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大天才サカキバラ博士への道のり10

 俺とウエハラ博士を嘲笑(あざわら)うようにアイカとロゼは日に日に関係悪化しているようだ。


「アイカは僕が気に食わないんだ。プロメテウスの火だって思ってる。僕が人間を破滅へ導くってね。そのうち壊されそうだよ。だから僕はアイカが嫌いだ」


 まさに犬猿の仲。どうしてこう捻れたんだろう。ちょっと二人の様子を見ようかと頭をもたげる時もある。でも俺は過去へ行き存在を消すつもりだから、余計な手を出さないようにと自制する。ロゼが俺の診察をするのは自室に決まった。研究室じゃ俺は生身になれないから必然だった。ロゼが科学防護服を身につけて俺を触診する。何度見ても奇妙な光景。


「新しい薬はどうだ?」


 ロゼはジッと俺の腕をスキャンニングした。本当はちょっと痒いけど我慢だ我慢。少しで済むようになった、ロゼの人工義眼を開発したのはウエハラ博士だろう。あの人はいつも俺に優しい。


「反応が良い。もう少し微調整が必要そうだけど。皮膚呼吸を残して皮膚コーティングを行う。大量生産や実用化はまだまだ難しいがノブアキの日常生活分くらいの軟膏(なんこう)は作れると思う」


 満面の笑みを浮かべるミラクルハンサムボーイ。こりゃあ普通の女ならイチコロだ。


「ロゼは本当に優秀だな」


「こんなカッコよくて優秀なのにアイカは何でロゼを受け入れない?顔にそう書いてあるよノブアキ」


 すっかり人間らしくなったロゼが俺を揶揄(からか)う。育ての親をおちょくるとは良い度胸だ。


「プロメテウスの火ね。天界の火を盗んで人類に与えた神の話。アイカが創作物を読むようになるとは」


 俺が何度勧めてもアイカが空想話を読むことはなかった。


「正確には読まされているだ。僕の目を通してね。親ってなんで好き嫌いを許さないんだろう?」


 深夜には切られるロゼの視界とアイカの研究モニター。昼間、アイカはロゼの視界を通して世界を、人を見ることになる。ロゼの考察研究、論文作成の課題と称してウエハラ博士は研究に引きこもるアイカを外へ出している。俺が役目を放棄したからだ。


「さて、どうしてでしょう?ロゼ君はどう思う?」


 五年間以上アイカがアンドロイドと気づかれていない理由は俺だった。アイカは俺と居る時に人間らしかったとウエハラ博士は泣いていた。多分、今のアイカはヒューマンアンドロイドのあだ名通りなんだろう。


 引きこもりを勝手に外へ出すのは良いのか悪いのか?教育というのはすごぶる難しい。


「ノブはいつも聞き返す。僕が尋ねているのに」


「これも勉強なのさ。人生のね」


 ロゼがウンウン唸りながら腕を組む。なんて人間らしいのだろう。アンドロイドヒューマン。アイカと並べたらどっちが人間か判断つかない。実際はどっちもアンドロイドなんだけどまだ俺とウエハラ博士しか知らない。


「正解は無い。親がそう思うからそういう教育をする。意味なんて後付けだ。子のために良いと信じているだけ。ノブはどう思う?」


「だけ、とは辛辣(しんらつ)だな。俺が思うに、人生には思いがけないものが助けになったりするからさ。無人島で大嫌いな黒豆の煮物しか出てこなかったらどうする?」


 僕は食べ物は摂取しないと言うかと思ったら、きちんと文の脈略を理解してロゼはすぐさま口を開いた。


「さすがに食べるだろ。そんな緊急事態なら」


 予想ではそうだけどと言うようにロゼが首を傾げた。不規則な瞬き。ちょっとした指先の動き。うん、どう見ても人間。


「俺は食べないね。釣竿つくって魚を釣る。それに木に登って実を取り、土を掘って芋を探す。ジイちゃんは旧文明で生きる知恵を教えてくれた。それが親ってものさ」


 納得したように頷いてからロゼはもう一度首を傾げた。


「話がすり替わってないか?」


「何が役立つか分からないって事だよ。子供にとっては愛の押し売り。嫌な思いをさせられてムカつく。でもいつかその価値に気づくんだ」


「人間って複雑過ぎる」


 ロゼが呻いた。


辻褄(つじつま)が合わないのが人間ってことだ。感情に正解なんて無い。学問よりずうっと難しいだろ?」


 俺こそがロゼと話していると色々な事に気がつく。ジイちゃんと語り合いたい。答えはその後でも間に合う。俺はまんまとウエハラ博士のカウンセリングwithロゼに治されていた。だってこんなヘンチクリンで手の掛かるアンドロイド達を変人ウエハラ博士だけに任せておけない。


「また明日続きを話そう。おやすみノブ」


 新薬の軟膏(なんこう)を置いてロゼは定刻時刻に部屋を去ろうと立ち上がった。ロゼは賢い。アイカを嫌っているのは自分に害があると感じたからだ。共感と愛を表現するロゼを否定しようとするアイカ。それは俺がアイカを傷つけたからだ。結果的に俺はロゼも不幸にしようとしている。


 こんなの正しい訳がない。ウエハラ博士の激烈チョップとジイちゃんの往復ビンタで目を覚まさないといけない。


 他人の子と旧文明の中窮屈(きゅうくつ)な生活を強いられ、最後は延命も出来なかった上に一人で永眠したジイちゃん。俺は確かめないとならない。ジイちゃんの願い、想い、望んだ人生。それよりもジイちゃんが残した"俺"に価値があるのか。


「ノブアキ?明日は国際アンドロイド学会だ。来てくれるだろう?これはタイムマシン発明成功への祝いだ」


 予感がする。アイカはロゼの論文を作成し学会で発表する。ウエハラ博士がPURE7(ピュアセブン)ロゼの全貌(ぜんぼう)を公表する。アンドロイドの新しい時代が幕が上がるのに、俺はそれに背中を向けて過去へ行く。


 どちらの未来もまだ白紙。


 アイカもウエハラ博士もロゼも自らの五感と行動で正しいと考える未来を切り開く。その未来を俺はタイムマシンで見たいとは思わない。踏みしめて、生きていく人にだけ許されると感じるから。ライブじゃないと何の意味もない。


 立ち上がったロゼが俺に木箱を差し出した。蓋を開けると中に透明なケースが入っている。


「何これ?」


「人工眼のフィルムコンタクトを応用した対人工光源用のフィルムコンタクト。新型フィルムコンタクトだ。何処の時代に行くにしても持ってて損は無い」


 全部お見通しって訳。本当にアイカはどうしてこいつに惚れないんだ。


「 君は大天才だな!」


 一番は誰だ?それは俺。タイムマシンなんて大発明は俺しか出来ない。なんて胸の中で威張ってみる。特に意味はない。


「ノブアキ、一番の大天才の座はみんな狙ってるよ。僕らの父さんもね」


 ロゼが俺にフィルムコンタクトを装着した。視界は良好、オールクリーン。


 明日から俺は大天才ノブアキ・サカキバラ博士。ロゼだけがそれを知っている。ウエハラ博士は勘づいていそうだけど、見送りには来ないだろう。


 子供には特等席を用意するものさ。そうだろジイちゃん。

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