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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  粒子加速銃  

  

  

 改めて茜の一挙一動を観察する。


 茜は先端に取り付けられたスタンドを広げて立てると自分も寝転んだ。そして脚を開き、つま先を岩の割れ目に突っ込んで、両足を踏ん張り身体を固定させた。


 次に照準を合わせるために地面に肘をついて、上半身を持ち上げ銃を引き寄せた。

 ゴリゴリと重量感のある音がするところをみると、スタンドの脚で苔の下に広がる岩面を削ったのは間違いない。


 続いて後部のグリップを肩に押さえつけ、キュッと顔を照準器に合わせた。

 起動音はほとんど聞こえないほど甲高くなっており、誰の目にも発射準備完了だ。


 ひと呼吸の後、ちらっと横目で優衣に合図をおくり、茜はゆっくり人差し指をトリガーに掛けた。


「発射準備、完了でぇぇす」

 少し鼻に掛かる声音は優衣と同じ。口調が幼げなだけだ。その声に応対した優衣は横にいた玲子にもう少し下がれと伝え、何かを手渡すと、今度は俺たちにも小さな丸い物をくれた。

「耳栓です。大きな音で鼓膜が破れたら大変ですから」

 社長が慌てて耳に放り込むので、俺も念のために当てがった。



『二人の後ろに立たないほうが賢明です』

 いきなり報告モードに切り替わったシロタマが警告した。真後ろにいたのは俺と社長だ。

 優衣も振り返ると意味ありげに、俺たちへ忠告めいたことを言う。

「危ないですので、ワタシたちの後ろに付かないでくださいね」


 別にお前らの尻を拝みたくて後ろに回ったわけではないのだが、社長と共に少し頬を赤らめたのは、男として当たり前の行動だろな。

 ちらりと玲子に目を遣るが銃の先端を睨んでいるだけで。それだからって、ほっとするのも何だかみっともない。


 ようやく優衣が「いくね!」と言って、茜の後ろに回り込み、両膝をそろえて地面に下ろした。

 自分の体勢を安定させるようとする行為なのか、念入りに膝の位置を確認すると、茜の左右のかかとに自分の両膝頭を当て、さらに両腕で茜の大腿部を掴むと体重をかけて押さえつけた。


 どう見てもこの組体操みたいな体勢は銃の反動で茜が動くのを阻止するために、優衣が押さえ付けようとしているとしか見えない。



 やがて風が止み、空気の流れが静まった。

 デバッガーのプロトタイプとなるドロイドは、相変わらず微動だにしていない。

 おそらくレーザーポインターを振り回して俺たちを探し出そうと躍起なのだ。


「いっきまぁぁーす」

 茜の気合が込められた合図と同時に──。


 ドシュ──────────ンンンンンン


 ギァ──ンッ!


「ぬぁっ! 何だ今のっ!!」

 ほんの刹那の出来事で俺の意識は無反応だった。


 粒子加速銃の先端から飛び出たものは粒でも何でもない、とんでもなく猛烈に目映い光のビームだ。それよりもあまりの短時間に多くの情報が飛び込んできて思考が混乱、しばし呆然としたのさ。


 脳の視覚野に残る最後の光景は粒子加速銃から撃ち出された何だかよく解らないものが、ガラス状の物体に弾き飛ばされ、宙を切り裂いた閃光が空に向けて消えていく軌跡だった。


 ガラス状の物体はドロイドのすぐ手前に突っ立っている。

「なんやアレ! 高エネルギーシードを跳ね返しよったデ!」


 驚異的な攻撃をいとも簡単に弾かれてしまって、なんだか拍子抜けの状況に唖然とする俺たちの上空で、シロタマの冷然とした声が落ちる。

『デバッガーです』

 いきなり現れたガラス状物体の脇にドロイドより数倍大きい奴がいた。間違いなくデバッガーだ。


 せっかく撃ち込んだ粒子加速銃のシードを弾いたというのか。


「なんか知らんが、すげぇ──!」

 なぜか俺は興奮していた。高エネルギーシードの威力もすごいが、それをいとも簡単に弾いてしまうガラス壁。すごい。すご過ぎる。


「アカネ。標的変更! 左のデバッガーを撃って」

「まだ現れていません」

 そう。俺の目にもドロイドの前でガラスの隔壁を出現させた、あの一体しか見当たらない。

「右のデバッガーから左5メートルに現れるから、ワタシの声に同期して撃つのよ」

「あい」

 銀髪を緩く振って首肯。

「3、2、1」


 ドシュ──────────ンンンンンン


 今度ははっきりと目撃した。

 青空をバックに緑の平原スレスレを長く尾を引いた白色の輝線が、空間を上下に引き裂き、唸りを上げて突っ切った。

 またもや忽然と現れたガラス状物体にシードが弾かれ、反射したシードが俺たちのほうへ突き進んで来たのだ。


 突然、空気の鳴動が脳髄を直接揺さぶり、辺りが発光に包まれた。強い圧力が俺の顔面をブルブルと揺さぶったかと思ったら、あっという間に後方へ身体が持っていかれた。


 圧してきたのは爆風ではない。爆光とでも言うのか。猛烈な閃光だ。そいつに吹き飛ばされて、緑の草原を転がり仰天していると、成層圏にまで響くであろう大音響が轟き、遅れて爆風が襲ってきた。


 ハリケーンと竜巻と木枯らし一号と二号と三号が同時に来たような突風が吹き荒れて、俺たちの真上を通って行った。

 耳栓をしていたにもかかわらず、激烈な音は鼓膜を麻痺させる。


「な、なんだこりゃっ!」

 喉が枯れてヒリヒリした。

 これがエネルギーシードなのか!


 ようやくマヒしていた視力と聴力が元に戻り、包まれていた白煙も少し薄らいだ時。耳栓を外しながら玲子が起き上がった。

「いったいどうしたの? また弾かれたわよ」

 乱れた黒髪を気にしながら遠望するその先に巨大なキノコ雲が白く立ち昇っていた。


「まだいるぞ!!」

 俺の絶叫が向こうに伝わったのか、二体のデバッガーは俺たちを嘲笑うかのような仕草をした後、機敏な動きで腕を左右に振ってガラス状のシールドを消すと、すぐにドロイドと共に消えた。


 落胆するより先に俺は驚愕する。

「どぁぁぁぁ!」

 とんでもない景色が視界に飛び込んできた。


 辺り一面にはびこっていた苔が全部消えて、岩盤がむき出しになっていた。来たときには無かった割れ目、深くえぐれた亀裂が俺たちの十数メートル後ろを起点にしてずっと向こうまでぱっくりと口を開けていた。

 そして前方、デバッガーが立っていた位置からここまでは、吹き飛ばされた苔と山となった泥の道筋ができている。まるで緩い角度で落ちてきた隕石の衝突現場だ。


「びっくりですねー」

 泥の山が可愛らしい声と共にもそりと動き、白い顔を覗かせた。

「アカネ、だいじょうぶか!」

 駆け寄ろうとして、ぬかるみに足を滑らせ派手にひっくり返る。


「滑りますから動かないほうがいいです」

 もう一つの泥の塊がそう言って起き上がった。


「ユイ!」


 ようやく俺は自分がとんでもない格好になっていたことに気付いた。髪の毛が後ろへ逆立ち、爆風で吹き飛ばされた苔と泥にまみれていたのだ。社長も大切なスキンヘッドに泥をかぶり真っ黒けだ。


 玲子は両膝を外に折って、きょとんとした面持ちで岩盤の上でへたり込み、結い上げていた自慢の髪が四方へ吹き乱され、宇宙一斬新なヘアースタイルを曝していた。ついでに派手に泥と苔を被って白い空を見上げる姿は秘書課の連中に見せてやりたいほどの乱れっぷりだった。


「なんや、あのガラスみたいなん」

「バークロン放射を利用したディフェンスフィールドで、あれを破るモノは、いまのところ発見されていません」

 泥をぼたぼた落としながら優衣が説明するが、そのひょうひょうとした態度に驚きだ。


「それより、この有様は何だよ! 跳ね返って来たシードが地面にぶち当たっただけで、みろ渓谷ができちまったじゃないか」

「これがぁ、高エネルギーシードのパワーでーす」

「おまえも淡々としてんなぁ。一歩間違えたら俺たち死んでんぜ」


「こんなのは、あさひるばんでーす」

「朝飯前だと言いたのか?」

 苦笑いを浮かべて茜は首をコクコク。優衣は意味不明の説明をする。

「シードのエネルギーは超指向性なんです。触れない限り問題ありません」


「ふ……触れたくねえワ!」


 身体から泥を手でそぎ落としながら社長が言う。

「せやけど、こんなムチャクチャな威力のシードをいとも簡単に……あれがデバッガーの底力でっか?」


 優衣は静かに顎を落し、

「ギンリュウに取りつけるフォトンレーザーの最大パワーでも打ち破ることができないのが現状です」

 と言った後、付け足した。


「ただ、あのフィールドを出したデバッガーはそのあいだ動けないようです」


「そっか。粒子加速銃だっけ? それをうまく使えば隙を狙うことはできるわね」

 玲子の目は茜が杖のように立てている銃に向けられ爛々と輝いていた。


「練習すれば、レイコさんならすぐに撃てますよ」

「ユイ。こいつを煽るな。本気で撃ちかねないぞ」


 玲子はムチャクチャにもつれた髪の毛を掻きあげながら胸を張る。

「本気に決まってるでしょ。ね。アカネちゃん、これどうやって撃つの?」

 手を伸ばす玲子に、

「これがぁー。起動ボタンでぇ」

 前髪をふわふわさせ、素直に銃の説明を始めた茜を慌てて止め、玲子に強く主張する。


「やめろ、お前は触るな!」

 こんなものを持たせた日には完璧なる世紀末オンナとなってしまう。宇宙の平和を祈るのなら、ここは阻止するべきだ。


「それにしてもやで。未来からの手助けが入るほど、あの安っぽいプロトタイプが重要な存在なんやな」

「はい、あの一体がダークネブラの基盤ですから。あれが500兆以上に増殖するんです」


 その光景を想像し凍りつく俺たちの頭上を泥臭い風が通り抜けて行った。


「でも、今はたったの一体なんや」

「確かにそうだけど……それを守るヤツが尋常じゃねえっすよ」


 俺は渓谷みたいに割れてしまった地面を眺めつつ、しばし沈黙。

 何をやっても阻止して来るネブラの頑強なディフェンスを潰すことができるのだろうか。相手はダルマロボット一体だと言うのに鉄壁の防御を備えてやがる。無事に故郷へ帰れるのか。深々(しんしん)と恐怖が浸透してきて、急激に肩が重くなり身体の内側から凍る気分だった。


「ずっと疑問に思ってまんねんけどな」と社長が前置きをして、

「デバッガーは時間を飛ぶことができるんやろ。なんでプロトタイプを連れて飛ばへんのや?」

「飛ばれたら、それはそれで問題だぜ」

 俺たちの時間跳躍は回数に限りがあることを身に沁みて覚えている。


「あのドロイドは、まだ四次元(4D)転送に耐えられないんです」


「四次元転送?」

「はい、時空間転送のことです。時間と場所を同時に移動できます。いまドロイドが行う転送はただの三次元転送で、場所だけの移動なんです」

「じゃ、ヤツが時空間転送できるようになったら……」


「そうです。このミッションも失敗ですね。最初から練り直しになります」


 俺は強い失意を覚えた。このミッションがそう簡単に終わらないことを暗示する言葉だった。


「ねえ。撤収しようよ。また誰もいなくなったんだし」

 淡々としてやがるな。世紀末オンナはよー。


 こいつの差し迫った問題は、戻ったらどうやって最初にシャワー室を独占するかに頭を働かせているはずだ。だいたい銀龍にシャワー室を一つしか作らなかったケチが悪い。


「──クチュン」

 くしゃみをした人物をすがめる。

「やけに可愛いくしゃみをするじゃないか」

 玲子は苦々しく眉をゆがめると、どこの美容院へ行けばそんな頭にしてくれるんだ、と言いたくなるような、ぶっ飛んだ黒髪を片手で束ね、

「あ~あ。泥だらけだわ。でもこんな服でよかったぁ」

 とケチらハゲの横でまたまた地雷を踏み抜いたことを付け加えておこう。


「替えの服はおまへんで……」


 へ。ばーか。お前なんか裸でウロウロしてろ。

 そんなことより、こいつより先にシャワーに飛び込みたい。


「ダメ! あたしが先よ」

「何でだよー。俺のほうが汚れてんたぜ。たまには先入らせてくれよ」

「ダメよ。後になるほど水の出が悪くなるんだもん」

「圧力が抜けるんだ。ケチケチしてっからな……あっ!」

 今度の地雷を踏んだのは俺だな。


「なんやったら、シャワーも有料にして給料から天引きにしてもエエで。そのほうがありがたみが分かるちゅうもんや。な?」

「悪ぃ。ごめん。圧力弱くてもいいっす。天引きはやめて欲しい。これ以上給料が減ったらオレ困る……」

「そうよ。裕輔は自分のことしか考えてないんだから」

「何だよ。お前だって似たようなもんだろ」


「あのぉ……」


「違うわ。レディーファーストって言葉知らないの?」

「知らんね。そんな都合のいい言葉。お前のどこがレディってんだ」


「あの。レイコさん?」


「こういうとこよ」

 ワザとでかい胸を反り返し、腰を妖しくくねらせる。

「姿かたちがそうであっても中身が伴ってない!」


「あの! みなさん、聞いてください!」


 優衣があいだに割って入った。

「みなさんはこの辺り一帯の星系を救うという大役を背負った選ばれし人たちなんです。シャワーぐらいで喧嘩しないでください」


「ぅぅ……」

 超、恥ずいぜ。

 宇宙の終わりとシャワーとどっちが大事かって話だ……なぁ玲子?


「あたしはシャワー」

「なっ!」

 こいつは宇宙を何だと思ってんだ。


 まったく……。銀龍へ戻ったら懇々と説教してやらんといかんな。





 銀龍に戻って、社長から説教されたのは俺と玲子だった。

「だいたいこういうもんはワシから入るもんや。おまはんら下っ端は後に決まっとるやろ!」


「…………」

 無言で立ち尽くす俺と玲子。泥だらけのイタズラネコみたいだ。


「ええか。この船に乗っとるあいだは特殊危険課の人間として、ちゃんと給料も貰えるんや。ほなら社長を立てるのがスジちゅうもんやろ。分かっとんか、裕輔?」


「はいはい。承知していますよ」

「ハイは一回でエエ。もったいない」


 これから長い旅が始まるというのに、このオッサンには辟易する俺だった。

  

  

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