パズルのピースが合わさるとき3
未来のタイムマシンは大きな飛行船みたいだった。蝋燭の灯りに何かでコーティングされた部屋。俺の過敏性人工光源症候群について調べ済みのようだ。俺の他にも同じ病気の子供が生まれる可能性は考えないようにしてきたが、やはりその可能性は高いらしい。たった一人のためにこんな部屋作らないだろう。
俺は自分の病気と、科学者としての人生に向き合おうと思った。子供たちの未来を創るんだ。
ジイちゃんに最高の人生を贈れなかった。ならせめて誰も追従できない大天才ノブアキ・サカキバラ博士の偉大な父の座を与えようと思う。俺は科学者の、いや人類史に燦々と輝く功績を打ち立てる。
死ぬまでジイちゃんを賞賛し続け、遺言にも残してやる。
俺の発明で救われた人は、全て我が父に救われた者である。なんて感じな。
***
タイムマシンの調子が悪いと俺は降ろされた。懐かしい実家の前。
「これって何?」
「既定路線です。ノブアキ・サカキバラ博士は知っているはずです」
優しそうに微笑んでる鹿顔の時空管理局員。歳が近そう。鹿か、俺のかつてのあだ名のプーちゃん、そしてロゼの名前。同じ時代なら仲良くなれんのかな。
「優しいんだな。君達って」
野球帽子にユニフォーム。今の俺が何をするか俺はもう知っている。家に入ると俺はトモを抱いて、疲労でほとんど引きずるようにしながらジイちゃんの寝室へと向かう廊下を進んだ。案の定ふくらはぎを踏まれて、平成へタイムトラベルする前の俺が倒れそうになった。
「あの日俺を引きずった俺?」
「これからトモを誘拐する俺?」
やっぱりハモった。既定路線ってこういうこと。
「このトモは俺が連れて行く。早くあっちのトモを連れて旅に出ろ。世界初のタイムトラベラー!めっちゃエキサイティングで感動的だ!」
壊れたトモを二十歳の俺に返すわけにはいかない。駄目だと言われようが俺はトモを未来へ連れて行く。許されないなら逃げてやる!トモを直して謝らないといけない。俺の為にジイちゃんを傷つけさせた。強要した。謝罪を誰にも邪魔させてなるものか。
これか、俺が辛そうに見えた理由。28歳のジイちゃんとの別れもあったし。
「野球観たの?」
「さあ、どうでしょう?」
今後死ぬまで何処へも行けなくても、あの思い出が俺の人生の支えになる。お前も観てこいと俺は後押しの笑顔を浮かべた。
「俺はジイちゃんと会ったら帰るから。二十歳の俺をちょっと引き止めといて。自分が泣いてる所を何度も見たくないし」
さて、ここから先の未来を俺は本当に知らない。俺は緊張しながらトモと一緒に寝室へ入った。
ジイちゃんが寝台に座っていた
ん?
***
背筋を伸ばして寝台に座った時に寝室の扉が開いた。ぼんやりとして懐かしい夢を見ていたのに俺は視界ハーフグレーな世界にいた。いつからいつまで眠っていたんだろう。28歳の時と同じように、未来から来たという息子の夢を見た。タイムマシンを作って死に目に会いにきたと言っていた。
「ノブ、本当にタイムマシンを作って会いに来たのか?」
床にトモが寝っ転がっている。ノブは呆然として瞬き一つしない。俺が知っているノブよりも大人びていて、髪も短い。タイムマシンか。頭が良いとは知っていたが、ここまで頭が良いとは思わなかった。そんな最先端の科学技術を使用して体は大丈夫なのか?
「死にかけかと思ったのに!何だよ!ピンピンしてるならもっと早く起きろよ!勘違いしただろう!」
泣きそうに笑っているノブ。俺は何が何だか分からなかった。
「俺死ぬの?死に目に会えなかったからタイムマシンで会いにきたって聞こえたけど」
野生の勘が夢じゃなかったと告げている。しかし、なーんか目の前のノブとは違う気がする。まあ良いか。
「確かにもうすぐ死ぬ。見送りにきたんだ。認知症で会話も出来ないから薬も作ってきたんだ。良かった。俺さジイちゃんに聞きたいことがあったんだ」
「薬⁈」
もう死ぬって宣告されたのに俺は身体中を確認した。特に異常はない。
「どうしたの?」
「タイムマシンか……。俺は未来からきたトモに薬を刺されてとんでもない障害を負ったぞノブ」
相変わらずぼやぼやする左目。俺の左目は失明している。最後に教えておいてやろう。いつかノブはどうやってか知らないが少年になってトモと一緒に28歳の俺のところへやってくる。そして碌でもない計画を企てる。まあ俺が阻止するんだけど。
「障害?えっ?トモに薬を刺されてって、ジイちゃん記憶消えたんじゃないの?」
今気がついた。ノブの奴あの日の服装をしている!俺が買わされた野球帽子にユニフォーム!そうかあの日の帰りなわけね。こんなに大きく育って、タイムマシンなんて衝撃的な物を作って成し遂げたかったのが俺の幸福とは、何て親想いに育ったんだろう。
しかしこいつは俺の気持ちを何にも分かっていない。
「やっぱり記憶を消す薬か!ふははははは!残念だったなノブ。俺のクジ運舐めるな!薬は正しく作用しないどころか左目を失明したぞ」
雪よりも白いノブの肌がさらに青白くなった。
「全部知ってたぞ。ずっとな!息子だっていうから楽しみに待ってたのに、俺全然結婚も子供も出来ないから焦ったぞ。やっと出会ったと思ったらジジイになってたし。父ちゃんって呼ばれてないじゃないか俺!」
頭の回転が早いはずなのにノブは目を白黒させている。いやノブの場合紅白か。
「知ってて何で未来を変えなかったんだよ!」
ノブは今にも泣きそうだった。顔にハテナが張り付いている。
「何で変えないといけないんだよ!むしろ変えないの大変だったんだぞ!」
ますますノブは理解出来ないという表情をした。何で分からないのだろう。
「あんなに俺のこと慕ってる子、会いたいに決まってるだろ。俺超幸せじゃん。俺はな、ノブとトモと三人で面白おかしく暮らして大往生したかったんだ!それを邪魔しようとするなんて親不孝め!」
立ち上がろうとしたけれど無理だった。倒れそうになる俺にノブが駆け寄ってきて支えてくれた。ノブと出会えた時はまだ三歳。ズボラでおっちょこちょいの俺が良くここまで育ててあげられたと誇らしい。ノブは掃除も洗い物もして、身の危険も察知できるような自立した大人になった。自分よりも俺を優先しようとした。自分を過小評価してしまうのが玉に傷の、優しすぎるくらい優しい子。
まだノブは成長しないとならない。このままじゃ死にきれん。
「何で?」
まだ分からないらしい。自己肯定とかそういうの、俺なりに育てたつもりだったけど難しいな教育って。
「俺はお前の為に生きたんじゃない。自分の為に生きたんだ。俺の人生は最高だった。俺がそう作り上げた。いいかノブ、クジ運が悪くても最高の人生は作れる。俺はついでにもう一つ最高の人生を作ろうと思っただけだ」
眉根を寄せたノブの頭から野球帽子を脱がして手を乗せた。柔らかくて細い髪がひどく懐かしかった。60年経っても変わらない感触。
「お前は自分で自分の人生を最高にしろ。足りないかもしれないけど俺は精一杯伝えたぞ。最高の人生の作り方」
「俺には無理だ。だってこん--……」
言い訳するなと俺は自慢のチョップを炸裂させた。本気チョップだ。往復ビンタの方が良かったか?
「大往生するまで頑張ってから言え!大体息子が幸せになんないと最高で終わらないじゃないか……」
体が急に怠くなってきた。ノブが俺を抱き寄せた。広い胸板に大きな掌。体は細いからもう少し鍛えても良いんじゃないか?それでも本当に大きくなった。良かった。
「探したんだ。あの日の生意気小僧に会いたくて会いたくて。ノブ……」
どうか知ってくれ。シンの奴、こんな状態のノブをどうして止めなかった。タイムマシン開発なんてシンの研究所じゃないと出来ないに決まってる。弟子にしろと、ノブの世話を頼むと遺言も送りつけてやったんだ。なのに何してやがる。俺への借りを返しやがれ。左目に対する慰謝料も済んでないぞ。
「父ちゃん、俺好きな人が出来たんだ……」
震え声で鼻をすする音。俺を支えている逞しい体なのに、俺が支えてやってるみたいだ。
「そうか……それは朗報だ……」
相手の子は幸せになるぞ。とっても愛情深い子に育った。俺と違って浮気もしないだろう。こいつは好きなものには一直線だ。混濁していきそうな意識を堪える。まだだ。まだもってくれ、俺の生命力。
「アンドロイドだ。俺にも彼女にも破滅しかない。離れたのにそれもまた破壊だ……帰って会うのが怖い……」
科学に弾かれるノブに科学の子か。そりゃあ難問だ。現実逃避もしたくなる。俺に人生を捧げるって道に逃げようとしたなコイツ。
「お前の名前は何だ?ノブ」
「ノブアキ……」
グズグズと泣いていたノブが俺を横にした。笑いながらもキリッとして見える。そうだ、男は器を大きくどーんと構えろ。
「未来は明るいって信じろ。逃げるなノブ。頭が良いからって勝手に人に見切りをつけるな。価値観を押し付けるな。分かり合うには伝え合うしかない。幸福は受け取るんじゃない、掴み取れ!手に入れろ!」
危うくドラゴンボール!と叫びそうになった。大事な時間にアニソン歌詞って俺って陳腐。
「シンが俺の人生多少知ってるぞ。聞いとけ。父ちゃん、ものすごく頑張ってお前を探して育てた。ノブは俺の子だから強いはずだ」
もうノブの顔が見えなかった。耳が遠くなってノブの声も聞こえない。
「ノブ……たの……あ……う……」
俺のことが大好きで、自らを抹消させようとした息子があの後どうなるのか気がかりだった。未来を変えられるようにと俺は奮闘したけど及ばなかったらしい。過去の俺はまたあの悲しく献身的な少年を目の当たりにするのか。
だったら俺は何度だって迎えに行く。
俺とノブの人生は必ず交わる。それが俺の人生で一番幸福な時間だと、あの日の俺は勘付いた。だって俺クジ運悪いけど勘は冴え渡っているんだ。
あんなに子供に慕われる親、幸せに決まってるだろ馬鹿野郎。
トモが俺に残した副作用は道しるべ。トモは俺にわざとあの目を与えたんだ。トモが俺を理由なく傷つけたりするもんか。可愛くて優しい俺の娘はそういう子だ。約束した。ノブの手で修理されて、また喋り出すだろう。ペチャクチャと女の子って煩いんだよな。
「父ちゃんありがとう」
ハッキリ聞こえた。
いや、幻聴かもしれない。どっちでもいい。
さよなら俺の可愛い子供たち。
最高の人生だった!
未来は明るいと信じろ--信明




