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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  勝負する 乙女たち 2   

  

  

「何よそれ、曲撃ちじゃない。それこそ子供ダマシでしょ」

 蒼い目の金髪野郎が神業のような銃の腕前を披露したというのに、玲子はそれを鼻で笑い飛ばした。


「くっ……。お嬢さんにできるんですか?」


「その程度なら、この子の得意分野よ」

「こ、この少女が? ぬっ……」

 プライドをズタズタにされたイケメン野郎の歯ぎしりが聞こえそうなほど歪めた顔を楽しげに観察する玲子。

 虐待することで喜びを感じる、世紀末オンナでないと絶対にできない表情で優衣の肩をポンと叩いた。


「遊んであげなさい」


 優衣も朗らかにうなずき──、

 キーーーーーン。と、

 ってぇぇぇぇぇぇぇ!


「ば、バカやめろユイ! 粒子加速銃を起動するな! コインどころか町ごと吹っ飛ぶじゃねえか!」

 野次馬は騒然となって立ち上がり、俺は優衣の懐に飛び込んで眉を吊り上げた。

「何でお前はすぐにこれを撃とうとすんだよ!」

 憤りよりも脱力感のほうが勝っていた。


 優衣は照れ隠しに笑みを浮かべ、「どうしてかな?」とか、可愛く首をかしげつつ、解決案を探る眼で俺を見た。


 ったく──。

 嫌だけど金髪野郎と交渉だ。だいたいコマンダーの仕事はメンテナンスだけだろ。何で俺が……。

 とか、ぶつくさ言いながらも、

「悪いが、こいつらの武器はワケアリでちょっとここでは撃てないんだ。だからあんたの銃を貸してやってくれないか。その方が不公平無しでいいだろ?」

 野次馬の視線が音を上げて俺からイケメン野郎へ移動した。

 もちろんそれを拒んで、優衣がここで粒子加速銃を撃てば町がどうなるか重々承知なので、キザ野郎は爽やかにうなずき、黙って自分の銃を放って寄こした。


 ズシッと重い銃を受け取り、そのまま優衣に渡す。

 少しのあいだ優衣はそれを眺めていたが、手のひらでひと回転させてグリップを握り、脚を少し開いて腰を落とした。左右の肩先を点検でもするように交互に上げ下げした後、両手で銃を構えて腕を伸ばすと水平の位置で止めた。


 射撃をする優衣を初めて見るが、格好だけは意外と様になっていた。玲子と一緒にガン倶楽部所属というのはまんざらウソでもないようだ。

 玲子も柔和に見つめ、イケメン野郎は唇に挟んだタバコを上下に揺らしながら、「ふっ」とか鼻で笑い、優衣は無視して──いやそうではなく、むしろ楽しそうに、

「レイコさん。いつでもいいですよ」

 片目で照準を見据え、合図を送った。


 近くのテーブルに積み上げられていたコインを一枚摘む玲子に、野次馬の視線が再び熱く集中する。歩き回るブーツの足音とコインの奏でる金属音だけの空間が広がった。


 ほんの少しの間合いの後、

「ユイ! はいっ!」

 滑々した手から放たれたコインへ目が釣られる。

「えぇっ?」

 野次馬、および俺も含めて全員が唖然とさせられた。


 それは銃口が指す方向とは、全く異なるところへと放り投げられたからだ。

 優衣が握る銃の先はあっちゃを示している。


「ど、ど、どいうこと?」


 大きく放物線を描いて宙を移動するコインと同じ軌跡をたどって大勢の目が移動する。その視線の大半は訝しげであり戸惑いであり、困惑の色で塗りつぶされていた。


 だが次の瞬間息を飲む。そしてすべての理由が解き放たれる。


 ドシュッ、ガンッ、キン。

 ドシュッ、ゴッ、キンッ。

 ダシュッ、カァーン、キンッ。

 ドシュッ、ガッ、キーーン。

 ドンッ、ダンッ、ギンッ。


 何だか余計な反射音が混じっていた。

「どわぁぁぁぁっ!」

 いつまでたってもコインが床に落ちない。

 叫ばずにいられない。一瞬静寂に沈んだ野次馬集団からも、どよめきが湧き上がった。



 優衣は壁に掛けられた装飾用の金属プレートや、テーブルの天板に撃った弾丸を反射させてから空中を飛ぶコインを狙っていたのだ。しかも一度もミスっていないから、コインはいつまで経っても宙で踊らされている。


 そして──。


 キュィィィィーン。

 小気味の良い音を響かせて、最後の銃弾に弾き飛ばされたコインが玲子の手に戻ってきた。それをパシッと受け止め、

「はい、オッケー。上出来ね」

 玲子は満足げな息を吐き、優衣は男の腰に並んでいた銃弾を手際の良い仕草で抜き取って銃に再装填すると、にこりとほほえんだ。


 数秒経って、俺は声を荒げる。

「で、デタラメだ!」

「おユイさん。すっごーーーい」

 手を叩いて飛びつく茜をやんわり受け止め、優衣は紫煙の残る銃口を下げて、ニコリと微笑んだ。


「いくらアンドロイドだからって言って、こんなデタラメなことがあるかい。やりすぎだろ」

 キザ()の様子を見るものの、奴は身じろぎもせずに優衣が握る銃の先を睨んでいた。


 俺だって同じだ。こんなことを悠然とやられて、信じられるはずがない。


 何か言い返そうとした、その時、忽然と白っぽいものが飛来する残像だけが俺の視覚の端を走った。

 反射的に体が反応するほんのわずかな刹那で大きく動いたのは優衣の手だ。コンマゼロ何秒で握っていた銃のグリップを真逆に回転させると、玲子に投げた次の()には発射音が轟いた。



 ぶったまげた。あー、ぶったまげたさ。


 すべての出来事が終了してから俺の視神経がようやく何を見たのか感知する有様だ。


 玲子は優衣が投げた銃を空中でひったくると同時に撃鉄を起こしており、自分の脇から背後に向かって撃った。顔は正面を見たまま。つまり飛来物を目視することなく撃ったのだ。


 ドンという音と共に白っぽいモノが砕け散って、やっとそれが玲子にめがけて飛んできた皿だと認識できた。

 店内から挑発めいた小声が漏れた後、今度は左右から軌跡を玲子に定めた二枚の皿が宙を舞った。


 ドンッ!

 ドンッ!

 玲子に触れることなく空中で飛散。


「これでも喰らえっ!」

 野次馬の中から妬み半分で立ち上がった連中が数人、一斉にそこらにあった食器を投げつけた。しかも多方向から同時だ。

 驚異的な動きはまだ続く。間髪入れず茜の視線が複数の方向へ散った。

 俺では個々に識別することは不可能なタイミングだ。硬直した体を突っ張らすのが精一杯。


「どいてっ!」

 いきなり玲子に足蹴にされた。

「ばぶ~っ!」

 無様な格好で床にひっくり返りつつ見た光景。


 身構える玲子を狙って、同時に飛んでくる物体へ銃を撃ち続ける姿。

 俺をまたぐように広げた脚も美しく、両手で支えた銃を連射する姿。

 白煙に埋まりつつも、すべて外すことなく木端微塵にしやがった。


 響き渡った銃声が薄れ、しばらく経ってやっと気づいた。あのタイミングで全方位から物を投げつけられたら、目視なんかする暇は無い。つまり、


 見ていない……。


 俺の言葉を裏付けるかのように、玲子がゆっくりと瞼を開いた。

「マジかっ! 目をつむってやがったんだ」

 硬直する俺の前ですべてが吹き飛ばされ、それを投げつけた輩たちが驚異に見開いた目で立ち尽くしていた。


「す……すごいです」

 アンドロイドである茜でも信じられなかったのだろう。両手を胸の前で揃えたまま玲子を見つめて固まっている。俺なんて完全に腰の骨が抜けちまって、近くの椅子にしがみ付く始末さ。


 優衣もはしゃいで歓喜の声を張る。

「これです、ユウスケさん。レイコさんの離れ業ですよ。見ないで撃ち抜く、これだけはワタシたちにも真似できないんです」

 精密で俊敏な動きが可能なアンドロイドでさえできないものをこの運動馬鹿オンナがマスターしたのか?


 猛者たちが集まる野次馬は息の根が完全に止められており、酒場の中は静寂そのものだった。


 イケ面金髪野郎が唇にくわえていた煙草の動きも止まったままで、ひん剥いた目はジッと玲子を睨んでいる。それでもまだ唇の端を歪めて悔しげに言う。


「どうやったんです? 狙いを定めないで撃つなんてあり得ない。どうせイカサマでしょ?」


 玲子は持ち主に銃を投げ返して言い放つ。

「あたしは居合い抜きの達人なの、あんなの朝飯前よ」


 標的を心眼で見抜いて射貫く──。

 うむ。納得である。自分で達人と言い切ってもいいのはこいつだけだ。


「さ、勝負ありね。プロトタイプの情報を出しなさい」

「今のは無効ですよ! そんな曲芸。僕は認めません!」

 男はぷいと横を向いてしまった。


「往生際の悪い野郎だな……」

 俺の言葉が終わらないうちに、

「野郎ども! やっちまえ!」

 店内にいた荒くれどもが全員立ち上がった。憤怒の坩堝と化した怒涛が湧き上がる、その直前。


「動かないでっ!」

 網膜に留まらない早さで玲子が制服の内側からハンドキャノンを抜いて、イケメン金髪男のコメカミに銃口を向けていた。


「ま、待てって」

 俺まで慌てさせてどうする。


 玲子は手のひらを店内に見せて制する。

「一人でも動いてごらんなさい、撃つわよ! あっ!」


 ドッシュ──ン。

 長く尾を引く発射音が響き渡った。


「動いたら撃つ、じゃなくて、もう撃ってんじゃん!」

 こいつの脳ミソは物事を考えて行動する部分が完全に未成熟だ。


 警告と同時に撃たれるとは予想だにしなかった悪党どもは、全員が茫然自失中だ。

 まさかこの狭い店内で、粒子加速銃より小規模だとはいっても、そんな銃をいきなり撃つとは……イケ面にいさんは大丈夫か?


 上半身はもうもうたる煙に包まれて見えないが、ちゃんと二本足で立っているところをみると、命は無事のようだ。


「な、なに考えてんだ、お前は! こんな狭いところでぶっ放すんじゃねえ!」

 猛烈な抗議をする俺に玲子が憤然と答える。

「なによ。煙草に火を点けてあげようとしただけじゃない」

「ウソ吐け、動くと撃つって忠告したんなら、ちょっとは待てよ、バカ野郎! 頭が吹っ飛んだらどうすんだ」


「仕方ないでしょ。手が勝手に動いたんだから」

「危なっかしい、神経してやがんなぁ」

 味方ではなく敵の肩を持つ俺もどうにかしているが、こいつと行動を共にするとどうしてもこうなっちまうのさ。


 言葉を失くして目を丸める俺の前で、玲子はようやく静々と胸のフォルダーに銃を収めた。


 しばらくして、薄れる煙の中から変な体勢で立ち尽くすイケ面キザ野郎が出現。

 死ぬほど海老反った姿勢を真横から見る。

「うはっ」

 くわえた煙草のほとんどが吹っ飛んでいたが、口元近くに残った破片にはちゃんと火が点いて、薄紫色の煙をたゆませていた。

 さらにその先に視線を向けて、出しかけた吐息を中断することに。


 真横から鼻先をかすめて飛んだ高エネルギー弾は、自慢の前髪をチリチリに燃やして吹き飛ばし、そのまま一直線に突き抜けて、酒場の奥壁に数メートルの大穴を空けていた。


 銃弾の通過した惨状はさらに外まで続いていて、開けられた穴から向こうに見える給水塔のタンクを中身ごと蒸発させて消し去っている。そしてかろうじて残った土台の金属部分も大半が吹き飛んで無くなっていた。


「そ……その銃もちょっと危なくないかい?」

「そんなことないわよ。あたしにはちょうどいいわ」

 上着の中から少し覗くグリップにそっと触れ、不満の無さそうな笑みを浮かべた。


 俺は酒場の惨状を眺めつつ言う。

「こりゃあ、やり過ぎだって……」

 今後の事を考えると、鬱陶しくもなるのは致し方ないのだ。

 素手でも相当な奴なのに、武装までされた日にゃ……。


 玲子は上着の襟口を合わせ直すと、意識まで吹っ飛ばされたイケ面野郎の胸倉を鷲掴みにし、

「この子らの持ってる粒子加速銃は、この数万倍の威力があるわ。なんならここで撃って差し上げましょうか?」

 ゆっくりと男を引き寄せ、玲子は優衣たちに悪戯っぽい視線を注ぐ。

「わかりました」

 二人はこくりとうなずくと、優衣は金髪男へ、茜はにっと笑って店内に銃の先を向けた。


 うぉぉぉ、と怒声を上げてテンヤワンヤの大騒ぎになった。野次馬どもは一目散に逃げ出し、あっという間にもぬけの殻に。

 動けなかったのは、完全に腰が砕けたイケ面野郎ただ一人。

 膝をがっくりと床に落として、玲子に胸ぐらを掴まれたまま、ぶらんぶらんしていた。


「で? プロトタイプの情報は?」

 グッと顔をイケ面野郎に近づけて、玲子のナイフみたいに尖った視線が、焼け焦げてうっすらと煙が昇る前髪の生え際を射貫いている。

「ざ、雑貨屋に今朝……まで……い、居た」

 途切れ途切れに言葉を並べた後、床に崩れた。金髪が見るも無残なチリチリ状態だ。


「元のイケメンに戻るまで時間が掛かるかもしれねえけど、命があっただけ儲けものだな、にいさん」


 俺は台風で収穫を台無しされた田畑を見るような目でヤツの頭に視線を据え、玲子は無視をかましてさっさと歩き出し、

「それじゃ。雑貨屋に行ってみようか」

 優衣と茜の肩を押して出口へと向かった。


 後を追おうとする俺へ声をかけるバーテンダー。

「ちょ、ちょっと待って…………」

 彼は震える手で壁に空けられた大穴を指さした。

「こ、これをなんとかしてくれ」


 実際、そうだよな。


 いくらなんでもこれでは気の毒だ。あいつのおかげで風通しのいい店になったとは言っても、不必要な裏口はジャマだろう。

 俺は自分の腰から粘着銃を抜くと壁の穴に向かって撃った。


 接着剤が、バッ、と大きく広がって穴を塞いだので、そばにあったテーブルを横倒しにして張り付けると、ちょうど言い具合にくっついた。なかなか使いやすい接着剤充填器だった。


 口を開けてポカンとするバーテンに手刀を立てる。

「すまん、これで勘弁してくれ」

 バーテンは黙って目の動きでうなずいた、ように見えたので、俺も店を飛び出した。



 店の外では茜がはしゃいでいる。


「おもしろかったですねぇ」


「おもしろかねえよ。あんな短絡的に動かれた日にゃ、俺の寿命がいくつあっても足りないぜ」

 疲労感満載で顎を突き出す俺とは対照的に、茜は楽しげに玲子の背中に飛びつき、優衣も愉快そうに言う。

「やっぱり、あの技はいつ見ても惚れ惚れします」

「あたしは居合い抜きの鍛錬を毎日やってるからね」


 茜を首にぶら下げたまま玲子が答え、俺が懐疑的な視線をぶっ放す。


「だからって、見ないで飛んでくるものがわかるのかよ?」

「神経を集中するとね、意外と音が聞こえるものなのよ」

 涼しい顔で答えると、玲子はサクサクと進み、俺は立ち止まって肩を落とす。

 こいつは剣術のほうが最も得意だということを思い出したからさ。


 ──ほんと、時代劇でなくて良かったぜ。

  

  

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