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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  ピンク・ダイヤモンド  

  

  

 何だか尻の下がモゾモゾした。

 ん?

「何だ、おい?」

 それは地面から伝わる微妙な振動だった。

「寝てたのか……」

 いつ寝入ったのかも定かではないし、目覚め直後は記憶が曖昧なのはいつものことだ。


 それより俺を包み込むこの暖かみと柔らかさはなんだろ?


 うふぉお。玲子!


 キュートな寝顔と直面して息を飲む。

 眠れる女豹だぜ。

 いつの間にか毛皮のコートに潜り込んで、寄り添いながら寝ちまっていたようだが、なんか得した気分だ。


 うひょぉ。いい香り──。

 うっとりと芳香を嗅ぐあいだに目を開けられたら、即行で絞め殺されるだろうな。


 いやいやいや。それにしてもこれほど間近で見たのは初めてだ。寝ている時は雌のパンサーもあどけない顔してんだな。

 こんな安らかな表情は滅多に見られないし、今のうち拝んでおこう。


 あ。ぱんぱん、と。

 手を合わせて拝むこと10秒、これで限界だ。田吾じゃないが、カメラが欲しいな。


「おい、起きろ玲子!」

「……ぅうん。あと5分だけね。バアやさん」


 こいつお手伝いさんにいつも起こされているのか。俺なんかいっつも隣の夫婦喧嘩で起こされるというのに。この環境の違いはなんだよ。


「起きるんだ、玲子!」

 肩を強く揺する俺の目の前で女豹の目覚めだ。ぱちりと柔らかそうなまつ毛を持ち上げると、ギラリとした瞳に切り換えて俺を睨んだ。

 数秒ほど焦点のぼけた思考を巡らせた後。

「な、何よ! あたしに手を出すと後悔するわよ!」

 と言って毛皮のコートを抱き寄せて身構えた。


「そんなこと身を持って熟知してるワ。誰が出すか!」

「そんな言い方されたら、逆にムカつくわね」


「じゃあ、手を出してやろうか……あ? ぐげぇっ、どっがぁー!」


 意味分かんねぇ。こんなのは大人のジョークだろうが。なのに、瞬時に間合いを詰められ、しゃがんだ体勢にもかかわらず、玲子は俺を投げ飛ばしやがった。


「痛ぇぇなあ。お前は暴走機関車か、自分の身体を制御できないのかよ」

「あははは。ごめん。あたしの間合いに入るからよ。反射的に体が動くの」

「カマキリかよ!」


 ほんのり暖かい玲子の腕にすがって立ち上がり、

「ほんとに、どうしようもねえヤツだな」

 とか言うものの、少しは上機嫌で尻をパンパンと(はた)き、

「あれ。アカネがいねえぞ。あっ」

 目覚めた原因を思い出した。


「そうだ。さっき変な振動を感じたんだ」


「変な? あたしは感じなかったわよ」

「お前、鍛錬してんじゃないのかよ。寝たら腑抜けなのか?」

 玲子は薄く笑いながら受け流し、

「振動って何よ?」


「小刻みな揺れさ。粒子加速銃を発射した時と同じ」

「まさか!」

 俺の言葉を遮って玲子は身構えた。辺りを見渡し、

「アカネちゃん?」

 銀髪少女を探すが、暗闇の広がる路地裏にその姿は無い。


 何だかとんでもない事が起きた気がして、急激に青ざめた。


「手分けして探そう。よもやとは思うが、こりゃえらいことになるぞ」

「裕輔はこっちの奥を探して。あたしは反対側を行くから」

 コンマ何秒で指示を出して動き出す、バネ仕掛けのオモチャみたいないつもの玲子の復活だ。


 それにしたってさっきの揺れが、マジで銃を撃ったとしても辺りはやけに静かだ。もう少し騒ぎがあってもよさげに思うのだが。


「ぬぉぉぉ!」

 せっかく弛緩しかけた気分が一気に吹き飛んだ。地面に転がる歪んだ鉄格子。蝶番(ちょうつがい)の部分から引きちぎられ、菱型に変形した金属製の扉だ。これほど厳重な入り口と言えば──嫌な予感が濃厚になってきた。


 潰されて散乱する破片に導かれて進むと、そそり立つ建物に(つや)の無い暗闇がぽっかりと空いていた。月光に照らされた白い側壁に空いた暗闇。魔宮の入り口かと見紛(みまが)うほど不気味な闇色。それを前にして猛烈な胸騒ぎを覚える。なぜなら、ここで生まれて育った俺には、このビルが何か、はたまた夜間に開けられるはずがない扉だというのも先刻承知だ。


「銀行の裏口が開いてんぜ……」

 自然と声が漏れた。俺の勘違いだと信じて近寄るものの、銀行名が書かれたプレートが掲げてある。


「にゅはぁぁ~。ぎんこおら~」

 体のどこからか、変な息が漏れた。


 逆方向でうろつく玲子のシルエットに「こっちだ」とひと叫びし、駆けて来るハイヒールの音を確認してから、行内へ一歩踏み入れ、全身が総毛立った。


「警報装置が溶けてる」

 粘っこい液体が壁から派手に(したた)れて、そこからたくさんの溶け落ちたケーブルが、葉ムラの茂みのようにごっそりと飛び出していた。

 これだけの設備がありながら、警報の一つも鳴っていないところを見ると、根元から機能停止させたんだ。


 まさか、アカネが……。あわわわわ。

 腰が砕けて直立できなくなり、膝から床に崩れ落ちた。


 銀行のセキュリティが機能するまでの刹那に、それを瞬間に根こそぎ溶かす物など、このアルトオーネに存在しない。


「あちゃぁぁぁ」

 遅れて飛び込んで来た玲子が、ドロドロにとろけていた天井付近を眺めて大口を開けた。


「のんきな声を出してる場合じゃないぞ」

 俺なんてさっきから震え声しか出ていない。


「銀行の防犯装置をぶっ潰して侵入してんだ。もう人騒がせでは済まない」

 さっきから朝刊の見出しが頭ん中をぐるんぐるん回っていた。これで俺は正真正銘のお尋ね者だ。社長と一緒に宇宙を逃げ回らなければいけない身になっちまった。


 ところでなぜ社長を巻き込むのかは、今の精神状態では説明できないが、ここで解説を付けるのならこんなのはどうだ。

 銀龍を海賊船に改造して、あのハゲオヤジを親分に宇宙を暴れまわる。腕っぷしのいい家来(玲子)もいるし。


 横目でオンナ海賊をすがめると、ヤツは地下に続く階段を覗いていた。

「こっちだわ」

 何でわかるんだよ? 

 嗅覚もオリンピッククラスなんだ、と感心しつつ、かつ訝しげつつ、震えっぱなしの足を手で喝を入れながら階段を追って下りる。


「ちょっ、意識が……」

 あまりのショックで何度か気を失いかける俺を引き摺って、玲子はどんどん下がって行った。


 すぐ真下のフロアーは貸し金庫室らしく、鉄格子の中に細かいブロックが並んでいたが、ぐるっと見渡したが無事だった。

「まだ下ね」


 さらに階下へ降りて、最悪の結果を目の当たりにした俺は、即行で床に崩れ落ちた。


「おぉ~。カミサマ──っ」


 激しい虚脱感に襲われ、悲鳴にも似た声を絞り出すと前へ突っ伏した。



 目の前に広がった惨状は予想を遥かに超えるもので、太い鉄柱で組まれた鉄格子が派手に歪み、その奥には大穴が開いた巨大な金属製の金庫。そして何が起きたのか、瞭然とさせる白煙が辺り一面に漂っていた。ミサイルに直撃された前線基地みたいなありさまだ。こんなことができる、いやするのはあいつ以外にいない。


 思い過ごしだと考えることで、胸の奥に仕舞い込んできた不安が、この状況を見てまたもやムクムクと顔を出してきた。


「これはどう考えても……あれだ」

 銀行→金庫→大穴という図式から想起されるものと言えば、二年前に起きたあの大事件。世界最大のピンクダイヤを保管した金庫が何者かの手によって荒らされたのだ。遭難騒ぎの後、俺たちがいなかったあいだにそんなことがあったと小耳に挟んだことがある。


「あぁぁ、もうだめだ。玲子ぉぉ。長い間一緒に酒を交わしてくれてありがとうな。俺の人生はここで終わりだ」

 声も絶え絶えの俺に玲子は答える。


「なに言ってんの、まだまだこれからよ」


「お前こそ、何を言ってんだ。これを見ろ。この銀行の金庫室に大穴を開けたんだぞ。これはもしかして、なんてのレベルじゃない。どう考えてもあの事件だ。こればかりは新聞に載ったやつだ。うあぁ、俺はコマンダーとして責任を取らせられる。ああぁ。何年ぐらいのムショ暮らしになんのかな」


「元気出して。たまには面会に行ってあげるからさ」

 おーい。それはそれで何んだか寂しいぞぉ。


「それにあの事件では犯人は捕まってないし、ダイヤも無事だったのよ」

「いやいやいや。警察だって動いてんだ捜査の手は俺のすぐそばまで迫ってんだよ……ああぁ。アカネぇ。なんてことをしてくれたんだぁ」

「ばか……」

 悲観する俺を無視して、玲子は歪んだ鉄柱から奥へと向かった。

「アカネ? どこ?」

「なっ!」

 ひん曲がった太い鉄格子に半身を滑り込ませた玲子の後ろ姿が、瞬間ブレて見えた次の刹那。


「ッダァーッ!」

 野太い叫び声と共に黒い影が飛び出し彼女を襲った。


「せぇいっ!」

 小気味よい気合いが込められ女豹が舞う。左右から襲う黒影の隙間を風に乗った紫煙みたいにしてすり抜けた玲子。

「さいっ!」


「ぐふっ!」


 痛みを想起する鈍い音が響き、一つの影が苦しげな唸り声と一緒になだれ落ちた。


 続いて──、

「ヤローっ!」

 低音の雄叫びと硬化した拳が玲子の正面を捉えるが、まるでスロモーション映像だ。突進して来る鉄拳を余裕でかわすと、そのまま背負い投げ。

「せい、や──っ!」

 敵の体がでかいだけにその黒い影は派手な音を出して床に叩きつけられ、「ぐぅー」と息を吐いて静かになった。


 相変わらずみごとだ。まるでボロ雑巾扱いだった。


 ほんの少しの間が空いて、

「あ、姐御っすかぁ?」

 聞き覚えのある声と、

「マサなの?」

 玲子の気の抜けた声が渡って来た。


「やっぱり。その切れのある攻撃技としなやかな動きができるのは、この世で姐御以外いねえですぜ。いててて」

 腹と背中を押さえてゆるゆると立ち上がるそいつは、


「マサって……。あのマサか?」


「誰だ、てめえ!」

 低い声色の(ぬし)は小首を傾けながら俺を観察し、

「なあんだ、さっき姐御と一緒にいたオヤジじゃねえか。どうりで知った顔だと思ったぜ」

 ギラリと睨む眼光は、やはりマジでそっちの世界の人間だけに迫力がある。


 それよりも、あまり深入りしておでん屋のことを思い出されてはまずいので、ここはひとまずおとなしくしておこう。


 マサは俺を無視して床で伸びた影に近寄りながら、苦痛に顔を歪めた。

「いててて。背中から落ちたのに腹に来やしたぜ。レイコねえさんの技は相変わらずすげえなぁ。おい、ヤス起きろ」

 ぶっ倒れていた男は天井を掻き毟るような仕草を繰り返していたが、覗き込むマサに助けを求め、

「あにい。目が回って立てれないっす」

「姐御の攻撃は神業だからな。気付かないうちに足にくるんだ。大丈夫か?」


「それよりあなたたち、今度はここで何してるの。まさか銀行強盗?」

「ちげえっす……」

 マサは頭を掻き掻き、ぐにゃりと曲がった鉄格子と白煙を吐く大金庫の前で堂々と宣言した。

「オレらはこれだけを狙った華麗なる盗賊団だ」


 隣家の植木鉢を自分ちの飼いネコが割ったのを目撃したような顔で目前の惨状を眺める哀れな俺に、マサがバッグから(ぶつ)を取り出して見せた。


「どうだい。世界最大のピンクダイヤモンドだ。本物だぜ」


 それはそれはこの世の物では無い煌めきをこぼす物体だった。


「出たぁっ!」

「あぅ。やっぱり!」


 玲子と声の出し合うタイミングはぴったり一致していた。でもそれは驚きから出たのではなく、最悪の運命を受け入れなければならない覚悟を表すもので、マサとヤスはそろって戸惑いの眼差しを交わした。


「もうちょっと驚くかと思ったぜ」

 マサは少々不服みたいで、ヤスはさらに首をひねる。


「知ってたんすか?」


 俺たちの反応はすべて過去形さ。

「大事件だったのよ」と玲子は頭を抱え、

「まさか、あんたらだったとは」

 俺は悲観してその場にしゃがみ込んだ。


「姐御。このハゲオヤジは誰なんすか?」

「この人は特殊危険課の人間で、あたしの部下よ」

 部下じゃない、同僚だ。と強く抗議したかったが、仰ぎ見たマサの顔があまりにも怖くて何も言い返せなかった。


 やっぱモノホンのヤクザは一味違うな。


 マサは声に凄みを利かせて言う。

「誰にも知られないように秘密裏に練った計画だったのに、特殊なんとか課にはバレてたんでやすか。さすがですぜ。でも今から通報したって遅いですぜ。この後、金に換えてドロンだ」


 いや、そいつはちょっとおかしい。後で言うが、ダイヤは盗まれなかったんだ。


「この大金庫。あなたたちには開けることができないでしょ?」

 玲子の問いに答えたのはヤスだった。

「そりゃそうさ、オレらには無理だぜ。でも大師匠御神様が開けてくれやしたんでさ。先生、ご苦労様でした」


「あ、はーい」

 と暗闇の奥で爽やかな声を上げたのは、

「「アカネ!」」

 嬉し楽しくもある玲子との二重奏。そして最も聞きたくなかった甘い声音。


「ただいまアカネは留守をしておりまーす」


 だったな……。


「シズカ。何でこんなことした!」

「だってぇ。盗られたお子様のオモチャを取り戻すためです」


 茜の指差す先、薄いピンクに輝く巨大なダイヤ。荘厳な光を自ら放ち、堂々とその姿を曝す様は、それ以上のモノがこの世に存在しない自信に満ちた神秘的なパワーを放出していた。


 なのに力の抜けた声しか出ない、俺。

「こんな物をオモチャにするガキは、ろくな(もん)にならないって。えらいことをしやがって。どうすんだこの始末。お前……歴史に刻まれちまったじゃないか!」

 最後の光が絶たれた。これで決定だ。俺は覚悟を決めざるを得ないのだ。


 そう。遭難騒ぎから帰った時のこと。世間は俺たちのことよりも、今世紀最大の謎だと騒いでいた事件があった。それは世界最大のピンクダイヤが保管されていた金庫に大穴が開けられたことだ。


 事件が起きてから二年経ってもまったく解明されておらず、最高強固な警備システムとチタン製の鉄格子の扉をいとも簡単に破り、世界三大金庫会社が共同で製作した超硬合金製の金庫に安々と穴を空け、そして指紋一つ残さない。それはある意味驚異の所業で、まだ無人警備には無理がある、とその業界には警鐘を鳴らしたのだ。


 粒子加速銃を肩に担いで、ニコニコしている血色のいい少女を床から見上げてひと言。

「お前には指紋が無いもんな」


 気力も思考力も何もかも抜け落ち、へたり込んでいた俺の耳元で玲子が囁いた。

「でもさ。あたしたちの歴史では、ピンクダイヤは盗まれていないわ。この金庫の前に置いてあったのよ」

 こいつの言うとおり、この事件が謎だと言われる最大の理由がそれさ。先に言ったとおりダイヤは盗まれることなく、金庫の前に鎮座させてあったのだ。


 だから世間は愉快犯だとか、最強のセキュリティシステムに対する挑戦だとか、一部のふとどき者からは称賛の声も聞かれたが、それが茜だったとは……。


 俺は次々と襲って来る無力感と虚無感、そして絶望感と戦いつつ。

「そんなことは知ってる。だから俺はこうして頭を抱えてんだろ」


 朱唇を柔く噛んで思案する秀麗な面立ちへ言ってやる。

「たぶん金庫の前に戻したのは俺たちだ。でもどうやってあいつらからダイヤを取り戻したのかが謎だ」


 二人のヤクザが命より大事にするであろう物体をどうやってこちらの手中に戻すか、残り時間が迫る中で考え出さなければいけない。

 決意も露わに玲子に伝える。

「いいか。明日の朝、行員が来るまでが勝負だ。最悪でも反転転送までにやらなきゃアウトだからな」

「わかったわ」


 横目で連中の様子を窺う。

 二人はさっき玲子と起こしたバトルで付いた指紋をにこやかな仕草で拭き取っていた。世界最大のダイヤを手に入れたのだ、その浮かれようは尋常ではない。マサは口笛なんぞを吹いて、まるで日曜日に盆栽をいじるジイさんのように語る。


「ヤスくんよー。指紋スキャンをもういっぺんやってみろよ。ひとつでも残したらダメだぜ」

「へい。上の部屋からざっと見てきやしたが、この金庫室以外は無かったですぜ。ここだけ拭けば完璧だ」


 グリーンのライトが床や壁を舐めるように滑って行く。指紋が残る部分が白く光るわけだ。


「でもさすがですね。あにい」

「何が?」

「大師匠の指紋が一つも付いてやせんぜ。曲げた鉄格子なんか素手で握っていたのにな」


「だから神様なんだ。それが超一流の証しなんだぜ」


 今にも踊り出しそうな二人から、どうやってダイヤを取り戻すか……。


 連中は指紋の拭き取りに夢中なので飛びつけば可能かもしれないが、懐から拳銃がチラチラ見えて、とてもじゃないが危なっかしい。こっちは人間兵器の玲子がいるっちゃいるが、果たして使い物になるかだ。相手は知り合いみたいだし……。


 こちらにも茜が担ぐ粒子加速銃と玲子が持つハンドキャノンがあるが、あいつらにはそれがどれほどの威力か知らないはずだし、かと言って、核兵器並みの破壊力のある物をおいそれとぶっ放すわけにはいかない。その途端に過去を汚すことになりそれは未来の自分たちに影響する。


 この時、俺は痛烈に身に沁みた。自分がいた過去に戻るもんじゃないと。

 まるで自分の脳ミソを己の手で(いじ)るようなもんだ。考えれば考えるほどに行き詰まり感が半端ない。孤立無援の四面楚歌状態だ。


「どわぁ。もうだめだ!」


 頭を掻き毟る俺の耳元で、

「とにかく、焦らずにチャンスを待つのよ」

 小さな声を残して、玲子は俺から離れた。



 だがコウモリよりも超然的な聴力を持つ茜は聞き逃すこともなく、

「待つんですか? では、高飛びするまで、この人たちのアパートで休ませていただきましょー。さっきお約束したんですよ」


「「高飛びぃぃぃ!」」

 今日はよく気が合うな玲子。


「そんな言葉どこで覚えた?」


 (いぶか)る俺に平然とマサが言う。

「このお方が違うお国で生まれ育ってんのは理解してんだ。だからよ、オレら流の言葉を教えてやっただけだぜ」

「なんちゅうことしてくれたんだよ。社長に叱られるのは俺なんだぜ」

「何だと! ありがた迷惑だとでも言うのか!」


 うぉぉ怖ぇぇっす。


 鬼顔に戻ったマサはなおも言い続ける。

「それよりも舞黒屋が同じ稼業だったとは驚きだな。表向きは難しそうな商売してやがるが……そうか。だからこのダイヤを横取りしようと」

 最後は独白めいたことを言ってピンクダイヤを抱えると、そそくさと背中のリュックへ放り込んだ。


「これは誰にも渡さねえぜ。たとえ姐御であっても死んでも離さねえ」


 マサは玲子にポカリとやられ、

「誰もそんなもの()りゃしないわよ。あたしたちはこの子を迎いに来ただけよ」

「おい。そういうワケには、あぅ痛ぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 二人に割って入ろうと立ち上がったが、玲子にケツを思い切りつねられ、

「お預け!」と、怖い目で睨らまれた。


 犬か……俺は。


「なんだ金庫破りの名人を派遣してくださったのは舞黒屋なんすか。さすが悪行三昧っすね。いやしかし助かりやした。オレらは念願のダイヤが手に入ったし。姐御とも会えたしで、万々歳でさ」


 指紋スキャン装置をバッグに片づけながら、ヤスも続く。

(あね)さんちの会社は金庫破りだけでなく、スナイパーまで派遣してるんでやんしょ?」


「スナイパー?」とは俺。


「またまたご冗談を。『赤・村さ木』で誰かを()ったんでしょ、サツが大勢来てやしたぜ」


「………………」

 さすがに玲子は無言だった。


「やっぱ大手は違うな。オレもがんばって極道のニュータイプを目指しやすぜ、姐御」

 こいつの知識、だいぶ(いびつ)だな。


「あ、あにい。ちょっと使い方間違ってやすよ」

 だよな。なんかこの四角い顔と気が合いそう。


 マサは「がんばってね」と玲子に励まされ、機嫌のいい顔に戻し、

「それじゃ。高飛びの時間までオレらのアジトでお休みくだせい。行きやすぜ」

「ありがとうございます。それではケイコさんとシンスケさんもご一緒させてください」

 茜も丁寧に頭を下げた。


「え? この方はレイコさんですぜ?」

 マサはキョトついた面持ちで、疑問符を浮かべた。


「ケイコさんとぉ、シンスケさんです」

 玲子と俺を順に指差し、しっかりとうなずきながらマサの顔を覗き込む茜。玲子も難しい顔をして応える。

「マサ。いま特殊任務中だって言ってるでしょ」

 流麗な眉をひそめて見せた。


「あ? あぁ。そうでしたね。わかりやした。同じ家業どうし御協力いたしやす。さ。まずはクルマへ参りましょう」


 同業者じゃねえって……。

  

  

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