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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  新型ドロイド(デバッガー)  

  

  


 壁に背を預け、ついでに胸のシールドバッジを叩く。これを押すたびに偽装周波が更新されてよりデバッガーに発見されにくくなると言う。

 ひとまずこれで準備完了。壁の向こうに現れた物体を直視して息を飲んだ。鼓動が早鐘を打つようだった

「ほら。お前も見覚えがあるだろ?」

 うなずく玲子。

「間違いないわ」

 虹色の光りを放って出現した5体のアンドロイドは俺の記憶のとおりで、あきらかに未来からやって来たと推測できる容姿をしていた。


 社長は新たな疑問を優衣にぶちまける。

「あのな、ユイ……。歴史を改変をしたとするやろ。それって瞬時に未来に反映されまへんのか?」


 まぁた。難解なことを言い出しやがったぜ、このハゲ茶瓶は。


 とは言っても気になるもので、

「どういう意味っすか?」

「デバッガーは、ユイがスフィアのエンジンを先に始動させたので、自分らが誕生しない歴史になることを阻止するために、やって来たんでっしゃろ?」


「そぉーでぇぇーす!」

 と、でかい声を上げたのは茜。優衣にしーっと口を塞がれるものの、モガモガ言いながらも首肯する。


「もし、瞬時に改変結果が未来に反映されるんやったら、エンジンが始動した瞬間にネブラは消え去ることになりまっせ。そやけどこいつらは自分の歴史を維持するために現われてますやろ。ということはある程度時間が経って未来に伝わるんちゃいまっか?」


 優衣は静かに説明する。

「おっしゃるとおりです。450年先まで伝わるのに約74秒掛かります。これは二点間の時間的距離に比例して遅れます。このあいだみなさんの前で写真を出したときにも、ユウスケさんや社長さんの記憶がほんの少し遅れて変化したのを覚えていらっしゃるでしょ?」

 俺の喉がごくりと鳴る。そのとおりだった。写真を見てから時間を追って随時記憶が甦って来たのだ。


「せやけど。ピザを出したときは時間的な差は見られへんかったで? おまはんの言うのが正しければ、裕輔が『ピザ』って決めてから少し遅れて田吾が匂いに気付くのが理屈や。そやのに、あいつは部屋に入ると同時にブタみたいに匂った、ちゅうてましたで」

 ブタは余計だろ。


 優衣は柔らかげな笑みを俺に振ってから続ける。

「ピザの件は、時空修正をしたのではありません。ユウスケさんがあそこで『ピザ』と口にする時間項が成立していますので、あれは歴史の改変ではありません。そのような歴史に流れただけです。つまり、時空修正をして歴史を改変すると時間差が生まれ、その間にネブラは再修正する可能性を許してしまうのです」


「時間項ってなんや?」

「時空間理論の一つで、原因と結果を導き出す項だと今は説明しておきます。少々難解ですので……またいずれ」


 数秒間、社長は派手に鼻息を吹かしていたが、

「ほなここで連中を74秒間足止めしてもええんちゃうの?」

 ほのかに明るい顔を上げ、優衣の返事を待った。


「はい。理論的には間違っていませんが、最新のデバッガー5体を74秒で倒すのはあまりに非現実的です」

「玲子にやらせてみようぜ。コイツならやるかもしれない」

 社長はひと言、「あほか……」で俺を黙らせやがった。すごいね、あんた。


「それよりリロードしたひ弱なドロイドを叩いたほうが効率的ですね」

 こいつはこいつでクソまじめな返答しかしないし。

「わたしが行ってきましょうか?」

 茜はどこまで本気なのか知れないし。どいつもこいつもポンコツだらけだ。


 その時。

 互いに体を寄せあって身を潜める壁の近くへと一体のデバッガーが駆け寄って来た。

 駆けるで間違いない。瓦礫を越えながら進むその身軽なこと。思わず目を見張る。


 銀龍の格納庫で対面した時は切羽詰った焦りも有り、観察するどころではなかったが、間近でじっくり見た新型デバッガーは俺の想像を遥かに超えていた。


 まずはその容姿だ。

 ここらに転がる旧式ドロイドとはあきらかに異なっていて、完璧なヒューマノイド型だ。手足頭部の位置や大きさのバランスが非常に優れており、筋肉質の男性をイメージすればいい。


 2メートルを越える身長からは威圧感を抱かされ、黒とも緑とも言えない見る角度で色が変化する不思議な光沢を持った金属で作られたボディは重量感を伴ない、真正面に立ち塞がられると精神的に圧迫されるだろう。



「すげぇ動きしてんぜ……」

 ひび割れから覗いて、俺は息を飲んだ。


 機敏な動きで移動する姿を垣間見ただけで、デバッガーの重そうなイメージは払拭される。それは過去のドロイドからは想像もできない身軽さなのだが、優衣や茜みたいにたよやかで優しい動きではない。まったく別の進化を遂げた力強さと瞬発力を全身から放出させる筐体であることは、見るだけであきらかだ。


「あれがスキャンラインと呼ばれる物です」

 優衣が指差したのは体の割に小型の頭部にある物だ。それも以前見て知っているが、そのような呼び名が付いていることは今知った。

 そう、デバッガーの顔には耳も口も無い。鼻と思われる場所がそれらしく緩く持ち上る程度で、それよりやや上部、眼の位置に不気味な物がある。顔の幅一杯に切れ込んだ赤色の光りが鈍く漏れる一本のスリットだ。時おりそこから強烈なレイビームを放出し外界をスキャンする。


「げぇっ! こっちへ来るぞ!」


 自分たちにとって不利な時空修正を行なった人物を捜し求める行為なのだろう、頑強なボディをしなやかに制御して、索敵行動(さくてきこうどう)に出た。崩れた建物の残骸を軽々と飛び越え、隔壁の隙間やちょっとした空間をスキャンしつつ、何かを探っている。


「大丈夫ですよ、ユウスケさん。落ち着いて……」

 優衣の優しげな声だけが頼りさ。


 それでも硬く目をつむってバッジを叩く。

 切迫してくる恐怖で、俺の喉は渇き切ってカラカラだ。どう考えたって素手で対戦できる相手ではない。もちろん玲子は身をもって体験済みだ。護身用にと持って来た木刀を片手でぎゅっと握って、手出しもできずに唇を噛んでいた。



 俺たちが身を隠す壁の向こう側で相手が立ち止まった。鈍く低い音をうねらせて、数回赤いビームを左右に振った後、壁の上に腕を伸ばしてひょいと体を持ち上げた。身の軽い動きでヤツは内側へ上半身を乗り出して、ゆっくりと下を覗き込んできた。


「ぬぁっ!」

 運の悪いことに、ちょうど俺の真上だった。


 鉛とよく似た金属臭漂う顔が逆さになって、目の真ん前にぬーっと。

「ぁぅぅ……」

 声にならない息をした。背筋を伸ばし、背中をべったりと壁に付けて逃げたが、奴の顔が緩やかに俺の真正面に旋回して対面。時を待たずして、忽然とまばゆい赤光がほとばしった。スキャンラインから放たれた索敵ビームだ。それはスキャンの開始を意味する。


 超指向性の赤い光がゆっくりと壁を伝い、俺の顔を左側面からなぞって行く。反射的に目をつむるが、光は(まぶた)をきつく通して射し込んで来た。それが静かに右へ移動。

 眉間の辺りまで動いた後、瞬時に逸らされ瞼の外が暗くなった。


「────っ!」

 目を見開いて、絶句する。

 逸らされたのではない。悪魔の視線が俺を見つけたかのように静かに動きを止めていた。


 スキャンラインの内部で赤黒い光を左右に動かす異貌を見て呼吸停止。意識が遠のき肺の中が凍りつく。


 抑制バッジを付けているからと言って、この距離はあまりに近い。

 堪らず顔を横に捻った。逃げ場を失った側東部が壁に当たり、ごりっという音を出した。


 思い出さなくてもいいのに、前回スキャンラインから発射されたパワーレーザーで撃たれた記憶が蘇る。幸い上着の端に穴を開けただけで済んだけど、あのぶ厚い銀龍の装甲板でさえ貫く威力がある。この至近距離で撃たれたら俺の身体なんて木っ端微塵だ。


 それを想像して激しい恐怖に包まれた。全身が総毛立ち、冷や汗がコメカミを伝わることとなる。幸い汗は顎先で止まったが、むず痒くてつい顎を動かした途端、先から(しずく)が落ちた。


 その刹那、デバッガーの索敵ビームが、すかさずそいつを射貫いた。

 あぅっ!

 声にならない悲鳴を押し殺す俺の真ん前で、奴はさらにぐいっと体を乗り出し、汗が滲んで行く地面をじっと見つめていた。

 不気味な静寂が浸透していく。意識が遠のきそうなほどの無音地獄だった。


 気付くと玲子が握る木刀の先がユラユラと揺れていた。それは俺に示したもので……。急いで視線を滑らせると、小さく膝を折る格好をして見せた。


 しゃがんで下へ逃げろと。


 俺の手足はブルブル震えているというのに、玲子の表情は月夜を映した湖面のように澄んでいた。

 その美麗な顔にうなずき、決意を顕に俺は息を詰めると、壁に沿って背中を滑らせる。だがそのわずかな後で、すぐにそれすらも阻止されることになった。再び、金属臭が漂い、気持ち悪い乾燥した音が渡ったのだ。


「なん……っ!?」

 再び込み上げてきた絶叫を強く押し殺す。

 座りこもうとした俺の行動を止めたのは、伸ばしていたヤツの片腕だ。腕の先、5本の指がとてつもない長さに伸びていた。それはまるで孤立する意識を持った(へび)だ。先端は指のままで、そこから金属の鱗にまみれたチューブ状の物体が手のひらまで伸びている。先端が一旦地面にまで垂れると、鎌首をもたげて折ろうとする俺の膝に絡まりながら上昇を始めていたではないか。


「ひぃぃぃぃぃ」

 恐怖で意識が消えそうだった。

 膝をゆっくり伸ばし、再び直立した時には、5匹の蛇のうち2匹は1メートルほどに伸び、1匹は俺の腕に巻きつき、横脇から上がって、耳元にまで迫っていた。もう1匹は玲子の白い喉に巻きつこうと近づいたが、螺旋を描き出した蛇の中心に木刀を差し入れ、そぉっと首から離した。


 親指にあたる部分は俺の胸元をぬたりぬたりと伸びて行き、頬を伝って這い上がり、額の辺りで鎌首をもたげた。さらに別の1匹は上着の袖口から腹のほうへ潜りこむ寸前だった。

 (はい)られたらお(しま)いだ。たぶん俺、我慢できずに暴れてしまう。



 これまでに無いほどに空気は緊迫していたが、それを弾き飛ばす者がいた。

 茜だ──。

 粒子加速銃を手に取り、デバッガーへ向けようとしたが、優衣が静かに首を振って制し、茜はトリガーから手を引いた。


 優衣が止めたのは、この後すぐに動き出すことを察知していたからだろう、奥から合図らしき音が響き、うねらせていた細長い金属チューブを素早く指に戻したデバッガーは、再び俊敏な動きで上体を反らし壁の向こうへと飛び降りた。そしてきびすを返すと瓦礫を飛び越え、仲間の下へと戻って行った。


 あと数分このままだったら、俺は発狂していたかもしれない。

「ぶひぃーーーー死ぬかと思ったぜ」

 久しぶりに呼吸を再開した冬眠明けのカエルみたいに、胸を大きく膨らませ、社長も深く息を吸う。

「シールドバッジの効果はおましたな。ユイ」


 砕け散った俺の腰は(おのれ)のボディを持ち上げることができず、壁に背を預けて深呼吸を繰り返すのが精一杯。

「お、俺。生きてるよな?」

 玲子は木刀の先っちょで汚いものを押しやるように俺の頭を押し、

「今のあなた。田吾より臭そうよ」

 と言って見せた笑い顔、これほど目映(まばゆ)く見えたのは初めてかも知れない。


「やれやれ……」

 安堵の息を吐きつつも、地面に尻を落として壁の割れ目からデバッガーたちの様子を窺う。

 俺の肝っ玉を縮み上がらせたくれたデバッガーが仲間の元へ戻って行くのが見える。他の連中はこちらに見向きもせずに作業を続けていた。


 隣で茜が立ち上がり、ニタリと笑った。

「コマンダーはそこで休んでいてくらさーい。わたしが終わらせて差しあげまーす」

 無駄に元気な声でそう言うと、壁の裂け目に銃の先を置き、ストックを肩に押し当てたところで、またもや優衣が引き止めた。

「どぉーしてですか?」

 疑問で膨らんだ瞳を可愛らしく未来の自分に据える茜。


「大きな爆発音を出すと、おジイちゃまが何事かと思って宇宙船の出発を遅らせるでしょ。そしたら計画どおりに時間が流れないの」

 その銃、大きな音が出るのか……。頭の中はハリボテの鉄砲と打ち上げ花火の絵がユラユラするが、優衣は首を振り詳しい説明をした。


 とにかく刺激は厳禁だと。

 ここで騒ぎを起こせば、スフィアの出発が遅れるだけでなく、デバッガーが大群で押し寄せて来るかもしれないと言う。

 それならここは素直にプロトタイプを起動させてやり、どの筐体がプロトタイプになるのか見極めてから、奴らが消えた後に、それを破壊する方が安全で確実だと言った。


 案の定、俺たちの目前でデバッガーたちはエンジンシステムの点火プロセッサーを動かした。

 本来はバッカルがそれを行なうところだが、俺たちの時空修正で彼はここに来ない。それに気付いたコンパイラがこいつらを寄こしたのだ。

 予定通り寄生バックアッププログラムがリロード。しばらくしてスクラップ置き場の中から1体の黒い筐体がムクっと起き上がる。それを確認するとデバッガーたちは再び虹色の光の中に消えて行った。


「いいわよ。アカネ」

 優衣の指示で、再び茜が粒子加速銃を構えて照準を合わせた。

 やっとそのハリボテの正体が分かる。


「えっ? え──? 早いれーす!」

 目の前で動き出したドロイドが、いきなり転送モードに入った。全身から虹色の虹彩が広がり始めたのだ。

 慌てたのは茜だ。

「お……おユイさん。間に合いましぇーんよー」


 再起動したドロイドが転送可能になるまで数々のステップを踏んで飛び出すのだが、どうやらコンパイラはこちらの動きを先読みしていたようだ。

「アカネ! 早く撃てよ!」

 丸い目をこちら向けて、茜が首を振る。

「まだ初期化中です。威力はすごいんですよぉ。でも起動に時間がかかるのが欠点ですぅ」


 驚愕する速度で処理を終えたドロイドは、銃が初期化されるまでの、ほんのわずかな隙に自らの転送で俺たちの目前から消えた。


「あ~ん。コイツ始動が遅すぎですぅ。クイック起動モードを作るべきでしたぁ!」

 旧式のDVDレコーダーみたいなことをつぶやき、俺はますます疑念を強めた。

 ハリボテの上に動作が鈍い────そんなので武器になるのか?

  

  

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