アンドロイドは恋をするのか?
目を通したアイカの学会発表資料。動画のスクリーンショット画像の山。
--アイカは僕が気に食わないんだ。プロメテウスの火だって思ってる。僕が人間を破滅へ導くってね。そのうち壊されそうだよ。だから僕はアイカが嫌いだ。
「凄いだろう。アイカは舞台上でロゼのP7に選ばれた女性Sにロゼの存在を否定させてロゼを破壊した」
小さく笑うとウエハラ博士が両手で顔を覆って俯いた。
「破滅の純情……」
笑い合うロゼと女性Sの写真を見つめながら俺は呟いた。Pure Heart for 7はアンドロイドに差別をもたらす。人間に共感し利益を供与するが、アンドロイド自身に有益だと判断した相手に尽くす。アイカは俺を選び、尽くし、俺に背中を向けられて存在を否定されたことで機能停止した。しかし俺の優先順位を下げることで自ら再起動した。
しかしロゼは違う。自ら選んだ女性Sを自分が最も傷つけたことによる破滅。この存在否定は強過ぎる。
「ロゼの最後の言葉だ。ロゼはサティを傷つけない為に最善を尽くした。でもサティを酷く傷つけた。ロゼは判断を誤った。不良品です。プログラム及び全機能の改善が必要です。ロゼは不良品として回収される為に機能停止モードに入ります」
その台詞に凍りついた。
「国際規格に項目を追加した。可能な限りの自己防衛を行うとね。でもまだロゼも起きない」
その時部屋のドアが開いた。入ってきたのはロゼだった。腕にアイカを抱きかかえている。
「おはようウエハラ博士。想定通り僕は起きたよ。サティは僕がアンドロイドだと受け入れなかった。だからもういい。彼女はそこまで美しくなかったんだ。それにアイカの陰謀だ。僕はサティに気の毒なことをしたけど僕だけの責任ではなくてほとんどアイカのせいだ。そんなところ」
冷え切った声のロゼ。ほっと胸を撫で下ろしたようで安心した表情をしてウエハラ博士が立ち上がってロゼに近寄った。しかし途中でロゼが首を横に振ったので止まった。
「別にアイカを壊したりしないよ。ウエハラ博士のようにはね」
そうではないと言うようにウエハラ博士が傷ついた顔をした。しかしロゼはキッとウエハラ博士を睨んだ。これがアンドロイドだなんて誰が信じるのだろうというくらい人間らしい激しい憎悪。ロゼは自分自身もウエハラ博士に案じられていたと認識していないようだ。思考の焦点がアイカになっている様子でチラチラとアイカを気にしている。
「ウエハラ博士、アイカに何をしたんです?」
俺は思わず立ち上がった。
「アイカには自らを人間と認識させていた。だからアンドロイドだと認識させたんだ。学会発表のためにね。ちょっと休んでもらうだけだったのに、自己認識を変更したのに起きない」
ウエハラ博士が俺を見た。初めて見る、"分からない"という困惑した表情だ。
「アンドロイドだっていうのがアイカを破滅させた!」
吐き捨てるようにロゼが叫んだ。人間だと認識しているのに、どうやってか知らないがウエハラ博士は強制的にアンドロイドだという事実をアイカに示した。矛盾を受け入れられずに機能停止したのは想像に容易い。想定内の故障。しかし自己認識をアンドロイドに変更しても直らないというのはおかしい。矛盾は解消されて何一つ問題はない。
「アイカは自分を選んだ。自分自身を一番にした。ウエハラ博士の一番になりたくて僕の研究論文に全霊を注いだ。僕のことを壊すのだって厭わなかった。人に近過ぎるアンドロイドは人類に悪影響だって自論でね」
ウエハラ博士がハッとした。しかしすぐ首を横に振って首を傾げた。新型アンドロイドは人類に有益よりも不利益。いかにもアイカが考えそうな持論だ。プロメテウスの火。人間はプロメテウスから火を与えられて幸福になったが、それ以上に高度な文明と共に争いや苦難も持つようになった。悪影響だと判断したアンドロイドが自分だったとなったのが機能停止の理由か。でもウエハラ博士は違うという表情。では何がアイカを追い詰めたんだ?
「君を破壊したあとP7の概要をアイカに教えた。アンドロイド自体に献身対象を選ばせるプログラミングだってね。アイカはそれで"これほどまで人間と類似する自立志向する機械が生き物ではないと切り捨てるのは暴論"と言ってのけた。僕と同じで」
驚いたようにロゼが腕に抱くアイカを見下ろした。アイカはアンドロイドが人類に悪影響という持論を撤回したようだ。では何故?何故アイカは機能停止し続けている。ロゼがまたウエハラ博士を睨んだ。
「アイカは自分で自分のデータを改竄した。僕がノブについて聞いてもほとんど知らないの一点張り」
「ロゼ、それは俺もウエハラ博士も知っている。それがどうした?」
今度はロゼが俺を睨んだ。
「どうした?分かるだろ!自分がアンドロイドだと知って、ノブがどうしてアイカを遠ざけたのか理解したんだ。全部アイカの為だってね。でもアンドロイドじゃノブを絶対に幸せに出来ない。これをウエハラ博士が予想出来なかった訳がない!どうしてアイカの自己認識を類人型アンドロイドに変更したんだ!」
え?
俺とウエハラ博士は同じ台詞を漏らした。
「二人して大馬鹿野郎なのか?僕達の疑似脳神経は単純じゃない!そう簡単に人一人のデータを完全には消せない!複雑な人間関係から一人だけを抹消するなんて不可能だろう⁈だから多少記録を改竄してもノブのデータは消えてない。今日のアイカの服を見て分かるだろう。ノブに貰ったパンプス。それにノブに褒められた髪型だ。アイカの宝物……」
言葉が出なかった。ウエハラ博士も想定外のようで呆然としている。ウエハラ博士がアイカに贈った新しいレモンイエローのワンピースに目を奪われて気がつかなかった。先に同じ色のパンプスをプレゼントしたのは俺だ。旅行を台無しにしたお詫びに買った。でも髪型を褒めたことなんてあったか?軽口でならありそうだけど。
「アンドロイドは恋をするのか?別にプログラムだ。違くても構わない。とにかく僕はサティが大事だった。僕に成長を促してくれて親切で、何より僕を誰よりも好きでいてくれたから。今は違くなったからもういい」
すっかり恋から覚めたというようにロゼに悲壮感はない。もう過去のことだというように親しみなんて微塵も感じられない。こうして提示されると機械なんだなと感じる。こんなあっさりと思考回路を変更できるなんて。
「アイカは自己認識変更をウエハラ博士から受けた後にすぐ自分で戻している。人間じゃないとノブと一緒にいられないから。自己認識の矛盾、ノブへの純情による破滅、開発者への反発に対する不良品との自己判断。僕と違ってアイカは一気に沢山の大きな負荷を受けた……」
もうロゼは俺のこともウエハラ博士のことも睨まなかった。懇願するようにウエハラ博士を見つめる。ウエハラ博士が崩れるように倒れこんだ。ロゼがアイカを抱えたまましゃがんで心配そうにウエハラ博士の顔を覗き込む。ウエハラ博士がアイカごとロゼを抱きしめた。
「僕は色々と見誤った……ここまでとは……」
ウエハラ博士が察したように、ロゼは少し見当違いだろう。アイカが起きない理由は俺だ。勘だけど。とんでもない才能を持って生まれてきたな。父ちゃんにアイカ。どうやら俺はどうやら異常なまでに愛されるらしい。怖くて夜逃げしたいくらいだ。他の女に見向きするのは絶対許されないだろう。永遠にPURE、泣けてくる。
「無理だ。僕が試した。バグが多過ぎる。全部データを消して再起動すれば動くけど、そうしたらもうアイカじゃない。僕はアイカが大嫌いだったけどこんなの嫌だ。アイカは何もかも受け入れたくないんだ。父さん、一緒にアイカを助けてよ……」
ウエハラ博士の夢。愛し愛されるアンドロイド。愛さないのは人間の方。ロゼはおそらくアイカから受けた仕打ちのせいで人間からの愛を諦めた。でもアイカは諦めてない。だから起きない。そういう考察をしている。ロゼの悲痛な想いが伝わってくる。
「大丈夫だロゼ。僕が直す」
燃え滾る決意の瞳をロゼとアイカに向けた二人の親の爆発頭に向かって俺は超本気チョップを振り下ろした。父ちゃん直伝だ。痛いだろう兄貴?
「何言ってるんだよ。一番の大天才の座は俺がもらう!そしてアイカをもらうよ兄貴」
ウエハラ博士とロゼが同時に俺を見た。全然似てない二人のそっくりなドングリみたいにまん丸になった目。
「アンドロイドじゃノブを絶対に幸せに出来ない?親姉弟揃って酷いじゃないか。勝手に決めるなよ。ロゼもそんな簡単に悟るな。まだ生まれたばかりだろう?未来は明るいさ」
アンドロイドは恋をするのか?
そんなのどうだっていいさ
俺はアンドロイドに恋をする
それが俺が一番最高の人生を作る方法
未来は明るいって信じるから信明
科学が俺を拒絶してきたけど、ついに俺を受け入れたんだ。逃げてたまるか!




