大天才サカキバラ博士への道のり7
タイムマシンの運用法、取締法、過去干渉における未来の変化など、ウエハラ博士からの様々な課題を俺は無視した。俺の目的はただ一つ、ジイちゃんの死に目に会う事。そしてジイちゃんの人生を変える事。
バタフライエフェクトなんて吹っ飛ばせ。俺はジイちゃんが死ぬまでの人生を確認してやる。この現代より未来からタイムパトロールとかが来たってブッ飛ばす。俺がタイムマシンの始祖なら未来の技術は全部俺に起因するはずだ。誰にも手を出させたりしない。
「君はすっかり塞ぎ込んでしまった」
ウエハラ博士がコーヒーを啜りながら部屋を行ったり来たりする。入社4年と少し、ウエハラ博士の私室研究室は俺が生身で入れるように作り変えられた。しかし人の出入りが多くて結局俺は科学防護服を着ないとならない。
「研究に打ち込んでいただけです」
「成功おめでとう。たった一人で良くやった。理由は分かるよ。君は僕の弟子だからね」
科学防護服を三重にし、人工光源カットフィルムを改良に改良を重ねて俺は"物質タイムマシン"を一人で完成させた。ライアンもアイカの協力も突っぱねた。理由は一つ。タイムマシンは俺が使用したら闇に葬り去る。運用関連を無視した猪突猛進な開発は、誰にも明るい未来を作らない。
「目的を果たしたら一度破壊してまた一から作ります」
「欺瞞だね。ひよっこの思考回路なんて丸見えだ。それでも僕は構わなかった
。何故だか分かるかい?」
ウエハラ博士がいつも通りの謎のステップを踏んだ。ワクワクしている時のウエハラ博士の行動。俺は小さく首を横に振った。
「タカが君を導く。きっとね。遅くきた反抗期に対処するには親じゃないと駄目だ」
反抗期?そんなんじゃない。ウエハラ博士が少し黄ばんだ手紙をヨレヨレの白衣のポケットから出した。
「四年前の僕に手紙を出したね。タカが亡くなる前日に届いた。この手紙の約束通り僕は君を弟子にしたよ。そして現実になった」
「タイムマシンの開発に人材をください」
両腕で大きく丸を作るとウエハラ博士は屈伸した。相変わらず変な師匠。
「あと半年経ったらロゼをやろう。君の主治医にもなる。君は半年間僕とロゼの開発に全力を注ぐ。それが条件だ。そして僕の側で考えろ。真の科学者とは何かをね。そうすれば君は僕の本当の意味での弟子になれる」
勿体ぶった話し方をしているが、ウエハラ博士がどうして"真の科学者"と呼ばれるか俺はよく知っている。ただ純粋に万物を創生したい。それだけが彼の欲求なのだ。作りたいから作る。もう十分見てきた。ウエハラ博士は開拓者。人間に有益なのか、必要なのか、どう運用するかは周りの仕事。今の俺はウエハラ博士にかなり近くなったと思う。ウエハラ博士の掌で転がされているだけかもしれない。
「分かりました。何でもします」
ウエハラ博士は物凄い勢いで世界を変容させていくのに、自身は不変を愛している。研究開発以外にはまるで欲がない。擦り切れそうな白衣を着続け、食事はいつも同じ弁当。和食レストランで特別に作ってもらっている特製弁当は曜日で中身が決まっている。これは俺のためでもあるがメニューを変えないのはウエハラ博士の強い希望。起床就寝、研究時間も滅多に変更しない。
今の俺と同じ。でも俺は胸の中に轟々と野望を燃やしている。ウエハラ博士の炎は何だ?本当の目的、本当の意味での"真の科学者"は何なのだろう。
「よろしい!僕は君の名前がとても気に入っている。明るいと信じる。実に素晴らしい。それを忘れるな。PURE7と人工頭脳プログラミングPure Heart for 7について話そう。これからしばらく僕と君だけが知る」
机まで行き、ウエハラ博士が引き出しから分厚い冊子を取り出した。俺の為だけの書類だろう。そう思ったらウエハラ博士は冊子を床に放り投げた。
「頭の中にだけあるのさ。盗まれたくないからね。タイムマシン開発関連の文書やデータは全部破棄して君もそうしなさい」
お前なら出来るだろうという挑発的な笑みだった。俺はニシシっと擬音がつくような笑顔でそれに応えた。
「では話そう僕の夢--……」
***
PURE1アイカ・アシモフ
僕と師匠、アンドロイドの始祖アイザック・アシモフが最後に製作した自己を人間と認識する高性能アンドロイド。
アイザック型アンドロイドの思考回路に組み込まれた深層プログラムにより《たった1人の人類に利益を供与する》がPURE1の行動理念。
僕の脳みそには誰も追いつかない。アイカは師アシモフにより僕の為だけのアンドロイドとして作られた。自己を人間と認識する強制的に"僕を愛する"アンドロイド。それがアイカだ。トモはアイカの妹。"君を愛する"アンドロイドだね。
師アシモフの死後、僕は何度もアイカを作りかえようとした。アイカは僕の娘だ。師アシモフと共に僕が作り出した。だから愛さないとならない。愛されて欲しい。愛を強制されるなんて非道だと思わないか?君はトモをとても大事にした。タカもね。しかし世の中にはそんな人間ばかりではない。
ノブ、僕ら科学者は生み出す物に対して責任があると思わないか?
そこで考えた。人工頭脳プログラミングP7。これは人口頭脳そのものに働きかけ指示を出す。指示内容は設定された美しい心による優先順位。人工頭脳プログラミングPure Heart for 7は認識した人間が献身相手に相応しいかを分析して区別する。
簡単に言うとPure Heart for 7はアンドロイドに差別をもたらす。人間に共感し利益を供与するが、アンドロイド自身に有益だと判断した相手に尽くす。その最新型がPURE7の予定だ。
僕は改良に改良を重ねてアイカを人間に近づけてきた。PURE6アイカにP7を搭載して世に放った。僕だけの娘から、世間という大海原に一人の人間として旅に出した。アイカには自己を人間と認識させている。アイカはほとんどPURE7であり、そして類人型アンドロイドの初号機ってことだ。
ノブが開発した擬似脳神経でアイカは完璧なる人間となるだろう。人生を自分で切り開くアンドロイド、きっと僕がいなくなっても幸せを掴める。
***
俺は壮大過ぎるウエハラ博士の夢にただ呆然とした。要は人間を創造しようという訳だ。いや、もうしたとも言える。
「親は子供に可能な限り何でも与えたいんだ」
「なぜロゼを製作するんですか?アイカがいるのに」
初の類人型アンドロイドという名称からアイカを守る為だろうか?それならロゼは?ロゼもウエハラ博士の息子なのに。
「一人ぼっちは可哀想だからね。でも多分僕の思惑通りにはいかない。ロゼはアイカと同じように自分の人生を切り開くだろう、僕は息子も欲しかったんだ。タカのように慕われたくてたまらなかった」
ああそういう理由。ウエハラ博士が万物を創造するのに大義なんてない。自己欲求に忠実なだけ。そしてウエハラ博士には欲求を満たす力を持って生まれてきた。
「子が必ず親を慕うとは限りませんよ」
呆れたというように俺はソファに沈み込んだ。それから少し考えてからウエハラ博士の部屋を後にした。
全部分かっているよと言うようにウエハラ博士は無言で俺を見送った。俺がタイムマシンで何をするのかウエハラ博士はお見通しなのだろう。でも妨害するどころか後押ししてくれるようだ。その理由を俺は推定出来なかった。