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血染めの魔王は勇者を嗤う  作者: 結城紅
序章 領主 ランドルフ・ハイター
7/15

語る雄弁な舌

 隊列が決定した。先頭をリーダー。最後尾を少女。隊列の中心に俺。その後ろに、当てこすりの巧妙な同期がいる。6人で編成された部隊の編隊にさほど時間は要さなかった。精々が五分といったところ。

 しかし、どうやらリーダーは俺を完全に信頼しきってくれたわけじゃないらしい。俺に振り当てられた位置と同期の皮肉気な笑みを鑑みる限り、その意図は推して知るべしだ。


「おいはぐれ~。くれぐれも変なことすんじゃねえぞ? 俺はいつ手元を誤っちまうかわかんねえからなぁ」


 これみよがしに腰元の剣を叩く同期。柄頭がコツコツと音を返す。

 嫌味ったらしい笑みを浮かべる彼に、俺もまた笑みで返す。


「そうかい。なら手袋でもつけておくといいんじゃないかな。持っていないなら貸そうか?」


「チッ! 気に食わねー野郎だ」


 笑みが即座に青筋へと変わる。単純な奴だ。君は自分が墓穴を掘っていることに気付いた方がいい。

 先ほどのリーダーとの会話で、俺はリーダーだけでなく他の部隊のメンバーの注目も集めている。俺は失態をせず、寧ろリーダーの意向を尊重し推進した。一方、君は俺に突っかかって来るばかりで、揚句には俺の『厚意』を足蹴にしている。傍目からみれば友好的である俺に、君は不躾な態度をとっているわけだ。俺が『はぐれ』であることを差し引いても、情勢は君よりこちらに傾いている。それ以上不遠慮な発言をすると……。


「だいたいはぐれがこの俺に意見してんじゃねーぞ。訓練での成績は俺の方が……」


「ブラン、やめないか。部隊内での争いは俺も、教官殿も望むことではない」


 案の定、リーダーから苦言を呈された。

 ブラン、と呼ばれた同期が表情を焦慮に歪ませる。


「し、しかし!」


「口を慎め。君の口は自分の利己的欲求を満たすためだけにあるのか?」


「い、いえ……」


 リーダーのご尤もなお叱りに、ブランの語尾が縮む。同時に、横目で前方の俺を睨んでくる。リーダーの説教はこれで終わりのようだが、このままだと同期の怒りが飛び火してくるので少し解釈を加えておこう。


「リーダー、発言の許可を」


「ノーチェと言ったか。何かあるのか?」


 リーダーが不思議そうな顔をする。当然だ。ここで俺が発言する意味がどこにある。ブランは既に裁かれた。追い打ちをかければ今度は俺が怒られる。それこそブランに言った文句がそのまま返ってくるだろう。礼を言えば嫌味ったらしくなる。関係のない話題なら緊急性がなければ少し時間を置くべきだ。なら、どんな話か? その疑問に行き着くわけだが。

 答えは――。


「彼は悪くありません」


「なに?」


 ――擁護だ。同期を庇うタイミングは今が最適。


「慣れない足場と不審な噂が流れる仲間。それも成績に関わる任務。私ならその仲間を警戒します。ですが、緊張と不信感は過度なストレスを生みかねない」


「だからと言って、あのような発言は許されない」


「確かにその通りです。貴方は正しい。ですがそれは、隊員全員の条件が等しい場合。この中では、私だけがマイナスとなる要因をもっています」


「君はあの噂を肯定するというのか?」


 なるほど。貴方はどうしても自分の判断を覆したくないわけだ。わざわざ俺の痛いところまで突いてきて、我を通すというわけですね。だが、それを利用させてもらおう。


「いえ、そのようなことはありません。この場を借りて申しあげましょう。あの噂は事実無根のものです。私は無実。ですが、噂があるというのは事実。リーダー、何も貴方の意見を否定しているわけではないんです。ただ、私にも非があったということを言いたかっただけです」


 そう、結論はそこに行き着く。『君だけじゃない、俺も悪かった』、一方に責任を押し付けず、両者に責任は存在しない。そこには功罪もなく、悪感情もない。なんて理想的な理論なのだろう。この場に於いて罪悪をはぐらかすのに最適な言葉だ。

 それに加え、リーダーが俺に告げた一言のおかげで、俺は他の隊員全員の俺に対する懸念を払拭することができた。思わぬ誤算に感謝だ。

 そして当初の目的は――。


「なるほど。ノーチェ、俺は君のことを誤解していた。君は俺が思っている以上に誠実なんだな。ブラン、俺も少し言い過ぎたよ」


「い、いや。こちらこそ出過ぎた発言を……」


 驚愕する同期を一瞥し、俺は密かに笑みを浮かべた。

 背後から同期の戸惑う様子が感じられる。

 この流れからいくと、発言の内容は当然――。


「はぐ……いや、ノーチェ。変なこと言って悪かった」


「いや、気にしてないよ。これから仲良くしよう」


「ああ!」


 やはり、こうなる。

 そもそも、リーダーとして部隊の調和を担う必要がある以上、俺の最後の一言が発せられた時点で答えは決まっていた。俺も悪いと完璧に同期を擁護した以上、そのどちらを責めることはできない。片方を責めれば不公平を来すことになるからだ。そして、リーダーが決まりの文句を言えばブランも部下として反抗せず従順になるしかない。

 これらを自然に誘導させ、会話させれば彼らは無意識に俺に対して好印象をもつ。

 リーダーは誠実な奴だと思い、ブランは俺を良い奴だと認識する。

 ……そう、これこそが俺の狙い。ブランを擁護し始めたときから、これが目的だった。

 リーダーほどでないにしても、会話のイニシアチブを握るには一定の信頼が必要。況してや、俺がこれから行おうとすることを考えればそれは必須とも言える。

 

 ――そう。

 俺はこんなところで道草食ってる場合じゃない。俺にはやるべきことがある。

 こんなお遊戯はどうでもいい。仲間もみんな、いざとなったら切り捨てる。それほどまでにどうでもいい。邪魔だ、邪魔なんだ。俺が子供だからこんなところにいざるを得ないだけで、俺の本当の戦場はここじゃない。

 だから――。


「お前、いい奴なんだな」


 濁流のように溢れた思考が一瞬で気化する。不意にかけられた声は同期によるものだった。先ほどまでとは態度は一変、俺を信頼したものとなっている。


「……いや、そんなことはないよ」


 謙遜なんかではなく、本当に。

 俺は断じていい奴なんかじゃない。正義である筈がない。


「さあ、先を行こうか」


 俺は一歩踏み出した。


感想などあると嬉しいです。

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