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大天才サカキバラ博士への道のり9

 アイカと喧嘩した二日後、アイカは機能停止していたという。ウエハラ博士はそれはもう激怒した。俺も泣いた。


「なんていう事だ!P7(ピーセブン)の選択項目に沿っているのに!心の美しい者に尽くし、美しくない者は拒絶させる。そうすれば幸せになれると思ったのに!」


 亜麻色の髪に直接触れられないのが心底悔しい。俺は科学防護服越しにアイカの髪を撫でた。


「愛する人こそ愛する者を傷つける。人間の永遠のテーマだと思いません?」


 眠り姫みたいに眠るアイカ。これから彼女の脳みそ部分は俺が企画発案しウエハラ博士が開発した擬似脳神経に変化する。人の脳を模したそれは、更にアイカを人に近づける。"破滅しない純情"も見つけられるかもしれない。俺はウエハラ博士と共にそれを探したい。でも別の道を行くのを止められない。


「違う。ノブ、君がアイカを傷つけた。君が未熟で甘ったれだからだ。僕は怒っている。タカが居ないからこんなことになるんだ。早く説教してもらってこい」


 珍しく真面目な仕草と態度でウエハラ博士は俺を蹴っ飛ばした。娘を失恋させて眠らせてしまったのだから仕方ない。俺は罪な男である。でも、それでもアイカにはもう関わらないようにするつもりだ。それが愛ってものじゃないか?


「ロゼの開発にも携わらなくていい!とっととタイムマシンを完成させろ!君にアイカは渡せない!俺の愛娘になんて傷を負わせたんだ!アイカはこの先恋をしない!きっとな!恋や愛を無利益どころか不利益と定義したぞ!絶対に!」


 ウエハラ博士が自らを"俺"と称した事に驚いた。


「なら俺は永遠にアイカの心に居座れるってことですね」


 今後アイカが誰にも恋をしないなら、俺がNo.1。唯一の男。ちっとも嬉しくない。


「クソッタレ!破門だ破門!」


 よしきた!と俺は勢いよく立ち上がった。


「消せばいい。アイカはアンドロイドだ。俺のデータをまるっと消去。簡単でしょう?」


 オールリセット。どちらにせよ俺はタイムトラベルしてジイちゃんの人生から消える。そしたら俺自体も消滅するか、別の人生が待ってるはずだ。アイカと会う未来も無くなる。


 リセットしなくてもアイカから俺の存在価値は低くなっているはずだ。眠り姫は間も無く起きる。俺の事なんて自分の事を傷つける嫌な奴って認識して、不器用で心配ばかりかける眠り姫は再びお目覚めする。とても悲しいけれど、アイカにはそれが一番の幸福だ。


「ふははははは!それか!君の愛は!そうはいかん!娘を傷物にした責任はとって貰うぞ!逃げるのは許さない!破門もしない!絶対俺の後を継がせる!真の科学者になってもらうからな!」


 ウエハラ博士は俺の挑発を軽くかわし、ストレートを打ち込んできた。避けられない。心がノックアウト寸前。俺もアイカから逃げたことはとてつもなく後悔している。身を引けば上手くいくと思った。真の科学者って何だ?


「いいかノブ?他人の心を決めつけるなんて傲慢(ごうまん)だ。君はアイカの気持ちもタカの事も何もかも分かっていない」


 ハイパーチョップ!と声を出してウエハラ博士の手刀が俺の脳天を直撃した。いつもと違い本気バージョン。容赦ねえ。


「つ痛!」


「見ていろよノブ。お前の発見したバグを超えてやる。俺は娘と息子を必ず幸せにする」


 本気も本気、超本気モード。ウエハラ博士は誰にも追従出来ない科学者に進化するだろう。今もだけど、もっとスゴくなる。純粋に見届けたい。俺はその好奇心を胸から蹴っ飛ばして追い出した。


「我が師よ!それこそ傲慢(ごうまん)極まれり!人生を捧げられたからって幸福になるとは限らないのさ!」


 ニヒルな笑いをしてみる。多分似合ってないな。


「タカを侮辱するのか?」


 渋い顔をしてウエハラ博士が悲しそうに眉尻を下げた。俺は大きく首を横に振った。


「ジイちゃんは俺を愛情深い人間に育てた。他人の不幸を放置してのんべんだらりんと自分の人生を謳歌するようには育てなかった。愛されるより愛するんだ。それが俺にとっての最高の人生になる。俺はそう信じる」


 もう一度アイカの頭を撫でた。今の科学防護服の素材は新型人工皮膚。アンドロイドのアイカには搭載されていても、俺には触覚は無い。甘い色の髪はどんな肌触りがするのだろう?いつも綺麗に整えているアイカの髪をぐしゃぐしゃっと掻き回して、遊んで見たかった。イライラしながらもアイカは笑ってくれただろう。それをする相手は他の誰かでもいいんだ。俺よりも相応しい人がこの世界には沢山いる。


 俺は名残惜しむ気持ちを引き千切るようにアイカから離れた。


「俺はジイちゃんに最高の人生を作る。だって俺はもう十分幸せだった」


 ウエハラ博士に背を向けると背中に硬いものが当たった。かなり痛い。ウエハラ博士お気に入りのペンギン柄のマグカップが床に落ちて、飲み口が一箇所欠けた。


***


 俺は今度は自室ではなく研究室に一人でこもった。蝋燭(ろうそく)の明かりの下、科学防護服を二重にし、人工光源カットフィルムで作った分厚いゴーグル。それでも機械操作が入ると二時間も働けない。床に積み上がる膨大なデータ資料。設計図は頭の中。紙に埋もれていく研究室。眠るのは寝袋。俺はアイカと同じようにサプリメントしか摂取しなくなった。確かに合理的だが大事なものが手から溢れていく気がする。


 アイカは俺の研究室があるエリアに出入り禁止。アイカだけじゃない皆禁止。俺が仕掛けたロックを解除出来る者だけは入れる。この研究所にはたった二人しかいないだろう。その二人は多分、自らの意思で会いに来ない。俺はそう踏んでいる。アイカの中からはきっともう俺の存在は、そこらへんのゴミと同じになった筈だ。ウエハラ博士は来れるのに来ない。俺を止めず見守る事にしたようだ。


 深夜0時すぎ、開かずの扉から見知らぬ男が現れた。ピンときた、俺に主治医を寄越したと。


「初めましてロゼです。ロゼ・プードゥです。貴方のお医者さんカバンです」


 深夜に俺の前に現れた新型アンドロイドPURE7(ピュアセブン)はアイカとは顔立ちは違うがやはり美しかった。空調の風でサラサラと揺れる亜麻色の癖毛。髪と同じ色の色素の薄い茶色い瞳。アイカと並ぶと絵になるだろう。それにしてもまだ表情も声もぎこちない。


「初めましてロゼ。今日が誕生日かな?お祝いに贈る物が無いけど、代わりに祈りと予言をあげよう。最大の愛を受けて生まれたロゼは最高の人生を切り開ける。自由に生きろ」


 ウエハラ博士はきっとこう言うだろう。俺も本心だ。アイカと共に苦難があっても手に手を取り合って逞しく、素晴らしい人生を歩んで欲しい。生きるアンドロイド。ウエハラ博士のロマンチックな夢。


「ロゼ・プードゥは本日起動しました。ありがとうございます。ミスターサカキバラの発言が抽象的で理解できません。昼間は研究の一環として監視されるため、充電モードになった後にウエハラ博士に再起動されてここへ来ます。毎日。それを伝えに来ました」


 ふーん。アイカとは違って自身をアンドロイドと認識させたって訳か。俺は立ち上がってロゼに右手を差し出した。


「この意味は知っているか?」


「握手。お互いの好意を示すために行われるもので、これを拒絶することはエチケットに反する・敵意を持つと考えられます」


 まるでアイカだ。でもきっと性格は違くなるだろう。擬似脳神経は人間の脳みそを模して作られた。同じ脳なんてこの世に一つも無い。ロゼは自らの経験や学習で変わっていくだろう。アイカはどう変化して行くのだろう。俺の好きなアイカは消えてしまうかもしれない。


「そうだ。つまり俺はロゼに友好を示す」


 ロゼがぎこちなく俺の右手を握った。科学防護服に阻まれて、ロゼに体温があるのか分からない。俺はニシシっと聞こえるように、歯を見せて笑った。


「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?ウエハラ博士の言葉です。聞いてこいと命令されました」


 淡々とした声色。自我や自立心などまるで感じられない。生まれたばかりの子供。


「ロゼはどう思う?」


「私は夢を見ません。アンドロイドは夢を見ません」


 非常に正しい解答。模範解答に満点を与えてあげたい。しかし人間としては0点だ。


「ドラえもんは夢を見る。偉大なF先生の思考に時代は追いつくさ。眠る時に見るのだけが夢じゃない。ロゼ、それを忘れるな」


 ロゼは無表情で規則的な瞬きを繰り返すだけだった。


 毎晩ロゼがやってくる。一日で起こった出来事と自らの思考回路が正しいのか聞きに来る。あれはどうだ、これはどうだ。どうしたら良いのか、どうするべきなのか。ロゼは物凄い勢いで成長していく。俺は辟易(へきえき)しながらも、自分なりにロゼがより人間らしくなるようにと頭を悩ませながら言葉を紡ぐ。正解なんてないよと、どう感じるか、どう考えるのかと問いかける。


 ジイちゃん、俺は恋人も結婚も手に入らなさそうなのに子持ちになった気分だ。どうしよう、毎日が楽しいよ。このままじゃウエハラ博士の思うツボだ。

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