パズルのピースが合わさるとき
1話から5話の裏話編
完成だと思っていた未完成だったタイムマシンはぶっ壊れた。到着したのは平成時代。俺に害のあるものは殆どなさそうだった。場所は東京、ジイちゃんの祖国。平和だし、日本語喋れると割とみんな親切でスルスルと時代や日付が判明した。
日付から遡ってジイちゃんはこの時代で28歳。
とりあえず探してみようと決意した。
この技術や物質じゃタイムマシンは直せないと俺はタイムマシンのなるべく旧タイプの部品を売り払って金を作った。簡単に売れるのな、大丈夫なのかこの国。
フィルムコンタクトでの視界はオールクリーン。古めかしいビル群に付けられたモニターを俺はしげしげと眺めた。目はチカチカしないし全身状態良好。白髪赤目と目立つ容姿の俺に何の関心も示さない、いや示してもすぐ忘れる人の群れ。
何これ、スッゲー楽しい時代。俺は自由だ!
インターネットカフェという場所でパソコンが使えると聞いて入店した。漫画だらけで俺とトモは目的を忘れかけた。あまりにもジジイ過ぎるパソコンは俺と仲良しこよし。分解したくなったが、元の時代に帰れなさそうなので止めた。俺とトモはおんぼろパソコンでジイちゃんこと"相原隆"を検索した。
***
俺の時代じゃ廃れた(らしい。パーカーが言ってた)旧時代のSNSで個人情報ダダ漏れの"相原隆"を何人も見つけた。その中で生年月日が同じで、遺品に一枚だけあった若かりし頃のジイちゃんの写真と一致するのは一人だけ。
この人がジイちゃん。
矢野藍子と婚約しましたという記載があった。猫みたいな目をした黒髪のアジア人顔をした女の人は、ジイちゃんが昔お前のおばあさんだよと教えてくれた人その人だった。榊原藍子は息子を産んで、息子がアメリカ人と結婚して俺が生まれた。祖父母両親みんなまとめて事故で亡くなって、三歳の俺だけが生き残ったらしい。
それがジイちゃんの婚約者?
生涯独身だったジイちゃん。ジイちゃんに相応しく無いからと結婚前に婚約破棄したのか?
俺はオンボロパソコンであちこちハッキングしてみた。こんなにヌルくて大丈夫か?ってくらい平成っておそろしく脆弱なセキュリティ。おまけに28歳ジイちゃんはパソコンと手元の小型パソコンを連動してたので超余裕で秘密を見つけた。
男の夢、浮気してやがった。継続的じゃなくて一晩だけっぽいのが数件。純情一途でピュアボーイな俺と比べてこいつは何してやがる!腹が立ったので矢野藍子に教えてやろうかと思ったが、気がついた。
婚約破棄の原因ってこれじゃね?
俺はジイちゃんの手助けになるかもしれないと偽造写真を製作した。隠し子がいた風なものをジイちゃんとトモの写真を組み合わせて作った。それからジイちゃんの友達の子供をトモにした。嘘を嘘に隠せば分からない。隠し子と浮気を同時に矢野藍子に知らせる。隠し子が嘘なら浮気も嘘と勝手に思い込む、かなぁ?こればっかりは分からん。可能性はハーフハーフってとこ。
二人が婚約破棄するのは既定路線。こんなんで誤魔化せるのかは怪しい。しかもこの二人が結婚したらどうなるんだろう。俺とジイちゃんの出会いは消滅するのだろうか。実験してみたいという好奇心が湧いて湧いてしょうがなかった。
タイムパラドックス実験。成功したらジイちゃん目出度く結婚。これって最高に良い実験じゃね?俺はどうなるのか予測不能。どうしたものか悩んだけど、好奇心には勝てない。
***
SNSに勤務先が載っていたのでジイちゃんを待ち伏せして尾行しようとしたのに、三日間全然会えなかった。朝9時から夜5時定時。三日目は夜7時にしてみた。やっぱりいない。そこで俺は矢野藍子にターゲットを変更した。総合病院勤務の看護師。こっちは一日で発見した。
祖母との感動的な再会、とはならなかった。見知らぬ女の人には何の感慨も湧かない。夜勤明けなのだろう矢野藍子は電車に乗って三十分後に電車を降り、そのままスーパーに向かって買い物をした。アパートの一室に入っていって数時間後、外出したので俺はトモと玄関に向かった。
相原の表札
一緒に暮らしているのか?と思ったが矢野藍子は待てども待てども帰って来なかった。つい遅くなってしまって、ホテルを探すのも面倒で俺とトモはジイちゃんの家に乗り込んだ。いや、三歳違いのジイちゃんに会ってみたかったんだ。帰れないなら俺はこの時代で暮らす術が無いといけない。冴え渡る俺の勘が、ジイちゃんならきっと大丈夫だと手助けしてくれると告げていた。
タイムパラドックス実験が失敗して、婚約破棄の未来が予定通り訪れたら俺は存在し続けるのだろう。そしたら俺は大好きなジイちゃんの側に居続けて、俺と出会うよりもずっと良い人生がジイちゃんに訪れるようにする。
あがいて、もがいて、俺はジイちゃんに最高の人生を作るんだ!
未来の俺はいつか帰宅するっぽいけど、俺はまた別の未来を作るかもしれない。自分自身で考えて、見て、感じて決めるんだ。
***
そういや神経修復薬の飲み合わせで、短期間の若返りの副作用を示したラットがいたと資料にあったなと俺は薬を服用した。トモが必死に止めたけど無視した。名探偵は誕生しないけど、小さな科学者の誕生だ!とふざけ半分だった。マジで副作用が出た。嘔吐に下痢、眩暈に湿疹で死ぬかと思った。トイレから出てきてフラフラの俺をトモが甲斐甲斐しく世話してくれた。無事に体は縮んでいた。トモと似合いの推定十歳。
これ、泣き落としとか使えるんじゃね?と俺は脳内で計画を練りはじめた。ジイちゃん愛蔵の漫画を読み漁りながら考える。ドラえもんは何回読んでも面白い。トモはキャプテンを読んでた。計画練るの忘れかけた。Fさんとドラえもん恐るべし。
***
腹が減ったので冷蔵庫の中身を失敬した。矢野藍子がスーパーで仕入れた材料から出来ている料理の山。綺麗にタッパーにおさめられていた。ジイちゃんの為に作り置きしていたのかと合点がいく。しかしジイちゃんの方が数倍美味い。化学調味料に頼りすぎで俺の喉は痛くなった。捨ててやりたかったけど全部食べた。こんなのをジイちゃんに食べさせるんじゃない!
偽造写真をトモが矢野藍子の鞄に忍ばせておいた。それは正解だったかもしれない。こういう献身的な人と結ばれて家庭を築くのジイちゃんにとって幸せだろう。本物の、正真正銘の血の繋がった子供が生まれた方が良い。それが健康的な男の子なら尚更幸福。そんなことを考えていたら、トモがキャプテンを読むのをやめて俺の顔を見つめた。とても不安そうに。それから俺に手を伸ばして嫌々と首を横に振った。トモの右手が俺の顔を擦り抜けた。
未来が変わるとやっぱりこんな現象が起こるんだ。しかし俺は消えなかった。すぐ戻った。俺は仮定を立てた。大天才ノブアキ・サカキバラ博士は相原隆と矢野藍子の結婚が決まると消える。
ふむ、どうするか。ジイちゃんの人生の選択の時は今だ。
「大好きなジイちゃんの側に居続けて、俺と出会うよりもずっと良い人生がジイちゃんに訪れるようにする」
そんな時間はないらしい。
***
28歳のジイちゃんを俺は父ちゃんと呼んだ。ずっとそう呼びたかったけど照れ臭くて無理だった。だけど今は俺の知るジイちゃんじゃないから素直に父ちゃんと呼べた。
***
訳わからん状況を父ちゃんはあっさり受け入れた。見習いたい包容力。見知らぬ少年少女といきなりお菓子パーティ。こんなこと出来る人間は中々いないぞ。
ジイちゃんの運命を抽象的にだが教えてあげた。嘘も散りばめたけど。婚約破棄疑惑に顔面蒼白だったのに、なぜか俺と一緒にテレビを観てくつろいでた。何だこいつ、ウエハラ博士よりも意味不明。
俺の病気について教えてあげた。困惑すると思った。ジイちゃんはいつもニコニコしていたけれど、今なら本音が分かると勇気を出して教えた。
「ふーん。まあ家族仲良く暮らしていたら楽しいんじゃない?写真の俺、デレデレした幸せそうな顔してるじゃん」
聞き間違えかと思ったら違うらしい。父ちゃんはニコニコ、ニコニコ心底嬉しそうだった。
「そう見える?」
「見える。俺の今までの写真には無いタイプの顔だ。俺も親になれるんだなあ」
俺は思わず父ちゃんの首に抱きついていた。俺の大好きなジイちゃんは、昔からずっと同じだったんだ。
「よく分からんがノブは俺の未来の息子なんだろ?良い子にしろよ。未来に帰るまで世話くらいしてやるよ」
親になりたいと願っていた父ちゃんは生涯独身で、養子を望んだ。やってきた養子はクジ運悪く世界で一人しかいない奇病を患う子供だった。こんなの間違ってる。この人にはやっぱりもっと違う人生が必要だ。矢野藍子と結婚して温かい家庭に血の繋がった子供。それが必要だ。
俺がその人生を作ってやる。俺にはその力がある。
***
残された時間は少ない。そう思って俺は父ちゃんに甘えた。父ちゃんは謎の少年を息子として受け入れて優しく扱ってくれた。
ずっと観たかったバックトゥーザフューチャーの映画は最高だった。ジイちゃん腹出して寝てやんの。ゴミも洗濯物も散らかしっぱなし。本当はズボラだったんだ。知らなかった。
目玉焼きを作ってくれると言ったのに丸焦げだった。料理もお菓子もパンもみんな手作りしてくれたのに、こんなに料理下手だったなんて知らなかった。
俺の病気の片鱗を見て父ちゃんは泣きそうだった。やっぱり親にこんな心配かけるもんじゃない。
銭湯に連れて行ってくれた。すっごい楽しいのなんの。しかももう二度と洗えないと思っていた父ちゃんの背中を洗えた。タイムマシンってマジすごい。調子に乗って毎日洗ってやると言ったら「そんね金ねーよ」と真顔で拒絶された。父ちゃん、どうやって俺を養うお金を工面していたんだろう。相当苦労したに違いない。バグ回収の仕事って何だったんだろう?インターネットで調べた時の情報で、今の父ちゃんは名も知らない一般企業の営業だった。営業って何だ?
俺は父ちゃんの利益になる情報を可能な限り残そうと思った。なのに父ちゃんは突っぱねた。普通は未来のこと知りたいんじゃないか?俺と同じで自分の人生は自分で切り開くと言う考えかもしれない。
それともクジで最悪な結果、息子が俺って結果が待ってるから?直接は怖くて聞けなくて、遠回しな俺の問いかけに父ちゃんはあっけらかんと答えた。
「それは違う。クジ運は最悪だけど、その結果が最悪なわけじゃない。視点と発想の問題だ」
「どういう事?」
「例えば。変な病気の息子。すごい大変だ。あー良かった自分じゃなくてって言われるかもしれない。でも家族仲良く面白おかしく暮らして息子も元気。おまけに俺の大好きな昔ながらの生活が堂々とできる。そゆこと」
ジイちゃんが死ぬ間際に残した言葉は嘘じゃない。本心だ。
--ノブアキ。俺に最高の人生をありがとう。楽しかった
***
たった1日で良く分かった。
相原隆は紛れもなく俺の父ちゃんだった。浮気するクソ野郎みたいだけど、それを吹き飛ばす愛情深い男。矢野藍子ときっと幸せになれる。
最高の人生はもっと最高になるだろう。