大天才サカキバラ博士への道のり5
科学者として働き出して一年、俺の生活リズムはパターン化した。過敏性人工光源症候群による活動制限は俺が思っていたよりずっと大きかった。
この一年で失神発作は少なくて月に一度。危うく失明しそうにもなった。過敏性人工光源症候群は俺の想像以上に厄介な病気だった。命名通り人工光源が一番体を害する。映画やテレビなど夢の夢、現代社会の普通の照明でさえ光源カットフィルムをもってしても太刀打ちできない。パソコンで仕事なんて自殺行為。
統計を取った結果、科学防護服を身につけていても週に七時間程しか部屋の外へ出られない。未だに病気の原理も原因についても判明しなかった。全身症状も様々で、何でどんな症状が出るのかも規則性が見つからない。世界に一人しかいないから、俺は熱心には研究する気にならなかった。もしも同じ病気の子が生まれたらとは考えるので、協力はしている。
俺に影響がない新製品という謳い文句の商品は飛ぶように売れるらしい。その名前を付けられるのは俺の許可が必要。特許を高くした。くっそ高い。結果、商品もめっちゃ高い。必要ないのに欲しがる理由が俺には理解できない。マージンはタイムマシンの研究資金、そして難病に苦しむ子供達の未来資金。金は天下の回りものってね。ある奴から回収してばら撒くんだ。
そんな俺は科学者の道を歩みだして新たな夢を手に入れた。
お医者さんカバンである。
現行発売されているのは一般的な病気をスキャンニングで発見する機械。課題は山積みらしいが徐々に普及している。しかし俺が求めているのはもっと高性能なもの。赤ん坊のうちに難病を発見できるような機械。ウエハラ博士が長年研究している人型アンドロイドPUREシリーズの最新作に組み込む予定だ。人の心をもった医者ロボット。難病の子に寄り添う、友達になれる、生活補助ができるロボット。それが俺の夢。つまりトモの進化版。
ロボットというとウエハラ博士のチョップが炸裂する。アンドロイドというのに拘りがあるらしい。
夢に向かって、日がな一日自室で企画書を書くのが俺の仕事。ウエハラ博士が添削して、膨大な×がつけられて返却される。一年で通った公式の企画書は二つ。人工義眼と擬似脳神経。今度は大量の参考資料や実験データが部屋に送られてくるようになった。タイムマシンの企画書はまだ箸にも棒にもかからない。
「PURE7with お医者さんカバン」は超極秘。専属助手のアイカですら知らない。しかし推定三年後に完成する新世紀を切り開くアンドロイドの公式名はもう決まっている。これが弟子と専属助手の違いだ。してやったりとほくそ笑む。会うたびに俺に悔しそうな目を向けるアイカに対して、最近何とも言えない優越感と悪戯心が湧く。多分俺はアイカが好きなんだと思う。
PURE7第一アンドロイド
アンドロイドネーム lose pudove 《ロゼ・プードウ》
Pseudo-love《類似愛》のアナグラム
ロゼは絶滅寸前の子鹿の名前。
人の脳を模した擬似脳神経を搭載し心を持つアンドロイド。ウエハラ博士の長年の夢である。俺とウエハラ博士は毎晩大激論を交わしている。思考回路の組立からそれに必要なものの開発。膨大な難関が待ち受けているが、一つ一つ前に進んでいる。哲学的な話もしないとならない。人とアンドロイドの境が無くなったらどんな未来が待っているか。最終的には何故かジイちゃんの思い出話になる。
「タカがプーちゃんを愛したように僕も子供たちを愛したいのさ。君もそう思うだろう?」
「もちのろんだ」
最近博士の口癖がうつってきて超最悪。俺の顔はちょっと鹿に似ている。研究に役立っているから、"ひよこ"から進化した俺のあだ名は「プーちゃん」子鹿のプードゥーの略だとは誰も知らない。
ジイちゃん、名前の通り俺は明るい未来を信じている。辛い事も多くて時々死にかけるけどスッゴイ元気だ。早くそれを伝えに行きたい。めっちゃ泣かせてやるからな!
***
夢を持てノブ
それから不屈の闘志
逃げてもいいが信じることは忘れるな
ジイちゃんの遺言の最後の文
俺はジイちゃん本人の口からもう一度聞きたい
***
更に一年経った。毎日仕事しているからあっという間。休みも俺は研究している。趣味でお金を貰えるとは幸せ者だ。
昼休み、社員食堂へ行くのが俺の密かな楽しみ。一日一時間。一週間で七時間。俺の活動限界の大半は食堂で終わる。仕事の息抜きは人との会話。俺は会話に飢えている。たまにアイカを揶揄いに行くこともあるし、食堂に引っ張ってくることもある。
「今日も食べないの?アイカ」
隣で背筋をしっかり伸ばしてキチンと座っているアイカ。科学防護服、全身タイツみたいな俺は机に頬杖ついて問いかけた。
「時間の無駄です。エネルギーの無駄です」
アイカはサプリメントしか取らない。ダイエットではなく食事は時間の無駄だと言い放つ。
「食堂にいるなら食べれば良いじゃん。一石二鳥」
「プーちゃんとの会話は有益です。しかし差し引きしても食事は無益です」
のんべんだらりな俺とヒューマンアンドロイドと呼ばれるアイカのやり取りは食堂での名物と化している。ちょっとだけ嬉しい。しかしプーちゃん呼ばわりは止めて欲しい。研究員みんな、ウエハラ博士の報復を恐れて俺をちゃんと"プーちゃん"と呼ぶ。パワハラだ!
「今日も仲良しだなプーちゃんとミス・アイカは」
ライアンの今日のメニューはハンバーガーセット。俺も食べたいが今日は火曜日、ひじきの煮物とその他だ。この同期、俺に全く遠慮しない。腹立たしいが同期の中で俺は一番ライアンが好きだ。熊みたいな大男で見た目も中身も包容力抜群。大天才(予定)の俺の親友なんて調子に乗るから絶対言わないけど。多分客観的に見てバレてるけど、恥ずかしいから絶対言わない。
「ライアンからも言ってやれよ。食事ってのはエネルギー摂取だけじゃないって」
「俺たちは良い年した大人だ。個人の主義に口を出すもんじゃないさ」
アイカがいつも通りポイポイと口にサプリメントを放り込む。それから水をグイッと一杯。それだけなのに絵になる綺麗な女だ。中身はアレだけど。脂肪までサプリメントで取る女はこの世でアイカだけなんじゃないかと思っているが、世界には命を摂取したくないという層がいるらしい。俺は部屋で特製弁当を食べる事しか出来ない。多種多様な食事は正直羨ましいが、そもそも食事を摂れない奴もいるって考えると随分幸せ者だ。
「ジイちゃんの手料理が恋しい」
「でた、ノブのジイちゃん自慢」
ニシシって擬音がつくように俺は歯を見せて笑った。アイカが颯爽と立ち上がる。
「その話なら時間の無駄です。一度聞いています」
「続きは極秘研究のかもしれないぞ。知らなくていいのか?」
俺は得意の必殺技、「アイカの知識への貪欲さをくすぐれ作戦」を決行する。アイカは不服そうに席に戻った。ヒューマンアンドロイドだけど、アンドロイドヒューマンじゃない。アイカの思考は独特だけど機械じゃない。俺の病気も、アイカの面倒な性格もみんな個性。人間ってすっごい面白い。
ヒューマンアンドロイドと呼ばれていることを知ったらアイカは傷つく。こっそり傷つくだろう。だから俺はなるべく色んな人にアイカの人間らしさを知ってもらいたい。
「タイムマシンの企画が通った。で、二人を俺の助手に任命したい」
「もちのろんだ。うわっ最低。くそったれ。ついに俺にも感染した」
散々俺をバカにした報いだライアンめ。
「拒否します。擬似脳神経の研究を疎かにする訳にはいきません」
毅然とした態度のアイカ。
「俺はウエハラ博士の弟子。この研究所の研究員に拒否権ないよ」
俺の殺し文句。初めて使ったけど。アイカの頭脳は絶対必要だ。
「知っています」
「反抗時間の無駄じゃないの?」
アイカが悔しそうにしている。あからさまな悔しさを表現するアイカ。唇噛んで眉根を寄せる。これ、この顔が見たいんだ。
「プーちゃんなら嫌だと言ったら取り下げる確率が三割はあると考えました。それだけです」
アイカがそっぽを向いて、ちょっと俺に期待しているような様子を見せる。お前が言うことは分かってるぞという態度。ツンとしながらも尻尾をくっつける猫みたいだ。
「ふむ。君の信頼は嬉しい。ひっじょうに嬉しい。しかしこれは俺の夢だ。人類の夢だ。作るだけではいけない。正しい使用法も考えて規制も作る。それにはアイカが絶対必要だ。誰よりも客観的で優秀なアイカじゃないといけない。俺はアイカを助手にする。唯一の専属助手」
アイカが満足そうに小さく笑った。笑顔が苦手だからとアイカが時折鏡の前で練習しているのを俺は知っている。アイカは褒め言葉に弱い。みんな気がつかないみたいだけど。
ライアンが「俺は?」とワクワクした笑みを向けてきた。
「研究チームはまず俺とアイカとライアン。それだと平研究員だな。企画書は通ったけど研究許可がこれからだ。かなり多くの課題、それも難問を突きつけられている」
平研究員というのにライアンは不満そうだった。アイカは嬉しそうだ。
「ウエハラ博士の難問を越えて本当の研究チームが出来たらプロジェクトリーダーだ!どうだい?」
今度はライアンが満足げでアイカが悔しそうだった。これ、楽しいな。
「二人とも大天才と同列に歴史に名を刻む。それじゃあ不服かな?」
アイカとライアンが満足だというようにそれぞれの笑顔で笑った。ジイちゃん。俺、トモ以外にも友達が出来たんだ。仕事も生活も大変だけど、スゲー楽しいよ。
あと三年。絶対俺はタイムマシンを作り上げる。




