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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第三章》追 跡
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無法者の星

  

  

 寸前のところでネブラのプロトタイプを逃がしてしまい、苔と泥にまみれた惑星から意気消沈して離れてから、ちょうど24時間が経過した。そこへまたもや謎の電波が届いたのだ。

 例によって送り主不明の位置情報だが、俺たちは疑うことなく指定の場所へ向かうことにした。


 そこは凍り付いた惑星。

 極冠の寒さの中、雪中行軍を貫き通し、凍結した湖面でプロトタイプを発見。身を挺した玲子の活躍で茜と優衣は粒子加速銃を発射することができたのだが、そこへと現れたデバッガーが放出させたディフェンスフィールドにあえなく撃沈。しかも高エネルギーシードが発する高熱で氷結していた湖が瞬間に解凍。俺たちはあっという間に水の中に呑み込まれた。

 幸い膝までの水深で助かったのと、びしょ濡れになった悩ましいまでの玲子のダイナマイトボディを拝めたことは、ある意味、喜ばしいことだった。


 そして再び24時間後、怪人エックスからの謎の電波がまたまた飛び込んで来た。でもクルーたちは喜び勇むのではなく、喧々囂々(けんけんごうごう)としていた。



「だいたいこの電波の発信者は誰やねん?」

「俺に訊いたって、知らないっすよ」


「ほやけど何でぴったり24時間後やろ? どこかで見てまんのか?」

「そんな回りくどいことするのは管理者しかいないぜ。たぶん連中のボランティアグループだろ」


「いえ。それなら真っ先にワタシに連絡が入ります」


「そうよ。それなら何も匿名希望にすることないわ。悪いことしているんじゃないもの」

「そうダすよ。オラなら最初に名乗るっすよ」

「お前なら、ボランティアなんてしないで堂々と金銭を要求するだろうな」

「オラ、社長じゃないっす……あっ!」

 バカが、こつも自分から虎穴に飛び込んでら。


「田吾。お前のカメラ、メモリ消すデ」

 うはっ。死刑宣告だ。ご愁傷様。


「ご、ごめん。許してくんろ。もう言いません」

「だいたいやなぁ。おまはんらワシのことをケチとかシブチンとか言うけどな。これは美学なんや。よう覚えときなはれや。宇宙では空気ひと吸いナンボなんや」

 うおぉ。生命維持装置が有料になる日が近そうだ。


「あのぉ。お話し中スミマセンが……」

「なんでっか?」

「怪人エックスの教えてくれた星系なんですが……。プロトタイプの形跡が5光年と7光年先の二カ所で検知しています。なぜでしょう?」

「センサーのゴーストちゃいまんの?」

「そうそう。重力レンズの影響で二重になることがあるダすよ」


 こいつ豚のくせに俺さまを差し置いて、生意気なことを言うじゃねえか。

「そんな大きな重力波は検知してねえよ」

 俺だってだいぶ慣れてきたんだからな。

「ほなどういうことや、裕輔。説明してみい」


「うぇ? し、知らねえっす」


「反論するなら、なんか準備してからしなあきまへんで。それやとただの文句言いや(文句だけ言う人)」


「ひ、ひとつは俺たちを誘い込む罠だぜ」

 デタラメ言ったのだが、宇宙は謎に満ちてんだそんなこともあり得るだろ。

「ほな。どっちが本物や?」


「遠いほうだな」

 目をつぶって言い切ってやった。もう知らんもんね。


「ほな機長。近いほうへ向かいなはれ」

 俺を睨んだまま、社長はでかい声で操縦室へ伝えた。

「なんでえ。信用されてねぇなー」

「あたりまえや……」

 ハゲオヤジはそう言い捨てると、俺を挑発気味にチラ見してから、優衣の探査レーダーを覗き込みやがった。

 まぁ、致し方が無い。思ったままを言っただけだもんな。根拠なんて微塵もない。




 俺のデタラメな憶測より、気になるのは優衣のあの優雅な動きだな。

 ヤツは秘書課の制服という出で立ちで、真珠色の髪留めを使って長い髪を首の後ろで結っており、その先を肩から胸の前へ垂らした清楚なお嬢さま然として席に着いているが、このような仕草や振る舞いが顕著に現れ出したのは茜がこの時代に来てからだ。


 これは過去の自分の模範になるべくと、誰かの教えを守るからに違いない。誰だ?

 オンナの容姿体裁に関しては意外と目が肥えた田吾だが、あいつなら萌え系に偏るはずだ。こんな清楚な雰囲気とは縁遠い。かといって社長ならもっと古臭いだろうし、機長やパーサーか?


「──レイコだジェ」

 頭上から気分がめげる声が落ちてきた。


「あんな体育会系オンナに美的センスがあるわけねーだろ」

「あるでしゅ。来週、華道と茶道の発表会があるでしっ」


「ウソ吐け。あいつが活けた花なんか、ペンペン草が生えたのとそう変わらんだろ」

「ふんっ。ゴキブリぃ」


「なっ! こ、この野郎。ゴキブリはてめえじゃねえか。俺にケンカ売ろうてんのか!」


「やっぱり。コマンダーは虫さんでしたか……」

 俺と一緒になってシロタマを見上げていた茜が残念そうに唇を閉じた。


「何をがっかりした顔してんだアカネ! その話はもう済んでるだろ?」


 このあいだ田吾があまりに茜に対してセクハラめいたことを言ったので、玲子が怒り、なぜか俺をも含めて、男は蟲むしだ。それ以下だとほざきやがったのを茜が真に受けて、コマンダーが虫だなんて前例がないと嘆きやがった。


 まぁ。優衣が後からなだめていたようだが、どこかにわだかまりが残っているようで──。


「ぶふっ」

 派手に肩を揺らしやがって玲子め。もとはと言えばお前が放ったひと言が原因してんだ。

「ちゃんとシロタマの教育をしろよ。何だあいつ」

「なによ。まったく正しい教育成果じゃない」

「俺のプライドに係わるんだ。何とかしろ」

「蟲にプライドなんて必要無いわ。アカネちゃん、格納庫に殺虫剤があるからそこらに撒いといてよ」


「行くんじゃない、アカネ!」

 走り出そうとした銀髪少女の腕を慌てて引いた。


 こいつはマジだから恐ろしい。





 数時間後──。

「社長さん。この惑星には町が存在します。進化した住民がいますので注意が必要です」

 優衣の報告を聞いて、腹のムシがぐぅと鳴く。


 それこそ茜に聞かれたら、腹の中に虫を飼っていると言って騒ぎ立てるに違いない。そうなったら何と説明したらいいんだ。

 コマンダーとしての次なる難題が持ち上がり、宇宙に出てからさらに薄くなってきた頭皮を掻き毟むしる。社長の仲間入りはしたたくねえ──と胸中で叫びながら。


 どちらにしても町があるということは、 美味いメシが喰えるかも知れないということだ。

「苔だらけになったり、凍えたりするのはもうコリゴリだ」

 自然と声が漏れた。腹の底から晴れやかな気分になり、妙にテンションが上ってくる。


「うははは……」


「どうしたんですかあ? コマンダー、なんかうれしそうれす」

 茜に顔を覗き込まれ、目尻を下げて応える。

「うれしくもなるさ。銀龍のまずい冷凍食はもう飽きたぜ。ありゃ犬の飯だな……。あっ!」

「犬の餌で悪おましたな。ほな明日からシロタマが作ったエマージェンシーキットで、ほんまモンの犬みたいにして食べなはれ!」


 真後ろにケチらハゲがいた。

「らじゃぁ~」

「あっ!」

 ついでに真上にシロタマまでいた。


 奴はぴゅーっと格納庫へ飛んで行き、すぐにとんぼ帰り。

「ほら、ユースケ。犬コロはこれで御飯を食べるといいでしゅ」

 金属製のエマージェンシーキットの分子再配列容器を上から落としやがった。


 カンッ、カラカラカラ……。


 甲高い音と共に床を跳ね転がった分子再配列容器は、緊急時用にとシロタマが新たに作ったモノだ。

 簡単に言えばサバイバルキットの一つだが、あいつが作るものはすべてにおいて人間様を舐めきった屈辱仕様になっている。機能的には、分子さえそろっていれば何にだって再配列して作り変えることができるすごい機械なのだ。雑草を新鮮サラダに変身させることだって可能だが、その形状がまるでペットの餌入れだ。


「うははは、イヌだすな。裕輔ぇ~」

「ほんまや。おまはんにはちょうどええがな」


 目を丸く見開いた茜が足元に転がって来たエマージェンシーキットを拾い上げて、憂いに沈んだ声で言う。


「今度は虫から犬にカテゴライズし直すんですか?」

「ち、違う。俺は犬でも虫でもねえ」

「ちがうの?」

 丸い目を皿のように丸くして首をかしげて止まった。


「あははははは。そうよアカネちゃん。名前はポチよ。仲良くしてあげてね」


 玲子。今度こそ殺す。


「あ、はい。ポチさんですね。よろしくお願いしまーす」

 茜は真剣な顔で俺に頭を下げやがった。

「また変な学習をされたじゃないか。このクソタマ野郎、どこ行った?」

 部屋の中を見渡すが、シロタマはすでに逃走した後で優衣の気の毒そうな瞳が俺を見つめるだけだった。





 惑星上空1万5000メートル──。

 優衣が首かしげる。

「プロトタイプのEM輻射波を検知しています。それと町から漏れる電磁波も検知。ただおかしなフェーズ現象が見られます」


「どういうことでっか?」


「スキャンによると、この街の進化レベルはかなり低いようです。内燃機関で移動する手段も持っていません。かろうじてランプが電灯に、手紙が電報程度にしか進歩していません」


「それで?」


 胸の前に垂らした黒髪を片手で押さえ、

「その割には、おかしなフェーズの輻射波が町全体から出ています」

 座席を社長へと旋回させた。


「よっしゃ。その辺のコトはワシとシロタマとで調べておきますから、おまはんらと裕輔とで調査に行ってもらえまっか……それと……」

 途中でロッカーへと歩み寄ると、部屋を出て行こうとする玲子を引き止めた。


「玲子、ちょい待ち。未知の惑星の探査は危険と隣り合わせや。これからはこれを持って行きなはれ」

 重そうな銃と、肩から胸にかけて装着する特殊なガンフォルダーを取り出して俺たちに見せた。


「これはな。アカネが持って来た部品と銀龍の部品を使って、ユイが拵えたハンドキャノンや。粒子加速銃の小型版みたいなもんやな」

 それは黒く光り重厚で頑強でありながら、粒子加速銃と比べてかなり小さな物だった。


「レイコさん。上陸にはぜひ持って行ってください。ガンクラブの副部長さんに、いつまでも粘着銃を持たせておくわけにはいきません」

 優衣は玲子が持っていた粘着銃を取り上げ、

「これはユウスケさんがお似合いです」

 俺の手に持たせた。


「………………」


 手のひらに置かれた接着銃をぼんやり眺める。あっちと比べると、とても見劣りする物だ。

 素直に喜べない。

「なんで玲子が最新式の銃で、俺が接着剤の充填機材なんだよ」

 日曜大工が趣味だなんて、ひと言も宣言してねえぞ。


「なんや。玲子はガンクラブの副部長かいな」

 変な倶楽部があるのは、万屋(よろずや)を目指す社長の意向で、それを片っ端から制覇していくのが玲子の目標だ。何なんだ俺の会社は……。


「レイコさんには、ワタシたちでは真似できないすごい技があるんですよ。倶楽部の部長さんにも真似できない技なんです。これぐらいの銃を持つ資格があります」

「へえ~。技ってなんですか? 教えてくらさいよぉー」

 茜が優衣の腕に絡み付いて左右に振り、離そうとしない。


「もうそんなことはどうでもいいわよ。さあ出かけるよー」

 玲子は二人の腕を引っ張り、部屋を出ようとした。


「え~。教えてあげましょうよ」

 優衣はまだ言い足りないようだったが、無理やり玲子に背中を押されて、そのまま転送室へ向かった。

「おユイさーん」

 その後を茜も追いかける。そしてもう一度、玲子の声。俺へと向かって、

「ポチも早く準備なさーい。置いてくわよ」


「うるせえ。俺はアマゾネスには屈しねえからな」


「アホなこと言いなはんな。くれぐれもあの女には逆らうんやないで。今日から大型の銃持参でっからな」

「N46でもじゅうぶんなのに、なんであいつに大型の銃なんか持たしたんっすか。星系の抹消を管理者じゃなくて、あいつがやっても知らねえっすよ」

「お、脅すんやないで、裕輔……」

 不安げに転送室の方角を見つめてつぶやく社長だった。


 今頃後悔しても、もう手遅れだからな。

  

  

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