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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
90/297

  ホログラム  

  

  

「ずいぶん歩きやすくなったな」

 玲子たちの後ろから、俺は安穏とした気分で歩いていた。

 女を盾にして、とまたここの連中にせせら笑われそうだが──なにしろこっちは接着剤充填器しか持っていないから、自然と武装した女の尻に着いちまうのさ。


 まあ何だかんだ言ったって、玲子のやらかした行動は豪快に悪玉連中をぎゃふんと言わしたことには変わりなく、気分が幾分晴れたのは確かだった。


 それにしても静かなもんだ。

 大通りからは人の気配が完全に消えており、たむろしていた連中は俺たちの遥か後ろにひと塊りになって、ひそやかに囁き合っている。それはこれから起こりうる妙な期待感と、万が一粒子加速銃の撃ち合いが始まったら即行で逃げようと構える。そんなムードが漂っていた。



「これがゲームだったら、そろそろ大ボスの登場だぜ」

「そのボスがドロイドだったらいいのですけどねぇ」

 茜はさらさらの銀髪を風に遊ばせて、優衣は長い黒髪を翻して俺に振り返る。

「デバッガーが現れないうちが勝負ですよ」


 今シャンプーのいい香りが漂ってきた。優衣と茜の香りだ。鼻から息を思い切り吸い上げる。

 ガイノイドは汗を掻かないので、一度シャンプーで洗髪するといつまでも香りが漂って来るのがいい。

 で、意外と玲子も頭髪には気を配るらしく、螺旋状に丸められた綺麗な髪の毛を、活発に動き回っても崩れないように、金細工が施された髪留めで固く結っており、歩みに合わせてリズミカルに揺れる装身具はいかにも高級そうで、

「うぉっと!」

 いきなり足を止めた優衣の背中にドンとぶつかった。


「な、なんだ?」

 急いで目線を上げる。優衣より頭一つは背が高い俺だから前方がよく見えた。そこには黒々としたダルマみたいな奴がむこうを向いて突っ立っていた。


「プロトタイプだっ!」

 声をこもらせ、唸る俺の前でアマゾネスどもは風のように動いた。


 優衣と茜が左右へ飛ぶ。そして粒子加速銃を起動させ、玲子も上着からハンドキャノンを抜いて両足を開いた。


 甲高い粒子加速銃の起動音が耳に渡って来た。咄嗟に地面を蹴り、優衣へ飛びつく。

「や、やめろ! こんなとこで二発も撃ったらえらいことになる」

 ──が、それよりも先に大きな発射音がした。


 俺の制止を無視して、銃を撃ったのは玲子だった。

 またもや後先考えずにぶっ放しやがって……。

「お前の脳みそは思考する部分が抜け落ちてんのか! カエルのほうが跳び先を考えてジャンプするだけ、まだマシだぞ!」


 激しく叱咤する俺を無視して、玲子は固まっていた。

「破壊した……よね?」

 戸惑った表情も色濃く、流麗な眉を歪めて目前の物体を注視する玲子。


「何だこれ?」

 俺の怒りも吹き消すみょうちくりんな物体がそこに立っていた。


 ドロイドの上半分がふっ飛び何も無い。もちろんそれは玲子の撃ったハンドキャンの弾丸が脳天を貫いて行ったからで、だからといって、あまりに陳腐だ。何がって──その作りさ。


 優衣も首をかしげている。

「おかしいですレイコさん。このドロイド中身がありません」

 そのとおりだった。形こそドロイドだがハリボテ。つまり案山子と代わらない。


 銃を構えた三人は腰を落とし、周りに神経を尖らせて背中を合わせると、ゆっくりと後ろに下がる。

「みんな。気をつけて、これはワナよ」

 やがて三人は背中合わせで止まった。


 俺だけ通りのど真ん中で放置。埃っぽい風に晒されていたことに気付き、急いで三人のそばに駆け寄り、優衣に尋ねる。

「これってどういうことだ?」

 優衣も把握できていないらしく、首を傾けるだけだ。


「アカネ。銀龍と連絡は取れるか?」

 俺に向かってガラス玉みたいな艶々の目玉を丸めて首肯すると、ポケットから通信機を出してゴソゴソするが、

「ダメです。ジャミングがまだ出てますねぇ。ノイズ以外何も入ってこないです」

 打つ手なしか……。



 孤立感が半端無い。心理的重圧に押し潰されそうだ。だからと言ってジタバタもしていられない。まずその通信妨害を排除することと、この罠を仕掛けた奴を見つけることだ。俺たちが来ることをなぜ知っていたのか、その理由も気になる。


「とにかく玲子。雑貨屋に行ってみようぜ」

 巻き上げた黒髪をこくりとさせて、玲子は俺の後ろを追うように付いて来た。だが気づくといつの間にか先頭に立ち、優衣と茜を店舗の両サイドに張り付かせ、自分は扉の真正面で仁王立ちになった。


 俺はというと、どこが自分のポジションか分からず、オロオロした後、辺りを見渡して玲子の斜め後ろに寄り添った。

 なんか絵的に情けない感じがするが、ここが唯一最も安全な場所だと思ったからだ。



 店構えはさっきの酒場の四分の一ほど、ショーウインドウを左右に持った中央に出入り口がある。中を覗ぞきたかったが、ガラス部分には白いカーテンが掛けられており、店内がまるで見えない。


 一段高くなった木張りの通路へ上がる。ギシギシと軋む音がやけに生々しく、かつ大きく響く。ホコリっぽい風が舞う広場にしんしんと沁みて通った。


 ドアの前に俺たちでは解読不能な文字が書かれた看板が落ちていた。

 それを拾おうと、手を伸ばした──その時。


「ユースケにいちゃん!」

「っ!!」

 いきなり背後から声を掛けられ、俺は飛び上がらんばかりだ。

 心臓に悪いぜ。


「ユースケにいちゃん。遊ぼうよ」


「なっ!」

 ま、まさか……!

 さらに鼓動が乱れる。コブシを握って俺は凝視した。


「どうしたの?」と、玲子が振り返り、

「おやま。可愛い男の子ですぅ」

 茜がたたたと駆け寄った。


「あなた、どこの子?」

 銀髪の少女が、手のひらを頭に当てようとした幼児。


「………………」

 さっきから俺は恐怖で硬直してしまい、呼吸すら止まったままだ。


「どうしたのですか、ユウスケさん? 脈拍異常ですよ」

 バイオモニターも兼ねる優衣たちの特殊機能は便利なのだが、今はそれどころではない。


「誰なの?」

 不安げに覗き込んできた玲子の白い顔に応える。

「お……俺の弟だ……でもなぜ?」

 そう言うのが精一杯。後は言葉が湧かずに指の先を震わせていた。


 幼児は毛先の揃っていない、ふわふわとしたおかっぱ頭を──そう。こういう髪型だった。いつもオヤジに髪を切られて、そして失敗。でもこいつはニコニコして、こう言うんだ。


「にぃちゃーん。遊ぼうよ~」


 寸分たがわず、俺の記憶にあるセリフを吐いた。


 瞬間的に背筋が粟立ち息を飲む。心の奥にしまい込んだ、大切な思い出の、そのまんまの光景が今目の前で再現されている。絶対にあり得ないことだ。


「どうしてお前がここにいる。えっ? ど、どういうことだ?」

 自問を繰り返す俺の言葉が意味不明だ。


 玲子は「ボクどこから来たの?」とか言いながら近寄り、茜は、

「歳の離れた弟さんですねぇ」

 とボケたことを言うが、そう。こんなことは絶対にあり得ないのだ。


 幼児は俺の腕にしがみ付こうと駆け寄り、俺は思わず体を逃がした。


「どうしたのよ。何を怖がってるの?」

 もどかしげに玲子が疑問をぶつけるので、つい大声になる。


「俺の弟は5歳のときに事故で死んでるんだ。お前も知ってるだろ!」


 瞬間、玲子の面持ちが青ざめ、罪悪感で満ちた表情に切り替わった。

「ご……ごめん。ごめんね」

「い、いや別にいいけど」

 こいつがこんな顔をするのを初めて見た。世界中のすべての罪を自分が一手に被るような表情を浮かべ、

「ご両親と一緒だったものね……」

 そしてこれ以上のモノは無いという、最上級の慈しみを帯びた瞳で俺を見つめた。


「悪りぃな、玲子。大きな声を出して」

 照れ隠しにできる限りの笑顔を返す。


 そう、俺が12歳の時、事故で両親とこの弟を同時に失った。成人して、そして玲子と知り合い、その悲しみを伝えた時、こいつは本気で泣いてくれた。


「それじゃあ。ワタシが過去で出会ったお父様は……ごめんなさい。ちっとも知りませんでした」

 茜の腕に無邪気にすがりついてくる弟を見つめて、優衣が気の毒そうな顔をするので、

「その逆さ。オヤジとお前が顔見知りだったのを知って、俺はうれしく思う。だってよ、俺と記憶が共有できたということだろ?」


 そして前々から思っていたことを白状する。

「時間規則で無理なのは承知している。でもこのミッションが終わったら、一度だけでいいから事故前の家族と会わせてくれないか」


 優衣が静かにうなずく。

「遠くから、影響の出ない範囲なら約束します。ご一緒しましよう」

「じゃあさ。この子はどういうことなの?」

 玲子が尋ねるが、答えられるはずがない。

「俺に言われても知らねえよ」


 管理者得意の時間操作が入ったのか、あるいは宇宙の何らかの物理現象で過去と未来が繋がったのか、デタラメな理由ならいくらでも考え付くが、正しい答えなんか出せるワケがない。


 ところがここに来て、優衣は驚愕に値する理由を吐いた。

「残念ですが、その子は生命体ではありません」

「そうーでーす。この子はコマンダーの弟さんではありません」

 さっと手を離し、銃のグリップを握る玲子を俺は引き止めることはできない。俺だって数歩下がって身構えた。


「ユイ、アカネ。どういう意味だ!」

 声を荒げるのは当然だ。目の前で砂利道にしゃがんで落書きを始めた幼児は俺の弟で間違いない。


 潤みを帯びた黒い瞳で、優衣は遠く離れた町の様子を見つめながら、言葉の先を続ける。

「実は酒場に入ったときに感じていたのですが、いま確信しました」

「ワタシもでーす」と茜も。


「どういうことなの? 酒場が何よ。この子とどう関係するの?」

 玲子はひどく混乱していた。俺だってそうだ。優衣たちは何を言いたい?


 俺の弟が生命体ではないって、どういう状況でそうなるんだ。俺の記憶違いだというのか。それだけはあり得ん。

 次々と疑問が湧いてくるにもかかわらず、優衣と茜はケロッとしていた。


 二人は申し合わせたように目を瞬かせると、

「ワタシたち酒場に居たのに、アルコールの酩酊症状(めいていしょうじょう)が出ませんでしたでしょ?」


 そう言われて初めて気がついた。

 管理者製のアンドロイドはバイオ器官が非常に繊細で、アルコールに弱いのだ。微量に吸引しただけでも足腰が立たなくなるほど酔っぱらう。それは優衣の歓迎会で実証済みだったことをすっかり忘れていた。


「あ。ほんとだぁ」

 玲子が丸い目を俺に寄せた。


「そういえば、あれだけの人数が全員お酒を飲んでいたのに、臭い一つなかったわ」

「どういうことだ?」

 新たな疑問が浮き彫りになり、首をひねることになった。


「アルコールが無かったのに、あの人たちは酔っていました」

「演技だというのか?」

「ちがいまーす。ほんとうに千鳥足のおじさんもいましたぁ」

「言っている意味が解んないよ」

 困惑に暮れ、顔と手を振る玲子。


「ワタシたちのバイオスキャンもパスするほどの精巧な作り……」

 意味不明な説明に食いつく俺たちに、優衣は瞳の奥を輝かせてきっぱりとこう言い切った。


「この街は、ホログラム映像です」

「え? じゃ、じゃ。コレ全部作りモノだと言うのか?」


「「あ、はい」」

 そろってうなずく優衣と茜。


「うそっ!」


 言葉を失い硬直する俺と玲子の前を生暖かい旋風(つむじかぜ)が土埃を巻いて吹き抜けた。体を逸らして瞬く玲子の前で枯れ草が踊らされ、乾いた音を上げて空高く舞い上がる。


「はーいっ! カットぉ!」

  

    

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