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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  奇跡の追跡  

  

  

 8時間ほど経って、ようやく13光年の移動が終わった。

 言っとくけど跳躍はほんの数秒さ。8時間はハイパートランスポーターの充電に要した時間だ。


「しかしなんだよなー」

 俺はため息ばかりを吐いていた。

 充電に8時間も費やして、13光年を数秒で移動し終わるという時間の使い方がどうにも腑に落ちない。何とも虚しいと思わないか?


 あー。あほらし。

 これも充電時間を短縮できるパワーモジュールをケチったスキンヘッドのせいさ。


 携帯電話のバッテリーの話をしてんじゃない。それよりもだ。俺たちはさらに上塗りされた驚愕の事実に唖然とした。


「ドロイドのEM干渉波を南半球で検知しています。間違いありませんプロトタイプです」

 優衣の分析結果を待って、俺たちは大きく嘆息した。


「マジかよ……」




 そうそれから半時間後。

 中心となる恒星から二つ目の惑星にドロイドが潜んでいる形跡を発見した。


 社長は感嘆の声を上げる。

「誰が知らせてくれたんやろ。これを奇跡と呼ばんで、何を奇跡ちゅうんや」

「そうですよね。この広い宇宙空間で互いにデタラメな方向へ適当な距離を飛んだのですよ。見失って当然なのに、誰かが監視していて知らせてくれたんですね」


「奇特なお方がおるもんやで。宇宙ってすごいな」

 玲子と社長は相変わらず、楽観的な意見を交わし、


「……う~む」

 俺は疑念をいっぱい含んで唸っていた。


「管理者の未来人じゃないっスか?」と、田吾。でも優衣は首を振る。

「もしそのような人や機関が存在するのなら、ワタシに説明があるはずです。ですが何も聞いていません」


「そやけど。伝えられた場所に来てみたら、おったんやがな。これは奇跡やろ」

 奇跡奇跡とうるさいな。


 俺は玲子の肩にちょこんと乗る白い球体を疑惑の目で睨んでいた。

 優衣の言うことは信じることができるが、こいつが最も胡散臭い。さっきから何を聞いても、『時間規則でしゅ』の一点張りで何も言わんのだ。


 ま。奇跡であろうとシロタマの仕組んだ行為であろうと、もうなんでもいい。さっさと済ませて会社に戻り、マナミちゃんの美しいお顔でも拝みたいものだ。





「うほぉぉぉ。意外と寒いぜ」


 サイレントモードでふんわりと着陸した銀龍の格納庫が開き、ヒンヤリとした新鮮な空気が庫内を渦巻いて通り抜けた。


「でも空気が清々しいわ。宇宙の果てにこんな綺麗な惑星もあるのね。でも……うぅぅぅサブいったらありゃしない」

「感激してんのか、文句を垂れてんのか、どっちなんだよ?」

「サブいのよぉ……」

 寒いかどうかよりも、長い黒髪をきれいに巻き上げた姿はとんでもなく魅力的なのだ。でも見惚れていると噛みつかれる。それよりも本当に寒そうなのはこいつらだ。


「おいおい……」

 目のやり場に困る二人が俺の前で朝陽に顔を照らされていた。



 気温13℃。爽やかな空気ではあるが決して暖かいとは言えない外気温の中、この二人は長袖スクール水着だ。

 言っとくがこれは水着ではない。ガイノイドスーツと呼ばれる連中の人工皮膚の上に直接着込む特殊素材の衣服、と呼んでいいのか。田吾なら飛びついてくること間違い無しの格好だ。いろんなところが出たり引っ込んだり、身体のラインをしっかり見せてくれている。


 茜がこれは戦闘服だとウソ臭いことを言っていたが、やっぱりその姿はとても刺激的で、玲子のセリフも辛辣(しんらつ)めいてくる。

「そんな肌着みたいな姿でこの男の前に立つんじゃないの。何をされるかわかったモンじゃないわよ」


 聞き捨てならん言葉を堂々と吐きやがるから、つい言い返す。

「俺を田吾と一緒にするなって言ってるだろ!」


 ふんっと鼻を鳴らす玲子。

「男なんてみんな一緒よ」と憎たらしく言い切ると、くるりと俺に背を向け、

「あなたたち、どうして支給のジャージ着ないのよ?」

 自分の襟を摘まんで見せ、二人を叱咤するように言いのけると、両腕をくの字に折り曲げて手のひらでほっそりとした腰をどんっと掴んだ。


「ガイノイドはこのスーツ着用が義務付けられていまぁす。それよりお洋服を汚すと申し訳ありませんしー」

 と茜が言うので、

「申し訳ないような服じゃないわよ、こんな安物……。あっ! 社長。そこにいらっしゃったの、で、す、か……」

 まーた地雷踏んでやがる。


「そうや。服やない作業着や。しゃあないやろ。ミッションはすぐ終わると踏んでたんや。なーんも準備なんかしとらんデ。時間があったらウエディングドレスでも何でも持って来たるワ。おまはん、そろそろ着る気は無いんか?」


「い、いいぇ。(わたくし)はまだ仕事がありまして……」

「そないなことゆうてたら、あーっちゅうまに、(とう)が立ちまっせ」

 あ、しー。しー。セクハラだぜ。


「トウってなんですかぁ?」

 茜に尋ねられて目を白黒させて口ごもる。社長と玲子。


「それより。せっかく粒子加速銃を持って来たんだ。さっさと終わらせよう」

 話しがくどくなりそうであったので、急いで軌道修正をした。


 未だにその仰々しほどまでに重厚な火器の威力を見ていない。フォトンレーザーだって結局なんだかよく分からないし。あんなに大騒ぎまでして武装すると堂々と宣言していたのに、これなら玲子が持ち歩くN46(拳銃)のほうが武器として使えると思われる。


 で……だ。

 惑星は探査プローブで調査したとおりに水もたっぷりあり、呼吸に適切な空気に満たされていた。さらに放射線も検知されず、ヒューマノイドには最適だった。




 ここで探査プローブというのを先に説明しておこう。


 これはカメラや各種計測機器を積んだ小型偵察ロケットのことで、直接近づけない危険な場所へ無線操縦で飛ばして、各種計測を行うものだ。銀龍に常備された社長自慢のひとつさ。ケチらハゲのクセにこういうところにはお金を惜しまない。



 あらためて、地上を見渡す──。

 思いっきり深呼吸をしたくなる景色が広がっていた。


 起伏(きふく)がほとんど無い平たい一面に濃い緑色をした(こけ)をびっしりと生やした地面。それが遥か彼方、地平線まで続いていた。緑の絨毯の上を歩くようでヤワヤワ、フワフワした感触が心地よい。


 イライザの保養所よりここのほうがリゾート地として客を呼べるかもしれない。空気は美味いし、清々しいし。それから緑が美しい。うるさそうな住民も居なさそうだ。問題は交通の便と言うよりも未知の惑星というカテゴライズに尽きる。未知なんだから、そこらに何かが潜んでいて、近づくと襲ってくるかもしれない。



「社長さん。あそこにいます。シールドバッジを更新してください」

 ほらね。何かいたろ。


 優衣が声を潜めて遥か前方を指差した。

 俺たちが捜し求めていたロボット野郎だ。

 胸のバッジを数度叩いてから、遠くへ視線を飛ばす。


 胸のバッチから、クンッ、という小さな音がしただけで、これといって何も変化が無い。

 確かにスフィアの地下で至近距離まで近づいたデバッガーに発見されずに済んだのはこのバッジのおかげだと言うが、銃器もそうだし、こいつらが言うことがだんだん信じられなくなってきた。


「これって、ちゃんと動いてんのか?」


「わたしの作ったものにイチャモンを付けるのは、誰ですか?」

「うへっ」

 小声で言ったつもりなのに、こいつらの耳はコウモリ並みだ。俺たちの聞こえない周波まで聞こえるみたいだ。




 地面は苔が5センチ程の厚みではびこんでおり、足で蹴り起こすと下の固い岩盤が覗いた。砂でも土でもなく、ここら一帯は岩の地面のようだ。その地上、数百メートル先でプロトタイプがこちらに背を向けて立っていた。忘れもしないダルマ体形。ずんぐりした子供のおもちゃみたいな体躯(たいく)。俺たちの記憶に焼きついたあのロボットだ。


 上空からシロタマが疾風(しっぷう)並みの速度で地表へ急降下。そしてイーズアウトして玲子の頭上スレスレで停止して報告。

「プロトタイプは前方415メートルでしゅ。それから周囲50キロメートルに生命体はいまシェん」


「それじゃあ。さっそくお披露目といきますかぁ、おユイさん?」

「そうね。ここなら安全だわ……」

 風にそよぐ銀髪をキラキラさせ、茜は重そうな銃を地面にどしんと置き、優衣は射し込む朝陽へ向かって眩しそうに目を瞬かせた。


 ハリボテ感は拭えないが、重量だけは相当なものだ。振動が地面を伝わって足下を揺らすぐらいだ。だから異様に警戒する二人の姿にちょっち強張った。

「なんだか物々しいな。その警戒は本気かよ?」

 未だにこっちは野次馬状態さ。草野球のラストバッターが逆転満塁状態で、ツーストライクのシーンに出くわした散歩中のオッサンの気分だ。


「お前が撃つのか?」

 優衣が撃とうが茜が撃とうが、どちらでもいいのだが、ニコニコ顔のまま大きなグリップに抱き付く茜の姿は緊張感が皆無だ。だからつい白い目ですがめる。


「今の状況にまったくそぐわない光景だな」

 期待感をまるで抱かせない。幼けない茜の振る舞いがそこにあった。


「あそこまで届くのか? 400メートル以上あるらしいぜ」

「はぁ? なに言ってんすか、コマンダー」

 茜は呆れ顔を俺にくれ、玲子は俺の隣で大あくびの真っ最中。その横顔へ視線を移すと慌てて噛み殺しやがった。

「あふ……」


 社長は腕を組んだまま黙ってドロイドを睨むだけだし。昇って来た朝陽がスキンヘッドを照らして、世間は平和そのもの空気をたゆませていた。



「じゃあアカネ。撃ち方開始」

「お。やりまんのか……」

 社長だけは色めき立ち、

「生態系を狂わすことはおまへんか?」

 優衣は首を振る。

「シードが地上に触れない角度にして発射させます」


 玲子が俺の肩を突っつく。

「ね? シードって何なの?」

「俺に尋ねられても……わからんよ」

 聞いたところでは、何かの(つぶ)が飛び出るだけだと言っていた。


「ま、見てれば解るんじゃないの」

 玲子も期待をしていなかったのだろう、黙って前を向いた。


 茜は銃を小脇に抱えて数メートル歩むと、グリップを地面に下ろして起動させた。


 粒子加速銃は銃と言うよりも大型の対戦車砲によく似た形をしており、複雑そうな制御パネルがグリップの手前に付いている。片手で持ち歩く拳銃とは全く異なるのだが、連中があまりに軽々しく持ち運ぶので、つい説明も薄ぺらなもんになっちまう。


 起動音が徐々に甲高くなる銃を茜はひょいと持ち上げると、銃身を水平にしてグリップを肩に当てて照準を合わせた。

「だめよ。寝転んで撃って!」

「なぜですかぁ?」

 疑問に膨らむ無垢な瞳を優衣へと注ぐ茜。


「軌跡を空に向けなきゃだめなの。シードが大地を直撃したら地殻が崩壊する恐れがあるわ」

「りょっかーい」


 俺は耳を疑ったね。人差し指を突っ込んで、こう、グリグリと回転させて優衣が放つ次の言葉を待った。


「なるべく緩い角度でね。成層圏に穴を開けてもまずいし……」

「成層圏──っ!」

 ただのオモチャじゃないと言うのか、お前ら……。


 茜は素直に優衣の言葉に従い、肩から銃を引き剥がすと無造作に地面に下した。

 ドシン、というあまりに重々しい振動がこんどは腹にまで達した。


「ちょっと。それ何キロあんだ?」


 茜はケロリと言う。

「319キロです」


「な──っ!」


 大型バイク以上だぜ!

 それを軽々しく扱いやがって……。無人の軽トラを引き摺ったのは余裕だったんだ。

 この、ジャッキ要らずめ。次から重量物の移動に気を使うことはねえな。

  

  

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