ドズルト一家 対 アマゾネス軍団 おまけでポチ
納得のいかないまま、そこから数分も進まないうち──。
「うひょうぉ~。ベッピンさんのお通りだぜぇ」
まぁた出たよ。今度は酔っ払いのジイさんだ。
ようやくひとつの障害が排除されたというのに、物陰から空の酒瓶を持った年寄りがおぼつかない足取りで俺たちの前に現れた。
「オッサン、仕事もしないで昼間から飲んでんのかよ」
怖そうじゃない奴には、強気なのさ──俺は。
呆れてしまったのか、玲子は黙っていた。
「もし、紳士の方? ドロイドをご存じないですか?」
どこが紳士なんだ?
「どぅろいど? ぅあぁ。し、知っへるぜ」
まともに喋ることもできないじゃないか。でも茜は真剣だ。優衣の横からしゃしゃり出て、
「ほんとですかー。どこで見ましたかあ?」
ジイさんは首を振る。
「酒が切れちまってなぁ。おごってくれたら思い出してもいいじぇ」
「サケってなんですかあ?」
優衣が秀麗な顔に嫌悪感を滲ませた。
「精神異常をきたす薬物よ。ワタシたちも汚染されるので決して近づいちゃだめ」
「えぇぇ。そんな怖い物なんですかぁ? バイオ器官が侵されるんですね。帰ったらさっそくワクチンを作りましょう」
「てぇぇぇーい!! この子たちに酒臭い息を吹きかけるなぁ!」
いきなり玲子がジジィに飛びつくと背負い投げで数メートル先へ放り投げた。
「おいおい。お前も酒飲みのくせに、やることがムチャクチャだなぁ。老人はもっと優しく扱えよ」
「アカネに病気がうつったらどうすんのよ。汚いものは排除するのがあたしんちの家訓なの」
「怖ぇぇよ。俺も明日は我が身じゃないか」
「あなたは許すわ」
「何で?」
「あたしの家来だから」
「あんまし嬉しくねえ」
酔っぱらったジジィはひっくり返ったゴキブリみたいに手足をバタバタさせていたが、玲子たちは無視してメインストリートを進んだ。
埃が舞い上がる幅広い通りは、白く陽に照らされて目に焼き付くようだ。建物の影は暗闇となって、コントラストのきつい光景は視床下部を刺激する。
さっきまでは結構な人ごみが俺たちを好奇な目で観察していたのだが、優衣が粒子加速銃を空に掲げてから、急激に姿が見えなくなった。だがそれは立ち去ったのではなく、暗い陰の奥にこそこそと潜んだだけのことで好奇な視線はいまにだ色濃く刺してくる。
「嫌な雰囲気だなー」
俺の気分が茜にも伝染したのか、さっきから背中を丸めて優衣の腕にしがみ付いていた。
「ほら。もっと背筋を伸ばして、しゃんとしなさい」
と過去の自分に告げる気分はどんな感じなのだろう。それはとても不思議な光景だった。茜はこの後何百年か経過して、優衣となってここにやって来て、またそうやって自分の過去に向かって元気づけることになる。
考えるだけでめまいを起こしそうになり、足元がおぼつかなくなる。優衣は平気なようだが。
茜はバッタみたいにぴょんと跳ねて、
「りょっかーいです。ではあそこのお店に入ってドロイドの情報を訊いてみましょう」
銃のショルダーストラップをきゅっと絞り上げた。
「あう~。よりにもよって、酒場じゃねえかよ。やばい連中の巣窟に自ら入ることはねえだろ」
と忠告したのに。
「お、おい」
気づくと置いてきぼりだ。玲子は二人を引き連れてさっさと向かっていた。
風が軽く吹くだけで砂埃が舞う通りから、木で拵えた段差を上ると店の入り口が見えた。胸の辺りしかない両開きの木の扉が、キーキーと音を出して小さく前後に揺れている。その扉を片手で押し広げて玲子を先頭に入って行くオンナ三人組。
腰近くまである長く細い髪を首の辺りで絞った先端がまるで大きな毛筆のような優衣の黒髪。それを左右に揺らして暗い店内に消えて行った。
「おい、にいさんよ」
忽然と物陰から大勢のむさくるしい連中が出てきた。
「うへぇ」
異様な光景に俺は思わずたじろぐ。まるで餌に群がるゴキブリだ。地面を引き摺る乾いた音を上げながら酒場の前を囲んだ。
つまり俺を取り囲んだんだ。
集団の中の一人が俺に言う。
「にいさんらは何者なんだ?」
「な、なんだよ。や、やるのか」
震える手で腰の粘着銃のストックを握った。たぶんこんなもんでも何かの役には立つ。
「そうじゃねえ。にいさん知ってんのか? この酒場はキラーズ・ドズルト一家の縄張りなんだぞ」
「キラーズ?」
そいつは自慢げに顎を突き出すと、
「ドズルト一家はこの町の保安官を追い出したうえに、逆らったこの辺りの町を血祭りにした荒くれ者の集まりだ。政府の連中だって怖くて近寄って来ねえんだぜ」
隣の男も憐れみの目をして俺に告げる。
「そんな連中のアジトによそ者が、それも女連れで入るとは……」
「入ると……何だよ?」
気になるところで言葉を止めるんじゃねえ。
「度胸があるな……」
その言葉に、集まっていた連中全員がうなずき。
「命知らずめ」
「生きて帰れねえぞ」
それぞれに怖い言葉を並べたくった。
「ま、まじいぃぜ。おい、玲子!」
三人を引き留めようと急いで店に飛び込み──俺は恐怖に固まる。
大勢の男がたむろするにもかかわらず、店内が異様な雰囲気で静まり返っていたからだ。
様子を探ろうと視線を巡らせた途端、俺の顎骨がパクンと落ちるや否や、恐怖の声が喉の奥から飛び出た。
「どぁぁ──っ!」
連中は博打をしていたのだろう、コインが積み上げられており、プレイヤーの手元にはゲーム途中のカードが並んでいたのだが、それを茜がせっせと掻き集めていたのだ。
「はーい。お食事のときはテーブルの上をきれいにしましょうねぇ。それが紳士としてのマナーですよぉ」
「アカネちゃん。そんな汚いもの触らないの。病気がうつるわよ、病気」
玲子が振り返って注意。
「あ……ぅ……」
終わったな。俺の短い人生が。
「ひゃひゃひゃ。今のゲームはナシだな」
一人の男が笑い出した。たぶん負けていたほうだ。ゲームは茜の手によってノーカウントとなったのだ。
「なんだと、この野郎!」
そりゃ勝っていたほうは怒るわな。
「この女! 何しやがる」
野太い声で立ち上がると、がばぁっとテーブルをひっくり返して茜に凄んだ。
「ちょ~っと待ってくれ。悪ぃぃ。こいつカードって何だか知らないんだ。許してやってくれ」
急いであいだに割り込む。こんなところで騒動を起こしたくない。ここは一つ穏便にだな。
そいつは怒り狂った目で俺を睥睨すると、こっちの胸倉を鷲掴みにしてぎゅいっと締め上げてきた。
「ぐ、苦しぃ、ぐぇぇぇ」
息が詰まり血圧急上昇──。
ところが、今度はそいつが喚いた。
「痛ででででででで」
痛いのはこっちだ。
「ありゃ?」
なんだこの開放感は?
俺の襟元を締め上げていた男の腕を茜が片手で捻りあげていた。
「あだだだだだ」
苦しそうに体を反り返して苦痛に顔を歪めていたが、次の瞬後、茜はそいつの腕を軸にしてその場で一回転にした。まるでボロ雑巾みたいに、ひっくり返されたテーブルに男が叩きつけられた。
「ダメでぇーす。お食事のテーブルをひっくり返す人はお仕置きでぇーす」
あわわわ。こっちが引いちまったぜ。オッサン、痛そうだ。
「頼むからアカネちゃん。おとなしくしてくれる?」
と言う、俺の願いはむなしく消え去る。茜はひっくり返ったテーブルを片手でグリンと回して元に戻すと、クロスをパンッとひと払いして広げた。
「ちょっとお借りします」
手慣れた仕草で表面を整えると、その上に粒子加速銃をデンッと置いた。当然だが、大型バイク並みの重みにテーブルが堪え切れるはずがない。大きな音と埃を舞い上げて砕け散った。
「ありゃあ。壊れてしまいました」
「こ、この野郎! 何しやがる!」
そりゃそうだよな。誰だって予想のつく展開だ。だけどそれがつかないのが世間知らずの茜だ。できれば一般社会になじませてから、連れて来てほしかったぜ。そしたら俺の悩みもどれだけ激減したことだろう。
憂鬱な気分で肩を落とす俺の前で、周りにた数人の男が立ち上がって声を荒げた。
「ここをドズルト一家の店だと知ってての狼藉だろうな!」
「ドズルトちゃんちでしたかぁ。初めましてぇー」
友達んちじゃないんだよー、茜。
「ぶっ殺す!」
それぞれに腰の銃を抜こうとする、寸前。
「うるせぇぞ。せっかくベッピンさんが遊び来てくれたんだ。オメエら紳士らしくしろ! みろ怖がっておられるじゃないか。なぁ黒髪の姐御?」
怖がってない、怖がってない。優衣はキョトンとしているだけだ。
「ごめんなさいね、ゲーム中に……」と玲子も平然と返し、
「バーテンさん。この方々に新しいテーブルと。お酒を一本出してくださらない? 支払いはワタシがしますから」
と言って、レインボーカードを胸ポケットから出して見せた。
おぉ、というざわめきが。
「すっげぇー! こんな宇宙の果てなのに使えるんだ。さすがレインボーカード」
何の感心をしてんだか、俺。
ドスの利いた声の主は、店内の最も奥でふんぞり返るおデブちゃんだった。高級そうなテンガロンハットを玲子に振ってよこし、横にはべらかせている美女からスプーンに盛られたアイスクリームを頬張っていた。おそらくあいつがキラーズ・ドなんやら一家のボスなんだ。鋭い眼光は一瞬にして騒動を沈めてしまった。
今ならまだ引き返せると踏んだ俺は奥へと進み始めた玲子の前に出て、急いで止める。
「深入りはやめよう。一度銀龍へ戻るべきだ。な、戻ろうぜ……頼むよ」
という熱き思いは、優衣のひと言で蹴散らされた。
「現在、銀龍とは連絡が取れない状態になっています」
「なして?」
「町全体からジャミング(妨害電波)が出ています」
「どうしてこんな時代遅れの町にそんな電波の発信源があるの?」
「いまのところは謎ですね」
玲子の問いに首をかしげる優衣。その袖をつんつんと引く背の低いジイさんがいた。
「この男はいったい何者なんだ?」
白髪を短くカットした老人だった。
「何だよ、ジジィ!」
何度も言うが、弱そうな奴にはとことん強気の俺さ。
だがいきなり横にいた大入道に首根っこを引っ掴まれて、ぐいーんと吊し上げられた。
「ボスになんてぇ口を利きやがる!」
「ひぇえぇぇ。この人が一家のボスなの?」
ひたすら謝り倒して、床に下ろしてもらった時には腰が抜けていた。
ボスは茜に片眉を歪めて見せ、
「こいつはゴキブリみたいに後ろをコソコソ動き回るだけだが、なんだ?」
む~。口の利き方がなっていないが、正体を知ってしまった以上もう強気には戻れない。
「ムシさんではありません。わラしのコマンダーですよ、おじいさん」
腰を緩く下げて、シワだらけのジイさんの顔を覗き込む茜。お前もおかしな物の言いをするんじゃない。
「コマンダーとはなんだ?」
茜は硬質ガラスのような澄んだ黒い瞳を爺さんに向けて言う。
「あ、はい。イヌです。ポチと呼んであげてくらさーい」
「だぁはははははははははははは」
寸拍の間を空けて、酒場中が爆笑の渦に沈んだ。
茜も帰ったら殺す!
「コマンダーと言うのは犬のことなのか。なるほど」
納得するんじゃない、ジジィ。
「あ、はい。今日からお食事は空き缶ですることになりました」
だはあぁ、くだらんことをいつまでも覚えてやがるな。
「で? ポチは接着剤を撃つのか?」
「はい。そうです」
茜は透き通った声でハッキリと答えた。
屈託のない顔しやがって……。どうしてくれようか。こいつの処分。
向こうで腹を抱えて大笑いするオッサンを横目で睨みながら、
「お前らといると気が滅入るんだよ」
脱力めいた息を吐く俺へと玲子がとどめを挿す。
「ほら。ポチ行くわよ」
「だぁはははははははははーっ」
さらに大笑いされた。
歩き出した茜の背後から凄みを利かせた声で囁く俺。
「お前は帰ったら、お仕置きだからな」
茜は後ろに振り返りもせず、
「あ、はーい。帰ったらお仕置きでーす。楽しみなのですぅ」
もう一度、爆笑されていた。
こいつ本当に優衣の過去の姿なのか?
俺の前で肩を震わせている黒髪の少女のほうを強く睨むのは、当然のことだった。




