。そして三度目。


「父ちゃん、ガチャガチャって何にも入ってないの?」


 俺のくじ運の悪さというのはここまで凄い。ノブの言葉に青ざめたスタッフが「少々お待ちください」と言ってしばらく居なくなった。そしていかにもアルバイトだったスタッフが社員っぽい大人を連れてきた。


「申し訳ありませんでした。よろしければこちらを」


 社員が持ってきたのは一等のサインボールだった。大抵はスタッフの子が代わりに回してくれて無事に三等ゲット、たまーにお詫びと言って少し多めのピンバッチやお菓子を貰えることもある。なのに今日は社員が出てきた。サインボールなんて、これは逆にズルみたいで貰えない。俺は首を大きく横に振った。


「お子さんに。選手も子供にこそ貰って欲しいと思っていますから」


 爽やか笑顔の中年社員がしゃがんでノブの頭を撫でた。夏なのに長袖で見える肌は真っ白。駄々をこねられて買ってやった帽子で隠れているが直視すればノブの目は赤いと気づく。同情だろう。ノブが俺を見上げて首を横に振った。俺と同じくじ運の悪い息子だから俺と同じ考えなのだろう。ズルは良くない。


「ありがとうございます。でもこれも中に入れてください。息子は皆と同じが嬉しいんです」


 ふいにノブが俺の手を取って握った。強く握られて目線を落とすとノブは俯いていた。帽子のつばで目元は見えないが、きつく結んだ一文字の唇は見えた。勘違いしたような社員が涙ぐんで、うんうんと頷いた。悪いがノブは見た目はアレだがピンピン健康体だ。かなり不便ではあるが元気。本人に確認済みである。


「ではそうさせていただきます」


 返事をする前に社員は俺に400円を渡して去って行った。俺が挑戦するとまた空くじ、酷いと開かないボールが出てきそうなので俺は100円玉4枚を眺めて迷った。ノブも同じかもしれない。


「あの、僕が代わりに回しますか?」


 ノブに声を掛けたのは色白で猫目の青年だった。黒くてサラサラとした髪の毛。何処と無く藍子に似ている気がした。こいつ大人ノブじゃね?野生の勘がそう言っている。子供ノブの顔が正解だと言っている。グッジョブ、ノブ!


「お願いします」


 逃げるかと思った青年は俺に「はい」と俺に微笑んだ。それからニコニコとノブを見つめる。


「勿論です」


 青年がノブに手を伸ばした。俺は思わずノブの体を庇うように前に出た。途端にノブが走り出す。バス停の方角へ全速力。


「待ってくれ!」


 ノブを追おうとした青年を俺は足を引っ掛けさせて転ばした。それからノブを追って走り出す。運動しなくなってから早何年、体が重い!しかもビール飲み過ぎで気持ち悪い。おえっ。


「ノ、ノブ!」


 酔っ払っていようが大人は大人。おまけに小中高大学と野球一筋の筋肉バカだ。子供は所詮子供。しかもノブは超絶ノロかった。俺はあっさりとノブにすぐ追いついた。うえっ気持ち悪くて吐きそう。肩を掴んで振り返させるとノブは真っ白な顔を更に白くさせていた。


「あいつ変だ!俺と同じ顔してる!変だ!」


 再び逃げようとしたノブと俺の腕が掴まれた。そこにはさっきとは違う鹿みたいな男が立っていた。


「ノブアキ・サカキバラさん。時空管理局です。と言ってもまだ貴方の時代には存在しませんが超法規的に処罰対象となります。ご同行下さい」


 淡々とした口調だった。俺が疑問を口にする前に尻ポケットに入れていたスマホが鳴った。着信が藍子からだったので俺はこの状況でも電話に出た。


「ごめんねタカちゃん!全部誤解だったんだね!」


 いきなりの謝罪に俺は言葉を失った。


「信じなかった私が馬鹿だった!敬信(たかのぶ)が怒って調べたの!子供なんてタカちゃんにいない!」


 ごめんという藍子の謝罪の声が遠のいて、耳にぶつかっても溢れて地面へと吸われていく。藍子の幼馴染、榊原敬信(さかきばらたかのぶ)の藍子への過干渉ぶりに驚くより、藍子から電話が来たことよりも、鹿顔男が時空管理局という映画の題材みたいな話をしたよりも、''ノブアキ・サカキバラ"が消えかけている事に神経が集まっていた。


「ノブ。お前俺の子じゃないのか」


 見た目はともかく中身は疑いようもなく俺の子に見えたのに。


「すげー騙されてたなジイちゃん!」


 ノブは嬉しそうな表情をしていた。鹿顔男も消えかけている。半透明。漫画で存在が消えるのと同じ。


「未来にタイムパトロールって本当に出来るんだね。やっぱFさんはジイちゃんが言う通り偉大だわ!」


 俺は無い頭で必死に考える。猫みたいな目。榊原(さかきばら)ノブアキは藍子と榊原敬信の子。なのに俺がジイちゃん?


 孫か?


 藍子達の子と俺の子から生まれるって事なのか?全くもって理解出来ない。


「さて、これから記憶を失くすジイちゃんは誰と結婚するでしょう?やっぱ俺って最強の運。消えかけてるって事は俺の推論は大当たりだ」


 手を振る消えかけたノブを鹿顔男が捕まえようとした。しかし触れない。


「本当はさ、このまま子供になれるかもって期待もしてたんだけどやっぱり消えちゃうもんなんだな。セワシ理論とか嘘っぱち。楽しかったよジイちゃん!バイバイ!」


 ノブは泣いていた。小学生の男の子が次第に大きく成長していく。ピチピチになって窮屈そうなTシャツ、ぶかぶかだったチノパンがスキニーのようになり帽子とユニフォームがピッタリになった。


 背はあまり高くなく華奢な外国人の美青年。白い髪がサラサラと磯臭い風に(なび)いた。やっぱり口や鼻は何処と無く榊原敬信に似ていて、目元は藍子。赤い瞳の周りが真っ赤に充血している。ノブ青年は涙をポロポロと流しながらも、心底嬉しそうだった。


「っ痛!」


 背中を何かで刺された。感触的に何か針みたいなもの。なのに酷く身体が怠くなった。いつの間にか無表情のトモが俺の脇に立っていた。手に注射器を握っている。


「----だ」


 遠のく意識で叫べたのかも分からないうちに俺は倒れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 雑多に好きなものが煮詰まっている感じがして素敵な作品ですね。楽しく書かれている感じが伝わってきます!
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