プロローグ ☆かつての夢1
新作です。
よろしくお願いします。
空気すら焦がす灼熱。虚空を舞う粉雪を牽制するように立ち上る熱気。地に横たわる人々と朱に染まる大地。
空は白く、地上は紅く。それはまるで、地獄絵図のようだった。
雪がしんしんと降っていたあの日。俺は、俺を囲む全てを失った。
生まれ育った村を焼く炎は俺をあざ笑っているようで、白と赤のコントラストはいっそ幻想的ですらあった。
――忘れられない。
あの日、俺から全てを奪った炎と、泣き叫ぶ俺を囲んでいた、黒く固形化した血と腐った死肉の臭い。
そして、村を焼き尽くして高らかに嗤う勇者を。
それらが過去となった現在でも、目に焼きついて離れない。
思い返せば、あの日から全てが始まった。
俺が真の意味で生まれたのも、世の中の正義と悪を自覚したのもあの日からだった。
世界は子供だった俺が予想していた以上に汚れていて、腐っていて。
だから、変えなきゃいけないと思ったんだ。
正義を殺し悪にならなければ、と――。
――もしも、俺の人生が物語であるのなら。
きっとその生き様は道化のように映るだろう。
哀れなほど馬鹿馬鹿しく踊る、舞台上のピエロのように。
~~~~~~
「ノーチェ」
「お姉ちゃん!」
麗らかな陽が射す冬の村。その村の外れで、俺は一人木製の剣を振るっていた。
剣といっても、その外見はあまりにも子供らしく、殺傷能力など欠片も見当たらない代物だ。
俺は額の汗を服の袖で拭い、自身を誰何する声に振り返った。
「まったく、ノーチェったら。どうしていつも一人で遊んでるのかしら。友達だっているんでしょう?」
「お姉ちゃん、これは遊びじゃない! 修行だよ!」
「修行?」
「うん! これは、俺が勇者になるための修行なんだ!」
――当時の俺は勇者に憧れていた。哀れにも、愚直で、ひたむきに、ただ理想と一体化することだけを夢見ていた。
だが、それも詮無いことだ。なにしろ、この時世界中で勇者という存在が崇められ、尊敬されていた。理由は単純、勇者が魔王を倒し長らく続いていた魔族との戦争を終結させたからだ。
俺が生まれ育った村は勇者の派遣元である王国、延いてはその王都に程近い場所にあった。つまり、勇者を身近に感じられる場所にあったのだ。
これで、憧れるなという方が無理だろう。
そんな俺を見て、よく姉さんは困ったふうに笑ったものだ。
「……そう。ノーチェは勇者になりたいんだ」
「だって、勇者ってかっこいいし、それに強いし、正義だし!」
「……そうだね」
子供にありがちな幼稚な理想を語る俺に、姉さんは微笑んでくれた。まるで太陽のように、無知な俺を抱きしめて。
俺は知らなかった。当時、俺が育った村がどのような状況にあるのかを。
~~~~~~
いつものように玩具の剣を振るい、『修行』を終えた俺は姉さんに手を引かれて家路についた。
暖かい姉さんの手を握りながら辿り着いたのは、木造りの小さな家。二人で住むのがやっとと言った感じの家だ。
「お姉ちゃん! 今日の夕飯何?」
「今日はね、お隣のエリさんから豚肉を分けてもらったからシチューにしようと思います!」
「やった! 久しぶりのお肉だ!」
貧しくも、慎ましく暮らしていた俺たち。
両親は死んでしまい、金はないけど幸せになれると信じていた。
そう、信じていてのに……。
粗末な台所で揺れる茶髪のポニーテールを見ながら、俺はただ夕食が出来上がるのを待っていた。