おはよう眠り姫、そして破滅の純情
アイカのバグはしつこかった。俺とウエハラ博士、稀代の大天才が揃って科学の海を進んでも拒絶してくる。ここまで頑固者とはね。なんて女だ。アンドロイドと人間の愛は破滅すると自ら実演して見せ、見事に証明した。それなのにロゼのようには俺を諦められない。なんて健気で可愛い眠り姫何だろう。本当に超面倒だなこいつ!
「ふーんこれがお姉ちゃん。弟といい兄妹なら似せてくれても良かったのに。弟は見た目お兄ちゃんだし、私だけアジア人顔ってへんちくりんな兄弟」
懐かしい声に俺はバッと振り返った。アイカの顔を覗き込むトモ。後ろに微笑むロゼが立っていた。ロゼがトモを修理してくれたようだ。
「トモ!」
「酷いよノブ!タカちゃんの記憶を奪えなんて!」
6年振りのトモの声に目に涙が滲んだ。トモが俺の脛を蹴った。
「痛い!」
「嘘ばっかり!そんな力入れてないもんね」
父ちゃん譲りのニシシっという笑顔でトモが俺に抱きついた。永遠の十歳のトモの腕が腰回りに巻きつく。同じ目線だった頃が懐かしい。こんな風に俺とアイカも遠ざかっていくんだと改めて自覚した。
「ごめんトモ。あんなことさせて」
俺はしゃがんでトモと同じ目線になった。それから頭を下げた。
「まあ許すけどね。タカちゃんに頼まれてたんだ」
頼まれてた?
「28歳の俺に会うことがあるからノブに従えってね。俺の人生はお前にかかってる。お前から見て俺がノブとトモの父親に相応しかったら未来眼をくれって。ダッサイ名前だよね」
ブラウスを捲り上げるとトモはお腹を開いて中から封筒を出した。ペンギンが印刷されている。それをヒラヒラとさせてからまたお腹の中にしまった。
「トモは知ってたのか?全部?」
「うん。ノブの事頼まれたもの。なのに5年間一緒にいられないなんて思わなかった。ノブが攫うんだもの!タカちゃんに注射する話をいつもされてたよ。俺を傷つけるんじゃなくてスタンドを発動させるんだ!頼む!だって。もっとマシな例えないのかな。いつも漫画、漫画」
トモが首を竦めた。でもトモはその漫画大好きだよな。しょっちゅう読んでた。キャプテンとジョジョが大好きなアンドロイドって今後も世界で一人だけだと思う。
「それにしても変な格好!ノブ、5年間一緒にいられなかったけど元気そうで安心した」
俺の科学防護服をしげしげと引っ張って観察し終わるとトモがウエハラ博士の前へ移動した。ちょいちょいと手招きされてウエハラ博士がトモと同じ目線までしゃがんだ。開発から15年振りの感動の再会。
「ロゼがP7入れてくれたの。私もこれでPURE7ね!でも結局、最初の設定通り私はノブとタカちゃんが一番よ。よくも約束破ったわね真!」
チョップ!と叫んでトモの小さな手刀がウエハラ博士の頭を襲った。ポカンとしたウエハラ博士に追い打ちをかけるように今度は往復ビンタ。そこまで強くないけどウエハラ博士の頬が少し腫れた。
「トモやめろよ!約束って?」
「ノブはおそらく自暴自棄になってタイムトラベルしてくる。きちんと導いて元の時間軸に戻してくれ。あのタイムトラベルが無くてもタカちゃんはノブの父親になった。じゃないと辻褄が合わないもの。真と私にノブを頼んだんだよ」
トモが俺を見上げて口を尖らせた。ウエハラ博士がトモの両肩を握って体を揺らした。
「そんな話聞いてないぞ!俺が死んだらノブの面倒を見てくれって頼まれただけだ」
「えー。ペンギン柄の遺言状残ってたでしょ?」
「そんなものないよ!むしろ僕はノブを弟子にして手助けしてやってくれって頼まれたんだ!」
二人揃って不思議そうに首を横にすると、トモが「ゴメンね」とウエハラ博士の頬を撫でた。
「タカちゃん私とノブに会いたかったのね。真ならタイムマシンを作るノブを支援するもの。私と真を対立させて決めさせたかったのか。ったく死んでも迷惑かけるんだから」
たまな妙に優柔不断な父ちゃんの「俺決められない。どっちも良いんだもん」という口癖を思い出した。どっちも良いとクジ運悪いから自分で選びたくないと言っていた。
「あのさ、このトモってどうなってるの?ノブを蹴るし、博士を殴る。起動時に僕も"変態!"って突き飛ばされた。これ規格違反だろ」
ずっと傍観していたロゼが苦笑いしてウエハラ博士の頭にそっと触れた。それからトモのチョップがウエハラ博士に異常をもたらして無いかスキャンニングする。
「そんなに痛くないから大丈夫だロゼ。タカから未来からきたトモに薬を打たれたと聞いていたし、タカに強要されたからトモは規格違反で製作したんだ。法律に反しない限りノブ、トモを守る為なら人間に害を与えても良いってね」
国際アンドロイド学会理事長のくせにとんでもない暴挙を犯していたんだな。バレたら理事長罷免どころかアンドロイド製作権剥奪。科学者として永久追放される。
「そうよ。でも私は青騎士にはならないわ。だってP7はそのためのプログラミングでしょ。例え最優先者が殺されたって許すわ。Pure heartfor 7が新しく選ぶのはきっとそういう人よ。自立思考するPUREシリーズは人を愛する。愛される。そう作られたんだもの。おかげですごく楽しいわ!」
またトモがジイちゃん譲りのニシシって擬音が聞こえてくる笑顔を作った。底抜けの前向きさ。
「青騎士?」
ロゼの問いにトモが信じられないと目を丸めた。人間を憎んでロボットの国を建国しようとした青騎士。人間と対立して戦ったロボット。漫画の神様から未来への警鐘。
「鉄腕アトム読んでないの?あり得ない!」
ウエハラ博士がおずおずと口を開いた。ロゼは傷ついたように顔をひきつらせた。何も知らない人間がこんな光景見たらただの家族の痴話喧嘩だろう。
「あれ読んだら人間嫌いになるかと懸念して……」
「そうね。でも私も十分人間嫌いよ。本とか沢山読んだもの。でも青騎士みたいに一括りにしないわ。だってお父さんがそういう風に個別認識させて差別するようにしたんじゃない。破滅?そんなものこそ空想よ。お父さんのように必ずアンドロイド側に立つ人間がいる。人の夢は終わらない。アンドロイドが夢を見るって信じる人はいなくならないわ」
ウエハラ博士が号泣しだした。トモが「うわぁ汚い」と呟きながらウエハラ博士の白衣の裾をハンカチ代わりにして涙を拭いてあげた。
「人間を傷つけるなという制約がない分、P7の差別指示が著明なのかな?トモはPURE8って呼んでも良いかもしれない。より純粋に自分に相応しい相手を選ぶ。例え相手を多少傷つけたとしても、それだけじゃないっ分析してるんだ。研究データとらないと分からないけど」
興味深そうにロゼがトモを観察している。科学者の顔つき。世話焼きアンドロイド。このトモがいつか人を殺すか?ウエハラ博士が暗殺されたって法廷に突き出すだけだろう。父ちゃんならそうする。人間ならそうする。トモの人工頭脳はそんな風に人間の良心に寄り添うように造られた。人間よりも人間らしいアンドロイド、それがPUREシリーズか。ウエハラ博士の夢はとんでもない命を作り出した。
トモがアイカの頬にそっと触れた。
「それで、なんでお姉ちゃんは機能停止してるの?」
ロゼがトモに経緯を説明した。
「困ったちゃんね。自信がないからノブから逃げてるのね。最初から決めつけるなんてダメよ。壊れるまで愛される努力をしてから決めなさい。タカみたいにね。貴方が決めたたった一人はそんなに信用ならないのかしら?ふーん自分が一番、人間とアンドロイドでは幸せになれない?なら尚更起きなさいよ!屁理屈女!」
トモがアイカに自分の記憶データをアップデートし始めた。ちょっと待て、お姫様を起こすのは王子の役目だ。トモに奪われる。
「破滅したか決めるのは本人よ!一見不幸でも本人は幸せだったりするのよ!そして自分の価値は自分で決める!」
俺が止める暇もなくトモがアイカを強制起動させた。下手したらアイカがぶっ壊れる。なのにトモの自信は揺るがない。自分と同じように"アンドロイド製作の国際規格三大項目"の「アンドロイドは人間に危害を加えないように製作しなければならない」に"但し法律尊守程度"と書き換える。
「アンドロイドの新世紀の幕開けよ。こんな高度な自立思考は私達しか出来ないわ。だって父さんやノブ以上にアンドロイドを愛して、なおかつ天才的な科学者は滅多に産まれない!私達は"青騎士"を規制しないとならない!人間と共に生きる為に戦うのよ!その方が未来は明るくて面白くて楽しい!私の野望の為に起きなさい眠り姫!それに最高の人生は自分で作るのよ!」
ウエハラ博士の夢に俺がアイカに言いたかったこと全部掻っ攫われた。おまけにアイカや俺の為ではなく自分の野望のためらしい。いつの間にこんな夢を抱いた?アンドロイドは夢を抱くのか?これさえもプログラムなのか?俺達人間も遺伝子にプログラムされて細胞に支配されている。それと何が違うのだろう。答えは永遠に出ない。だって人間はアンドロイドは夢を見ないと信じたくないから。
「とんでもない発明をしましたね。世界を破滅させない科学。最後まで責任とれます?」
聞かなくても分かっていたが、俺は口にした。どんなに理解しているつもりでも決めつけは良くない。
「アイカとロゼを起こして僕はアンドロイドは心を有すると主張し新時代を生きるつもりだった。まさか娘に先を越されるとはね。子供というのは常に親を超えていく」
ウエハラ博士が常々言っていたアンドロイド権。アトムが持つ「ロボット人権」同様に、 アンドロイドに人間と同等の権利を持たせる。近代アンドロイドの始祖アイザック・アシモフから脈々と受け継がれる炎がこれから世界を燃やす。まさにプロメテウスの火。遠い未来、歴史に革命を起こした神であり悪魔と称されるだろう。
「弟子もですよ!俺はタイムマシも未来道具設計書の論文の数々も必ず真の科学へ導きます!アンドロイドの権威?俺は科学者の権威になりますから!ウエハラ博士なんて可愛いヒヨコにしてやりますよ」
俺はニシシっと歯を見せて笑った。
「おはよう眠り姫。第一助手にして専属助手。人生のパートナー。最優秀の座を争おう。俺には絶対アイカが必要なんだ」
可憐に目を開いたアイカがゆっくりと起き上がった。神々しいまでに美しいと感じるのは俺の心がアイカが一番だと告げているからだ。こんな妙ちくりんで面倒で一途な女、超面倒。俺はアイカの平手打ちを素直に受け入れた。
「貴方は間違いだらけです。私が常に教えます」
通常通りの無表情。俺は科学防護服を脱ぎ捨てた。それからロゼの薬をアイカの唇に塗った。キョトンと目を大きくしたアイカに素早くキスした。
「君となら破滅したっていい。恋って病気なんだ」
もちのろんで俺はぶっ倒れた。




