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アカネ・パラドックス  作者: 雲黒斎草菜
《第二章》時を制する少女
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  ナナとナナ 二人のわたし  

  

  

 ナナは武器だけでなく、いろいろと複雑なことをしてくれたようで、状況はますます複雑怪奇になってきた。

「とにかくここから脱出するのが先決や。こっちの銀龍はプロテクト無しのむき出しやからな。ガンマ線バーストをまともに受けたら蒸発しまっせ」

 目の前の赤色巨星は崩壊寸前だった。



 社長は急きょ機長へ出発の指示を出し、ナナにはもちろん未来のナナだ。そっちへはハイパートランスポーターの起動準備をまかせようと声を飛ばした。

「ナナ。長距離転送の準備をしなはれ、大急ぎでたのんまっせ」


「あ、長距離転送装置(ハイパートランスポーター)ならワラシでも操作できまぁーす」

 そこへ挙手をして飛び出しそうとしたのは過去ナナだ。トンマのほうな。


「ダメだ。お前は手を出すな。どこへ飛ばすか分かったもんじゃない!」

「んもう。そんな昔話を持ち出さないでくださぁい。もう失敗はしません」

 銀髪の過去ナナは、玲子そっくりにぷぅっと膨れた。


「だめだったら、だめだ!」

「やらせてくらさーーい」

「うるさーい! だめっ!」


「ユウスケさんに、過去のワタシ! 静かにしてください」

 と未来のナナが割って入り、

「トランスポーターを起動している時間はありません。今すぐにスフィアのエンジンが起動される寸前の、隣のスフィアへ二度目の時空転送をします」

 毅然とした声に制されて俺たちは黙り込んだ。


 横で肩をすくめて舌を出すトンマのほうをすがめる。

「未来の自分に叱られた気分はどうだ?」

 ヤツはちらっと俺に視線を振ると、もう一度肩をすくめて見せた。





 二度目になるとそろそろ気分が悪くなりだすので、注意しろと未来のナナが言うので、

「すでに気分が悪い」と訴えたが、あっさりと無視された。

 なんだよ──。


「は~い♪」

 未来体のナナが片足立ちになり、人差し指を立てた腕を勢いよく伸ばした。

 そのようなポーズが必要無いのは百も承知している。どうせ田吾あたりに教え込まれたモノに違いない。


「だからー。アニメチックな仕草やめてくれよ。見せられるこっちが恥ずいんだ」


「ん?」と、小首をかしげ俺を見つめるナナ。

 俺の言った意味が解らず、ポカンとして一時停止をした。

 しかしすぐに気を取り直して、天井へ視線を戻すとパチンと指を鳴らす。

「あぁぁ」

 シャッターチャンスを再び逃した田吾の落胆する声が渡り、それから未来体は(かかと)をトンと下ろした。


 次の瞬間。ひどいめまいが俺を襲った。


「んげげぇぇ」

 未来体が飛んできて、俺の顔を下から覗き込んだ。

「それが時空転送時に起きる悪寒です。回を重ねる(たび)に、だんだんとひどくなります」

 ナナを恨めしげに見つめる俺と田吾。でも未来体だけでなく過去体もなんともないらしく、ケロリとしていた。


「うぇぇ。気分が悪いダぁ……」

 酒も飲んでいないのに二日酔いの気分だけはキッチリと味わい、納得のいかないクラクラする頭で俺はぼんやりと座席の前に広がるコントロールパネルのインジケーターを眺めていた。


「どないやパーサー。位置とタイムスタンプは?」

 眉間にしわを寄せて吐き気が治まるのを待っていた社長がようやく動き出し、船内通信のボタンを叩いた。


『前回より時間的に少し手前のようです。まだ……二度目の銀龍が到着していない時間帯ですね。それと位置はさっきより約2万7000キロずれた惑星の陰に入っています……。もちろん今回もステルス状態です』

 生真面目なパーサーは悪寒を耐える様子を下隠しにしていたが、声が幾分暗いので丸分かりだ。


 時間移動は生命体にとってかなりリスキーなことだと、これではっきりした。そう言えばこれも未来のナナが言っていた。


 ……しばし黙考。


 数時間前の俺とは思えないほどに素直に現状を受け入れることができた。もう映画のセットだとか手品だとか言う気はさらさらない。なにしろまもなくこの惑星には、時間的にちょっと前の銀龍が時空修正をしようと現れるはずだ。そうなると同じ宇宙船が3機も互いに身をひそめて周回することになる。


「こいつは、さすがに混乱するな」

 再び奇妙なタイムパラドックスの深い穴倉に落ち込む気がして身震いをした。だけどそれはさらなる謎の誕生を告げるもので、いろいろやっかいなことが起きる気配が濃厚だった。


「ナナ! もっと簡単な方法はないのかよ?」

「なに言ってんだよぅ」

「お前じゃない。未来のナナに言ったんだ」


「なんで、こんな時にこんなバカを連れてきたんだ」

「なんてコト言うんですか。ワタシに向かって」

 ややこしい言い方すんなって。


 ナナは過去体の自分の肩を抱き寄せて言う。

「この子は未来を映す鏡なのですよ」


「意味解んねぇぇー」


 柔らかな微笑みを俺に返しながら、ナナは続ける。

「この子をこのミッションに参加させるという時空修正を行なった瞬間、時間のパス(糸)で繋がったのですよ」

「時間のパス?」

 初めて聞く言葉だった。


「過去体と行動を共にすることで、ワタシにはコレから起きるすべての結果が透過して来るのです。明日がどうなるのか記憶の中に蓄積されます」


 その説明を聞いて、社長がぽんと膝を打った。

「ほんまや! この子の経験はあんたの経験や……ということは、これから起きる事がこの子を通してあんたに伝わる、ということやがな」


 ナナが静かにうなずく。そして、

「過去体が見て経験したことに限定されますが、もし時間の流れが変わった場合、その違いが認識できますので、このワタシは優れた時間の羅針盤になるのです」


 その話はとても奇妙で、かつ難解で、じっくり冷静に考えないと途中で思考の道筋を失う。

 玲子なんか「解ったら教えてね」と告げ、さっさとシロタマと田吾を引き連れて、二人が持ち込んだ武器やら部品の山へと行ってしまった。

 その後ろ姿をすがめながら、ゆっくりと噛み砕くようにもつれまくった話を解く(ほどく)努力をしてみた。



 ようするに銀髪のナナと未来体のナナは本人どうしなので、お互い記憶という共通の媒体で繋がっている。うん。ここまでは理解できる。

 で、まだ過去体は何も経験していないので、ナナもまだ何も解らない──で、いいのか?


 いや待てよ、果たしてそうか?


 例えば明日だ。明日、銀龍で起きることは、今の過去体では経験をしていないが、ナナには経験がある。だって過去体の未来を手繰(たぐ)れば自分に行き着くのだから、明日何があるかなどは未来体のナナには経験済みだ。


 解るだろ?

 未来のナナなんだから過去のことを知ってて当然だろ?


「せや。言うとおり、この子は未来を見通せるがな」


 ぞぞぞぞぞと、背筋に薄ら寒いモノが走った。

 そうだぜ……。

 確信は無いがそういうことだ。これが半年先でも同じ。今の過去体は何も経験していないが、ナナにはすでに経験済みになる。


 頭の中で一閃が走る。はっと気づいた。これはとんでもないことだ。

「お前! この子をここに連れてきた瞬間に、このミッションの結末が解ることになるじゃねぇか!」


「過去体を通して未来を知ったとしても、時間規則に反しますのでそれを変えることはできません。ワタシは如何なることが起きようと歴史に従うしかないのです」


 ナナは答えをはぐらかしたとしか思えない返答をした。否定したのか、肯定したのか?


「おまはんには異時間同一体との同期処理がおますやろ? それではあかんの?」

 社長の言葉で思い出した。ナナは俺たちをここに連れて来る前に、未来体のナナと協力し合って俺と社長の歴史の書き換えをした。その後、同期処理とか言うことを行って、結果を共有することで、過去の出来事を把握していた。こんなややこしいことをしなくてもすむと思えるのだが……。


 ナナは俺の意見を簡単に覆した。

「同期処理というのは、ワタシが起こした修正に限ってのことです。デバッガーが歴史に手を加えた場合、把握することはできません」


 それでナナはあれほど執拗にナナにこだわったんだ。

 ナナがナナにこだわる?

 ナナがナナに、ハチが九か? あ。倒れそう……頭に血が上り過ぎた。


 熱く沸騰した俺の脳はひどい目まいを起こし、フラフラになり座席に座り込んだ。

 頭の中で過去のナナと未来のナナが入り混じり、ふくらし粉を混ぜ過ぎたパンみたいにあふれかえってしまった。


「ほんまや。ナナが二人おるし、主宰らとワープしたあの子もナナ本人やし……誰の話をしとんのかワケ解らんようになってきたデ……」


 混乱するのは当たり前。さっき俺たちの前でテトリオンサイクルを始動させようとしていたのは最も身近なナナ。そして次に現れたのは未来から時間渡航装置を装着した最先端技術を搭載したナナ。そして今現れたのはその前世とでも言うか、中間的な位置に存在するナナ。


 だけどすべて同じナナさ。だからうかつに呼べば両方が返事をする。



 社長は悩んだ挙句、頭を振ってこう言った。

「あかん。やっぱごっちゃになるワ。せめて互いの名前を変えようや。ほんで時間関係もはっきりさせるんや」


「時間関係っすか?」


 社長は「ああ」と顎を突き出し、

「こっちの、ちょっと抜けたほうのナナは最新になる前のナナやから妹や。ほんで未来から来たのはお姉さんや」

「はぁ。お姉さんね……」

 こっちは気の無い返事。だっておかしな話だろ。同一の者を姉妹みたいに扱えるのだろうか。


「ちゃんとした名前を付けて、白黒はっきりさせるんや。これはええ方法やろ」

 一人悦に入っって、ウンウンうなずくものの、

「わたしはー。ナナでいいでぇーす」

 と過去体が言い。

「ワタシもそれで……」とすこし大人びた口調の未来体。


「あかんあかん。裕輔が適当に付けた名前なんかアカンで」

 おっさん……なに言いやがる。


「名前はコマンダーが付けるちゅうとるけど、別に誰がつけてもかまわんのやろ?」

 ハゲオヤジは最初に過去体を見ながら、次にナナを顎で示してそう尋ねた。


「そうですね。普通はコマンダーが自由に付けますが特に規定はないです」

「じゃあ。俺がもう一度ちゃんとした人間の名前をつければいいんすよね?」


 これに関して俺は主張したいことがある。

「確かに『F877』と聞いたから、ナナって適当に付けたけど、今度はちゃんと考えるぜ」

 大いに胸を張って言ったのに、

「あなたは単細胞だからダメよ。今度もいい加減に付けるに決まってるわ」

 ほら出てきやがった。口裂けオンナならぬ、口出しオンナめ。

「んダ。裕輔は昔から何でも適当ダす」

 こいつも普段おとなしいクセに時々しゃしゃり出くるんだよな。アニヲタめ。


「お前ら武器の見学に行ってたんじゃないのか?」

「あたしの知らないものばかりで、意味わかんないもの」

「けっ。木刀オンナめ」

「なによ、それ? そんな調子でこの子たちの名前付けないでくれる!」


 いがみ合いが始まりそうな雰囲気を感じ取ってか、社長があいだに入った。

「まぁええ。今回は裕輔が付けたらええがな。適当にナナとか言うのは無しやで」


「おっしゃぁ!」


 過去体は俺に向き直り、期待に膨らむ瞳で覗き込んでくるので、

「そうだな。この感じだと……」

 マジマジと銀髪のナナに見入る。続いて黒髪のナナへ……。


「可愛いのをお願いしますよ。コマンダー」

「まかせろ」

 銀髪のナナは俺の言葉を聞き逃すまいと、無垢な輝きで満ちた大きな瞳をさらに膨らませた。


「よし。モモとハナでどうだ?」

「あー、駄目ダす。ペットみたいダ!」

 こいう時だけは、目を生き生きさせるヲタの存在を忘れていた。


「銀髪の子は『ののか』で、黒髪ロングは『サクラ』に決まってるんダすよ」

「それはアニメの話だろ。お前さ。司令室の中を自分の部屋化すんなよ」


「ほんまや。その無線機に座らせてるお人形さん片付けなはれ!」

「だめダス。ここは、ののかちゃんの所定位置なんダすよ。もう動かせない」

「業務の支障になるやろ。ハコに入れなはれ。箱に。なんやその人形、スカート短いな。おまはん歳はなんぼや。恥ずかしないんかい!」


 田吾は平然と首を振り、

「これが、ののかちゃんの自然な姿。この子を連れていくと、いつかきっと良い事が起きるダすよ」

 お守りかよ……。


「……あかん。頭痛いワ」

「俺も……」

 もうどうでもよくなって、

「命名権は譲りますよ。好きな名前付けてやってください」

 すっかり意欲喪失だ。名付け好きなこのオッサンに任せたほうが気が楽だ。


 社長は目の色を濃くして言う。

「前から孫が生まれたら付けようと思ってたのがおますんや」

 銀髪の過去体の肩へ手を置き、

「この子は『(あかね)』や」

 と言ってから、黒髪のナナと対面しまじまじと見つめながら、

「未来体のほうはやな……」

「マナミちゃん!」

 挙手をして主張をする俺。そっちがそう来るなら、せめてこの子だけでもこの名を付けて欲しい。そうなりゃこれから堂々と呼べるじゃん。


 だがオレの思惑は無惨に踏みにじられた。

「痛でぇぇ! 何しやがる玲子!」

 後ろから玲子が飛びついて来て羽交い絞めにされた。そのまま背面投げに移られたら首がどうにかなるところだが、背中に柔らかい盛りあがりが当たっているのは、とても快楽的で、ずっとそうしてほしい。


「今度その名前を出したら、背骨折るよ。田吾もそうだけど、名前から女性蔑視の匂いがプンプンするのよ!」

 きっちり見透かされていた。


 死にたくないので──実際、死なないまでにしても半身不随は免れない。

「社長に一任しまーす」

 すぐに玲子は俺から離れた。背骨さえ無事なら今の体勢を続けてくれてもよいのだが。


「ほな。ユイでどうや。優しく包んでくれるイメージやから。『優衣』や」

「ユ……イ?」

 未来のナナは可憐に首をかしげ、

「ありがとうございます。ではワタシも今日からユイとして頑張ります」


 背骨を懸けてまで名付け親になる気は無いし、それよりも意外と響きがよい。

「アカネとユイか……いいね」

 さすが年の功だな。おやっさん。


「ええか。ユイがお姉さんで、アカネが妹やからな」

「でもこの子らは家族じゃないし。どちらも本人だぜ。変じゃないっすか?」

 とか言う俺の言葉が最も変なんだけどな。


「かまへん。それで丸く収まる。どや、おまはんらは?」

「ワタシはこだわる理由がありません」

「わたしもれーす。おユイさんが自分自身っていう感じがありましぇーーん」


 おユイさん……って。変わり身の早いヤツ。



「それとな、ナナ」

「「あ、はい?」」

 二人から同時に首をかしげられ社長は息を詰めた。


「あ。ナナちゃう、アカネやった」

 大仰に肩をすくめて社長は命じる。

「おまはんの言語品位は今のレベル以上を削除しなはれ。ちょっと拙いほうが妹らしくてええワ」

「せっかく学習したのに、そりゃぁかわいそうだ。アカネだってちゃんとできんだろ?」


「そうですね、ユウスケさん……。これ、このとおりです」

 気色悪い……。


「やめよう。その銀髪で優衣口調は似合わない。社長の言うとおりにしよう」

「そんじゃー。レベル1でぇー、いくでごじゃりますかぁ?」

「レベルは2だ! それ以上は削除しろ。俺の品格が疑われる」


 そんなこんなの、くだらない会話する茜の横顔、つまり自分の過去を優衣は柔和に微笑んで見つめていた。


 はぁ。疲れそう──。

  

  

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