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血染めの魔王は勇者を嗤う  作者: 結城紅
序章 領主 ランドルフ・ハイター
13/15

会敵

 眼前に埃が舞った。歩みを重ねる度に降雪のように埃が宙に躍る。年季の入った作りの上に、目で見て取れるほどの埃が積もっていた。その一部が鼻腔を擽り、軽く咳払いする。

 ここには何度も足を運んでいるので早々に掃除でも行いたいのだが、生憎と時間が限られた身上なのでそれに時間を割けない。


「今度パイモンにでも頼むか……?」


 いや、しかしそれは外に出ることを禁じている身としてはどうなのだろうか。

 人手と時間が足りない以上、魔法でも使いたいところだが残念ながらそのような気の利いた魔法は存在しない。魔法を開発する手間、それに魔法使いと使い手が限られている以上普通に掃除した方が安上がりで早い。開発する費用があるなら家政婦でも雇えというわけだ。

 そう思う反面、頭中では複数の術式を並べ思惟してしまう自分がいる。

 頭を振り、無駄な思考を振り払う。確かはたきがあった筈なので、近いうちに何とかしよう。

 またもや益体のないことを考えていると、微かな気流が顔を撫でた。入口が近い。


「早く終わらせるか」


 石造りの階段を登り切り、外界へと続く天窓に手をかける。触れた瞬間、脳裏に硝子が割れたような音が響いた。実際に物が破損したわけではない。俺が入口に施していた認識阻害の魔法を解除しただけだ。エル婆の残してくれた地下研究室は、入口に地面と見せかけた偽装こそ施してあるものの、誰かが――それこそ野盗が偶然見つけてしまうことがあるかもしれない。そういった偶然を防ぐために、そもそもこの入口自体を認識できないよう魔法を掛けたのだ。

 とは言ったものの、認識魔法を解くような魔法具を持つ相手には通用しない手口だ。だが、そんな高価な物を持っている人間が廃村に来るはずがない。


「バハムカイ……」


 外の様子を探るため哨戒用の魔術を唱えようとして、逡巡する。擬似幻像(バハムカイト)は孤児院の部隊の監視に発動中だ。ここで新たに同じ魔法を行使すれば、既存のものを破棄しなくてはいけなくなる。

 原理上は同時発動が可能なのだが、バハムカイトの視界情報や連絡網が混線する恐れがある。それに、継続して発動する魔術は持続的に魔力を要するのでいざという時の魔力を温存することができなくなる。魔力の少ない俺なら尚更だ。


「仕方ない……。ブランの位置情報だけ覚えておこう。召喚用の魔方陣も近くにあるし、問題はないだろう。擬似幻像(バハムカイト)


 森林とブランを監視していた視界から、倒壊する家屋の群れへと視界が切り替わる。索敵範囲が狭いので、魔術による鳥は一羽に限定。位相空間は村の高度に固定し、出現させる。

 俯瞰するように、魔力で編まれた霊鳥が緩慢とした動作で移動する。脳内で漸次切り替わる映像を眺めながら、人影を探していく。廃村であるが故、崩れた木材、半壊した家々などが多い。それらに隠れてしまっていないか気を遣い虱潰しに索敵する。


 大まかな索敵を終え、霊鳥が村の端を視界に捉えた。切り替わる視界に、かつての住居が目に映る。姉と過ごした家のなれの果て、そこに一人の男が屹立していた。

 ボロのローブにフード、丈の合っていないオーバーサイズの茶色のパンツ。全体的に煤けており、貧相さが滲み出ている。目深に被ったフードの所為で表情を窺うことはできないが、骨格から男性だと理解できる。

 痩身長躯の総身を覆うローブが動きに合わせて形を変えていく。どうやら男は廃墟の中で何かを探しているようだった。

 肩越しに覗く視界では詳細が分からない。


「俺の家で何をしている……」


 野盗風情が増長するなよ……。

 家の形を保っていなくとも、目ぼしいものがなくとも、そこはかつて俺が姉と日々を送っていた大切な場所なのだ。

 そこに土足で踏み込む以上、相応の覚悟をしてもらおう。

 零鳥から得られた位置情報を元に移動を開始する。


 入口を開け村の隅に出た俺は、そのまま音を立てずに中央部に到達。そこから分岐する道を辿り、男の背中を目視した。

 小さな村、次いで無音の環境。僅かでも音を立てればすぐに気取られるだろう。故に、詠唱を伴う魔法の行使は避ける。


 微かに息を吐き、手元に意識を集中する。

 無詠唱の無属性魔術、銃弾(クーゲル)。魔力を球状に収束し、打ち出すだけの簡単な術式で編まれた安易な魔術。俺が俺のために開発した、少ない魔力で運用できる攻撃魔術だ。

 威力こそ低いものの、人体の急所を突けば即死する。今まで野盗を殺してきたのがこの魔術。

 指先を男の背中――その心臓部に向ける。魔術の位相空間を固定、指向性、軌道上の確認、全て完了。

 一発できめる。


「……クーゲル」


 囁くように告げ、魔術を放つ。

 瞬間、前髪が跳ね服が後方へ靡く。無色透明の弾丸は術式通りの軌道を描き、一秒と待たずに虚空を裂き男の背部へ迫る。

 景色を置き去りにする速度で駆け抜けた魔術が、逼迫する。


 ――紅色が飛び散った。


 不可視の銃弾が男を貫通し、穿ち、抉り、引きちぎり、蹂躙する。鮮やかな赤に染まるローブ。ふらつく足取り。足下の艶やかな水たまり。剥きだしの肌色。吹き出す鮮烈なまでの赤、緋、紅。

 宙を彩る華々に喝采を上げる。


 そんな……。

 そんな情景を、幻視した。

 何かが砕けた音がした。無機的な音が無意識に木霊する。

 泡を食ったように目線を上げれば、そこには少し前と何ら変わりない光景があった。

 魔術が不発した可能性を思索するも、発動した術式は確かなものだった。

 では、何故男に魔術が効いていないのか。

 何が起きたのか理解するまで、さほど時間を要さなかった。

 不意に、霊鳥からの情報が途絶えた。反射的に空を仰ぐと、硝子のような残滓を散らしながら消滅する霊鳥があった。


 半歩、後退る。

 状況の推測など容易だった。

 魔術は不発してなんかいない。銃弾(クーゲル)そのものが破砕されたのだ。

 男がフードを下ろし、緩慢な動作でこちらに振り向く。魔術行使のために、俺は建物から半身を晒していた。相手は既にこちらを認知している。逃げられない。


「もし、ここに住んでいた少年が生きていたならば……」


 くすんだ金髪が目に入る。長髪が男の所作と共に靡いた。


「それは、君ぐらいの年齢の少年だろう」


 露わになった男の顔は、微笑を浮かべていた。

 二の句が継がれる。


「君は誰だ?」


 俺を指差す男の指には、銀色に輝く指輪が嵌められていた。


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