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血染めの魔王は勇者を嗤う  作者: 結城紅
序章 領主 ランドルフ・ハイター
5/15

☆孤児院

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 幼いながらも、この世界が自分にとっての敵だと理解していた。

 悪が正義を謳い、真の正義は存在しない。都合の良い味方などいないのだと。

 正義の偶像たる勇者こそが悪で、それを称える国や民。それら全てが敵なのだと、事が終わったあとに漸く気づくことができた。


 俺はあまりにも無知で、知るのが遅すぎた。そのせいで姉はおろか村人も余さず消えていってしまった。残ったのは粗末な命と満たせない虚無感。後悔が胸中を激しくのたうち回っている。

 あのとき、俺に力があったらと夢想せずにはいられない。なんの益体もない空想が終日頭中を駆け巡っている。


 その後悔はやがて怒りへと変わっていき、やはり力を求める結果に帰結する。

 この胸中に湧き上がる怒りと憎悪、それらを晴らす方法はひとつしかない。

 俺は、勇者を殺す。そうでもしないと、俺は自分を許せない。

 故に、これはただのエゴであり信念。全てを失った自分に残された大切なもの。

 復讐だけが俺の生き甲斐だ。


~~~~~~


 村がなくなってから二年が経った。

 繰り返す日々からは彩りが失せ、周りが全員敵のように見える窮屈な毎日を送っていた。

 好奇の視線に晒され、それを跳ね除ける日々にも飽いた。ただ無機的な毎日の繰り返し。

 何もかもをも喪失した俺に行き場などあるはずもなく、必然的に孤児の寄せ集めに入れられていた。建前としては、戦災孤児のための孤児院。しかし、その実、戦場に送る戦士を育成するための施設だ。国からの支援を受け日々の糧を得ている以上、国のためになることをしなければならない。ギブアンドテイク、相互関係は単純にして明快だ。


 魔族との戦いは未だに続いている。一時は勇者が魔王の討伐に成功したことで魔族の勢いは衰えを見せたが、最近になって勢力を増した。勇者一行は戦いには参加していない。というのも、魔族の抗戦など名目上、表向きの理由にすぎないからだ。


 無論、魔族が徹底抗戦を唱えているのは事実だが、その勢いは風前の灯火に等しい。以前施設の事務員たちの会話を立ち聞きした際、そう言っていたのを耳にした。戦局は完全に人類側にあり、魔族は搾取される立場にあるのだ。故に、王国は勇者を送らず雇われの傭兵などを送り込んでいる。この孤児院はその使い捨ての戦士を育てる機関にすきない。

 ……嫌気が差す。


「本日、諸君らに与えられる訓練は周辺の魔物の一掃である」


 苛立ちさえ覚えるほどに白い孤児院。その外壁に接触する名目上の孤児院の庭……訓練場と呼ばれる敷地に事務員の声が高らかに響いた。


「諸君らは王国……ひいては国民の血税によって生かされている。故に、恩を返す義務が、責務がある。今回の訓練は諸君らにとって、まさにお誂え向きのものだ。周辺の危険を少しでも減らし、近隣に住む民の役に立って見せろ」


 淡々と述べる事務員、否、教官の言葉に違和感を覚える者はいない。

 眼球だけを動かし、周囲を確認するも、周りには俺を取り囲むように正方形の列を形成する直立不動の子供たちしかいない。

 日々繰り返される教官の言葉によって、誰もが意志を束縛されていた。


挿絵(By みてみん)


「それでは、今から部隊の編成を発表する。呼ばれた者は速やかに前へ出ろ」


 抑揚のない声が虚空に響く。記号のように名前が羅列されていく光景はある種の尊敬の念さえ覚えるほどに不気味だった。


「……ノーチェ」


「はい」


 反射的に体が前に出る。一年間に培った経験は深く体に根付いている。

 教官の眼前に晒された俺は、部隊の番号を告げられ、まるで物のように横に流された。その先には、同じような子供達が不動の態勢で列をつくっている。

 その末端に加わると、前方から呻き声のような低い声が耳朶に触れた。


「『はぐれ』と同じ部隊かよ……」


 何の変哲のない、ただの嫌味だ。いや、嫌味というのはおこがましいか。これは自分の所業が反映された結果なのだから。


「あの白髪、今度は誰を消すんだよ」


「訓練では並程度の実力なんでしょ?」


 言葉の通りだ。孤児院で習う戦闘術……つまりは剣術と体術だが、俺は人並み程度の実力しかない。そもそも才能がないから伸びる余地がないのだ。

 だが、俺は確かに数人の子供をこの手で消している。俺には、少なくともこの場の誰もが持ちえない力を持っているからだ。無論、無差別に殺しているわけじゃない。俺だって人殺しに抵抗を覚えるし、最初は吐くほど気持ちが悪かった。だが、秘密を知られた以上はそうするしかなかった。

 必要悪だ。俺は、俺の目的を達成するために障害を排除しているに過ぎない。

 そこに後悔などあってはいけない。


「6番隊、前へ!」


 教官の声が訓練場に響く。叩き込まれた訓練と習性が反射的に体を前進させ、敬礼の構えを取る。隊列毎前進し、一歩外界へと近づいた。

 教官が睨めつけるように各人を見回す。高台に立ち眺望される気分はあまりよくない。まるで自分が風景になってしまったように錯覚してしまう。

 だが、きっと教官にとって自分たちはその程度の存在なのだろう。いや、風景ならばまだいい。代替がきかないから。しかし、子供の兵士という枠組みに入れられると自分たちは途端に価値がなくなる。代替品を前提にした消耗品だからだ。

 俺はその枠に縛られてはいけない。ここで死ぬわけにはいかない。故に、生き残る。死ぬのは勇者を殺してから。

 万感の思いを込めて、教官の視線に瞳を合わす。無機的な双眸が俺を捉え、そのまま後方へと流れた。


「6番隊、任務開始。健闘を祈る」


 形ばかりの言葉と合図に、俺らは敬礼で返し孤児院の外へと足を踏み出した。



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