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血染めの魔王は勇者を嗤う  作者: 結城紅
序章 領主 ランドルフ・ハイター
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魔法戦

「――俺が、元宮廷魔術師エルの弟子であり、彼女の遺産を受け継ぐことを許されていたから」


 ――男が、僅かに瞠目した。


 一瞬の逡巡だったはずだ。彼の知りうる情報の中にそのようなものはなく、しかし欠けていてはおかしい情報。咄嗟に否定する要素はなく、それまで十分だった情報が不十分となる。そこに思考が到達したならば、俺から情報を引き出さなくてはならないことを考え付く。

 だが、もう遅い。

 俺は一瞬の隙を見逃さず、印術を描きながら全力で背後に向かって跳躍する。


「『――言霊と寿ぎ、我が身を包む』【身体強化(クーパー)】」


 柔い、衣のような温かみが俺の全身を包む。

 ルーンにより施された魔力による身体の強化。背面への跳躍が驚異的な飛距離を見せる。男の瞳が見開かれ、次いで指が宙を踊った。虚空に描かれるのは、魔力によるルーン文字。口元が緩んだ。この状況でその選択。男は、印術使いだ。


「『刹那の光、雷を以て空を喰らえ!』【小さき雷(クライドナ)】」


 出の早い近接魔法。属性は雷。細い電光が直線上に位置する俺に敵愾心をむき出しに突貫してくる。威力は弱いものの、その速度は数ある魔法の中でも高い部類に位置付けられており、事前の準備がなければ回避は不可能とされている。

 男の柳眉が吊り上がり、本気の相貌が窺える。クライドナの詠唱の終了と同時に指先が次の魔法のルーンを描き始めている。

 ここでクライドナを被弾すれば、次の魔法も俺に直撃するだろう。だが、クライドナの回避は身体強化を施した今でも不可能。直撃は必至と思われるが――。


 ――俺は既に、ルーンを描き終えていた。


「『我が身を守れ』【障壁(ヴァンド)】」


 男の出す魔法は読んでいた。

 小規模の雷撃が俺の眼前の無色透明な障壁と衝突し、対消滅する。雷撃の先でルーンを描いていた男の顔が苛立ちに歪んだ。

 俺が男と距離を離した際、男が印術使いだと判明した時点で何らかの出の早い近接魔法が来ることは容易に予想できた。ほんの一瞬とはいえ、後出しだった俺が防御に成功したのは、偏に魔法を発動させる速度の違いに起因している。男の顔が歪んだのは、単に攻撃を外したからではなく魔法使いとしての能力に劣るものがあったからだろう。


「――っ!」


 背後への着地、その直後に地を蹴りたて側面へと再び跳躍する。建物の陰に入り込んだ瞬間、俺の脇を雷撃が駆け抜けていった。

 間一髪だったか。


「『果てより来たれ、紫電の蛇よ……」


 男の朗々とした詠唱が聞こえる。俺の脳内の知識が詠唱と合致するルーン魔法を検索し、けたたましく警鐘を鳴らした。

 このまま建物の陰にいては危険だ。奴が放とうとしているのは外壁さえ破壊する高威力の魔法。建物ごと俺を消す気だ。頭中の逃走計画が瓦解していく。逃走は却って不利になる。


「やるしかないか……」


 逃走を破棄。戦闘を選択。

 俺は高速詠唱で障壁を重ね、男が詠唱を終える直前に建物の陰から身を躍らせた。


「『威光を以て我が意を示せ』【稲光(ブリッツ)】」


 魔法の照準がブレる。男の魔法は誰もいない廃墟を貫いた。その顔が苦痛に歪む。指先が新たなルーンを描き始める。だが、俺のほうが早い。


「『虚ろの境界より幻像を呼び覚ます。我が名の下に飛来せよ。我に付き従え。闇夜を裂く三つの剣』【三式剣(ドライシュヴァート)】!」


 魔法ではなく、魔術。ルーンを必要とせず詠唱のみで完結する魔法。

 魔術名の宣言により、魔術の発動を安定化させ、位相空間の固定、軌道を確定させる。背後に剣を象った魔力が現出し、設定した軌道を高速でなぞった。

 空を裂く一撃、その連撃。男の発動する魔法が障壁や、対消滅を狙った攻撃魔法であったとしても連撃の前には意味を為さない。


「これで、詰みだ」


 高威力の魔法は詠唱時間が足らず、小さき雷(クライドナ)のような魔法では威力が足りず被弾してしまう。迎撃も防御も不可能な連撃。ダメージは必至。

剣の軌跡の到達点は、男の両足。殺しはしない。殺すのは、男から情報を引き出した後だ。

 思わず口角が吊り上がる。これで終わりだ。

 俺は完全に勝利を確信していた。


「『偉大なる雷、威光を以て我が身を包む』」


 故に、その詠唱を聞いた瞬間、俺は自分が読み負けたことを悟った。


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