明日があるさ
「ヤス! どうだそっち、誰かいたか?」
「誰もいやせんぜ、あにい」
「バカヤロー。ボスと呼べと言ってるだろ。オレらはな新しいタイプの組事務所を作るんだ。そんな古くせえ言い方やめろ!」
「すいやせん、ボス。以後気をつけます……で、あにい」
「バカヤロー! あらためて、バカヤロ──だ!」
三発は殴ってやったが、コイツは石頭だからこっちの手が痛くなる。
ヤスは平気な顔して、
「でも親分。あそこの金庫に保管されたピンクダイヤって、どれぐらいの大きさがあるんすか?」
もう、『あにい』でも『親分』でも、なんでもいい。それよりオメエは新聞を読んでねえのか?
「おい、ヤス。オマエ、オレの言いつけ守ってんか?」
「へ?」
「へ、じゃねえ。新聞だ。新聞読んでっか?」
「へ、へい。あにいに言われてから毎朝欠かさず」
「牛乳みたいなことを言うが、どこを読んでんだ?」
「へ? へぇい。 番組欄とスポーツ……」
だめだコイツ。バカヤロだ。
「あ、まだ読んでます」
お、そうか。よしいいぞ。
「漫画っす」
今度は5発連続で殴ってやったが、オレの手が痺れてきたのでやめた。殴ったって効かねえから、オレが痛いだけで無駄だ、無駄。
「バカヤロー! オレらはな新しい極道を目指してんだ。『いんてりじぇんと』でなきゃダメなんだ」
尊敬の眼差しでオレを見つめるヤスに言ってやる。
「ピンクダイヤは野球の球ほどあんだ。推定200億以上の価値があるって、ちゃんと三面記事に載ってたろ」
「三面記事? なるほど。そんな欄があるんっすね。政治経済欄には載って無かったっすよ」
読んでんだー。
だけど知らんかったな。政治経済欄と三面記事は違うのかー。
「でも、よく御大さんはオレらの独立を許可してくれやしたね」
「あたぼーよ。ピンクダイヤを手に入れたら三分の一を払う約束してんだ。二つ返事で許してくれたぜ。なんたって200億以上と言われてんだぜ。最低で200億として三分の一だぜ、御大に流れる金は、いくらだ、いったい? えーと、6で18だから2引いて……」
「66億6666万ですぜ」
計算早ぇえなぁ。こいつ……。
「とにかく急いで着替えろ。オメエがあんなガキをシメてるから、約束の時間に遅れてんだ。しかもレイコねえさんにも見つかるし」
へ、へい。と、うなずきつつヤスは黙々と黒ずくめに着替え始めた。
今日のオレたちの制服はこれだ。金庫破りルックって言うんだぜ。
ヤスは黒服の襟から顔を出し、
「ところで、あにい。レイコさんがキムにいさんたちをのしたというのは本当の話なんっすか?」
「あぁ。マジだ。いいか、あの人には逆らうな。御大に逆らうことがあっても、あの人は別だ。オレら極道でも手も足も出せねえ。それとな」
この際だ。ヤスにも知らせておかないといけない。
「……なんすか?」
片腕を袖に通し終えた四角い顔がこっちを向く。
「姐御は、剣と銃の達人だ」
ヤスはオレの渋い声を聞いて、さらに声を落して唸る。
「無敵じゃないっすか」
やけに嘆息して目を丸めやがったので、もうひとつ告げてやるぜ。
「度胸は、あの御大を黙らせたぐらいだ」
ヤスはマジで震え声を出した。
「無敵の二乗じゃないっすか」
じじょう?
何だそれ?
コノヤロー難しい言葉を出しやがって、
「い、痛ぇっす、あにい。なんで殴られたんっすか?」
「急げって言ってんだ。こっちは先生を待たしてんだ」
「へ、へぇい」
ともかく急行だ。
今日はポリどもが大勢集まりやがって、そこらじゅうで出店(検問)を広げているからハジキや道具が見つかりそうで、おかげでこっちは動きづらくてしょうがねえ。なにしろ御大に頼んで金庫破りの名人を紹介してもらったからには、恥をかかせるわけにはいかねえんだ。
「急げ、ヤス!」
メインストリートから裏手に入り、クルマを駐車場に止める──レッカー移動されると後々ヤバイものが出てくるからな。
そこから人の流れが完全に途切れた暗闇に沈んだ通りを駆け抜けた。
「こっちだ、急げ!」
「ひぃぃぃ。暗くてよく見えないっす。あにきどこっすか?」
ひとまず走る速度を落とす。
「互いに黒ずくめだからな。こう暗くっちぁ。見えねえな。ま、それでいいんだ。オレたちゃ金庫破りだぜ。気を引き締めてかかれよ」
ビル街を渡るパトカーのサイレン音が暗闇を浸透して来た。
「それにしたって騒がしいな。いったい今日は何があったんだ?」
「知らないんすか、あにい?」
「ああぁ。道具をそろえるのに忙しくてテレビを見てないんだ」
ヤスは四角い顔に並んだ丸い目玉をオレに向けて、
「殴り込みらしいですぜ」
「マジかよぉ。物騒な世の中になっちまったなぁ」
自分もそっち系の人間だということを忘れるぐらい、この街は穏やかで過ごしやすいんだ。
「しかもロケットランチャーを持っていたとか、バズーカだったとか言ってやしたぜ」
「おいおい。もはや戦争じゃねえか」
思わず身震いした。早く金を手にしてトンズラするに限る。
「よし、ここが待ち合わせの銀行の裏駐車場だ」
「へい」
「どうだ。先生は来てねえか?」
ヤスと連れ立って周りを見渡すが、真っ暗で何も見えない。そして人の気配も全くしなかった。
「痺れを切らせて帰っちまったんじゃねえすか?」
「だいぶ遅れたからなぁ」
辺りはしんと静まり、路地裏は都会の喧騒がウソのように森閑としていた。
「静かだな……」
「ふぁ~い?」
ん?
ヤスを見るが、暗くてよく分からない。
「何か言ったか?」
ヤツは目だけをキラキラさせて返事する。
「いいえ。何も言ってねえっすよ」
「そうか、ならいい……。それよりやっぱ、みんなさっきの騒ぎでポリに蹴散らされて帰っちまったんだろな。なんだかやけに静かになったぜ」
「ぁぁ~い?」
「誰かいるぜ」
「ほんとだ、あにい。こっちのゴミ箱のほうから聞こえやしたぜ」
「だ、誰だ?」
オレの問いかけに、
「ぁあい。あらしがシズカれす」
黒ずくめの人物が直立した。
「ひぃぃぃ、あにい。な、なんすかこいつ?」
頭は銀髪だというのは分かる。だがあとは全身黒ずくめだ。体にぴっちりとフィットした薄手のダイビングスーツみたいな黒タイツ姿の、
「うぉっ」
思わず全貌を見て息を飲んじまった。
オンナだ。このボリューミーなボディは男ではあり得ない。もしこいつがオカマだと分かったら、この場で射殺する。
ヤス、チャカの準備だ。と言いかけて気づいた。そういうことだ──。
「先生。すまねえ遅くなっちまって」
「え~。金庫破りの先生って、女の人だったんすか」
「うっせえ、ヤス。静かにしろ!」
「あいー。あらしがシズカれすぅ」
「へ?」
いまいち会話が成り立たないが、その出で立ちはオレらと同じ黒ずくめ。そして銀行の裏口。
「ヤス、間違いない。先生だ」
「さすがは御大。思いもよらない人を紹介してくれたんすねえ」
ヤスはいたく感心していたが、オレだって驚いていた。こんな華奢な体つきであの大金庫を開けることができるのか?
何しろ世界で最も頑強な金庫室にピンクダイヤは眠っているんだ。野球のボールクラスのダイヤだ。おそらくこの宇宙一のダイヤだろう。
「あなたらちは、られレすか?」
「暗くてよく見えねえが、先生、やけにふらついてませんか?」
ヤスもそう思ったのだろう、
「先生。大丈夫っすか。フラフラしてやすぜ?」
「あぃ~。わらしは、アカムラサキれ飲んれまひた」
「赤・村さ木って言やあ。殴り込みのあったビルですぜ、あにい」
「そうか。オレらがあんまり遅いので、一杯ひっかけていたんだ。わりい先生、このとおりだ許してくれ」
オレとヤスは頭を思いっきり下げて詫びた。
「あらまをあげてくらさい。あらしはカミさまれはありまへん」
ふらふらした体で、優しいお言葉。さすが大物は心が広い。よく意味が解らんがな。
「あ、あ、あにぃぃぃ」
慌てふためいたヤスがオレにしがみ付いて来た。
「おい、どうしたってんだ?」
「こ、こ、この人」
ヤスが示すところ、先生の肩には黒光りしたバズーカの先端が、
「ひぃぃぃぃぃぃ。殴りこんだのは先生っすか?」
ヤスだけでなくオレの声まで裏返っちまった。
この世界に飛び込んで十数年。いろんなチャカや武器を見てきたが、こんなごっつい銃は見たことねえ。ほとんど対戦車砲だ。
「でっけぇぇぇ」
感嘆の声をうち震わすオレらに、先生はいとも平然と──酔ってはおられるが、
「これこれ。すごいの、るーしЙ∂δξじゅう……」
なんて言ったのか皆目解らないが、最後に『銃』とおっしゃったので、やっぱり武器なんだ。
すんげぇぇぇ。
「やっぱりオレらとは世界が違うんだぜ、ヤスぅ。これで金庫破りは成功疑い無しだ。ダイヤを盗んだらさっさと売っぱらって、金に換えるぞ」
また大切なことを思い出した──。
「先生はこの仕事が終わったら、お国へ帰るとか言われてやしたが、いつ帰るんすか?」
銀髪の先生はピンとしならせた細い指を空に向けて、「あした」と一言。
「さすがっすねぇ。あにい。高跳びの準備まで済ませてるんすねぇ」
「当たり前だ。先生ともなると豪勢だぜ。ささ。こんなちんけな仕事はさっさと済ませてもらいやしょう」
そっそく第一関門だ。
銀行の裏口。それも夜間だ。そう簡単に開くものじゃあねえ。情報によるとこの銀行は数千のセンサーがコンピュータ管理されていて、蟻んこ一匹でも大金庫に近づくと警察に警報が伝わるという厳重システムだ。そのおかげで警備員は一人も常駐していない。
舐めてやがるな。だがそれも今日までだぜ。空になった金庫を前にした頭取の顔が拝められないのが残念だな。
「まずはここだ」
嘆息混じりで指を差す。
情報どおり裏口の扉はがっしりとした鋼鉄の格子が金属製の扉の外側に嵌められた二重構造だった。
「あにい。大丈夫なんでしょかね? 最初からこりゃそうとう難しそうですぜ」
とヤスが心細げに指差すが、
「心配するな。鍵さえ開けてしまえば、鉄格子が何金属でできていようと意味はねえぜ」
「そりゃそうですが……」
「さ、先生。さっそくですが、まずはこの扉を開けてくれやすか?」
「あいぃ。これれすか?」
どうも先生はだいぶ深酒をしたようで、腰が抜けていて鉄格子にすがりながらでないと立ち上がれない。
それでも何とか直立すると、
「なぜ開けるのれすか?」
予想だにしない質問をしてきた。
オレらは銀行の金庫を狙って来たんだ。理由なんて必要なのだろうか?
世界平和のため、とか言ったほうがいいのかな?
答えを求めて頭をひねっていると、ヤスが口を出した。
「なぜって、御大から聞いてないんすか?」
「あいぃ~。へいとう(正当)なりゅりゅう(理由)がないと、シンスケしゃんに叱られます」
誰だそれ?
「えっと、オレらの組長と……」
説明しようとするヤスを急いで止める。
「酔っぱらい相手にまっとうなコトを言っても無駄だ。理解してくれないことがよくあるんだ。もっと解りやすく簡素に伝えないとダメだぜ」
「へぇー。へい、勉強させていただきやす」
目の色を濃くしてヤスは頭を下げたので、代わってオレが答える。
「え──それはですね」
咄嗟に考えを巡らせる。これからの極道は頭の回転もよくないといけないのだ。
「あ、そうそう。恩人のお子様が大事になさっていたオモチャが奪われたんっす。解りやすか?」
「あーはいはい」
ちゃんと聞いてくれている。
「それがこの家の奥に隠されていると聞いたんで、それを取り戻しに来ただけのことですぜ」
「あ~。おこしゃまは、泣いれいまふか?」
「そりゃぁもう。な? ヤス」
「はへぇ?」
バカ面をこっちに見せるので、一発殴ってやった。
「へ、へぇ。泣くわ喚くわ、大騒ぎです。へぇ」
「わはりまひた」
先生は可愛らしいアゴを引くと、
くいっと。
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
言葉にならない叫び声を出してしまった自分の口を、慌てて手のひらで塞いだ。
ヤスはヤスで、息を飲んだまま白目を剥きやがった。
「て、鉄格子が……」
ドアを囲っていた金属の格子が菱形に変形すると蝶番の部分から引きちぎれた。それをポイと投げるので、わぁおー、と飛びついてキャッチ。地面に当たるとでかい音がするからな。
性格的にはかなりアバウトなお方なのだろう。こういう時はオレたちがホローしなければいけない。
キャッチした格子をそっと地面に置き振り向くと、すでに裏口が開いており、ヤスがでかい目玉をおっぴろげて固まっていた。
その愕き方から察するに相当高度な技を披露したのだと思われる。どうやったのかは分からないが、こっちのドアも変な形に歪んでいて同じように根元から引きちぎれていた。
言っとくけど金属製だぜ。
「………………」
「おい、ヤスどうしたんだ?」
生唾を飲み込んでいたヤスはコクコクとうなずき、こうつぶやいた。
「ひ、引きちぎりやした。か、か、片手で…………」
「本気かっ!」
信じられねえが、金属製のドアがヤスの手にあるのを見れば、今の説明は疑いようも無い真実を示している。
「まさか力づくでお開けなになるとは……。鍵を開けるとかのレベルじゃねえんだ」
「こんな華奢に見えるのに。せ、先生……」
ヤスの頭をひと殴りする。
「師匠と呼べ。先生ではもう失礼だ。頭を下げねえか、ほら」
ヤスと一緒になって一礼する。
「あ、ろーも」
師匠もオレたちに柔らかそうな髪の毛をふありとさせて腰を折った。
「やっぱ偉い人になると頭が低いんだ。オレらも新しい極道として、もっと低姿勢にならないといけねえな」
そうなるともはや極道と言ってもいいのか、よく解らなくなってきたが、いいんだ。この仕事さえ成功すれば、そんなのも当たり前になる時代が来る。時価数百億だぜ。国ごと買えちゃうんじゃね?
……買えねえか。
オレたちは師匠の手を引っ張りながら銀行の中へと忍び込んだ。
裏情報通り、内部にはいろいろなセンサーが張り巡らされていて、色とりどりのライトが点滅するパネルが天井付近に張り付いていた。そして両サイドからの壁にはガラス製の小さな丸い物体が規則正しく並んでいるところを見ると、これがセンサーの受光部分だろう。
言っとくが、だてに理数系の学校を出ていねえぜ。
「すげぇ。あにいは学校出てんすか?」
「出てねえって言ってるだろ」
「うきゃきゃきゃきゃきゃ」
いきなり師匠が笑い出すから驚いちまったぜ。
「し、師匠。面白かったですか?」
「あきゃきゃきゃきゃ。おもひろいれすー。卒業したのと、出たのを掛けたのれすねぇ~。あーおもひろいれす」
「あ、あにい。こんな古いギャグがこんなに受けるとは……。師匠のお国ってどこなんでしょね?」
「知らね」
「あらしワー。どぅ~~、ど、どおぅ~、あぅ。でゅおぉー、どうおうふぅ、あん」
「な、何を、どぅ、どぅ言ってんすか?」
「知らねえ。何が言いたいんだろうな?」
「あ、ら、し、わー。どおうおーふのー、しろがめさま(白神)らったれす」
「湯豆腐のシロガメ? おい、ヤス解るか?」
四角い顔をぶんぶん振って否定するので、
「それはすげーですね。さすが師匠だな」
何だか解らないが、こいうときは褒めておけばだいたいはうまくいく。それから……。
「おい、ヤス。クルマまでひとっ走りして、道具を取ってこい」
へいと頭を下げる四角い顔に、
「ろーぐはこれれらいじょうふ、れす」
師匠はニコリとすると、肩からでっかい銃を下して、大きくはーと息をお吐きになった。
「し、師匠。全然酒臭くないけど、いったいどれほど飲んだんすか?」
大きく手を広げて、
「これぐらい」
「さっぱりわからねえな」
「グラスに何杯っすかね?」
師匠は首を小さく傾けてから、
「きゅうひちゅう(空気中)のぶうぅぅぅひつろー(物質量)れすか? モル(mole)れ答えるのれすか?」
「おい、ションベンが漏るって言われてるぞ、先に便所へお連れしろ」
「で、でもあにい。センサーが張り巡らされてるし……」
「そうか。これを何とかするのが先だな」
オレは師匠の小さな肩を突っつき、
「便所の前に、このセンサーアレイをなんとかぶっ潰してくだせえ。警報を鳴らさずに頼みやすぜ」
「けいほぉ?」
「へい。警察に直通になっていやす。根っこから何とかしないとすぐにサツが飛んで来やす」
「れったいれいろ(絶対零度)にすればあらゆるへんし(原子)は停止ひます。あるひは、ひゅんはん(瞬間)にひょうはつ(蒸発)させれはいいれす」
「師匠のお国の言葉は難しくて、理解不能っすね」
オレはヤスにひとうなずきしてから、
「サツさえ来なければいい。方法は任せやすから、このセンサーアレイを黙らせてくれればそれでいいですぜ」
「だまらへる?」
「そうですぜ。静かにさせればいいんです」
「あい。わらしが『シズカ』れす。有効期限はあと8時間30分れす」
ワケの解らないことを口走った師匠は、持っていた銃にある複雑そうなパネルの操作を終え、その先をセキュリティ装置へ向けて持ち上げた。
さっきから何がなんだか解らないが、何かが始まったようだ。銃から出る音がだんだん甲高くなるし、それにつれてストックにあるディスプレイに何やら文字が並び始めるが、こんな火器は初めて見る。かなり最新のものだと思う。というより銃ではなくて何かの装置かな。
だが、師匠は酔った足元がおぼつかず、フラフラだった。
「大丈夫ですかい師匠?」
支えようとしてオレは変な汗を掻いた。
「ふへぇ~! なんて重たい銃だ!」
しこたま嘆息して、銃身の先までマジマジと眺める。
見れば見るほど不思議な形をしていた。ボディ部分が渦を巻いたカタツムリの貝を横から押しつぶしたみたいになっていて、その先が銃口に繋がっている。弾を装着する部分が見当たらないが、あの中をグルグル回ってから発射されるんだとしたら新型だ。事務所にあった世界の銃器図鑑にも載っていない型だな。
「こんな重い銃を『赤・村さ木』でぶっ放したんっすか?」
感心と戸惑いに揺れ動く視線で銃口を見つめるオレに、師匠はとろんとした目を向け、頭を振る。
「ぶっ放してない。そんなことしたらビルごと無くなりまふ」
「そ、そうなんすか? どうりであれだけの警官が来るはずだ。すげえっすね」
今度は急激に消沈し、
「ゆう……シンしゅけしゃんに叱られた、れす……」
「さっきから誰っすか?」
「あらしのこまんらーれす」
「おい、ヤス。こまんら、って何だ?」
「さ、さぁ? 何かに困ってんすかね?」
だんだん疲れてきたぜ。
「師匠。とにかくお静かにお願いしますよ」
「あい、わらしが『シズカ』れす。この名前はあと8時間26分と36秒で終了れす」
「む~~?」
何を言っているのかさえ解れば、もう少し対処もできるのだが。




