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クジ運最悪な俺と未来からきた少年少女2

 日本人形みたいなわりと可愛い女の子が気持ちよさそうに目を(つむ)ってソファに横になっている。スヤスヤという擬音が聞こえそうな、あどけない寝顔。カーペットの上では小生意気そうな男の子が胡座をかいてテレビを凝視。


「ねえ父ちゃん俺も象に乗ってみたい」


「おーそうだな。スゴイなこいつ。こんな国行ってみたいな」


 世界のどこまでも行って見ようという番組で、お笑い芸人が象に乗っている。サファリパークではない本物のアフリカサファリ。背景には5分で飽きたと無視されるシマウマの群れ。それを羨ましそうに見つめる男の子。穏やかな金曜の夜に小さな幸福を噛みしめるために缶ビールを一口……じゃない!1DKのアパートでホームドラマを繰り広げている場合じゃない。というか独身男性にはそんなものは存在しない。


「何で俺はくつろいでいる⁈」


 立ち上がって頭に手を乗せて叫んだ。わざとらしいオーバーリアクションだが、結構真面目。だっていきなり婚約破棄という大ピンチだ。しばらく呆然として、その後叫んでしまっても仕方がないだろう。


「現実逃避?大丈夫だよ父ちゃん。本当の事伝えれば信じてくれるって」


 ノブが俺にポップコーンの袋を差し出した。味はど定番の醤油バター。うまい。いやいや、いやいや。


「他人事だと思って!」


「ってか俺が消えてないから、なんだかんだ大丈夫なんじゃない?」


 ノブの赤い瞳が俺を見上げる。ネットでしか見たことがないアルビノの男の子。俺の未来の息子らしい。猫みたいな目、こじんまりとした鼻、凛々しい眉毛。やっぱりまるで俺には似ていない。


「今、俺に似てないなコイツ。本当に俺の息子か?って思っただろ」


 図星。正直、藍子が俺に隠し子がいて浮気しているという勘違いも突然現れた未来からきた少年少女もドッキリではないかと思っている。しかし一向にテレビのスタッフとか「大成功」という看板は出てこない。全部真実なら、俺の人生これからどうなるの?


「父ちゃんこれ見て」


 ノブがズボンのポケットから出したのは擦り切れた定期入れだった。今俺が使っている革製のものと同じメーカー、同じ形。去年藍子が誕生日にプレゼントしてくれたそれが、年季が入って古ぼけている。


「裏」


「マジかよ……」


 裏返すと写真が一枚入っていた。草木に囲まれた瓦屋根の平屋の前にスーツを着た老人。手を繋いでいる白髪赤目のノブ。今のノブよりも小さい、幼稚園生くらいのノブだ。微笑む老人に無邪気な満面の笑みのノブ。実に幸せそうな二人である。


「これ親父そっくりだな」


 如何にも薄い顔の日本人といったテンプレ日本人ジジイ。まさに俺の親父。ノブがうんうんと頷いた。


「これは俺だな。でもこれが未来?むしろ昭和じゃねーか」


「俺、病気だから」


 さらっと告げるとノブは俺から顔を背けた。その横顔は強張っている。


「それは、まあ、見れば分かる。アルビノってやつだろ?紫外線がダメとかなんとか」


 騒いで、笑って、泣いて、テレビにかじりついて、急に落ち込む。子供ってのは忙しいな。俺は頭を掻いてノブの隣に腰を落とし、胡座をかいた。


「俺がダメなのは未来の人工光源。照明にテレビやモニターの画面とか光を出す機械はみんな近寄れない。それにいろんな化学物質もダメ」


 ノブが不安そうに俺を見上げた。血のように赤い目は不気味ではなく、小動物のような可愛さをたたえている。この目を知っている。友人の子供が親である友人に向ける親愛。やっぱり俺の子なのかと妙に納得してしまう。しかしノブの言う病気がさっぱり分からない。


「テレビ見てるじゃん」


 俺はライオンが映るテレビを指差した。


「液晶だろ?そんな化石もうないよ。新作人工眼のフィルムコンタクトをつけていてギリギリっぽいけど」


 呆れたというようにノブはため息をついた。それからチラッとテレビに目線を向けて、アナコンダを操る男に羨望の眼差しで見つめる。いやいや、未来からきたお前には当たり前でも俺は違うから。人工眼?フィルムコンタクト?何だよそれ。


「未来ってそんな進歩するのか」


 俺はソファに横たわるトモを観察した。足の裏からコンセントが伸びている。どっからどうみても人間なのにロボットらしい。コンセントとはまたレトロである。

 

「日本-アメリカまでは二時間。車は空を飛ぶしアンドロイドも大活躍。父ちゃんが大好きな世界だよ。でも俺はその世界で生きれない」


 またノブが俺を不安そうに見上げた。


「よく分からないけど、それでこんな古めかしい家に住んでるのか?」


「うん。父ちゃんクジ運最悪だろ。俺も継いだよ。世界でたった一人だけの奇病。スゴくね……」


 皮肉っぽい語尾は消えそうだった。不満だとか嫌だというよりも、ノブはやっぱり不安そうだ。変な体質を遺伝させた俺への苛立ちなどまるで感じられない。病気自体には抵抗は無さそうなのに、何がそんなに不安なのだろう。一度俯いたノブが俺をまた見上げた。


「それって早死にしたりするの?見た感じ元気そうだけどお前」


「さあ分かんない。大きな病気はしたことない。ロゼはアレルギーの一種だから発作が無ければずっと健康だろうって言ってた。ずっと元気に父ちゃんとトモと三人で毎日楽しく暮らしてたよ」


 泣きそうな顔をしてノブがニッと歯を見せて笑った。ロゼとは医者か?ますますよく分からん。


「ふーん。まあ家族仲良く暮らしていたら楽しいんじゃない?写真の俺、デレデレした幸せそうな顔してるじゃん」


 写真を見た素直な感想だった。未来の俺らしい老人は幸せに満ちた微笑みを浮かべていた。それにしても何歳の時の子なんだ?ノブが幼いのに俺はかなり皺だらけだった。


「そう見える?」


「見える。俺の今までの写真には無いタイプの顔だ。俺も親になれるんだなあ」


 後半はほとんど独り言だった。藍子との結婚が決まってから、こっそりとワクワクしていた未来。子供が産まれて騒がしくも楽しく暮らす。平凡な俺のささやかな夢。どうやら叶うらしい。ノブがはちきれんばかりの笑顔になり俺に抱きついてくる。細くて小さい腕が俺の首にギュウッと絡まった。


「よく分からんがノブは俺の未来の息子なんだろ?良い子にしろよ。未来に帰るまで世話くらいしてやるよ」


 いつか温かい家族が欲しいと思っていた俺には、明るい未来だ。しかもこのノブは救世主になるらしい。嘘かもしれないが信じた方が幸せってもんだろう。


「俺が父ちゃんの世話してやるよ!結婚出来ないピンチみたいだしな!」


「忘れ--……」

「忘れてたんだろ!父ちゃんすぐ忘れるからな!俺が面倒見てやるよ!」


 さっきまでの不安そうな、可愛げのある態度は何処へやら。ノブはクソ生意気そうにニコニコしながら俺の肩に軽くグーパンチした。未来の俺は相当慕われているらしい。


「これどうやって食べるの父ちゃん?」


 コンビニの海苔巻きのフィルムを上手く開けられないようでノブが四苦八苦している。俺は華麗に海苔巻きを作ってやった。ステップ1、2、3ってな。尊敬の眼差しが眩しい。ノブが海苔巻きを頬張った。


「それ俺のだろ!さっきの白紙のスピードくじの代わりに貰った俺の夕飯!」


 全部当たりでも当たりを引けない、驚愕的に悪い俺のクジ運。しかし代わりに得るものはある。ある意味確率の収束。


「へもほへなっほう」


「食べたまま話すな。行儀悪い」


 俺は思わずノブから納豆巻きを取り上げた。それにしてもこいつ良く食うな。藍子が作り置きしてくれていた料理、アスパラの肉巻きにポテトサラダ、切り干し大根を全部平らげていやがった。しかも完食。お菓子を食べてまた海苔巻きを食べるとは大食いだ。


「でも俺納豆大好きなんだ」


「俺も大好物だよ!」


 俺はパクッと海苔巻きを口に入れた。これを食べないと夕食が本当にお菓子だけになってしまう。「あー!」とノブが俺を軽く殴った。そこは大人と子供の体格差、軽くノブをあしらって脇に閉じ込めた。


「この食いしん坊が!」


「離せよ!」


 バタバタと腕を振り回す。世界でたった一人の奇病を患う息子を引き当てる最悪のくじ運。しかしどうだ?息子はこんな元気。これを最悪と言ったらバチが当たる。宝くじの三億円も十億円も当たらないみたいだが、俺の一生分のくじ運はもしかしたら息子の為にとってあるのかもしれない。世界でたった一人の奇病なのに、ピンピン元気にしてるって凄くね?


 世の中ってのは多少は平等に出来ている。ずっとハズレなんてないんだ。俺の考えはどうやら正しいらしい。


「見てあれ!ドラゴンだドラゴン!」


 暴れまわって俺の腕から脱出したノブがテレビの真ん前を陣取った。正座して食い入るように画面を見つめる。大きなトカゲみたいな生き物が、肉を引きずって走る人間を追いかけている。なんだこの企画。この隙に俺はスマートフォンで藍子に電話を掛けた。


「藍子のやつやっぱり電話に出ないか」


 着信は相変わらずゼロ。LINEは未読。メールの返信なし。時間を空けて何度か電話しても呼び出し音も鳴らない。またダメかと俺はスマートフォンをベッドに放り投げた。


「ノブ、お前映画とか観たことあるの?」


 そのくらいあるのかなと興味本位で聞いてみた。


「まだ無い。フィルムコンタクトでも未来の光は無理だったから」


 テレビを凝視したままノブが答えた。当然と言った様子で悲壮感はない。よく分からない奴だ。


「なら何かDVD借りに行くか。どうせ眠れなそうだし」


「DVD?digital versatile disk?借りるって?ああそうか記録媒体だから何か保存されているのか」


 とても流暢な発音だった。それに大人びた顔と台詞。子供って面白いな。ノブはやはり外国人なのだろうか。日本語も綺麗な発音だが、今の英語の方がもっと自然だった。容姿も日本人ではない。俺は藍子と破局して、国際結婚するようだ。では俺が藍子の誤解を解いて無事結婚したらノブはどうなるのだろう。「未来の俺がセワシ理論って言ってた」か。


「そう、映画借りに行くぞ」


 のび太がジャイ子と結婚してもしずかと結婚しても孫の孫はセワシ。セワシ理論ね。しかしノブは俺の子だ。変化が起こらないというにしては、時代が近すぎやしないか?


「バック・トゥ・ザ・フューチャー!スターウォーズ!ドラえもん!それから……どうしようかな。何がいいかな」


 全部俺が好きな作品。名前は知っているのにノブは映画を観た事ない。俺が話して聞かせたのか、漫画や小説で知っているのかもしれない。


「ドラゴンボール、アポロ、ブレードランナー……」


 ぶつぶつ言っているノブの手を掴んだ俺は立ち上がった。ノブが嬉しそうに歯を見せた。大人ノブの目的は俺と藍子の破局。俺が別の女と、しかも外国人と結婚してノブが生まれる。自分が生まれてくるためにやってきた?でも「セワシ理論」らしい。俺にはサッパリ想像がつかない。未来の大人ノブは何を考えて子供ノブを連れてきたのだろう。何か嘘がある。俺の優れた直感がそうピカピカと光っている。


「行くぞノブ。バック・トゥ・ザ・フューチャーだ。驚くなよ古臭い映像なのに最高だぜ」


「比較対象が無いってことは、何でも新鮮で楽しめる。恵まれてるって父ちゃんが言ってたぜ」


 ノブが俺の手をぎゅっと強く握って悪戯っぽく、そして心底嬉しそうに笑った。未来の俺、超ハッピー野郎だな。なんか藍子と修羅場っていうの忘れてきた。俺の明日は、未来はどうなるのかなぁと俺は呑気に未来の息子とTSUTAYAへ向かった。

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