召喚魔法
暫く進むと、見晴らしの良い開いた場所へ出た。少し雑草は生えているものの、そこだけ木々が避けたかのように更地になっている。天然の空き地だ。
ブランは幻覚魔法を施して置いてきた。背後を振り返ってもその姿は視認できないほど遠い。何かに襲われることはないだろうが、もしそうなってしまっても仕方ない。罪悪感がないと言えば嘘になるが、些末なものだ。頭を振り、払拭する。
俺に与えられた時間は九時間。躊躇している暇はない。限られた時間を有効に使うため、今一度気を引き締めた。
眼を閉じ、手のひらに照準を合わせるように意識を絞る。
詠唱は要らない。俺が最も親しみ慣れている魔術だ。
「――よし」
奇妙な感覚と共に、掌に光が集まる。夕焼け前の空に映える白い光が、残滓を散らしながら一羽の鳥の姿をかたどった。それらはまるで生きているかのように、一声嘶くとこちらに向き直り不動の態勢をとった。その姿は実にいじらしい。
哨戒用の魔術、擬似幻像。それがこの魔術だ。魔力を動物に変化させ、周囲の警戒及び連絡が可能となる。連絡といっても、魔術発現の際に組み込んだ反応ひとつしかできない。
「行け」
放るように手首を捻る。その動作を皮切りに、霊鳥が勢いよく飛び立った。バハムカイトには、部隊の監視を命じてある。広範囲に渡る監視なので、哨戒も同時に行える。俺は脳裏に新たな視界が開けたのを確認すると正面に向き直った。
開けた場所を選んだのには訳がある。
俺は手近な木の棒を拾うと、地面に紋様を描き始める。脳裏に浮かぶのはひとつの魔法陣。それなりに大きい規模の魔法の行使なので、広く魔法陣を描ける場所が欲しかった。なければ、無理やりそういった場所を作るしかなかったが手間が省けて良かった。
魔力を帯びた杖の先が、光の残滓を散らしながら幾何学的な模様を刻んでいく。
同心円状に、それでいて放射状に模様を重ねていくことで、少しずつだが全体像が確認できるようになる。
手に木片がこびり付き、土のにおいにも慣れた頃、それは完成した。
魔力を込め、懇切丁寧に描かなければならなかったため、普通に文様を描くより時間がかかってしまったが、誤差の範囲だ。俺は再度辺りに気配がないことを確認し、その場にしゃがみ込んだ。
俺が描いた魔法陣は、数ある魔法の中でも召喚術と呼ばれる類のもの。
通常、魔法は『魔術』、『印術』、『精霊術』、『召喚術』と四つに分かれている。その中で魔法陣を必要とするのが、『印術』と『召喚術』の二つ。印術が簡易的な魔法陣から魔法を発生させるのに対し、召喚術はある程度大きい規模の魔法陣を要する。それは、何も召喚術が印術に劣っているというわけではなく、より大きい力を行使するからだ。
「よし、行くぞ……」
召喚術は幾つか制限があるものの、その効力は絶大だ。
それを、これから俺が証明する。
魔法陣全体に魔力が行きわたり、淡い燐光が辺りに満ち始める。幻想的な光景ではあるが、何回か見慣れると胸中に湧き上がるものはなく無感動なものだ。
光が一層強く輝き出したのを見計らって、俺は魔法陣の中心へ移動した。
耳元に手をあて、囁くように告げる。
「……準備はできた、逆召喚しろ」
『余に向かって命令するとは。随分と生意気になったものじゃ』
「二度も言わせるな」
『分かっておる。丁度退屈しておったしの』
気の抜けた声が耳元で弾けるのと同時に、自分の体が軽くなったような錯覚を覚える。
視界が雪原のように真っ白に塗り替わり、足元がおぼつかなくなり。
「――ッ!」
歯を食いしばったと思った瞬間、俺の意識は掻き消えた。