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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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  勝負する 乙女たち 1  

  

  

「お嬢さんらも遊んで行かないか?」

 と誘ってきたのは、さっきの男だ。ボスと勘違いしたヤツな。テンガロンハットのクラウンが必要以上に高く盛り上がった帽子を被り、アイスクリームを美女から貰っていたデブ野郎で、銀白色の口ひげをてんこ盛りにはやして、えらく貫禄がある。そんなもんばっかり食っていると脂質異常症で寿命が縮むぜ。


 ついでに言うと、とんでもなく綺麗な女性を横に置きやがって、同じ男としてちょっと妬むな。と思いつつ美人を拝ませてもらう。


 ブロンドでウエーブの掛かった髪はきめ細やかで美しく、色白で艶々とした肌は健康的だ。そして玲子に負けず劣らずのダイナマイトボディさ。女性はあり余る嫉妬心むき出しで、玲子をガン見しているのは、そのオッサンが玲子たちをスケベそうな目でみているからだ。


 もちろん玲子は無視さ。張りあう理由がねえもんな。


「どうだい。レートを下げてやるから遊んで行かないか?」

 そんな声に誘そわれて、ショートブーツの音も高らかに近づく玲子。


「おい、そんな暇ねえだろ」と言う俺の腕を引っ張り、

「虎穴に入らずんば、でしょ」


「虎の巣だということは認識してんだな」


「下っ端よりも上層部から訊き出したほうが早いのよ」

 妥当なことを言うが、どうも気乗りしない。


「早く来なさい」

 と、俺は嫌々連れて行かれ、優衣と茜は興味津々で同行。

 だがテーブルに着くなり優衣は玲子に耳打ちをして何かを伝え、玲子もうなずきつつ、

「カードをする気はないわ。あたしたちは人を探しに来ただけで持ち合わせが無いのよ」

 人じゃねえだろ……。


 それより今何を耳打ちされたんだ?

 玲子は片目をつむって、

「面白いことが始まるからよく見てなさい」

 瞳を異様に煌めかせて一人ほくそ笑むが、その笑い方は俺にとって、あまりよくないことが起きる前兆で、ナマズが暴れるより凶兆の確率が高いヤツだ。


 テンガロンハットの男は片手で隣の美女を抱き寄せ、もう一方の手で突き出たデブ腹を摩りながら、

「オレたちゃ、ドズルト一家だ。クレジット決済も可能だぜ。さっき見せていただろ?」

「さっき? あぁ、これね」

 玲子は虹色のクレジットカードを胸元から摘まみ出し、妖艶な指の動きで振って見せた。

「こんなのでよければ、いつでもお相手しますわ」


「ちょっ、玲子。負けたって知らねえぜ」


「あなたはマイナス思考なの。あたし流の遊びを見せてあげる」

「なんだよ、その意味ありげな言い回し。お前流ってのが特に怖いんだよ」


 俺は肩をすくめて引き下がった。

 優衣から何を(こく)られたのかは知らないが、こいつは絶対に引かないオンナだから、いつもこっちが迷惑を掛けられるんだ。


「うひゃひゃひゃ」

 男は気色悪い笑い声を立てると、被っていた帽子で宙を扇ぎブロンド美人を追い払った。

 真っ赤な唇を尖らせながらも女性は色っぽく席を立ち、玲子はオッサンの前に座って俺たちはその後ろに控える。


 男は満足げに目元を緩めると、右隣に立った男へ声を掛けた。

「新しいカードにしてくれ」

 俺たちの星とは服装が異なるが、たぶんディーラーなんだろう。ポケットから出した箱の封を切り、中から新品の札を取り出すと、手慣れた感じで、すりゃーっと扇型に広げて見せた。


「よろしいですか?」という問い掛けに玲子がうなずくのを確認後、その前に山積みになったコインを並べ、白ヒゲデブ野郎がそれへとテンガロンハットの先で示す。

「足りなきゃいくらでも出してやるぜ」


 タダじゃないくせに、よく言うよ。


 マジでカード遊びなんかする暇は無いんだが、こいつはいったい何をやりたいんだか?

 困惑の眼差しで観察する俺を半笑いでちらりと見て、玲子は袖をまくって白い手をテーブルに置いた。


 何をする気だ?

 カードを切り始めたディーラーが玲子の手元を注視するのは、彼女がテーブルの裏に両手の親指を掛けているからで──男は気づいていないが、俺もおかしな雰囲気を感じ取っていた。


「ちょっと……」

 と声をかけてから玲子が立ち上がる。


「この星では、テーブルの裏にもカードを配るのかしら?」

 と言い放ったかと思ったら、いきなりどがーんだ。玲子が勢いよくテーブルをひっくり返しやがった。


「うわぁ──お」

 突然予告もなくそんな行動を取られたら心臓に悪いというもので。


 思わず逃げ腰で半身を捻る俺だが、テンガロンハットのおデブちゃんは平然としている。よく見ると慌てふためいたのは、俺と観客となった野次馬だけだ。優衣も茜も散乱したテーブルを見つめていた。


「あー。何だこりゃ、いかさまじゃねえか!」

 裏返ったテーブルの背面に何種類かの絵柄のカードが張り付いていた。しかもデブ豚野郎の座る側にだ。


 小声で「知ってたのか?」と尋ねた俺に優衣が返した言葉は、

「ワタシの目は、なんでも見透かせます」

 似非霊媒師の決まり文句みたいな、よく意味の解らない返事だったが、それはエックス線で物を見ることができるとでも言いたいのかな。


「ちっ!」

 男はバラバラと散らばったカードを一瞥、

「儲け損ねたか」

 ひげまみれの汚そうな口元を微妙に歪め、はっきりと舌打ちをかますと悪ぶる様子もなく仲間に目くばせをした。

 店の奥へと視線の連携がチラチラと行われ、ぬんっと、小山のような男が野次馬を押し分けてやって来た。


「な、なんで俺だよ……」

 恐ろしい顔で俺を睥睨する男の剣呑な眼光に超ビビりまくる。


 男はプロレスラーみたいなスキンヘッドで、側頭部に気色悪い動物の入れ墨がしてあり、腰にでっかい銃を差したベルトを巻いているが、上半身は意味もなく丸裸。筋骨隆々のボディを自慢げに曝け出し腹に伝わる低音を出した。


「オンナを置いていけば、命だけは助けてやる」

 どこか巨人的な響きがある。いや実際巨人だし。そいつが俺に向かって象の(あし)みたいな腕を組んでそびえ立った。


 おーい。ちょっと待ってくれよ~。

 いつの間にか俺がやらかした、みたいになっていないかい?


 いっつもこうだ。事の発端は玲子なのに整った顔で平然としてやがるから、目を泳がせる俺が勘違いされてしまうんだ。


 玲子とテンガロンハットの男を交互に見比べながら途方に暮れていると、スキンヘッドの巨漢がずいっと俺の前に出て来て、ギラギラとした目玉を優衣の肩から覗く物体に据えて言う。


「男のくせに、女に武器を持たせて情けない奴だな」


 バカヤロ、こいつらが勝手に武装してんだ。俺は関係ねえ、とは怖くて言えず。

「お、俺たちの星では、これで、ふ、普通だ」

 なに震えてんだよー、俺。情けねえなー。


 奴は震える俺の指先を見て鼻を鳴らした。

「肝っ玉の小さい野郎だ。さぞかしオメエのブツも小粒なんだろうな」

 おいおい。それ以上言うなよ。


 男は玲子に向かって自分の股ぐらを指差して極低音で凄んだ。

「オンナ! オレのマグナムを拝ませ……んっ、ガーッ!」

 バカなヤツ。玲子が最も嫌う下ネタをぶっ放しやがった。


「その先を言ってご覧なさい。即刻引き金を引くわよ」

 目にも留まらぬ早さで胸元からハンドキャノンを抜いて、スキンヘッドの口の中に銃口を突っ込みやがった。


「もがぁぁー。ぶごぉう、ぶふぁふぁっ……のヤロウ!」

 巨漢のオッサンは唾液をまき散らして突っ込まれた銃から逃れ、玲子は慌てて自分の失態を悔いるようにテーブルクロスで銃口を包み、執拗に拭いつつ、

「きたなーい」

 汚物を見るような目でハンドキャノンの先端を睨んだ。


「てめえ! ぶっ殺す!」

 初めて目にするでっかいブツを──銃だぜ、勘違いするな──腰から抜くと、茜が立て直したテーブルの上をグリップでどかん叩いた。

 天板がびぃぃぃんと響き、

「光子弾銃です……」と伝えた優衣の声にタコ入道野郎が反応する。

「そうだ。光子弾だ。この町でこいつを撃つことができるのはオレさまだけだぞ!」

 ドスの利いた低音で応えると自慢げに鼻を吹かした。


「そんなこけおどしの銃で……」

「なんだと! そっちこそハリボテの粒子加速銃を担いでやがるが、そりゃなんだ!」

 鼻で笑う玲子に男は噛みつかんばかりの勢いだ。


「バカにしないで。こっちは本物なのよ!」

 お前もケチらハゲと同じ瞬間湯沸かし器だな。くだらんものに張り合うな、と言いたい。言えんけどな。


「バカなことを言うな!!」

 ほらな。頭が茹蛸(ゆでだこ)みたいに真っ赤だし。こりゃそうとうトサカに来てるよ。

 こういう連中は、銃で威厳を保とうとする(やから)が多いので、玲子が煽れば煽るほどエスカレートしていく。


「いいかよく聞け。粒子加速銃と言えば固定させるか、乗り物に括りつけて使うほどに重量があるものだ。そんな物をオンナが持てるか! ハリボテに決まってるだろ!」

「さっきテーブルを壊わしたの見てなかったの?」

「はんっ! テーブルの脚が腐っちまってたのさ。だいたいな、オンナなんかにその銃が撃てるか! 百年早いんだ、オンナ!!」


 やっべぇ。玲子に対する禁句を言っちまいやがった。俺、知ーらね。


 さっきまで浮かべていた玲子の可憐な顔立ちが一変して険しくなり、それでいて優雅さは消さずに男を睨み付けていた。

 スキンヘッドの剣呑な視線と研ぎ澄まされた刃物のような玲子の視線がせめぎ合う。


 やっべぇーし。



 大勢の野次馬は静まり返って成り行きを窺うものの、それは俺たちを(さげす)む空気で満たされていた。どこかニタリニタリとした嫌らしい雰囲気が肌に突き刺さる。中でもテンガロンハットのオヤジは後ろの座席に移り、またもやきれいなおネエさんから、アイスを口に放り込まれており、知らんぷりだった。


「あたしに抗うあなたの勇気を称賛して、ここに集まった全員におもしろい物を見せてあげるわ」

「なにをだ?」

「特殊危険課に楯突(たてつ)いた男がどうなるかよ」


 入れ墨スキンヘッドの胸にも届かない身長の玲子だが、その立ち居振る舞いは凶暴な猛獣の前に平然と立ち向かう雌豹のように見えた。


 そのしなやかな体型はとても美しく、どこから攻撃されようともするりと交わし、研がれた鋭い爪で相手の喉元を掻っ切るような気迫を込めて、胸を張っていた。


「あの銃を貸してあげるから、撃てるものなら──ここで撃ってみなさい!」

 瞬間に、緩んでいた店内の空気が張りつめ、俺の膝はさらに震え出す。


「玲子。もうそれ以上煽るのやめておけって……」

 本気で怖くなってきたので、忠告がてらやめさせようとするが優衣の手が俺に伸びてきた。

「ユウスケさん。大丈夫です。あの男ではこの銃を撃つどころか持つことすらできません」

 とは思うけど。


 男は真っ赤になった顔で喚き散らした。

「バカやろぉぉ! 本物なら町ごと消滅するんだぞ。そんな粒子加速銃が二丁も、それもオンナが持てるはずがねえ。貸してみろオレがハリボテだと明かして、目の前でへし折ってやる」


「アカネ。貸してあげて」

 玲子は男を睨んだままそう言い、

「あ、はい」

 素直にうなずいた茜は粒子加速銃を男に投げた。まるで(ほうき)でも投げるかのように軽々とした動作だった。


 男もそう感じたのだろう、片手で受け取ろとして、

「どぉっ! ぐわっはぁ――っ!」

 変な雄叫びだけを残し、銃と一緒に酒場の奥へふっ飛んで行った。


 ドガンっ、という大きな音の後は食器の割れる音やら木材の砕ける音、あらゆる破壊音を混ぜた地響きの後、モウモウと埃が舞い上がった。

 粒子加速銃は支え切れなかった男を引き摺って店の奥へ驀進し、いくつものテーブルを粉砕させ、マッチョな男を数人巻き込んでようやく止まった。


「イデデデ…。あ、足が折れる、早くコレをどけてくれ!」

 突進して行く銃の下敷きになった男は悲鳴を上げて助けを求めていた。

 すっ転んだ大型バイクに巻き込まれて転がって行けば、象みたいな男でもそりゃ痛いよな。


 苦痛に顔を歪める男を助け出そうと数人が駆け寄るものの、銃はびくともしない。

 さっきまでの嘲笑めいた空気は一掃されており、店内は冷凍庫から漏れたような冷たい風が吹き抜けていた。


「どうしたの? 早く撃ちなさいよ」

 こいつは典型的な加虐性欲者だな……。


 玲子は満足げにそう言うと、茜へほっそりとした顎で指し示す。

「あい。了解しました。みなさん道を開けてくらさーい」

「うぉぉぉぉぉぉ」

 潮が引くみたいにして野次馬が左右に退き、

「ぐぇぇ。早くどけてくれぇ」

 銃の下敷きになって唸る男に近寄ると、にっこりと微笑み、茜はストラップに手を掛けてヒョイと肩に掛けた。


「んげ──っ!」

 再び野次馬が慌てて後ずさりをする。見開いた目だけを茜に据え、全員が全員ともだらしなく口をぱっかりと開けて見つめた。


「ま……マジで粒子加速銃だ!」

 仲間に抱き起こされたスキンヘッドは、充血した目玉をひん剥いてそう叫び、茜は首だけを後ろにねじって言いのける。


「だからー。さっきから本物だと言ってますでしょ」


 野次馬から驚愕の視線を浴びながら、茜は軽々とした足取りで戻って来ると優衣の隣に立ち、玲子はハンドキャノンを握ってきょろきょろ。

「ねぇ。どっかに洗面所ないかしら?」

 仕方が無いので近くにあった水差しを渡す。

「ほらよ。これで洗えよ」

 その中に自分の銃の先端を浸けて洗浄を開始。勢い余ってオッサンの口に突っ込んだ行為を後悔しつつ、丁寧にナプキンで拭くと、気持ち悪そうにホルダーに戻した。


 その上に潔癖症かよ!

 短絡的に動くからだ。バーカ。



 ひとまず、納得したのだろう。美麗な面立ちを上げると部屋の奥に響くような元気な声で、

「ほかに力自慢はいないの?」

 しーんと静まり返った店内からの返事は無い。


 ──と思ったら。


「お嬢さん……。本物でも撃てなきゃ、意味ありませんねぇ」

 型よく変形させたクラウンが決まったキャトルマンハットを斜めに被り、首には赤と橙で染められたバンダナを巻き、腹の立つことに金髪の長い前髪をキザっぽく垂らした──俺に対する嫌味か──切れ長の蒼い目がこちらを見つめていた。



 そいつは席から立ち上がり、俺たちの前に出てくるとブリムを引っ掴みひょいと宙へ飛ばす。それは風に舞って数メートル先の酒瓶にしゅとんと落ちた。


 あーー。やることなすことがキザな野郎だぜ。


「美しいお嬢さんが三人も僕の前を通るなんて。今日はついているなー。でもね……」

 細長い指をしゅりんと玲子に突き出し、

「キラーズ・ドズルト一家で最もイケメンの僕と勝負して、勝たなければここを通すわけにはいきません。ああぁ。あなたはラッキーですよ。僕と勝負できるなんて、なんと幸運なお嬢さんだろ」


 自分でイケメンだと宣言するキザ男が登場。何なんだここの連中は、次から次へと。

「ヒマなのか?」

 声に出すつもりは無かったが、出てしまうのは当然だ。


 次の出し物が始まった、とばかりに店の中が動き出した。

 やっぱヒマなんだ。


 総立ちになっていた野次馬どもが散らばった椅子をかき集め、それぞれに座り込む騒音でしばらく会話が中断。その間、行く手を塞いだ金髪イケメン野郎は体を横に弓なりに歪めて、キザっぽく腰に手を当てていた。


 その視線が玲子と優衣のミニスカートを往復するだけで、茜に一度も振られないのは、やはりそのファッションセンスの欠片もない銀龍のスタッフウエアのせいだろう。




「何を賭けるの?」

 ほっときゃいいのに、このオンナもバカだ。


「玲子。もうやめとけよ。時間の無駄だぞ」

「勝負を挑まれて引き下がるわけにはいかないわ」

 俺が悪いみたいに言い返しやがった。


「いいですね。あなたの心意気。僕は好きだなあ」

「爽やかに言うんじゃねえ。俺はこの性格のおかげでどれだけ苦労させられてきたと思ってんだ」


 恐怖はすっかり消え去っており、反対に呆れてきた。玲子はというと、余裕の表情をしていた。こいつはむしろ楽しんでさえいる。


「お金でも賭ける?」

 と尋ねる玲子に金髪男は垂れる前髪の先端へ息を吹きかけ、

「そうですね。金銭はよしておきましょう。つまりません。そうだ。美しい『あなた』で、どうです?」

 細く長い指でキザっぽく玲子を指さした。

 なんだこいつ、右手の人差し指だけに赤いマニキュアをしてやがるぜ。


 くぁ~キザーーっ!

 くっせえぜ。あープンプンする。


 案の定、玲子が眉間にしわを寄せて目尻を吊り上げた。

 こういう男をこいつは死ぬほど毛嫌いするからな。だいたいはこの後でコテンパンにやっつけるのが通常のパターンだ。


 自ら虎穴に飛び込み、寝ている親虎の耳元でフライパンを叩くようなオンナが言う。

「私はプロトタイプの行方を知りたいの」

 艶々した唇の端を舌で少し舐めるという、挑発めいた仕草でキザ()を誘い込むその瞳は、鋭利な光を放ち、獲物を射程内に捉えた猛禽類のそれと同じだった。


 巻き添えを喰らうのは嫌だったので、俺は二人の横から数歩離れた。


「プロトタイプ?」

 金髪キザ男は蒼い目玉をきらりとさせて優衣へ疑問を継げる。


「真っ黒い、ダルマみたいなアンドロイドです。ワタシたちはある理由があってそれを追いかけています」


「あぁぁ。あの変態野郎ですね」

 変態はお前だ! なんだそのマニキュア。


 優衣と茜は男の言葉に敏感に反応して、そろってハンサム野郎を見上げた。

「知ってるんですか?」

「知ってますよ。二、三日前からよく見かけてますからね」

「どこにいるの?」

「お~っとそれは勝負に勝ってからと言うことで……」

 半身を後ろに反らし、カッコつけた素振りで両手のひらを広げて拒否の体勢を3秒維持して、それから視線を玲子に戻した。


「もちろん勝負は僕のこれと、あなたの胸の内に隠されている大事な物とで……」

 しゅらりと解いたバンダナをすぱーんと広げ、腰から抜いた自分の銃を磨き始め、余った小指の先で玲子の胸元辺りを示す、そのきざっぽいセリフと仕草。あぁぁぁむかつく野郎だ!


 玲子も嬉しそうに銃をフォルダーから出し、

「早打ちでもする?」

 俺が抱いた懸念なんかこいつは察しちゃくれない。親に買ってもらったおもちゃを自慢する子供のように手に持つと、するんと一回転させてグリップを掴んだ。


 むぉぉ。やけに手慣れているな。さすがガン倶楽部副部長。

 イケメン野郎も銃を磨く手を止めて、ちょっと横目で見たりするが、それよりもガン競技に早打ちなんてあるのか?


 金髪キザ男も首を振る。

「そんな子供ダマシの勝負、ここでは誰もやらないですよ」

 ポケットから1枚のコインを取り出し、親指の爪で跳ねると空中高く放り上げた。


 なんだぁ?

 戸惑いつつもコインを視線で追う俺たちの前で、そいつは瞬時に身体をひねった。

 目にも止まらぬ動作と言うものの実例みたいな敏捷(びんしょう)な動きで、銃は腰から抜かれ、火薬の臭いを撒き散らして発射音と金属の弾ける音がした。

 刹那。

 再び体を少しねじる。


 重々しい短い発射音と乾いた金属音を打ち鳴らして、空中でコインがもう一度踊った。

 宙を飛ぶ1枚のコインに2発の弾丸を当てることも至難の業だが、このイケ面野郎の銃を抜く速さは本物だった。


「す、すげぇぇぇ。み、見えなかったぜ」

 俺は茫然とした眼差しで、薄く煙が上がる男の銃口を見つめた。


 しかし酒場の連中は誰も驚くことなく、遠巻きにニヤニヤするだけだ。恐らくこいつはこういうことに関しては有名なヤツなんだろう。


「え~。ちゃんと見えてますよ。コマンダーは見えませんかぁ?」

 小鳥のように首を傾けて、茜が俺の横顔を覗いた。

「ウソつくな」

「ウソではありませーん。撃鉄を引くとき、親指ではなく手のひらで引っ掛けていましたぁ」

 その声が男に聞こえたらしく、

「ほぉぉ。ぼぉっとしているようで、そのレディは眼がいいみたいですね」


「あ、はい。レディですぅ」

 満面に笑みを浮かべてから、

「コマンダー。レディって何ですか?」

 こけた。

 よくずっ転がしてくれる奴だな。


「そんなこと今聞くな。帰ったら玲子にでも、いやこいつはウソを教えるからだめだ。パーサーにでも訊け」


 俺の突っ込みを退屈げに見ていたイケ面野郎は、額にかかる長い髪を指でかき上げてから煙草を一本、火をつけずに口に咥え、おもむろに茜へ向かってウインクを飛ばした。


 この野郎。うちの子に何しやがる!

「………………?」

 しかし当の茜はウインクの意味が解らず、丸い目を瞬かせてキョトンとしていた。


「目にゴミでも入ったんだろうよ」

 とりあえず。ちゃんと教えておかないと後々、恥をかくのはコマンダーの俺だからな。

  

  

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