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血染めの魔王は勇者を嗤う  作者: 結城紅
プロローグ かつての夢
2/15

プロローグ かつての夢2

 その日の夜。ぐっすり眠っていた俺の耳に、珍しく動揺した姉さんの声が聞こえた。

 横を見遣れば、姉さんのベッドは空で布団が少し乱れていた。几帳面な姉さんらしからぬ挙動だ。


「ですが、そんなことをしたら……」


「いいかいアンナ。このままだと王国は腐ってしまう。これは、誰かがやらなきゃいけないことなんだ。それに、これは領主様やエルさんとの協議の結果でもある。子供の君たちには分からないかもしれないけど、理解してほしい」


 ドア一枚を隔てた玄関先で、姉さんの他にも誰かがいることが分かった。

 話している内容は理解できないが、子供ながらそれが重要なことだとは感じていた。同時に、姉さんが怯えていることも、声音から分かっていた。

 男の声が姉さんを傷つけているような気がして、俺はついに我慢ならずドアを開けてしまう。

 密閉された空間から、外へと通じる景色に一転。

 目に入ったのは、戸惑いながらこちらを見遣る姉さんと、月を背負うように屹立する村長の姿だった。

 二人とも、常日頃俺に見せるような柔和な笑顔ではなく、切羽詰った大人の表情をしていた。


「お姉ちゃん、村長さん?」


「……ノーチェ、もう寝なさい。エイラさん、私は飽く迄も反対です」


「そうか、残念だ。せめてこのことは他言しないでくれ。……それじゃあ、二人ともお休み」


 最後に村長は一瞬物悲しそうな顔を覗かせ、ドアを閉じると宵闇に紛れて消えていった。

 子供の俺には分かるべくもない、大人の世界というやつだった。同じく子供であるはずの姉さんは、村長が消えた方を一瞥するといつもの笑顔で俺を抱きしめた。


「もう、寝ましょう……」


「う、うん……」


 いつも通りの笑顔のはずなのに、その言葉にはどこか有無を言わせぬ威圧感が伴っており、俺は頷くほかなかった。

 側面から覗いた姉さんの顔が強張っているのを見て、俺は一抹の不安を覚えた。


~~~~~~


「フッ! ハァッ!」


 翌日の昼。俺は姉さんの手伝いを終えると村の隅のほうで玩具の剣を振っていた。

 何の型もない、愚直な太刀筋。ただ正面に振り下ろす以外の何者でもない作業を、しかし背後で眺めていた老婆は手を叩いて賞賛してくれた。


「熱心じゃのう、ノーチェ」


「あっ、エルばあちゃん!」


 振り返った先にいたのは、長い白髪を後ろでひとくくりにした、中腰の老婆。老人特有の温かみと柔らかい雰囲気を纏った彼女は、俺の握るお手製の剣を見て朗らかに笑った。


「その姿、宮廷にいた頃の兵士たちを思い出すよ」


「え、ばあちゃん、兵士様を見たことがあるの?」


「ああ、あるよ。あの凛々しい姿はなかなか忘れられないねぇ」


 エル婆は、その発言の通り昔日は王国の宮廷に勤めていたこともあるエリート魔術師だった。体が思うように動かなくなり、老後は静かなところで過ごしたいという本人の希望のもと王都近隣のこの村に住んでいた。彼女は新参者でありながらすぐさま村に溶け込み、まるで古参のように扱われていたことを覚えている。

 村中の人間から信用を寄せられていた彼女を、当然俺が拒むはずもなく。むしろ姉さんに次いで好感をもっていた人物だった。


「ばあちゃん、どうかな? 俺、剣の才能あるかな?」


「どうかねぇ。ノーチェは魔術師の方が向いていると思うけど……」


「またその話? 何度も言うけど、俺は魔術師なんかになる気はないからね!」


「そうかい。まあでも気が変わったら、いつでも言いなさいな。あたしが手ずから教えてやるからねぇ」


 剣の話をはぐらかして魔法の話をするところだけは嫌いだったな。

 まあ、傍目から見ても俺に剣の才能がないことなど一目瞭然だったから仕方のないことだ。


「ところでさあ」


 子供の機嫌は秋空よりも移り変わりが激しい。俺は剣の話など忘れ、いつしか昨夜のことを話していた。 

 その日はいつになく姉さんが不自然で、子供心にも姉さんを助けたいと思っていた。故に、子供であることを自覚していた俺は大人に相談するという行動に出たわけだ。

 一番信頼していた大人はエル婆だったから、そうなるのも自明の理だった。

 俺の話を聞き終えたエル婆は、柔和な顔立ちを苦笑するものへと変えていた。


「まあ、何が正しいなんか一概には分からない。そういうことさね」


「ん? 分からないよ」


「お姉ちゃんも、村長も。二人ともそれぞれ言い分があって正しいということさ」


「ふーん、そっかぁ」


 何はともあれ、姉さんが正しいということを聞いて俺は安心することができた。

 結局のところ、問題の解決などどうでもよく、俺は自身の不安を解消したかっただけなのだ。

 エル婆は俺の心理をよく理解していたのだろう。その後も俺を安心させてくれる言葉を掛け続けてくれた。

 

~~~~~~


 その日の夕方、俺は村の外に出かける村長を見かけた。彼がどこに行くのか分からないまま、俺は手を振って見送った。


「いってらっしゃーい」


「ああ、ノーチェか。君は俺がどこに行くのか知ってるのかい?」


「ん? 知らないよ」


「そうかい。ならいいんだ」


 笑顔の奥に懐疑的な様相を垣間見させた村長は、俺の頭を撫でて村の外へと出かけていった。

 この時の俺には、彼が何をしていたのか知る由もなかった。

 今思えば、俺は全力で彼を引き止めるべきだったのだろう。

 しかし、過去は偽りなく現在(いま)へと時を運んでいく。

 


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