セカンドミッション(武装するオンナたち)
次のミッションまでにまだ半時あるという優衣の説明で、俺たちは動きやすい衣服に着替えることにした。何しろ出社した時のまんまの格好なんだから動きずらい。
とは言ってもオシャレな物はない。銀龍のロッカーに入っていた作業用だ。まぁジャージみたいな物だな。
「え~~~っ!」
玲子は露骨に嫌な顔をするものの、秘書課の短いスカートでは自由に動けないため渋々着替えに応じた。俺的にはスカート姿のままで、ある程度、動きを拘束されたほうが安全で、かつ目にもいいのだが──言っとくが俺はスケベでもなんでもないから。
優衣と茜は何の文句も無く、備え付けの作業着を貰ってはしゃいでいた。安上がりでリーズナブルなアンドロイドたちだ。ケチらハゲにはマストアイテムと言うヤツだな。
「ちょっと片づけますねー。みなさん、どいてくらさーい」
さっそくジャージ姿の茜がやって来て具材の山を見上げる俺たちを追い払った。
部屋の中央で山積みになった重々しい部品や装置の山は、宇宙船、銀龍に取り付けるプラズマフォトンレーザーのプラズマ発生器だと言う。
ナノミリメートルまで焦点を絞ったプラズマフォトンレーザービームは、巨大なエネルギーの束になり、小さな衛星程度ならそのまま切り刻めるほどのパワーを出すと言う。
「えらい物騒なモノが必要なんでんな……」
さすがに社長も尻込みをしたが優衣は平坦な声で答える。
「ネブラの新型デバッガーの強さはこんなものではありません。ワタシは何度も連中の武器で大きな惑星が瞬時に消えるのを見ています……ただ、このフォトンビームの最大パワーを作るだけのエネルギーがこのギンリュウでは不足しています」
ケチってランクの低いパワーコンジットにするからだ、とはっきり言ってやれ、優衣。
「ほな、取り付けても意味おまへんがな」
「いえ。デバッガーにはかないませんが、未熟なドロイドにはじゅうぶん対応できます」
「宝の持ち腐れっちゅうわけや」
「そのうち問題を解消してくれると思います」
「誰が……?」
優しげな瞳を天井に向ける優衣。
そこには船内のゴキブリと化したシロタマが張り付き、つまらななさそうにしていた。
「こっちにはシロタマさんがついてくれてます。鬼に金棒です」
天井の球体はもそりと動き、
「ふんっ。どれも猿ドモには使えないでしゅよ」
と憎たらしい言葉を吐いて、どこかへ飛んで行った。
あー。腹の立つ野郎だ。
「ねぇ、これなぁに?」
目を輝かせて玲子が摘み上げたのは会社の記章みたいなバッジだった。
文字などは記載されていないが、幾何学模様と不思議なグラデーションで彩られており、さっそく透かして見たり、自分の胸元に当てたりしていた。
たぶんブローチか、その類と勘違いしているのだろう。
「ほら、こうしたら装身具になるわ。キレイよー」
やっぱりな。
「レイコさんそれ逆さまです」
優衣は一旦玲子から取り上げ、上下を逆にしてから、もう一度渡した。
「それで──これ何?」
上下が逆さまになろうと、それは不思議なバッジにしか見えない。
「それは偽装シールドバッジです」
と切り出してから、
「デバッガーが出すスキャンレーザーのスペクトルを読み取り、それとはまったく逆のマイナススペクトルを放ち、こちらの存在を消しさる物です。これを身体に貼りつけておけば、デバッガーに捉えられることはありません」
こんな小さな物……で?
優衣に手渡されたバッジを胡乱げな目で見たのは俺だけではない。ハゲオヤジなど匂いを嗅いだりして、大いに訝しげだ。
「何も臭わねえぞ?」
つい真似をしてしまうのは人の習性だな。
「金属臭がするダ」
ブタは確かに鼻が良いが、結局みんなが鼻先に持って行ってしまった。
「ほんまやな。臭いまんな」
恥ずいな。ほんと。
「こっちはなんでっか? 水鉄砲みたいでっせ」
またもや社長が胡散臭げに眉をゆがめて、何かを握りしめた。
「あっ、トリガーを引かないで! 後始末がたいへんです」
優衣が飛びついて取り上げた。
銀龍に取り付けるフォトンなんとかのパーツと一変して、こっちはちゃっちい形で、いかにも玩具っぽい。
「これは粘着銃です。強力な接着剤が放出されます。張り付くとそう簡単には引きはがせなくなります」
「そんなもんが何の役に立ちますんや?」
社長が首をかしげるのも無理はない。
「なんで日曜大工に使う物が混じってんだ?」
と釣られて首を傾けたいところだが、後で意外と使えることが判明する。
で、結局、説明もそこそこに、優衣と茜はせっかく過去から持ち込んだ機材なのに、船尾の格納庫へ片づけてしまった。まるで俺たちの目に触れさせないようにするみたいに。なかでも重量のあるグレネードランチャーのお化けみたいなヤツは、ひと言、「粒子加速銃です」と告げるだけで、さっさと隠しちまいやがった。
「何で隠すんだろうな?」
「さあね。知られたくない理由があるんじゃない。でもさ、パッと見だけど、ライフルよりはるかに大型だったわ。ロケットランチャーでもなさそうだし……もしかしたら対戦車砲かも知れないわ……それとも。あ、まさかサーモバリックの発射ブースターかな?」
「ほんと、お前こういうのに詳しいな。サーモバリックってなんだよ」
「知らないの? 加圧気化爆弾よ」
「知るか!」
世紀末オンナの趣味は格闘技や剣術だけでなく、重火器にまで渡るバカなのだ。
「どうせ茜が作ったものだ。豆鉄砲の仰々しいやつだろ」
玲子は「ばーか」と俺をあしらい、ちょうど格納庫から帰ってきた茜が好奇な目をして尋ねる。
「マメデッポウってなんですか、コマンダー?」
「子供のおもちゃさ。丸い豆粒が飛び出るピストルなんだ」
「あー。よく似てます。先っぽから出るのはエネルギー化したシードです」と言ったところで、
「アカネ!」
「あ。はーい」
茜は優衣に睨まれて黙り込んだ。
そこまでしてなぜ秘密裏にするのだろう。今の会話のどこがまずかったのかな?
エネルギー化の部分か?
シードの部分だろうか?
なんだかよく解らん。
結局、あれが何なのか、性能、威力、すべて謎のままで話は終わった。
もちろん、玲子だけでなく俺も消化不良のままだが想像はつく、こけおどしのハリボテさ、威力は豆鉄砲クラスに決まっている。
だって茜が作ったんだぜ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セカンドミッションを随行するため、俺たちは長老たちが住むスフィアとは別のスフィアへ忍び込んだ。
ここで頭の重くなる話をしよう。今この惑星には同じ世界が三つも重なった非常識な状態になっている。それらを影響することなくうまく掻い潜らないといけない。なかでも過去の銀龍に発見されないように、こっそりとする必要がある。そうでないと、俺たちの記憶が書き換えられてしまい、さらなる厄介なことになってしまう。
「ほな。パーサー。指定場所に転送してくれまっか」
舞黒屋製の転送機で侵入するのはちょっと心細いが……ひとまず問題のコロニー、第一因子の寄生バックアップのある別のスフィアへ転送された。
「すげえありさまだ……」
実体化した俺たちは、凄絶な状態にまで破壊され尽した廃墟を見て、改めて息を飲んだ。
村が広がっていたであろう場所には瓦礫が山と積み重なり、まともに形を残した物がほとんど無い。
あの頑丈なフェライト製の隔壁が半壊した状態で突っ立っており、ところどころに残る銃弾の傷痕や争った痕跡が痛々しい。そして足下を埋めるのは、ほとんどが部品と化したドロイドの残骸だ。
その中で、今にも動き出しそうな状態で停止したヤツらは今田の作ったコンピュータウイルスに侵されて機能不全を起こした連中だ。ざっと見ただけで数百。突っ立った状態でずらりと並び、マネキン人形の倉庫を見るようだった。
「何だか寒気がするわね」
まともにこいつらと戦った玲子ならではの感想だ。このタイプのドロイドが貧弱だとは言え、これだけの数に一斉に襲われたら、ひとたまりもないのは目に見えている。
ドゥウォーフの人らは恐ろしいものを作っちまったものだ。
社長は嫌悪感むき出しで見渡し、
「このスフィアの人らは、全員こいつらにやられたんやろ……むちゃくちゃや」
誰もいなくなった空間に社長の声が響いていた。
「エンジンプロセッサーが起動されるのをどこかで監視しましょう」
粒子加速銃とやらを肩から掛けた優衣が指差す先に、天井の抜け落ちた地下空間が剥き出しになっていた。
「ここもぐちゃぐちゃだぜ……」
こっちのスフィアも主宰と訪れた機関室と構造は同じで、中央にオレンジ色のテトリオン球体槽が設置されていたが、無惨にも粉砕されており、飛び散った中身がいたるところで粘性の高い水溜りを拵えていた。
元の歴史ではここにバッカルがやって来て、点火チップを抜き取るためにエンジンシステムを起動する。すると寄生バックアップされていたドロイドのシステムが山積みになったどれかの筐体にアップロードされたのだ。それがプロトタイプとなって450年後、500兆に膨れ上がる。
すでにバッカルはやって来ない歴史に書き換えたので、後はここで何が起きるか監視する。そして起動したドロイドを破壊するのが今回の時空修正だ。
半壊した壁の後ろに隠れることにして、機関室の瓦礫を踏みつけ先へと進んだ。
「みなさーん。シールドバッジを起動させてくらさーい。敵から見えなくなりまーす」
茜のはしゃいだ声がワァーンワァーンと響き渡った。
「うっせえなぁ。幼稚園の先生か、お前は!」
「幼稚園ってなんですか?」
「お前みたいのがウジャウジャいるところだよ」
「ああぁ。コンベンションセンターの控え室ですねぇ」
「ウソ吐け。お前しか起動していないって言ってたじゃないか」
「あ、はい。起動していたのはわたしだけです。でもパーツは15人分ありましたよぉ」
「パーツって……。ただの部品状態なんだろ?」
「でも、半完成状態ですから賑やかですよぉ」
「う……」
俺は首から上だけの茜が棚にずらりと並んで、おしゃべりに花を咲かせる光景を思い浮かべて身震いした。
「おもちゃ箱の中みたいだな……あうっ!」
怖い顔した社長に睨まれていたのに気付き、急いで視線を落とす。
「おまはんらこの緊急的な重要時に、ようそれだけくだらんお喋りができまんな。もったいないから、無駄口は厳禁やちゅうてますやろ」
ドケチにもほどがある。口を動かすのぐらい自由にさせろ。
「あっ」
鈍い振動が渡ってきた。
「主宰が乗るスフィアのエンジンが始動した様子です。前回の時空修正が正常に行なわれたようですね」
「ほな、そろそろこっちのエンジンプロセッサーに誰かが近寄りまっせ」
俺たちは急いで隔壁の後ろへと身を滑り込ませた。
「ここに機能停止しとるドロイドを全部破壊したら、それで済みまへんか?」
と問いかけた社長へ、優衣が気の毒そうに答える。
「せっかくですが……少しぐらいの破壊では進化したデバッガーが簡単に修復します。かといって、大規模な破壊活動をすればドゥウォーフの住民が異変に気付き、宇宙船の出発を遅らせる可能性があります。そうなると新たな時間の流れが起きて事象がさらに複雑になります」
「それなら動き出す筐体を先に見つけ出して、ぶっ潰しましょうよ」
玲子の意見ももっともだが、特定するのはおよそ不可能だと思う。スクラップ状態のドロイドはここから見ただけでも数百はある。
すったもんだしているところに、いきなり虹色の光が空間に発生すると、5体のヒューマノイド型の物体が実体化した。
ひび割れた瓦礫の隙間から優衣が声を潜める。
「あれがダークネブラの誇る最新デバッガーです」
「あぁ……やっぱりあいつだ」
そうまだ記憶に生々しい筐体だ。救助に来た銀龍の格納庫に侵入してきたマッチョな体つきをした緑黒い不気味な奴だった。




